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セルフ・ディストラクション 作者:竹蜻蛉
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11, 織田、豊臣、徳川

 一週間の始まりは日曜日からだが、こうして学校生活を楽しむ人間においてはやはりどうしても月曜日が週の始まりなのではないかと錯覚してしまうものだ。キリスト教の教えによれば、日曜日は神が世界を作り終えた後の休憩の時間、七日目の休みであった。その日が週の始まりというのはどういった意図があって決まったのだろうか。
 一説によれば、キリスト教のその教えは全く一週間の流れとは関係が無く、七曜と呼ばれる天体が起源らしい。守護星という惑星の流れから順序が付けられ、今に至っているという。
 兎にも角にも、どうでもいいことに今日は登校日で普通授業であった。
 無論サボり授業が多い私立高校ではないので、土日の連休明けでもクラスメイトは揃っている。とは言え、真面目そうなイメージのありそうな都立高校ではあるが、やはり授業中に隣の友人と会話を楽しむ生徒は珍しくない。私の隣の席の女子生徒もしきりに話しかけてきたが、授業を真面目に受けている身としては言葉の返しようが無い。
 学校の授業風景はいたって普遍的であり、私にとっても他の生徒にとっても何ら不都合は生じない。教師はそこそこに生徒を注意するものの、義務教育で無くなった高校ではそこまで生徒に目をかけたりはしない。故にあのような混沌を招くのだが、それはそれで一つの味だということで私は無理矢理納得していた。
 元より騒がしい雰囲気は嫌いではない。大人数でどんちゃかするのは流石に気が引けるものの、『賑やか』と『五月蝿い』では大分意味合いが違う。『静寂』と『閑散』も然り、教師が小言のようにぶつぶつと漏らす教科書の内容など聞き取れるわけも無く、生徒が真面目に授業を受けていたのならば静寂が包んでいただろう。
 逆に言えば、閑散とはまさに今のような状況を言うのだと思う。授業が終了した教室内は部活に出た生徒とそのまま帰宅した生徒で溢れ……というのもおかしい表現ではあるが、現在教室内には私以外には誰もいなかった。
 いついかなるときでも優等生を気取っていたい私にとって部活動に参加していないのはどこか矛盾が発生するかもしれないが、元より何か一つのことに固執することはそれこそオールラウンダーの意思に反する。
 そう言ったものの、オールラウンダーとは日本語訳するならば『万能人間』のことを言う。それが果たして『何でもそつなくこなせる人間』のことを言うのか、『何でも普通以上の結果を残せる人間』のことを言うのかは私には判断がつかないが、私は前者であろうと常に勤めていた。
 風邪もすっかり完治した日、下校時間十分前、本来ならばもっと早くに下校しているはずだったのだが、今日は少々予定が入っていた。
 白椿さんが一緒に帰ろうと誘ってきたのだった。夜遊びはするほうではないので拒否をしたいところであったが、何度も頼み込んでくるその姿勢に三顧の礼も脱帽、私は彼女にとってとんでもない特待生のようだった。故に無碍に断るのもどうかと、結局その場に流された私である。
 鞄に教科書類を詰め込み、陸上部である白椿さんの部活動終了の時間を待つ。既に窓の外は夕暮れ色に染まり、見ている人を憂鬱な気分にさせてくれる。これが一種の黄昏というやつであろう。ほどよく光沢の塗られた卓上が暁光を反射させて、自分が恋愛ドラマのヒロインにでもなったような錯覚を覚えた。

「ああそうだね、夕焼けをバックにするのはいつだって感動の一シーンだ。けれどもそれは物語の中の話であって、そんなロマンチックな状況を作り出す人間なんて滅多にいやしない。暁光は常にラスト。現状を見るなら、それはあまりにまだ早いよ」

 そんな私をやけに透き通った声が迎えてくれた。
 どうせそんなことだろうと、私は思っていた。
 夕日をバックにして現れるのは最悪白椿さんだったはずなのに、そこの机に腰掛けていたのは灰田純一だった。場違いな灰色の髪の毛が夕日に照らされて、妖しい色をかもしだしていた。当然のことであるが、私は彼の姿を見て激しい嫌悪感を覚える。この出所不明の感情は難なのだろうと毎度のように思う。吐き気などないのに、腐った空気が肺に溜まっているような不快感を身体の中に感じる。

「このまま今日は会わないでおくつもりだったのにね。彼女を恨みたいわ」

 私はため息を吐いてそう言う。彼の対応はもはや怒りをぶつけてもどうしようもないのだ。

「うん? 彼女とは誰だい?」
「後輩の子よ……って、何であんたにそんなこと言わなきゃいけないのよ」
「や、年下に少し興味があるだけさ。気にしないで詳細を」
「意味が分からないわ。ほら、あんたも会ったでしょう、先週の金曜日、購買部の前で」

 灰田がわざとらしく顎に手を当てる。

「ああ、うん、思い出したよ。さらに言うなら放課後、僕らの後をつけていた人だろ?」

 私はそれに素直に驚いた。まさか灰田が気付いているとは思わなかったからだ。

「知ってたなら言いなさいよ。気にはしてないけど、ストーカー紛いのことなんてされて気持ちがいいものじゃないわ」
「別に僕は気にならなかったからね。ま、視線は良いものではなかったけれど。……で、何だい、その子と待ち合わせでもしているのかい?」
「そうよ」
「ふぅん。珍しいね、君が自分の決定されたスケジュールを変更してまで他人に付き合うなんて。いや、これは僕の持った先入観かもしれないけれどね」
「やはり失礼ね。ま、どうでもいいけど。――そうね、私も会って三日足らずな後輩のために行動しているなんて信じられないけれど……なんていうのかしら、あの子はどういう風に見ても嫌な感じがしないのよ。引っ張られるというかなんというか、付き合って得があるかどうかは分からないけれど、間違いなく損はしないだろうって気になるわ。そういう損得無しにしても可愛い子だしね」
「ほう。『君が自分を蔑ろにしてまで付き合っても良い子』か。興味が出てきたよ」
「蔑ろとは何よ。まるで私があの子のために自分をダメにしてるみたいじゃない」
「決して間違いではないだろう?」

 言われて考える。
 確かに自分のスケジュールを無視したことは大被害には程遠いものの、確かな被害は被った。それで自分の人生がどうのこうの左右されるわけではないだろうが、それでも立てた計画が崩れるというのはその後のペースに関係する。その証拠として、ここで灰田純一と出会ってしまったのだから。
 肯定するのも悔しかったので、私はため息を吐いて、言った。

「なんでもいいからさっさと出て行きなさいって。もうすぐ来る頃だし、正直あの子とあんたを合わせたくないのよ」

 すると灰田は不思議そうに微笑み、居座る気満々で机に腰掛けた。灰色の髪がどこから吹いてきたのか、見知らぬ風に揺れた。

「名前だけでも教えてくれていいじゃないか。友の友は友、敵の味方は敵さ。知っておきたい」

 敵の味方は敵、全くもってその通りだ。前者はどうか知らないが。
 私はそれで帰ってくれるなら、とその名前を口にした。

「白椿菊乃さん。白いに花の椿に菊、『の』は……どう説明したらいいのかしら」
「――ほう」

 瞬間、しまった、と私は激しい後悔に駆られる。
 灰田がニヤリと、本当にいやらしい笑みを浮かべたからだ。その事象が滑稽で滑稽で仕方が無く、面白い玩具を見つけて、更にはそれをどう悪戯に活用してやろうかというような悪質な子供の雰囲気。
 それに加えて灰田の笑みにはどこか自嘲するようなものが含まれていた。いつもの身の毛がよだつような凍った表情ではなかった。それを私は看過することは出来ない。今の灰田は、昨日までの灰田とは違う。

「……君、『黒住儀軋』という男に出会わなかったかい?」
「――……っ!?」

 何故、という言葉が飲み込まれる。その様子を悟ってか、灰田は今度こそ最悪の笑みを浮かべた。自然と奥歯に力が入り、鼓動が荒くなる。どうにも心をかき乱されるのを抑えられないようである。

「ホトトギス」
「…………え?」

 その笑みを浮かべたまま、彼は唐突にそう切り出した。

「ホトトギスと言えば、僕は最初に日本史に登場する『織田信長』『豊臣秀吉』『徳川家康』の三人の天下人の性格を表した句を思い出すね」

 その句は実際に本人が書いたわけではないが、後世の人間がその頃の人物像を表すのに、鳴かないホトトギスを彼らはどうするのかという表現を使った句であった。
 最初から、『鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス』、『鳴かぬなら、泣かせてみせようホトトギス』、『鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス』。現代解釈された語であるが、意味は違えない。つまり、織田は短気で荒い性格、豊臣は好奇心と行動的、徳川は忍耐強さを表しているという。歴史の授業をしていれば小学校の勉強にも登場する話である。
 それは誰にでも分かることだが、今の白椿さんと黒住の話からどう繋がるのかが全く不可解だった。

「しかしさらに言うならば、織田はその荒い気質で天下を作り上げ、豊臣が好奇心と行動でそれを発展させ、そしてその完成した基盤の上で徳川が待つということを覚えたとも言える。故にこれはもし順番が『徳川』『織田』『豊臣』のようになれば、イコールで繋がっていた人物像はそのまま交換されてしまうと僕は思うんだ」

 一理はある。もし戦乱の時代の織田の立場に徳川が就いたのであれば、忍耐強く待つ、などという性格が形成されただろうか。

「織田の下に豊臣、そしてその豊臣の下に徳川。けどもし、この三人が同時代に異なる国を統べていた人間だとしたらどうだろうか。当然争いは起きるだろう。すると誰が勝利を収めるのか、なんてことは誰にも分からない。これは仮定の話だからね」
「でしょうね。軍事力がどの程度か私には分からないし。……ただ、性格から考えるなら織田が結構優勢じゃないの?」
「聡明な見解だ。僕の話から性格をここまで引っ張ってきたね。――そうだね、そう言えるかもしれないが、やはり比べることは出来ない。これは仮定の話であり、例題だからね。ただ言えるのは――――現代では、織田は勝ち残れない」

 やけに自信めいた言い方だった。

「天下を治めるために動く人間と、天下を治めた人間と、天下が治まった後に動く人間がいる。この違いは然程無さそうではあるけれど、絶大な違いを発生させる。能動的なことと、受動的なことと、そのどちらも兼ね備えた人間。もはや比べるまでも無いだろう」
「豊臣が、勝つってこと……?」
「さあ、どうだろうね。実際に戦ってみなければ分からないし、これは『比喩』だ。僕は彼らの話を聞かせたいわけじゃないのは、君だって察しているだろう。だから僕はあえて『織田は勝てない』と言ったんだ」

 言葉を聞くたびに頭が混乱する。結局この男が何を言いたいのかは直接表現で言ってもらわないと絶対に理解不可能のようだった。理解できないことは放棄することして、私は問うた。

「結局何が言いたいの?」

 灰田の方を見て、彼が立っていたことに初めて気付く。

「僕は三人の天下人が戦ったらどうかと言った。そして結果は分からないとも言った。状況から察することが君には出来るはずだよ、優等生君。僕は嫌な人間だから、ギャルとかが嫌いそうな遠まわしな表現しかしない。短気な女の子がいたら殴られてるかもしれないくらいにね」
「納得するわ。私が短気じゃなくて良かったわね」
「当然君がそんな人物じゃないと知っているからこんな嫌な人間に僕はなっているんだけどね。クイズは嫌いかい?」

 私はそれに対して首を横に振った。否定の意であるが、クイズは嫌いじゃないという肯定の意でもある。

「なら良い。今の会話は全て問題文だとしよう。答えの指定が無い、ね」
「嫌な話ね。一足す一が問題で、イコールが無ければそれを足して二にしていいのか分からないって感じかしら」
「そうだね。まあその場合の問題文には大抵イコールの記号はついていないと思うけど」

 思い出してみればそうだったかもしれない。
 彼はにっこりと、今度は優しげな微笑を返して言う。

「違えるなよ。どの人物にどの物を位置づけするかは君の自由だ。そして結果は誰も予想できない。醜い縄張り争いの始まりだよ」

 身を翻して教室のドアへと歩を進める。そして、最後に予想通り振り返る。
 暁光の世界にただ一人、灰色の髪の毛を持った男がいた。名前を灰田純一。背が高くて、言動の全てが私の感情をかき乱し、全ての言語が理解不能。綺麗な彼と汚い彼と、まるで白と黒を混ぜ合わせたような色の人物。

 ――だが違えてはならない。たとえ定義が『白と黒の混ざった色』だとしても、だからどうしたというのだろうか。『灰色』は『灰色』でしかないということ。

「また明日、会えると良いね」

 足音遠く、彼は去って行った。
 
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