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旧作  作者: hayashi
シーズン1 第1章「学生時代」
3/114

不戦の民と戦犯の子孫

挿絵(By みてみん)


「さっきは、どうも……」

 休み時間。席に座ったまま、頬杖ついて窓へ顔を向けていたリサに声をかけ、近寄ってくる者がいた。『セイヤ』と呼ばれていたあの少年だった。

「その……手首、強くつかみすぎたかなと思って……」

 サギーへ突進した時につかまれたリサの手首には、その跡がほんのりと赤く残っていた。


 リサは頬杖をついたままセイヤを一瞥するものの、また窓のほうへ顔を向けた。白壁の家々の隙間から空の色を重ねあわせたような碧い海が覗く。時折吹き抜ける海風が校庭にある木々の葉をカサカサと鳴らしていた。


「でも、すごい勢いだったから止めるにはああするしか……」

 まだセイヤはごにょごにょと言っていた。


「……不戦の民……」

 リサはふとサギー先生が彼に言ったことを思い出し、昔、学校の歴史の授業で習ったことを手繰り寄せる。


 ――今も『不戦のジハーナ』の話は語り継がれている――


 不戦の誓いを掲げていたジハーナ国は軍を持たず、ジハーナ人はその誓いを守った究極の平和民族だった、と。


 ジハーナ国は、トウア国と同じく海に囲まれた島国で、大陸の国々の戦争に巻き込まれることなく、恵まれた環境にあった。


 近代に入った頃、人口減少に悩んだジハーナ国はその対策として外国から大量の移民を受け入れ――平和主義のジハーナ国は人権にも篤く、ジハーナに住む外国人にもジハーナ国民と同等の権利を持たせることにした。


 だが、政治の場において外国人らに発言権が与えられるようになると、ジハーナ国はそれら外国から内政干渉を受けるようになり、徐々に主権が脅かされていった。


 その後、力を増した外国人らを中心に、自治を求めた独立運動や暴動が各地方で起きるようになり――不戦の誓いを立てているジハーナ政府はそれを鎮めることができず――やがて、自国民の保護と治安維持という名目を掲げて諸外国が介入してきた。

 結局、ジハーナ国は分割され、諸外国にそれぞれ併合されることとなり、ジハーナ人は国を失った。


 それでも、彼らはそのまま新しい国で生活を営み続け――当時、トウア国に出稼ぎにきていたジハーナ人は、そのままトウア国に住み続けることを選び、その子孫は帰化してトウア国民となっている。


 この少年はそのジハーナ人の子孫ということか――リサは頬杖をやめ、改めてセイヤに目を向ける。


 セイヤは涼しげな雰囲気をまとった男子生徒だった。中肉中背、髪は短め、ありふれた格好の、どこにでもいそうな『無難』という言葉がお似合いの普通の少年だ。


 リサにジッと見つめられ、セイヤは「え、何?」と戸惑っていた。

「あなたも犯人に立ち向かった兄さんをバカにしているんでしょうね……」

 冷めた口調でリサが吐く。

「いや、そんなことは……」

 セイヤは視線を外し、言いよどむ。

「不戦の民なんでしょ?」

「……」

 何も応えないセイヤに興味を失くしたリサは、また窓へ顔を戻す。潮の香りを運んでくる海風が鼻腔をくすぐる。


「……不戦というよりも……ムダな戦いをしないだけだ」

 ようやく、セイヤは独り言のようにつぶやいて答えた。


「兄さんがムダな戦いをしたってこと?」

 振り返ったリサは勢いよく立ち上がり、眦を上げてセイヤに詰め寄る。


「違う。キミの兄さんの話はしてない。オレの話をしている。オレは譲ることができない本当に大切なもののためなら戦う……」

 遠慮気な声だったが、セイヤはリサへ視線を戻し、逸らさなかった。

「譲れると思ったら、戦わないで譲る。そのことを言ったつもりだ」


「つまり弱腰ってことね」

 リサは挑発するように吐き捨てる。


 しかし、セイヤは静かに言葉を紡ぐ。

「キミの兄さんは犯人を逃がすことができなかった……譲れなかったんだろう……だから戦ったんだと思う」

 それを聞いたリサの瞳が潤んだ。涙があふれ出るのを止められず、慌てて顔を背ける。


 セイヤは何も言わず、そっとリサから遠ざかった。

 窓から忍び込む海風が、リサの濡れた頬をやさしく撫でた。


 それから――

 学校が終わり、宿舎に帰ろうとリサが支度をしているところに「あの……」と遠慮気な声がした。振り向くと、女子生徒が傍に立っていた。サギー先生から『ルイ』と呼ばれていた女の子だ。


「ええと……その……ありがとう」

 口ごもりながらも、ルイは会話の糸口を探すようにリサを見つめる。


「?」

 お礼を言われるようなことをしたかな、と怪訝な顔をしているリサに――


「私、実はサギー先生が苦手なの。だから、あなたが反発してくれて、その……何だかうれしくなっちゃって……」

 ルイはニッコリと笑う。輝くような金髪と青く澄んだ瞳が印象的だ。かわいらしいピンク色のワンピースがとてもよく似合っていた。


 リサは先ほどの『平和道徳授業』を思い出す。

 ――そういえば、サギー先生はこの子を『戦犯の子孫』と言っていたっけ……。

『不戦の民』に『戦犯の子孫』と、このクラスにはサギー先生のような平和主義者にとって、たまらない面子がそろっているみたいね――クスッとリサの頬が緩む。


 最初は遠慮がちだったルイも、表情がやわらかくなったリサにホッとしたのか、親しみを込めて話を続けた。

「あなたがサギー先生に突進していった時、行け~、殴っちゃえ~って、心の中でエールを送ったんだけど、セイヤが止めちゃって……さすが不戦の民よね」


 ルイの言い方がおかしくて、思わずリサはふき出した。

 ――笑ったのって久しぶり。そういえば、兄さんが死んでから笑ってない……いえ、笑えない――兄のことを思うと、また顔が強張り、綻びかけた頬が固まる。


 そんなリサに、ルイは自己紹介をした。

「改めまして、私はルイ・アイーダ。サギー先生が言っていたとおり、旧アリア国元大統領の……世で言われている『戦犯』の孫娘です」


「……旧アリア国……」

 リサは再び、今まで歴史の授業で習ったことを思い起こす。


 ――今現在アリア国は、シべリカ国の属国として支配を受けている。


 西の大陸にあるシベリカ国と隣接していたアリア国はその昔、シべリカ国に戦争を仕かけたのだ。ルイの祖父にあたるアイーダ大統領は軍部の言いなりになり、シべリカ攻撃のゴーサインを出してしまったらしい。しかしアリア国はその戦争に敗れ、アイーダ大統領は戦争犯罪人として処刑された。

 アリア軍は解体され、現在のアリア国にはシベリカ軍が駐留している。


 ルイの話によると、軍人だった父親も戦死してしまったという。

 戦時中、ルイは母親と共にトウア国へ疎開していたが、アリア国が敗戦したため、そのままトウア国に残ることとなり、シべリカ国もそれを許した。

 やがてルイと母親は、トウアに帰化し、トウア国民として暮らすことになるが、その後、母親は病気で亡くなり、ルイだけが遺されてしまった。


「アリア国アイーダ元大統領は軍部の言いなりになって、シべリカ国に戦争を仕かけた……私はそんな単純な片づけられかたをされたくない。どんな事情があったのか調べたい。それが処刑されたお祖父さまや戦死したお父さまへの供養になる気がして……」


 そう話したルイは「将来は歴史学者になりたい」と夢を語った。旧アリア国のことを知りたい、ここを卒業したら大学へ進学すると。

 上流階級に属していた母親から莫大な資産を受け継いだルイは、働かなくても生活するに困らないクラスの人間だ。だから就職はせず、このまま勉強を続けるのだという。


 戦犯になった祖父のこともあり、教室では目立たないようおとなしくしていたルイだが、しゃべってみると屈託のない明るい女の子だった。でも、祖父は処刑され、父は戦死したのだ。ルイも心の傷を負っているに違いないと、リサは思いやった。


 夕刻が近づき、校舎の白壁が黄昏色を映し出す。その後も何気ないおしゃべりをしながら、リサはルイと共に宿舎へ帰った。


 ここの養護施設では、高等部の学生には個室部屋が与えられている。が、そこはうす汚れた壁に囲まれ、パイプベッドと机と椅子、ロッカーがあるだけの殺風景な狭い部屋だ。


 ルイと別れ、部屋に戻ったリサの顔はたちまち無表情になる。オレンジ色の陽光は部屋の窓には届かず、室内はうす暗かった。

 灯りも点けず、リサはベッドに寝転ぶ。心が沈む。それでもルイとのおしゃべりは、リサをほんの少し癒してくれた。


 だが、その夜眠りにつくと、また『あの夢』を見てしまい――夢から覚めたあとは気持ちが落ち込み、どうしようもなかった。


 その夢の中では、リサはいつも兄を追いかけている。

 でも決して追いつけない。兄はリサを置いて、どんどん先へ行ってしまい、やがて姿を消してしまうのだ。


 リサはベッドに寝そべったまま天井を見つめた。

 ――私を守ろうと犯人の手首をつかんだ兄さん――

 ――だから犯人になん度も刺されて、死んでしまったのかも――

 ――それなのに私は、倒れている兄さんに近寄ることすらできなかった――

 ――自分の命惜しさに『動くな』という犯人の言葉に従ってしまった――


 この夢を見るたびに、いつもリサは自分を責めた。

 でも――犯人と戦った兄さんは勇敢だった――せめてそう思いたかった。兄は正しいことをしようとしたのだと。

 そこでふと、セイヤの言ったことが思い出された。


 ――『キミの兄さんは犯人を逃がすことができなかった……譲れなかったんだろう……だから戦ったんだと思う』――


 あの時、リサはセイヤのこの言葉に救われた気がした。

「ルイとセイヤか……」

 二人の顔を思い浮かべながら、ようやくベッドから起き上がる。部屋の窓から、ぼんやりした光が差し込み、朝が来たことを知らせていた。


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