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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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迷宮の守護者(前編)

104話


 俺が出撃すると言った瞬間、アイリアが叫んだ。
「取り押さえてください!」
「わかった!」
「うん!」
 ファーンお姉ちゃんたちが俺の両肩と背中を押さえて、その場に拘束する。
 シャティナは状況に全くついていけず、目をぱちぱちさせていた。


「あ、あのっ、アイリア殿、これは?」
 するとアイリアが言い聞かせるように、こう答える。
「ヴァイト殿は枚挙するのも面倒なぐらいたくさんの武勇伝を持っている猛将ですが、その都度無茶ばかりしているので、こうして拘束しているのですよ」
 あんまりじゃないか。
「俺がいつ無茶をしたというのだ、アイリア殿」
「いつもしてるでしょう!」
 全員の声が綺麗にそろった。


 だがこんなところで揉めている暇はないので、俺は訴えかける。
「大丈夫だ、今度は何の危険もない」
「ヴァイトくんはみんなそう言うんです」
 ファーンお姉ちゃんがぐいぐい押さえてくるので、さすがの俺も逃げ出せない。
「落ち着いて俺の話を聞くんだ。俺には魔王ゴモヴィロア様直伝の魔法がある。『矢避け』の魔法を使えば投石機の攻撃だって弾ける。時間稼ぎをするから、市民を避難させてくれ。危険は何もない」


 するとモンザが疑わしそうな表情で、俺の顔を間近で覗き込んでくる。距離が近すぎる。
「ほんとに?」
「ほんとだ」
 嘘です。
 矢避けの魔法で防げるのは、手持ち式のクロスボウぐらいが限界だ。投石機の石弾にはほとんど通用しないだろう。
 だが今はなんでもいいから、みんなを説得することが重要だ。


「時間がない。シャティナ、ザリア風の衣装で一番威厳があるものを用意してくれ。それと食事の用意だ」
「しょ、食事?」
 シャティナが目を丸くしているが、他にも必要な準備がいくつもある。
「それと市街の制圧が終わったら、人狼隊を北側の建物の屋上に分隊ごとに配置しろ」
 今度はファーンお姉ちゃんが不思議そうにする。
「屋上に陣取って、私たちに何をさせる気なの? 戦えないじゃない」
「いいんだ。あ、そうだ。ザリアのでも魔王軍のでもいいから、旗があればありったけ掲げてくれ」
 さあ忙しくなるぞ。


 そして俺は太守の館で、飯を食っていた。
 といっても別に、くつろいでいる訳ではない。
 今回の出撃は単独の予定だ。一度戦場に出たら、決着がつくまで補給も休息もできない。
 体力的なものは魔法でなんとかできるが、肝心なものがひとつある。
 栄養だ。


 体内に蓄えられているタンパク質が不足すると、再生などの治療魔法の効果が弱まる。
 糖質が不足すると、筋力強化などの強化魔法が早く切れてしまう。
 だから今のうちに貯めこめるだけ、貯めこんでおくのだ。
 侍女たちがおそるおそる運んできた羊の丸焼きを食う。良質なタンパク質だ。
 合間に果実の盛り合わせを適当に頬張る。糖質。
 煮豆をペーストにしたものがある。あ、これもタンパク質だな。消化も良さそうだ。
 もっと喰わないと。


「これは?」
 俺が白い塊を指さすと、シャティナの侍女がビクッと震えた。
「や……山羊の、チーズです」
 山羊のチーズか。タンパク質と……カルシウム!
 素晴らしい。骨折したときに頼りになるぞ。
「もらおう。もっとくれ」
「は、はい」


 俺がこんなに念入りに準備しているというのに、外野の連中は気楽にひそひそ話をしている。
「もうすぐ敵が来るっていうのに、隊長は何をやってるんだ?」
「戦の前の腹ごしらえだってさ」
「いや……そういう量じゃないだろ、あれ」
 するとウォッド爺さんがのんびりと笑う。
「たかだか二千の兵ごとき、腹ごなしにしかならんのじゃろ。頼もしい若者じゃわい」
「たかだかって……」
「まあ勇者ぶっ殺すのに比べたら、二千の兵なんか数に入らないだろ」
「ああ、それもそうだな」
 勝手なことばっかり言いやがって。


 そのうち侍女たちが余計な気を利かせて、酒まで持ってきた。
「ぶ……ぶどう酒と、梨酒です」
 ワインか。糖質は補えそうだが、肝臓に負担がかかるからやめておこう。肝臓に強化魔法をかけているのが無駄になる。
 だから俺は丁寧に謝絶する。
「ありがとう。だがこれは戦が済んでから、ゆっくり飲ませていただく」
「は、はい」
 侍女たちが怯えたように引っ込むと、人狼たちがまた勝手なことを言い出す。
「ヴァイトのやつ、すぐ片づけるつもりらしいぞ」
「隊長ならやりかねんな」


 シャティナからは亡父の鎧とマントを借り受ける。マントにはザリアの紋章が刺繍されていて、政治的な宣伝効果もばっちりだ。
 しかしこれ、本当に借りていいのだろうか。
「シャティナ、いいのか? 大事なものだろう?」
 するとシャティナは真剣なまなざしで俺を見上げた。
「父上の無念を、これで晴らしてほしい。ザリアの誇りと怒りを、あいつらに教えてやってくれ」
「わかった。元老院の犬たちに、恐怖を叩き込んでくる」
 勢いで安請け合いしてしまったが、これは責任重大だな……。


 そして俺は準備を終えて、ザリアの北側に広がる荒野で屈伸運動をしていた。
 今回は筋力強化の魔法を、体内の筋肉ひとつひとつにじんわりとかけていく。筋肉ごとに持久力や瞬発力が違うので、ちょうどいい量を少しずつかけていくのだ。
 かなり手間のかかる方法だが、こうすると体に負担をかけずに長時間活動できる。
 前世の保健体育と健康番組の知識が、こんな形で役に立つとは思ってもいなかった。
 ヒラメ筋よ、僧帽筋よ。俺に力を貸してくれ。


 そうこうしていると、やがて遥か彼方の丘陵地帯から軍勢が現れた。
 ざっと見た感じ、確かに二千ぐらいだな。
 二千人というとずいぶん多く感じられるが、百人乗っても大丈夫な物置二十個分と考えれば大したことはない。広い荒野の、ほんの一角を占めているだけだ。
 そして木製の大型部品らしいものをごちゃごちゃ積んだ荷車が、いくつか見える。組み立て式の大型投石機だろう。


 この世界の大型投石機は、みんなでロープを引っ張って人力で石を飛ばすヤツだから、前世でいうところのマン……なんだっけか。
 マンドリル? マンダリン?
 違うな。
 とにかくそういうヤツに近い。似たようなのはゲームで見た。
 組み立て式だから一度展開すると、そう簡単には動かせない。変な場所に設置してしまうと、ほとんど役に立たなかったりする。
 かといって再設置しようにも、一度分解して荷車に載せて、敵に狙われながら荷車を前進させて、また組み立てて……となるので、大変に面倒くさい。
 あくまでもゲームで使ってみた感想だが、実際も似たようなものじゃないかと勝手に思っている。
 俺が狙っているのは、それだ。


 さて、ここからが勝負だ。
 今回の俺は、自分の悪評を利用させてもらうことにした。
「四百人殺しのヴァイト」
「トゥバーンの城門破り」
「シュベルムの悪夢」
「勇者を噛み殺した人狼」
「魔王の代理人」
「魔の海を喰った男」
 伝え聞く俺の異名は様々だが、どれも凶悪そうなのばかりだ。
 となると、今こちらに向かっているミラルディア同盟軍の連中も、かなり警戒していることだろう。


 だったら、俺がここで陣取っていれば多少は効果があるかもしれない。
 とにかく投石機を近づけさせなければいいのだ。なるべく遠くで展開させ、無駄な投石攻撃をさせる。
 随伴している歩兵たちは市街の制圧が主任務のはずだが、投石機の護衛も任務のひとつだ。
 彼らだって、悪名高いザリアの迷宮で死にたくはない。投石攻撃で街が半壊するまでは本気で攻めてこないと思う。
 だとすれば、全軍を足止めできることになる。
 ただし敵も馬鹿ではないから、士気を低下させるなどの準備は絶対に必要だ。


 俺は準備しておいた幻霧の魔法を解放する。
 幻術の要素を持つ強化魔法で、魔法の霧で体を多少ぼやけさせる。術者の視認性を下げて、射撃戦での被弾率を下げる効果がある。
 それ自体も結構重要だが、今回の狙いは視覚効果だ。
 この魔法を俺が使うと、どういう訳か炎のようなエフェクトが発生してしまう。
 視認性は確かに悪くなっているが、どうにも目立ちすぎる。
 たぶん俺の幻術が下手すぎるのが原因だろうと、師匠が言っていた。
 霧のつもりで炎を出しているのだから、反論できない。


 ただおかげで、今の俺はザリア太守の鎧とマントを身につけた黒い人狼で、炎を全身にまとっている。炎は紫色で、悪役っぽさが凄い。
 俺の悪評と相まって、これは相当に怖いはずだ。
 さっき鏡の前でテストしてみたら、自分でも怖かったのでバッチリだろう。遠いとあんまりわからないかもしれないが……。
 二千の敵兵も怖いが、それ以上に俺があいつらを怖がらせてやる。
 たくさん怖がらせたほうの勝ちだ。


 俺は拡声の魔法を使う。早い話が、俺の声だけ増幅する強化魔法だ。
 音量を最大まで上げると、俺は思いっきり悪役っぽい声で敵軍に呼びかけた。
『フハハハハ! なんだそのオモチャは! 魔王様の副官ヴァイトが護るザリアと、そんなもので戦うつもりか?』
 その瞬間、ミラルディア同盟軍の進軍が止まった。隊列がほんのわずかだが乱れる。
 予想以上に動揺してるな。士気は元からあんまり高くないのかもしれない。
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