獣達の王……? 【サムソン】
「さ、お嬢ちゃん……恥ずかしがらずに、脱いじまいな……」
ドロ様の骨太の大きな手が、アタシのシャツに触れてくる。
「いやん……駄目……許して……」
「逃がさねえよ……」
低音な甘いかすれ声が、耳元でする。背筋がぞくぞくした。
「悪いようにはしねえ。ぜんぶ、俺に任せな……」
そして、アタシは……
全てを、ドロ様に委ねてしまった。
「フフッ。イカしてるぜ、お嬢ちゃん、惚れちまいそうだ」
はあ。
「ほーんと、イカしてるな」
ケラケラとクロードが笑う。
リュカは、お腹を抱えて爆笑している。
「かわいいぞ、ジャンヌ。おまえは、何を着ても似合う!」
それ、慰めになってないわよ、兄さま……
「かわいいです」と、アランは穏やかに微笑んでいる。
テオは口元を押さえ、ぷぷぷと笑いを堪えていた。
お師匠様は、いつもの無表情だ。
アタシは仲間達のなまあたたかな視線を背後から浴びながら、建物の奥へと進んで行った。
人払いをしてある、との事なので目隠しはせずにすんだ。
一定の間隔で、檻やら干し草の山やら木箱が並ぶ、倉庫のような部屋。
濃い生き物の匂いに満ちている。
その一番奥に居る人こそ、アタシが仲間にすべき男性……獣使いサムソンさんだ。
この獣使い屋の中で、サムソンさんは若手だ。使役モンスターによる警備・宅配・工事・ショーといった、外での仕事経験は、まだ無い。
だけど、先輩獣使いは言っていた。『どんな獣にも、一目で好かれるんだ。お師さまのヒュドラまで、あいつにメロメロなんだぜ。ま、才能はあるよ』と。
ヒュドラのような大型強力モンスターを使役できる人なら、是非、味方に欲しい。
サムソンさんは、双頭の巨大狼の檻の前にたたずみ、モンスターに何ごとかを囁いていた。
アタシの接近に気づき、振り返る。
はっとするほど美しい顔が、そこにはあった。
衣装より漏れる、赤みの少ないブロンド。
澄みきったグレーの瞳。眉も鼻も唇も頬も完璧で、古代の彫刻とか神像みたい。男性の理想美のような顔だ。
体つきも逞しい……と、思う。この顔からして、ひょろひょろって事はなさそう。
ジョゼ兄さまやアランより、大柄だし。
だけど……
アタシの萌えツボは反応しなかった。
ものすごいハンサムなのに……
ハンサムなんだけど……
いや、ハンサムだからこそ、これは、ちょっと……
サムソンさんが、アタシをジッと見つめる。
動物みたいな目だ。穢れたところが全くない。人間っぽくない。
その顔に、パッと笑みが浮かぶ。
出逢えた事を喜ぶように、幸せそうに、とろけるように微笑んだのだ。
「かわいいな……」
頬を染め、うっとりとアタシを見つめる……
ズッキン! と、衝撃が走った。
胸がキュンキュンした。
心の中でリンゴ~ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと九十一~ おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
嘘……
アタシ、萌えちゃったの……?
絶対、無理だと思ってたのに……
「顔が良ければ、どうにかなるのだな」
と、お師匠様。どうにもならないと思ってました、アタシ……
サムソンさんが、駆け寄ってくる。
そして、アタシをぎゅっと抱きしめる。
もこもこ、した。
サムソンさんがアタシに頬ずりをする。
もふもふ、した。
そんなわけで……
ピンクのロバのきぐるみを着たアタシは、緑色のモコモコのきぐるみにしばらく抱き締められてしまった。
「俺はドラゴンなんだ」
サムソンさんが、にこやかな顔でアタシに笑いかける。
全身を覆う、緑色のきぐるみ。巨大な口の部分が上下に開き、上顎と下顎にはさまれる形で、サムソンさんの完璧な美貌がひょっこり現れているのだ。
「強そうだろ?」
いや、あの……
「がお~」
サムソンさんが低い声をつくり、吠える。
ハンサムなのに……
オツムがアレなのね。
そのマヌケな格好はひどすぎる。
何でアタシの伴侶になる人って……厨二な使徒とか、裸戦士とか、ロボットアーマーな人とか……残念な男性ばっかなわけ。
まともな服を着て黙ってれば、みんな、美形なのに~
「……何故、そんな格好をなさっているのですか?」
と、テオが尋ねる。ここに来たみんなが抱いている疑問よね。先輩獣使いはシャツにズボン、粗い毛皮のチョッキ。普通の姿だったのに。
でも、サムソンはびくっと身をすくませただけで、答えない。
「聞こえませんでしたか? もう一度、お尋ねします。何故、ドラゴンのきぐるみを着ているんです?」
サムソンが、また、アタシにギュッと抱きついてくる。
い、息が苦しい!
もこもこに埋もれて、呼吸しづらい!
しかも、この体勢だと、サムソンさんの下あごまでしか見えないのよね。顔は上あごと下あごの間から出してるから。
「学者さん、そんな格好で話しかけても無駄だぜ。サムソンさんを怖がらせるだけだよ」と、ドロ様。
「話しかけるのなら、獣にならなくっちゃ駄目さ」
「は?」
「サムソンさんは極度の対人恐怖症なんだ。人間と会話ができないんだよ」
何ですとぉ?
「もともと人間より獣が好きだったらしい。だが、幼時からの体験というか……対人関係のせいで、こうなっちまったんだよ。だから、お嬢ちゃんには、きぐるみを着てもらったのさ」
サムソンと話すにはどーしても必要だって言うから着たけど、そういう事だったの。
「きぐるみはもうないから、これを使おう」
ドロ様が右手をアタシらに見せる。
そこには、パックンパックンと口が開閉する、うす紫の蛇がくっついていた。
「腕人形『スネちゃん』。サムソンさんのお友達だ」
『スネちゃん』は、大きな黒のボタンの目の、かわいい紫蛇だ。
「こんにちは、サムソンさん」と、腕人形付きドロ様。
サムソンが、おどおどと、そちらへと顔を向ける。
「こんにちは……」
アタシに対してより、明らかにテンションが低い。
腕人形の口をパクパクさせながらドロ様。楽しそう。
「すまないが、ドラゴンのきぐるみを着ている理由を、ロバさんに教えてやってくれ」
腕人形にサムソンは小さく頷き、あたしをひょいと抱えあげる。
子供みたいに抱っこされてしまった。ドラゴンの口から覗く、サムソンの顔が間近。鼻といい、目といい、眉といい、口といい、顔の輪郭といい、本当、完璧。神像みたいにハンサム。
しかし、堂々とした立派な顔つきなのに、気弱そうな表情をしている。
「俺、一人前の獣使いになりたいんだ……」
ん?
「どういうこと?」
アタシの疑問に、サムソンが答える。
「ガキの頃から、俺は、みんなと一緒だった」
「『みんな』っていうのは、モンスターや獣のことだ」と、ドロ様がサムソンの言葉不足を補う。
「みんな、俺を仲間として扱ってくれる。人間嫌いの仔も……暴れん坊な仔も……俺を守り、家族同然にかわいがってくれる。だが、いつまでも、ヒナ扱いされていては駄目だ。俺はもう二十なんだ」
サムソンは、重いため息をついた。
「獣使いとして、皆を支配してあげなきゃいけない……俺がみんなを導き、守ってやらなきゃ……大きな男にならなきゃいけないんだ」
サムソンが、笑みを浮かべる。男らしい、逞しい笑みだ。
そういう表情をすると、似合う。
格好いい。
ちょっとだけ、キュンとした。
「だから、ドラゴンになったんだ」
え?
「俺がそう助言したんだよ」と、ドロ様。
「ドラゴンは最強の生き物、モンスターの頂点に立つ存在だ。威厳あふれる主人を目指すなら、ドラゴンになりな、ってね」
ドロ様にではなく、腕人形の蛇に対し、サムソンは頷く。
「あんた、この占い男にだまされてるんだよ!」
「あなた、この占い師に騙されているんです!」
あいかわらず綺麗にハモるリュカとテオ。
サムソンは二人に対して、何の反応もみせない。
「で、ドラゴンのきぐるみ、効果ありました?」
て、聞いてみたら、サムソンは首をしばらくかしげ、それから小さな声で言った。
「かわいいって……みんな、褒めてくれる」
駄目じゃん。
「占い師さんが、旅に出れば……一流の獣使いになれるって、今朝、連絡をくれたんだ。俺は強くなりたい……」
ドラゴンのきぐるみの人が、すがるようにアタシを見つめる。
「一流の獣使いになりたいんだ……連れて行ってくれ」
あどけない子供のような目だ。
胸がキュンキュンした。
何というか、けなげ。モンスターがサムソンをかわいがるわけよねー あぶなっかしくって弱々しそうなのに、頑張り屋なんだもん。体こそでっかいけど、ちっちゃい子みたい。ほっとけない感じ。
「あなたは、もうアタシの仲間です。一緒に旅をしましょう。アタシも成り立て勇者で、全然、ダメダメなんです。一緒に強くなりましょ」
サムソンの顔が輝く。萎れていた花がパーッと花開く感じ。かわいくって、もう胸キュンキュン。
「ありがとう!」
抱きかかえられたまま、モコモコな体にぎゅっ! と、される。
「ロバさん!」
そーよねー
アタシ、ピンクのロバなのよねー。
サムソンはアタシじゃなくて、ロバさんとお話してるのよね……
うううう……
「質問します。あなた、ヒュドラにも愛されているそうですが、魔王戦で使役できますか? それとも、もっと強いモンスターを操れます?」
テオに尋ねられても、サムソンは答えない。アタシにしがみついてくるだけだ。
「だから、駄目だよ、学者さん。サムソンさんは、人間が相手だと会話ができないんだよ。人間が怖いんだ」
フフッと笑いながらドロ様が、テオに蛇の腕人形を譲る。
「『スネちゃん』つけな。ちゃんと口をパクパクさせるんだぜ」
「え~?」
ひきつった顔で、テオが手渡された紫の腕人形を見る。
「わ、私が、これを、ですか?」
「腕人形は嫌かい? あっちにするか?」
ドロ様がアタシを指さす。
「テオドールさん、着る? ピンクのロバ、貸すわよ」
テオはメガネが外れそうな勢いで大きくかぶりを振り、スネちゃんを右手に装着した。
「腕人形をお借りします!」
「えっと……」
右の掌を開いたり、閉じたり。
蛇の口をパクパクさせる、テオの頬は赤い。
「質問します……魔王戦で、どんなモンスターを使ってくれるんですか? ヒュドラですか?」
「頼めば、ヒュドちゃんも戦ってくれるだろう……」
蛇の腕人形に対し、サムソンが答える。
「だが、あの子、お師さまの子だ……俺のモノではない」
「魔王戦で出しづらいってわけか」
ドロ様の言葉にサムソンは反応しない。蛇の腕人形をテオに渡しちゃったからか。
対人恐怖症って話だけど、やっかいね。
この男性、モンスターや動物としか話せないんだ。
人間が話す場合、きぐるみか蛇の腕人形の助けがなきゃ駄目なのね。
……アタシも『ロバさん』より、『スネちゃん』のが良かったなあ……
「我々は間もなく、幻想世界へ行く」
と、お師匠様。
「魔法生物が生きている世界だ。ドラゴンもいる。おまえも共に来い。おまえの支配を望む獣と出会えるかもしれん」
サムソンが、ジーッとお師匠様を見つめる。
白銀の髪、スミレ色の瞳。無表情だが作りもののように美しいお師匠様を、神像みたいにハンサムなサムソンが見つめる。
そして、サムソンは……
お師匠様に対し、破顔した。
「行きたい……」
「うむ。幻想世界へはおまえも伴おう」
アタシをソッと降ろすと、サムソンはお師匠様へとダッシュし、抱きついた。
スリスリした。
満面の笑顔だ。
お師匠様も、決して小柄ではない。でも、大きなサムソンにくっつかれると、細く小さく見える。
「何で会話できるんですか?」
右手にスネちゃんをつけたままのテオが、お師匠様に尋ねる。
お師匠様は腕人形もつけてなきゃ、きぐるみも着ていない。
「連帯感からではないか?」
お師匠様がドロ様に尋ねる。
「この者、人間が相手でも、師匠や兄弟子達は例外なのだろ?」
「はい、同じ獣使いとは会話できています」と、ドロ様。
「サムソンさん、兄弟子に連れられて俺の占いの館に来たんです。スネちゃんは、その時、兄弟子の方からプレゼントされたんです」
「賢者様が、獣使い?」
クロードが不思議そうに尋ねる。お師匠様は賢者専用の白銀のローブをまとっている。そうは見えないと言いたそうな顔だ。
「賢者になる前は竜騎士だったのだ」
お師匠様は無表情なまま、懐かしむような口調で語った。
「幻想世界で出会ったドラゴンと共に、魔王に挑んだのだ」
「へー そうだったんですか。最強の生き物を使役なさってたんですね」
クロードに対し、静かにお師匠様はかぶりを振った。
「使役していたわけではない。仲間だったのだ」
「そのドラゴンは、今は……」
と、言いかけたクロードをアタシは肘でこづいた。
何だよ! って睨んできた幼馴染に、アタシは目で合図を送った。
クロードは眉をしかめ、口を閉ざした。
触れてはマズい話題なのだと、わかってくれたようだ。
お師匠様の相棒ギルダは、魔王戦で死んだ。
お師匠様の記した『勇者の書』には、魔王戦までは記されていないけど……
アタシは知っている……
リュカにルネさんにサムソン、一日で三人が仲間に加わった。
リュカのお父さんから旅に出る許可をもらう為、リュカとドロ様が一行から離れた。
サムソンは、お師匠様に夢中だ。
でっかいドラゴンのきぐるみに懐かれ、スリスリされてるお師匠様。いつもと同じ無表情だけど、何か変な感じ。アタシ以外の人がお師匠様とくっついてるの、見るの初めて。
何か……変。
何か、すっきりしない。
少し話をしたい、とお師匠様はサムソンの元に残り、他の者は馬車でオランジュ伯爵家に戻った。
魔王が目覚めるのは、九十五日後だ。
その時、アタシは……
死にたくないし、仲間の誰も失いたくない。
そう思った。
* * * * *
『勇者の書 101――ジャン』 覚え書き
●男性プロフィール(№009)
名前 サムソン
所属世界 勇者世界
種族 人間
職業 獣使い
特徴 ドロ様の顧客の一人。
一流の獣使いを目指している。
動物・モンスター達から必ず愛される。が、
可愛がられてしまい、主人とは認められない。
権威ある獣使いになりたいと相談して、
ドラゴンのきぐるみを着るようすすめられる。
気が弱い。対人恐怖症。
彼と会話するには『ロバさん』か
『スネちゃん』の助けが必要。
お師匠様とは普通に話せる。
戦闘方法 獣をけしかける(はず)
年齢 二十
容姿 赤みの少ないブロンド、グレーの瞳
ハンサム。大柄。
ドラゴンのきぐるみを装着。
体は兄さま以上にムキムキだと思う。
口癖 『がお〜』『かわいい!』
好きなもの モンスター
嫌いなもの 人間(嫌いというより苦手)
勇者に一言 『………』