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セルフ・ディストラクション 作者:白鳥準
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21, 着信メロディ

「……あれ?」

 白椿菊乃は眩しい夕暮れの光に目覚めを強制され、間抜けな声を一人あげた。オレンジ色に照らされた部屋の中には白椿以外の人はおらず、ここはどこだろうかと、白椿は辺りを見回したが場所に見覚えが無い。丁寧にベッドに寝かせてあるのだから、誰かがここに運んできてくれたのだろうと思った。
 無言で記憶を巡ってみると、自分が自らの敬愛する先輩の目の前で倒れたことを思い出した。

「……そっか、あたし、話しちゃったんだよね」

 真実を打ち明ける覚悟を決めるのは相当に苦労を要していた。他人に話してはならないという決まりは無いにしろ、こんな荒唐無稽な話を誰が信じるというのだろうか。白椿は以前に住人足らずに話したことがあったが、勿論信用などされず、漫画の読みすぎだとか、被害妄想だとか言われる覚えの無い言葉を吐きかけられていた。故に、彼女はそれから心を閉ざし、上辺だけの生活を余儀なくされていた。
 彼女の敬愛する人物は最初、やはり彼女にとっては取るに足らない存在だった。人間味というのか、白椿は孤独を生み出しつつも決して人としての生活態度を変えなかったために礼は尽くさねばと思い立ったのが、全ての始まり。まさか、そこの道の先に『灰田』の当主がいるとは誰に予想がついただろうか。
 彼女にとって灰田とは、『因果の先』の人物であり、決してそのままでは出会うことが出来ない遠い人であった。だから、先輩を追っていった際に出会った瞬間には思わず足を杭で打たれたような衝撃に駆られていたものだった。あの人ならば、灰田と繋がる彼女ならば自分を理解してくれるのではないだろうかと、その時はまだ淡い期待を寄せたものだった。
 次いでそれが完全な期待となったのが、黒住との邂逅。彼は灰田に比べれば全然出会っていても不思議ではないが、それでも『傘下』のものが出くわすというのは珍しい話であった。本来名を名乗らないために、彼が自らこちらに接触してきたのは白椿を知っていたからに違い無さそうであったが、無論彼女には覚えが無い。聞いた話によれば、黒住の家は世代交代を果たしたのは良いが、それがかなり不完全であったために関りという関わりが宗家から消えうせていたということらしいのだが、白椿自身、黒住儀軋が不完全な『悪意』だとは思えなかった。
 何にせよ、敬愛する彼女から全ての因果が繋がったことは否定の仕様が無い事実であり、彼女にとっての希望であった。
 白椿はベッドから重い身体を起こして床に足を付いた。フローリングの冷たさが染みる。思わず白椿は顔をしかめた。
 その視線の先に一枚の紙を見つけた。どうやら先輩が残してくれた置手紙のようだった。彼女はそれを手にとって、整っている字を流し読みする。

「……出かけたんだ」

 内容はいたって簡潔に、流し読みするほどの量の無い文章だった。ただ二言、『出かけてくる』『薬を帰りに買ってくるから待っていろ』というものだった。言われた通りに待っていようと思い、白椿は先ほどまで入っていたために無駄に温まっている布団に腰掛ける。そして、その横に設置してあったテレビのスイッチをおもむろに押した。小うるさいノイズ音の後に、ニュース番組が流れる。

『昨晩の連続殺人事件の……』

「……うっ」

 そのワードを耳にしただけで頭痛が走る。白椿は頭を抱えて、急いでテレビのスイッチを切った。
 昨晩、先輩との会食を終えたあとに家に帰れば、それは悪夢の巣窟だった。血みどろになった戦闘着を脱ぎ捨てて、どこから密輸してきたのかも分からない拳銃に新しく弾を詰める両親。帰ってきた白椿に対して、無感情にかける声はその時彼女に耳には入っていなかった。ただ、今まで見なかった部分を見てしまった、裏切りと後悔と憤慨の感情が渦巻いて、脳みそが潰されたように思考回路が完全にシャットアウトしていたのだ。
 昔から彼女の両親が危うい仕事をしていることは彼女自身感づいていた。白椿の家の『浄化』についての話を聞いたのはつい最近で、その晩の殺戮は彼女に見せる予定でいたらしい。それが現実だったらと思うと、息苦しくなるのを感じる。この苦しみを誰かに知ってもらおうとしたところで、先ほどの反応が返ってくるだけの話。それまでも両親の命令から、他人との関係は出来るだけ上辺だけにしろというものでろくに普通の生活を送れていなかったというのに、この始末はどうだろうかと、自問自答して絶望に叩き落されたことが何度あったか数え切れない。
 両親は一度、心の無い目でこう白椿に語ったことがある。

『私たちは酷く孤独で、だから友達を作らなければならないんだが、しかし、私たちは普通の人間と同じように生活出来ないからそれが適叶わない』

 そのオチはとっくについていた。ただ単に、自分で自分を檻に閉じ込めていただけ。白椿菊乃自身は自分が孤独なのは、そういった理由からでは無いと確信があった。
 先代、先々代かもしれない。白椿の家の『浄化』とやらの方法が変わったのは。その文献を読んだときに彼女の感情は怒り一色になっていた。理不尽で、わがままを極めたような結論がそこには記されていた。つまりを解釈するとこうなる。

 ――その頃の白椿当主は心を病んでいて、今までの祈祷による浄化は『悪を自らに移す穢れた行為』なのだと豪語し、さらにはその当主が病んでいく様を見守っていた親類たちがそれに納得した。その後、幾重にもなる会議の結果で出されたのは、『人を真っ白に、自分たちと同じようにすることなど不可能だ』という諦観の結末だった。
 しかしそんな中、一人の白椿の人間がそれは違うと大きく反論に出た。彼は霊能力があり、現当主が何かに取り付かれていることを悟っていたのだ。だが、彼がその事実を打ち明ける前に当主は一つの村を滅ぼした。理不尽すぎる殺戮に殺された霊たちは白椿の家を呪った。その呪いを一身に受けた当主はすぐに病の床につき、数日と足らずに命を落とした。
 その呪いは収まる事を知らず、霊能力を携えていた彼すらもその毒牙にかけた。すると、彼自身もその呪いの所在で精神を病み、ついには彼も村一つを滅ぼしに行くという予想だに出来ない事故が発生したのだ。
 その連鎖を繰り返すうちに彼らは『殺戮こそが、人間の霊こそが我らの味方』なのだと代々に勘違いを生んだまま継がれていき、その基盤が完成してしまったのだ。
 彼らは殺戮を犯したその三日前後で当主が逝くことから、『自己殺害』、自らを生贄に捧ぐことで、人々を浄化するのだという極論に走ることとなり、現在に至る。

「殺すことが、死ぬことがあたしたちの幸せ……」

 その言葉を一体何度反芻させられたか、考えようとすることすら蛇足。
 彼女がその晩、絶望したのは他でも無いその任を実行してしまった両親に対してであり、そして何よりもその間違いを正せなかった自分にあった。一足遅かったのだ、気付いたときには全てが終わっていた。自らも受けていた呪いは、そう簡単には祓えなかったのだ。
 彼女は必死に考えをめぐらせていた。白椿の本当の『浄化』とは何なのか、そしてそれが必要である理由とは何なのか。だが、結局はその答えは出ないまま、世代交代が始まることとなる。白椿菊乃の両親は、近日命を終える。

「……せめて、あたしが結婚してからにしろって話」

 と、その時だった。
 自分のズボンのポケットに入っていた携帯から流行の音楽のメロディーが流れ出した。メールではなく、電話の着信だとそれで判断する。先輩からだろうかと思い手に取るが、ディスプレイに表示されている番号は知らないものだった。不審に思いながらも、それに出る。

「……」

 あえて、相手の声が聞こえるまで黙る。すると、向こうから声が飛んでくる。

『――――――』
「……え?」

 白椿の表情が凍りつく。絶句し、その声に全神経を集中して一語一語を脳に浸透させていく。
 聞きなれた声。誰のものなのかなど判断する時間を要さない。そこから聞こえてくる声に白椿菊乃はゆっくりと何度も頷いた。……と、何かを言った瞬間に電話が切れた。

「ちょ、ちょっと!」

 急いで叫んでみるが、残ったのは切れた電話が鳴る音だけだった。
 しかしそこからの白椿の行動は早かった。置手紙に一度謝るように一礼して、部屋を駆け足で飛び出して行った。
 行き先は、成田空港。
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