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20, 孤立

 電車を乗り継いで数十分、案の定成田空港の前で待ち構えていたのは灰田純一だった。既に日は落ちかけていて、暁光が銀色の髪を照らすその様子がいやに映えていて少し苛立ちながらも灰田に話し掛けると、彼は場所をここに指定したのはただの気まぐれだとふざけたことを言って、現在近くのファミリーレストランにてドリンクバー耐久戦をしている最中であった。

 

「いや、思うんだけれどね、ドリンクバーって単体は高いじゃないか。そんなことをするよりも二百円程度のポテトでも頼んでセットにしてもらったほうが気分的に得するんじゃないかと毎度思うんだよね」

「だったら頼めばいいじゃない」

「実は言うとポテトアレルギーなんだ、僕」

「…………」


 実にふざけた男だということは、全く変わらないようだった。

 平日夕方のファミリーレストランはつい最近まで通っていたマクドナルドと違って相当に空いていた。ちょうど学校から帰ったばかりの学生がちらほらと、他は井戸端会議の場所を変えただけの奥様方の集まりだった。夜中になれば忙しなく鳴るインターフォンの音も全く聞こえない。正直な話、自分がここにいる理由が段々と分からなくなってきた。


「用事があるならさっさと言いなさいよ。私、そんなに暇じゃないのよ?」

「ほう、宿題でもしていたのかい?」


 私はそのおどけた態度にカチンときて、思いっきり睨みつけて言った。


「白椿さんが病気で倒れたのよ。それを看てる時に呼び出して、ただの暇つぶしなんて言ったら怒るわよ?」

「……彼女は今寝ているということかい?」

「ええ。って言っても、どうせもうすぐ起きるだろうから書置き残したけど」

「ああ、ならいいや。彼女にも動いてもらわないといけなくなりそうだし」

「……はい?」


 不可解な言葉を発したあと、灰田がニヤリと笑う。


「ところで、君、そんな状態の彼女を置いて何故僕のところに着たんだい? 別に僕の言葉なんて放っておけばいいものを、わざわざ律儀にここまで来るなんてさ」

「それは……」


 何故かと聞かれれば、それは電話の内容があまりにもゲーム染みていたために、ただ事ではないと判断したからに違いないが、ここまで淡白に質問をされるとそう思っていた自分が突然馬鹿らしく思えてきて、それを口に出来なかった。

 それを悟ったのか、灰田が耐えるように声を漏らし、一度飲み物を飲んでからこちらを頬杖をついて見てきた。


「分かっているさ。僕が、僕らが普通じゃないことに君は気付いている。だから放っておけなかった。ふふっ、それで君は、『その事実を聞かされた』彼女と、いつまであんな茶番を続ける気だい?」

「茶番?」

「そう、茶番。それともなんだ、君は本当に彼女のことを擁護するくらいの友人だと思っているのか?」

「……」


 またも答えられない。決して虚偽で白椿さんと付き合っているわけではないのだが、彼の表現は実に的を射ている。いくらなんでも二日や三日で守ってやるほど世話する仲にはなれるわけがないのだ。例えどれだけ自分で友達を反芻して洗脳しようとも、私には彼女を擁護しなければならない理由が全く存在しない。だがそれでも私が彼女と関り続ける理由は恐らくある。

 

「あんたは、何かを勘違いしているようね」


 しっかりと噛み締めるように言う。それを灰田が興味津々そうに耳を傾ける。


「誰かを、誰かと関る、守ることに理由なんて必要ないわ。その場の感情よ。それが続いているのは別にそれを私が拒絶していないだけの話」

「――ならば理由があれば拒絶するのか」


 突如、灰田のやけに澄んだ瞳がこちらに向けられる。覗き込まれるような、試されるような視線に思わずたじろぐ。


「面白いね、本当に面白すぎるよ、『優等生』。君がどれだけそれを気取ろうと、どんなに取り繕おうと穴がどんどん見つかる。ねぇ、あの時は聞きそびれてしまったが、君にとっての優等生とはどんな意味合いを持っているんだい?」


 あの時がいつを指し示すのか記憶に無いが、前回の『天才とは如何なるものか』という問いを思い出し、この男の考えを計ろうとしたが蛇足だった。はぁ、とため息を吐いて、面倒くさそうに私は肘を机に付いた。


「それを知ってどうなるのよ。あんた、小説家じゃないんだから遠まわしな表現は止めなさいよ。結局何が知りたいわけ?」

「何を知りたいか、か。実に良い問いだよ。『今日の夕ご飯は何だ?』と問われたところで意味合いを全く感じないが、『間食を取るか取らないか』を先に提示しておけば、料理を作る側は答える理由が発生する。聡明だねぇ、君は」

「別にそこまで深い意味で言ったわけじゃないわ。前は調子が悪かったからノリで天才がどうのこうのって答えちゃったけど、もうあんたの話は飛躍しすぎてて付いていけないわ」

「あの時はノリだったのかぁ、それは損な事をした。あの時に同じく聞いておけばよかったのか。まあ、僕が何を知りたいかって、言うまでも無く君が知りたいのさ」


 その気持ちの悪い台詞をさらっと言ってのけた彼を一瞥し、あからさまに嫌そうな顔で私は尋ねる。


「……何、私に気でもあるの?」

「そうだね、君の事は嫌いじゃない」

「ちなみに私はあんたは大嫌いよ。心の底からね」

「ははっ、分かっているさ。僕は誰からも好かれない性格をしているからね」


 自嘲したような笑いに私は目を細めた。まさか自分からそういう事情を話すとは思いもよらず、どう反応したものかと答えに窮した。

 灰田はそんな私を放置して、勝手に話を進める。


「白椿菊乃から何を聞いた?」

 

 極力優しげにそう聞いてきたが、内心ワクワクしている様子が垣間見れる。そんなにも知られて良いことなのかどうなのかは当本人たちで無ければ分からないことではあるが、白椿さんから聞いた『傘下三家』の話題はそれほど穏やかなものではない。それに灰田が関っているという確かな確証が私にはあるし、恐らく灰田は私がそれに気付いていることに気付いている。故にこんな質問を投げかけてきたのだろうが、彼はまさに小悪魔のような表情を浮かべて私の答えを待っている。何が面白いのか全く察せ無い。私は正直に腹を割ることにした。

 終始興味津々そうに私の話を聞き、『浄化』云々の話が出たところで待ったをかけられた。


「君はその浄化について、何を思う」


 白椿家における役割での『浄化』とは、昔はどうだったか私の知りえるところではないが、現在は殺人を犯すことによる『人の浄化』であるらしい。理論は通っているとは思う。人の心から悪を取り除くには、『黒を白』にするよか『黒を削り取る』ほうが楽に決まっているし、そちらのほうが確実性は激しく高い。……が、これは極端な『色を使った例』の話であって、人の世の中で道徳という言葉が存在する限りはどんな事情があれども許される行為では無いし、認めて良い事象では決して無い。

 だが、ここで主観論を押し付けていても何ら解決にはならないことを私は知っている。人の思いには必ずそれに相反する答えがあり、そしてそれを理解しあうには互いの立場で考えることが必要である。

 とは言え、私が実際白椿家の立場で考えてみたところで答えはやはり見つからず、『自重していればいい』なんていい加減な答えしか用意することが出来ない。一体どれだけの葛藤が彼女らにあったのか想像も付かない。


「だからこそ、私にはそれに対する意見を発言する資格を持てないわ」

「しかしそれでは彼女を救えない。彼女の家を説得できない。すれば、殺戮は続くよ?」

「……まず、彼女の家が何故『浄化』なんてものをしなければならないのか分からない。それが判明すれば少しは」

「解決の糸口が見えると?」

「……かもしれない」


 灰田はふぅん、と然程納得したようにも思えない声を出して、残りの飲み物を啜った。そして、わざとらしく音を立ててコップを置く。


「独り言のように聞き流せ」


 命令口調で私にそう言う彼の顔は一変して真剣なものになる。それに曖昧に頷いた。


「人の世界は基本的に『悪』『善』『中立』『異端』によって構成されている。でも、『中立』以外のどれもが度合いを超えると世界にとって許容出来ないほどの『異分子イレギュラー』に成り代わってしまう。異端は元々許容出来る限界の位置にあるけどね。するとその度合いを超えた人間はどうなるか、答えは簡単だ。『孤立する』」

「……孤立……」

「そう、完全な孤立だ。一見して誰かに関っているように見えるのは間違いだ、それは上辺だけか、関った人間自体も度を越えているかの二択しか有り得ない。そして孤立とは、みんなが言うほど寂しい、という感情に近いものではないんだ。『一人であること』は、つまり『自分の全行動権が自信に委託されている』ことに他ならない。するとどうなるか……」


 噛み締める言葉に私は必死に声を絞り出す。


「――歯止めが、利かない?」


 灰田は満足そうにそれに頷いた。


「孤立すると行動に対して歯止めが利かなくなり、自分では何でも出来るんだと、勘違いを生む」

「ま、待って。でも、実際には孤立してる人は人に出来るだけ干渉しないような生き方とかをしてるんじゃないの? いじめられっ子とか、静かな子くらいしかいないでしょう?」

「まずその考えを正したほうが良い。『物理的な孤立と精神的な孤立』は大きく違えるし、いじめられっ子は単なる『逃避』でしかない。人が一般的に使う孤立は逃避なんだよ。孤立はそんな生易しいものじゃない」


 今度ばかりは極論だと片付けられない。彼の言葉どんどん紡がれていく。


「僕らは、そんな孤立のために生きる存在なんだ。類は友を呼ぶ、だが、その類が少なければ友は呼べない。だから集める」

「つまり、最初の話に戻れば、白椿さんの家はそういった仕事の一環で『浄化』を行っている、と?」


 だが、それに灰田は数秒黙り込んで、静かに首を横に振った。


「彼らの浄化はもっと宗教的なものだった、うん、『だった』。知っているかい? 人の悩みを背負う人間は、強くなければ、『感染する』ということを」

「感情移入ってやつね」

「その通り。白椿の家はそれで勝手に自滅したのさ。自意識過剰、被害妄想と言うべきかな、彼らは自分のことをどんでもない孤独野郎と勘違いしているのさ」


 他人を評価することは、如何なる場合においても自分を見直すという行動に意思とは関係なく直結する。故に、相手のダメな部分を見つけると、自分にもそれが無いかと見直してしまうことが多い。するとそのうちに『感染』していき、まさに自分が被害者ではないだろうかという錯覚に駆られる。


「元々『白の世界』は人口が圧倒的に少ない。完全善人なんてものは存在するわけが無いからね。だからこそ、彼らの仲間は基本的に少数で、ゆえにそんな被害妄想が生まれたのさ」

「待って、それと殺戮の何の関係が……」

「――考えろよ」


 何の遠慮も無くそう吐きかける。しかし、考えろと言われても殺戮と孤独がどう繋がるかなど思考のしようが無い。私が頭を抱えていると、彼は人差し指を立てて言う。


「彼らは仲間が欲しいんだ。でも、普通のやり方じゃ出来ない」


 その言葉に気付き、私はゆっくりと頭を上げる。


「まさか……『殺した人間が仲間』だとでも言うの?」


 有り得ない。有り得るわけが無い。そんなおかしな性癖を持った人間でもあるまいし、まずそんな思考に陥る時点で病んでいる。だが、話の展開から考えるに、彼ら白椿家は『殺すことによる浄化、黒を白にする』というのをふまえれば容易に想像できる。

 

「前に、三人の天下人の話をしたね。そして僕はこう宣言した。『織田に勝利は有り得ない』と」

「……」

「当てはめろよ、白、黒、灰と、織田、豊臣、徳川。まさに人の成長と同じじゃないか。黒を知らない無垢な子供は真っ白のままだが、成長過程で突如黒くなる。そして、死に際に初めて人は白さを思い出す。『確立』『発展』『安泰』。そして織田は、ホトトギスの句で短気さを詠まれていた。白椿をそこに当てはめるならば、彼らもまた、急いで手段を選ばなかった。ただ一つ違うのは、それが成功したか否かのところだね。ああ、あとは別に彼らが基盤ってわけじゃないってところか。僕らはそれぞれに役目があるからね、比喩としては失敗だったかな」


 自分のミスを嘲笑う。

 だが、私はそこで冷静に、そんなことはどうでもいいけどと前置きして言った。


「白椿さんを、救う方法はそれから導き出せるわけ?」

「無理だね」

「随分はっきり言うじゃない。なら、どうしろっていうのよ」


 灰田はふと、窓の外を眺めた。


「成田空港に、何の意味も無く呼び出したと思うかい」

「……何があるのよ」

「今回、舞台に立ったのは僕でも君でもない。彼らの、彼らだけの因果だ。今回は観客として見届けてあげようじゃないか」


 私も窓の外を眺める。珍しく、今日は飛行機の強烈な響きが耳に入らなかった。

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