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人狼への転生、魔王の副官 作者:漂月

本編

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石の雨を降らす者たち

103話


「ヴァイトくん、ここにいるの?」
 大書庫にそっと入ってきたのは、予想通りファーンお姉ちゃんだった。ファーンお姉ちゃんのバディである、ピアという人狼少女も一緒だ。
 ただ、モンザと彼女のバディが見あたらない。
「ああ、アイリアとザリア太守殿の令嬢も一緒だ。モンザたちはどうした?」
 するとファーンお姉ちゃんは死体だらけの床を見ながら答える。
「市街から退却していく不審な集団を見かけたから、こっそり追跡しておくって。白い石で壁にマルとかバツとか印つけてたから、気になっちゃったの」


 間違いなく、敵の手の者だな。
「それ、たぶんザリアに再侵攻するための目印だ。余裕があれば全部記録して、その上で消しておこう」
 するとファーンはポンと手をたたいて、納得の表情を浮かべた。
「ああ、そっか。人間は匂いじゃ道順を記憶できないもんね」
 実をいうと俺も匂いを記憶するのはあんまり得意じゃないんだが、他の人狼は目で見て覚えるより楽らしい。


 撤退していった連中は十人ほどらしいが、俺はピアに命令を与える。
「人狼隊の本隊をザリアに入れてくれ。俺たちはこの大書庫から動かないから、分隊長たちには周囲の安全確保を頼む」
「わかりました、隊長!」
 まだ市街の安全が確保された訳ではないから、本隊がくるまではここから動かない。
 ピアを単独行動をさせるのは心配だが、ファーンお姉ちゃんにはこのまま護衛に残ってもらおう。俺だけでは荷が重すぎる。


 ピアが出ていった後、ファーンお姉ちゃんが入口を警備してくれる。
 これで俺はようやく、落ち着いてシャティナと話ができるようになった。
「改めて自己紹介をしておこう。魔王ゴモヴィロア様の副官、ヴァイトだ。かなうことなら、メルギオ殿とお話がしたかった。残念だ」
 俺が哀悼の意を表すと、シャティナは返礼して答える。
「メルギオ・ユーム・シュタールの娘、シャティナ・シュタールです。我が父の……」
 シャティナは平静を取り繕っていたが、そこまで言ったところで、わっと泣き出してしまう。
 彼女は両手で顔を覆って、その場にうずくまってしまった。


「父……父上……なんで……こんなのって……」
 わんわん泣きじゃくるシャティナ。
 シャティナに他に家族はいないはずだ。たった一人の肉親を失い、複雑な経緯をもつザリアの将来を託されて、冷静でいられるはずがない。
 ふと隣を見ると、アイリアが自分の目頭を拭っている。自分の父を思い出しているのだろう。彼女も父を亡くして太守を継いだ過去を持っている。
 アイリアはシャティナの傍らにしゃがみこみ、彼女の肩を抱いて優しく言う。
「シャティナ殿、私たちはあなたの味方ですよ。私にできることがあれば、何でも言ってください」
 シャティナは泣きながら、何度もうなずいた。


 シャティナはまだ十代半ばだ。この世界では新成人といったところだが、それでも何もかも背負わされるにはまだ早い。
 しばらく泣いて少し落ち着いたのか、シャティナはぽつぽつと呟き始めた。
「父はいつも……口癖のように『難しい判断を迫られる』と言っていました。ザリアを守って発展させなければいけないけれども、そうすれば必ず元老院に警戒されると……」
 アイリアがうなずき、シャティナの肩を優しくさする。
「ザリアは北部にとっては、喉元に突きつけられたナイフと同じですからね。メルギオ殿はよくここまでザリアを守られたと思います」


 北部に近いベルネハイネン、トゥバーン、ザリア、ヴィエラは、いずれも北部との関係に悩んでいた。
 ベルネハイネンは敢えて過去の遺物となることで無害さをアピールし、トゥバーンは技術力を売りに北部に接近。
 ヴィエラは優れた工芸品を流通させ、北部の文化人に親ヴィエラ派を増やして切り抜けた。


 ザリアはというと統一戦争による荒廃で出遅れてしまい、いずれもうまくいかなかった。
 城壁のない街には交易商人も寄りつかず、周囲は不毛の荒野。
 しかも統一戦争で激しく戦い続けたため、北部からは危険視されていた。
 ザリア太守がどれだけ大変だったか、よくわかる。


 俺がシャティナになんと声をかけようか迷っていると、モンザたちがひょっこり現れた。
「隊長、ここにいるの?」
「ああ、みんな無事だ」
 するとモンザが珍しく緊張した声で言う。
「隊長、ちょっとまずいよ。逃げた連中を追いかけてたら、ザリアに接近する軍勢を見つけちゃった」
「なんだと」
「あ、大丈夫。逃げた連中は軍勢に合流する前に全部始末したから」
 にっこり笑うモンザ。


 しかし逃げた連中が合流しようとしたのなら、おそらくは元老院が直接動かしている軍勢だろう。
「歩兵が約二千。槍と弓が半々ぐらいかな。荷車に偽装してたけど、大きな投石機も七個か八個ぐらい見たよ」
「投石機だと!?」
 そう叫んだのはシャティナだ。
「そんなものをどうするつもりだ!?」
 するとモンザが肩をすくめる。
「ここ、日干しレンガの高い建物ばっかりだから、壊しやすそうだよねえ」
 ここの建物の上層階は日干しレンガを積んでいるだけなので、横に力が加わると案外弱い。
 侵入者を呑み込む迷宮都市も、石を食わされると死んでしまうのだ。


 俺はモンザの頭をぐりぐりして黙らせる。
「失礼なことを言うな。だが確かに目標はザリアだろう。人狼相手に投石機を持ち出しても意味がないからな」
 ザリア太守を暗殺したのは元老院だと、シャティナにはバレている。ザリアがミラルディア同盟を離脱するのは時間の問題だ。
 刺客たちが戻ってこない時点で、元老院もそれには気づいているだろう。
 だからザリアが元老院に牙を剥く前に、先制攻撃で潰してしまおうという算段だ。
 謀略の後始末としては少々雑だが、ザリアに城壁を作らせなかったのもこのためだろうし、攻撃の準備はずっと前からしていたのだろう。
 そして確かに、今ならザリアを滅ぼすことが可能だ。


 アイリアが深刻な表情をしている。
「二千もの兵を迎え撃つには、兵力が足りません。ザリアの衛兵隊は先の戦闘でかなり被害を受けているでしょうし、敵の間者が紛れ込んでいる可能性もあります」
「こっちも人狼隊しかいない。二千は無理だ」
 敵はすぐそこまで迫っている。
 近隣のトゥバーンには人馬兵五百がいるが、数も時間も足りない。
 骸骨兵任せの防衛は、救援が間に合わないという弱点があるな……。


 シャティナが悔しそうに唇を噛む。
「せめて投石機だけでも何とかできれば、ザリアは二千の兵ごときで陥落したりはしないのに……」
 いくら迷宮都市が市街戦に強いとはいっても、二千も攻めてきたら勝ち目はないだろう。
 だがシャティナの言う通り、投石機だけは何とかしないとまずい。
 人狼隊を籠城させて敵を迎え撃つにしても、建物にどかどか岩をぶちこまれたら人狼だって危ない。


 俺は少し考える。
「よし、リューンハイトとトゥバーン、それにシャルディールに救援要請だ。救援が来るまでは何とかなると思う」
 アイリアが振り返った。
「良い策がおありですか?」
「ああ。ちょっと俺が出撃してくる」
「えっ?」
 アイリアとシャティナとファーンお姉ちゃんとモンザたちが、同時に目を丸くした。
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