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セルフ・ディストラクション 作者:白鳥準
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12, 二人の事情

 状況は最悪を極めて極悪だった。
 どうでも良い話であるが、最も悪いを超えるのが極めて悪いというのもおかしな話である。
 説明をすれば、灰田純一と別れて数分もしないで白椿さんは教室に現れ、そしてそのまま二日連続のマクドナルドとしゃれ込んでいた。昨日は朝に行ったのでそれほどでもなかったが、夜中は客も多く、窓から見える夜景は闇に光が沈んでいるようで、なんとも美麗なものである。自然のものが最も美しいと日本人は間違いなく感じているのだろうけれど、人工物も馬鹿に出来たものではないと思う。実際にクリスマスツリーなどは完璧に人工物であるが、あれも金をかければ大自然に匹敵するような感嘆を上げるだろう。勿論、それと今の夜景を比べるには程度が相当低いが。
 そんなものもあいまって、更には異分子がここに存在していた。
 女子高生二人に囲まれて、真っ黒な服を着た男が一人。場違いにもほどがある。

「いやなんだ、俺もこういうハーレム状態に興味が無いわけではない。無論これに嘘は無いが、主に行動は悪意で出来ている」
「結局嫌がらせなんじゃないですか」
「ふむ。言われてみればそうとも言うな」
「そうとしか言いませんから」

 黒住に白椿さんが毒づいた。ジュースをすすって、明らかに嫌そうな顔をしている。最早どう考えても黒住の思惑通りとしか言えない状況であった。
 マクドナルドに到着したはいいが、一体どういう縁あってか、サングラスと黒のニット帽を被った、まさに昨日とほとんど変わらない服装の黒住儀軋と出くわした。彼は偶然立ち寄ったと言っているが、彼の素性からして悪意で動いていたに違いない。つまるところ、嫌がらせに近い。
 話を聞いていてわかったことがある。黒住は昨日、白椿さんのことを一方的に知っていると言ったが、それは白椿さんの両親と面識があったらしい。さらに言うならば、驚いたことに白椿さんは現在一人暮らし状態で、両親は仕事でどこかへ行ってしまっているらしい。半ばそれを追っていた黒住が、このマクドナルドで見知った顔に声をかけてみた、という経路だった。両親の話をされると終始表情を濁す白椿さんであったが、恐らく家庭の事情の問題であまり深く関って欲しくないのだろうと思う。黒住もそれを察してか、途中からその手の話題は持ちかけていない。
 時計を見た。現在時刻、七時半過ぎ。どうやら学校を出てからここに来て一時間は暇を潰したらしい。その成果は何も実っていないがたまにはこんな蛇足な時間も良いだろう。ファミリーレストランだったら途中退場を食らってもおかしくはないだが、マクドナルドというものは店員が店内をうろつかない為にそういったことが無いらしい。学生が勉強するにもってこいの場所だとは聞いていたが、そういった理由からなのかもしれない。
 ジャンクフード特有のなんともいえない臭いと、黒住の注文したコーヒーの香りが混ざり合って、ここに煙草の臭さが加わったら嘔吐感を催しかねない臭いが鼻につく。その中でも依然として二人は不毛な会話を続けていた。

「大体何を血迷ったら二日連続で、しかも二度目が夕食でマクドナルドになんか来ようと思うんですか。ていうかコーヒーしか頼んでないじゃないですか。ジャンクを食べましょうよジャンクを。ところで先輩、ジャンクって考えてみればゴミじゃないですか。こんなに手軽で美味しいハンバーガーをジャンクと呼ぶのにはあたし少し意見の相違が発生するんですけど、どう思います?」
「……私に聞かないで。栄養的にはゴミみたいなものなんだから、別に表現としては間違ってないでしょ」

 ふむ、と何に納得したのか、白椿さんは視線をハンバーガーに落としてなにやら考え込む。

「しかし、米国のジャンクフードは本物のゴミらしい。いや、表現には悪意が含まれるが、日本のものよりもカロリーの度合いが桁違いだ。そこで俺も思うのだが、パン、つまり炭水化物、肉、つまりエネルギー、レタス、つまりビタミンや繊維、量の比率に差はあれど、バランス的にはそこまで悪くないと思うのは俺だけか」
「そういう貴方みたいな考え方をする人がいるから、そういう構成にしてるんでしょ。実際にどうかは知らないし、とりあえず私に聞かないで」
「ふん、ゴミですら気を使う時代か。下らないものになったものだ」
「下らないのはこの会話の方よ。白椿さんじゃないけれど、貴方本当に何をしに来たの?」
「問いに答える前に言うが、会話自体は下らなくは無い。日常の会話とはコミニュケーションを取るに置いて最重要な努力だ。会話の放棄は相手にも雰囲気にも悪い。無駄なことに興味を持つことは若者に必要な事だ。『死や生』について思考するのが思春期というが、それも束の間の出来事。可能性の出来事や、当面の問題でない出来事に興味を示さないのは愚人のやることだ」

 随分と真っ当なことを言ったものだから、私は思わず黒住の虚空を追う視線を追ってしまった。白椿さんはもはや会話することに飽きたのか、食にかぶりついている。

「調子に乗るが、物事に興味を無くすということは、人間的な死に限りなく近い。人間の世界に娯楽というエンターテインメントが生まれたのは、まさに人が生きるための糧を供給したと言っても過言ではない。俺たちは何かを蹴落としても、楽しさを覚えるための努力をしなければならない。それを忘れた人間は、そうだな、『自我が崩壊している』と言っても良いだろう。精神論ではない、単純に自分を失っているという意味合いでだ」
「自我が崩壊している、ね。まあ随分言ってくれたようで悪いけど、私もそこまで言うほど物事に無関心な人間じゃないわ。それに私は貴方が何故ここにいるのかに興味がある、優先順位の問題よ」
「ふん、俺がここにいる理由か。下らない、それこそ本当に下らない。これは偶然だ、何ら因果の無い事象だ」
「それにしてはあまりに出来すぎているような気がするけれどね……」

 クラスメイトでもない人物と連日出くわすという確率は限りなく低い。それも同じ場所でだ。確率的ならばまだ同時刻であったほうが高いが、朝と夜では大きな違いがある。やはり黒住の登場が登場だっただけに、疑心を抱かざるを得ない。
 と、そこに白椿さんがジュースをすする音と共に口を挟んできた。

「何ら因果の無い、ですかぁ。それは危険ですよ、おじさん」
「おじ…………ふん、どうでもいい。何が危険だというのだ」

 黒住の反応に満足したのか、彼女はジュースを置いて、口元を少し吊り上げた。

「因果律が適応されない物事ってのはですね、全てが『運命』なんですよ。ねぇ、この言葉って物凄い綺麗に聞こえますけど、反面かなり危ない感じがしません? 怖いじゃないですか、今まで全く関係してこなかった赤の他人が、ある瞬間を境に自分の人生の一つのピースになるんですよ。つまり、あたしたちとおじさんがここで二度目の出会いを果たしたことによって、何かが起きるんですよ。それが何なのかは知りませんけど、こうしてあたしがこんな訳の分からない話をしている時点で、当初の目的と違ってきてるんですから」

 確かに、黒住が現れなければこのような会話はありえなかったし、もっと静かに、いや騒がしく過ごせていたはずである。これはある意味黒住に向けての皮肉でもあるのだろう。

「ですけどね、あたしはこう考えているんですよ。いやホントませませさんでごめんなさい。あたしだってこんな論理的人間になんかなりたくなかったんですけどね、家が家なだけに、因果ですよ因果。ま、言うなれば、『おじさんと再開したことは、一度目に出会ってしまったことが原因』なんですよ。――ねぇ、そうでしょう、『黒住』さん」

 ぐっ、と私の喉が詰まった。
 これは、見たことがある。昨日、灰田純一について聞いていた時と同じ瞳だ。相手の首を絞めるような無言の圧殺。三人称を変えたのは、もはやその二次産物でしかない。
 その瞬間、私は自分の周りが果てしなく狂っていると思った。否、気付いた。

(白椿さんも……普通じゃ、無い?)

 黒住においては言うことはないし、灰田など思考することすら無駄に等しい。当の黒住は私が苦しんでいるのを横目にすら見ずに、まるで自分の周りに絶対不可侵を誇る城壁を構えている安心感を携えているような、それほどに無関心に白椿さんを見返した。

「それは俺の答えられる問いではない。俺の発言には一切の嘘は無く、故に悪意で出来ている。ここにいるのは紛れも無い偶然であるが、そうだな、貴様の言うとおり、『そう定められていたと知っていたから、ここにいる』という見解も決して外れではないのかもしれない。これは予知ではない、どこでどう動いていようが、『結局は俺と貴様は出くわす運命』だったと、そう言いたいのだろう?」

 その言葉を聞いた白椿さんは、がっくりとわざとらしく肩を落としてため息を吐く。瞬間、私の片の荷もどさっ、と音を立てて落ちたように思える。

「やっぱ嫌がらせなんじゃないですか。……仕方ないですね、もう起こってしまったことはもはや水に流せないので、今日の夕食代金全部おじさんの奢りで許しますよ。因果ですよ因果」
「なら少しは自重しろ。一体いくつ目だ、そのハンバーガー」
「まだ序の口ですよ。あと十個は胃袋に入れて帰ります。や、無理だと思いますけどね、流石に」

 そう言うと、完全に食べきったトレイを戻して再びカウンターへと歩いていった。
 そのタイミングを見計らったように、黒住が机に開いたスペースに肘を置いて、こちらを向いた。

「白椿菊乃とはどういった状況で出会った。彼女の言葉を引用するつもりは無いが、彼女と縁を持つということはかなりの異端だ。無論これに嘘は無いが、主に悪意で出来ているがな」
「彼女とはたまたま学校の購買部で出くわして、財布を忘れて右往左往していたところを奢ってあげたのよ。その恩かどうか知らないけど、なんだか気に入られたみたい」
「どうやらそのようだな。私も白椿の家とは長い付き合いがあるが、彼女らの家はまさに天涯孤独と言えるような仕事をしているために友人というのはただの一人たりとも見たことが無かったものでな」
「……一人も?」

 私はその誇大とも言えるような表現に首をかしげた。

「ただの一人もだ。彼女の両親は常に夫婦で動いていた。故に他のパートナーなど逆に邪魔だったのかもしれないがな」
「そ、そんなことってあるの? 小さい頃に学校とかで知り合った人とかは……」
「――白椿菊乃を見れば一目瞭然だろう。たった一人、偶然購買部で出会った人間にこれだけ依存している。彼女の中には『もしかしたら』という気持ちが少なくとも存在している」
「で、でも待って。こうして学校に通っていたら、嫌でも他人と関りを持つようになるでしょう? そんなことは不可能じゃない?」
「何、友人の一人もいないで学校生活を過ごす人間もいないわけではないだろうが、彼女の場合は、そうだな、家庭の事情に絡む」
「両親が原因なのね。一体何の仕事をしているの?」

 その問いに黒住は言いよどむわけでもなく口を閉ざす。それ以上はプライバシーに関るからだろうか、雰囲気から答えてくれる気は無いと私は悟った。
 黒住の言うことに嘘は無い。これは彼の信条云々関係が無くそう思う。あれだけ気さくな彼女が友人の一人もいないというのは常識的に考えづらいものがある。購買部のおばさんとは気軽に話していたようだが、あれは彼女の性格の現れであり、決して意思疎通しているわけではないのだろう。表だけの係わり合いというものだ。
 そんな彼女が、友人を作ることをどうしてか許されていない彼女が、私の家に来て、それで一緒に食事を取らないかと誘った。一体そこにどんな想いがあったのかは分からないが、恐ろしいほどの勇気と罪悪感があったように思える。簡単に言えば、一体どの様な規制があるのかは察せ無いが親の意志に反した事になるのだ。それも、十五年も守ってきたものを。
 その対象となった私はどういう風にして彼女と接することが最善なのだろうか。彼女の家のことを考えてあえて突き放すのも手ではないが、それではあまりに不憫に思える。だからといってこのまま付き合うというのは危険な気がした。黒住の語らない彼女の両親の職業が気になって仕方が無い。

「俺は刑事をしている」

 黒住が唐突に口を開いた。私は思考を一旦中断して、彼のほうを見据える。未だ半分は残っているだろうコーヒーを啜っていた。

「言うまでも無いと思うが、公務員ではない。完全に私企業のほうだ。いわゆる『なんでも屋』、『自由業』、『便利屋』といったところか。まあそうは言っても一般人から金を貰って依頼を受けるわけではない。『自分が職を選択して、それになりきる』だけの話だ」

 それは一見して普通のように思えたが、黒住の指すところは違う。
 彼は、オールラウンダーなのだろう。

「しかし俺は生まれてこの方、刑事以外をしたことがない。それは何故か、分かるか?」

 ゆっくりと思考を巡らす。そして出た答えは単純なものだった。

「――ずっと、追い続けている人間がいる……」

 それに満足げに黒住は頷く。コトン、とコーヒーのカップが机に置かれる音が響く。まだ、白椿さんは戻ってこない。

「頭の良い人間は理解が早くて助かる。とは言え俺はある人物を追おうと決めてこの方、たったの一度たりともその人物に触れたことすらまだ無い。それともう一つ、俺が何故『刑事』などという職を名乗っているか、分かるか?」

 彼の言わんとすることは理解できる。ただ人を追うだけなのであれば、それに順応する職を探す必要など無い。刑事の証明書があるわけでもないのだから、他人に名乗るときにその肩書きは必要ない。
 そうだ、つまり、彼の職業には職業としての意味がある。
 酷く面白い結論だった。思わず頬がゆっくりと笑みの形を作っているのが自分でも分かる。

「――貴方は、正義を振りかざす悪意なのね」

 私の不可解な笑みに釣られてか、彼もサングラスに良く似合う微笑を返した。

「悪意とは常に自分以外の気に食わない人間に向かって向けられるものだ。そこには同族意識は発生しない。故に、『悪意とは悪意に向けられるもの』であるパターンが多い。つまり、俺が追っている人間がどのような人物なのか」
「そう、まるで貴方みたいな人間ということね」

 間髪いれずにそう言う。が、それが的を射てなかったのか、黒住は酷く不快そうな顔をして首を横に振る。

「ふん、それは言い過ぎだ。奴らは俺とはまるで違う、両極端といっても過言ではない。それ故に似ている、という理論は全く通用しない。言うなれば、ホトトギスの句、織田と徳川の内容の差くらいに差異がある」
「…………え」

 凍りついた。完全に、比喩ではなくて凍りついた。
 何故この男が、灰田純一と同じ内容を喋った?
 有名な言葉ではあるけれど、何度も登場する表現ではない。私はわなわなと口元を震わせて、必死の形相で黒住を睨む。体内で震える空気を抑え付けてゆっくりと息を吐いた。
 そして問う。

「貴方がどちらかは知らない。けれど、聞いておきたい。
 ――豊臣秀吉に当てはまる人物の目論見が、貴方にはあるのよね?」

 まさかという思いが募る。それはどんどんと体積を増していって、次第に体中に蔓延る。重い、実に重い。
 だって……。

「当然だろう。三人の天下人は、三人いなければ三人ではないのだから」

 当然だ。三人の天下人を使うならば、三人いなければならないのだから。ピースが、かちっとはまった音がした。黒住は織田か徳川のどちらかで、黒住の追う人物が黒住でないほう、そして、豊臣は。

「お待たせしましたー。あれ、どうしたんですか先輩、顔が青いですよ? もしかしてまだ風邪が治りきって無かったんですか!?」
「だ、大丈夫よ。コーヒーの香りが嫌いなだけ」
「ほう、それは初耳だ。ならば俺はそろそろ仕事に戻るとしよう。長居したな」

 黒住が逃げる。追わなければならないのに、身体が全く言うことを聞かない。いや、正確には脳かもしれない。追おうとすら思っていない。

「彼女とせいぜい仲良くしてやれ。俺の仕事が完遂されれば、それで様々なことに片がつく」
「おじさん、あんた、先輩と何話してたんですか」

 白椿さんが憤怒しているように黒住の黒服を掴んだ。

「俺の仕事を語ってやっただけだ」
「ならどうしてあたしの名前が出てくるんですか。関係ないでしょう?」
「――それは、本気で言っているのか?」
「……っ!?」

 飛び跳ねるようにして黒住から離れる。掴まれた部分を黒住は整えて、私を一瞥、特に何も伝える気も無いらしく、そのまま身を翻していった。

「先輩、あたしたちも帰りましょう。雰囲気を害しました」
「ついでに気分も害したみたいね。まあいいわ、追加注文したものはどうするの?」
「持ち帰って夜食にでも」
「太るわよ?」
「因果ですね」

 その抑揚の無い声が、酷く孤独に感じた。
+注意+
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