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今宵、白雪の片隅で  作者: 香澄かざな
第三話 アール・エドレッドの場合
13/14

その四。アール・エドレッドによる結論

「お墓、ですか?」

 赤髪の少年の声にリーシェは首をかしげる。城塞都市ティル・ナ・ノーグで有名な墓地と言えば職人ギルドの本部、ユグドラシルと言っても過言ではない。なぜならユグドラシルはティル・ナ・ノーグ北西のエリアに存在し、建てられているのは霊園のほぼ中心だからだ。したがってユグドラシルを目指せば自然と霊園にたどり着けるはずなのだが。

「こいつ、極度の方向音痴なんだ。俺も知ってるはずなんだけどなかなかたどりつけない」

 少女の疑問に応えるかのようにアールが苦笑する。

「でも、ここからならそんなに距離はないはずです」

 職人ギルドと呼べば聞き覚えはいいものの現実は霊園の中にある老朽家屋。しかも一般的な家が老朽化したのとは違い、見慣れない護符が貼られていたり一部が蔦と同化していたりとある意味『化け物屋敷』と換言しても不思議はない。

 そんな危険区域に立ち寄りたいという藍色の髪の青年。アールが生き霊だと危惧してもおかしくはないのかもしれない。そもそもここからならほぼ一直線だし間違い用はないのだが。そう声をかけると、それでも迷う奴は迷うんだという返答。要約すると方向音痴ということらしい。

「まだ名のってなかったね。オレはリザ。よろしく頼むよ」

 青年の紫の瞳が人なつっこく笑い、少女に右手を差し出す。握り替えした手は力強くとても幽霊の類には思えない。

「君もよろしくね」

 続けて少女の隣に向かって右手を差し出そうとして、笑顔のまま手が固まってしまう。

「何かいるのか?」

 アールの視界にはリーシェ以外何も映らない。期待を込めて尋ねてみるとうーん、という声とともに苦笑された。次いで『まだうまくコントロールできてないみたいだ』と意味不明の言動。では手を差し出された少女のほうはとふり返ると。

「クレン、どうしたの?」

 これまたあらぬ方向へ声をかけていた。

(……怖い)

「怖い?」

 常に行動を共にする精霊に驚きを覚える。

「うわ! また袋が動いたぞ!?」

「気のせいだよ。気のせい。何も入ってないのに袋が勝手に動くわけないじゃないか。アールは恐がりだなぁ」

「入ってるって! 絶対なんか入ってる!!」

「……全然、そんなふうには見えないけど」

 クレンが司るのは浄化。見た目に反して目の前の青年は、アールの指摘通り幽霊の類だったのか。それとも何か、禍々しい気配が感じられたのだろうか。疑問を投げかけるとそれも違うという声。

(魔力がけたはずれだ。広くて、大きくて、まるで――)

「あれ? 今度はどっちに曲がるんだっけ」

「曲がらなくていい! とにかくひたすらまっすぐだ」

「わかった。まっすぐ――」

「左に曲がってどうする!」

 目前を歩く二人組に視線を移した後、リーシェは再び精霊に声をかけた。

「そんな人には見えないけど」

 幽霊のような不気味な、もしくは神秘的な感じはまったくなく、むしろ人なつっこく言い換えればうるさい印象すらおぼえる。そんな男を『怖い』と位置づけるなんて、一体何があったのだろう。不安と興味が入り交じった視線をおくると浄化の精霊は少女の服の端をつかんで告げた。

(ヒトじゃないよ。もっと別のモノ)

「人じゃない?」

 ならば、自分の元を頻回に訪れるアーラエの青年のようなものだろうか。言葉の真意を問う前に、気をつけてという声を残し精霊は眠りについてしまった。

「君の友達はどうしちゃったんだい?」

 気に障るようなことしちゃったかなと肩を落とした青年にリーシェは苦笑いをもらす。

「たぶん、魔力のせいだと思います」

「それって魔力が暴走してるってことか?」

 間にわってはいったアールにそれもあるかもしれませんが、と前置きして説き明らめる。

「『魔力』と呼んでいいものかはわかりませんが」

「じゃあ君のいう『霊力』ってもの?」

 アールに聞いたけど君って魔法使いであり聖職者なんだよね。今度はリザが声をあげる。どう答えていいものか、傍らにいる浄化の精霊に視線をうつせば起きる気配もなく完全に寝入ってしまっている。仮に無理矢理起こしたとしても、精霊は少女の影にかくれたままふるふると首を横にふるだろう。

「とてつもなくおおきな『何か』が満ちているみたいです。あなたの体には大きすぎて、通常の人間には無害でも、そうでない者にとっては脅威となってしまう」

「それってさあ、コップが小さすぎて水が今にもあふれ出しそうってこと?」

「それに近い状態です。もしかしたら逆かもしれませんが」

 魔力なり霊力なり、とにかくとてつもないチカラに体が押し潰れそうになっているということか。

「それにしても、やっぱり似てるな」

 ……こいつが?

「似てるって誰にだ?」

 体の線も細く間違っても歴然の戦士には見えないが、少女のような魔法使いの類なら納得できる。きっと魔法使いには自分にはあずかり知らぬ領域があるのだろう。そう納得しつつアールは藍色の髪の男に疑問を投じる。

「妹だよ。出会った男みんながイチコロになっちゃうくらいの愛らしさに加えて清楚かつ可憐で。

 そんな妹にリーシェ、君はよく似ている」

「そんなに素敵な方ならわたしとは別人ですよ」

 でもいつかお会いしてみたいですね。微笑むリーシェに『そんなことないよ。君はもっと自分に自信を持つべきだ』と熱弁をふるうリザ。これでは話が進まない。かつ、この男、方向音痴だけにとどまらずシスコンだったのか。しかも重度の。

「そいつを甘くみないほうがいい」

 妹話に花を咲かせる二人にアールは苦言を呈する。

「人は見た目によらないって良い例だ。なんたって、こいつの周りには――」

「うわっ! なんか急に目にゴミが入った!!」

 リザが声に出した途端、アールの頭上すれすれを鋭利な刃物がかすめていく。ついでになんか辺りも一瞬だけまぶしくなった。

 光がおさまって視界をめぐらせば、頭のあった場所にナイフが突き刺さっていた。視線をずらせば先刻言葉を交わした物騒な海の御一行の姿。距離があるので何を話しているかは不明だが、先刻の態度と視線だけで大まかな意図は予測できる。

『アニキにチクッてみろ。ただじゃおかねぇ』

『あの方に害をなそうものなら今度こそ消えてもらいます』

 あらかたこんなところだろう。

「……な?」

 引きつった笑みで見渡せば、まぶしくてよく見えませんでしたと謝罪する少女となかなかとれないと目をこすり続ける男の姿。

「妹さ、今度紹介してよ。友達になりたいんだ」

 これでは話にならないと別の話題を投じると、紫の瞳が妖しく光った。

「もしかして、あわよくばお近づきになんて考えたりしてる?」

「わかった? リーシェに似てるってことは可愛いってことだろ? だったら仲良くなっといて損はないだろ」

 面白半分で軽口をたたくと頭上を通り過ぎたはずの刃物がなぜか喉元にあった。

「妹に手ェ出すんじゃねぇ。殺すぞ」

 今までの穏和な出で立ちとは百八十度違う表情。これは目だけで人が殺せる。というか、刃物なんていつどこで用意したんだ。ついでに言えば視界の隅でコワモテ達が目頭をおさえているのが妙に生々しい。親指たてるなんてもってのほかだ。

「冗談に決まってるだろ。今は墓にたどり着くが先だし」

 背筋を冷たい汗が流れるのを感じながらアールは必死にとりつくろうと、それもそうかと刃物を背負っていた水色の袋にしまうリザ。

「アールさん、リザさんどうしたんです?」

 先を歩いていたリーシェになんでもないと笑いかけ走り出す青年にならい、アール自身もようやく落ち着きを取り戻す。


 後にアールは語る。あれは数々の修羅場をくぐりぬけた生粋の渡世人の顔だったと。


 そんなこんなで時には道を間違え時には変なものに襲われるというハプニングもありつつも、一行はようやくたどりつくことができた。

「ここかい?」

 青年の問いに少女はうなずきを返す。

「ここが職人ギルド本部『ユグドラシル』。そして、ここが霊園――あなたが探していた場所です」

 ティル・ナ・ノーグ北西に位置する場所。それこそが青年の、リザ・ルシオーラの探し求めた場所だった。もっとも悪魔の巣窟と称したほうがしっくりきそうな雰囲気ではあるが。そんな霊園の片隅で、藍色の髪の男は片膝をつく。

「ここに何の用があるんだ?」

「知りあいが眠ってるんだ」

 とても古くて、とても大切な。そう言って笑った青年のおもざしは、アールが今まで見た中で一番さみしそうで。

「それって――」

(リーシェ、あれ!)

 アールと目覚めたばかりの精霊の声が重なる。

(「おお。そなたは以前の興ごとにつきあってくれた少女だな」)

「劇場にいた幽霊! まだ成仏しきれてなかったのか?」

 今度は少年とリーシェとは違う少女の声が重なって。そこにいたのは上から下まで白ずくめの可憐な少女だった。

 あれはいつの日だったか。劇場で夜な夜なむせびなく少女の幽霊騒ぎがあった日のことだった。なかば成り行きで除霊を行うことになった幽霊の少女。その彼女が二人の目前にいる。

(「今度はあやつを道案内してくれたのか。霊を言う。こやつの相手はさぞ骨がおれただろう」)

「なんて言ってるんだ?」

「彼は幽霊なのですか?」

 アールの質問に答える前に少女に疑問を投げかけると『幽霊ではないが、人間でもない』と浄化の精霊と全く同じ返答があった。ならば一体、何者なのかと問いただせば『ヒトに憧れたヒトならざる者のなれの果て』とこれまた理解に苦しむ返答。

(「今はそっとしておいてくれ。あやつにとっては久方の逢瀬だからな」)

 そう言ってふわりと姿を消す。二人の少女の会話を知ってか知らずか、祈りをささげた青年はアールとリーシェに向かって頭を下げた。

「ありがとう。おかげで助かったよ」

 感謝の意を述べた後、水色の袋から小さな包みをとりだす。本当はもっとちゃんとしたお礼ができればよかったんだけどと申し訳なさそうにつぶやく青年にリーシェは首を横にふった。

「わたし達が案内できるのはここまでみたいです」

「え? でもまだ俺、話が終わって――」

 少年が言い終えるよりも早く頭を下げて。青年を残し二人は霊園を後にする。

「大丈夫だと思います。彼は逃げも隠れもしませんから」

 

 でも、迷いはするだろ。

 だんだんと小さくなる青年の後ろ姿を視界にとどめつつ胸中でつぶやく。最後に見えたのは藍色の髪と綺麗で切なくなるような笛の音だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「それで、結局どうなったんだ?」

 海竜亭の片隅で。興味津々といった体の連れにアールは肩をすくめた。

「なんにも。後で霊園を尋ねたけどもぬけのからだったし」

 風にのって聞こえてきたのは笛の音のみ。実はこれはこれで『故人を偲んで音を奏でる幽霊』とかいったらいけるのかもしれない。

 明らかにヒトの形をしておきながら、その道の先々ではヒトならざぬ出来事ばかりおこる。かといって幽霊や怨霊の類でもない魔か不思議な存在。リザ・ルシオーラ。彼は一体何者なのか。

「じゃあ、おまえの追跡劇もこれでおしまいってことか」

 最近仲良くなった男にまさかと笑って応じる。溌剌とした体格の良い青年。人なつっこくて酒を酌み交わすうちに自然と飲み友達になっていた。

「危険な目に遭ったとか言ってなかったか?」

「あった。すっげえ怖かった」

 不気味な存在ではある。だがそれだけだ。

「ならこのへんで終わらせても」

「それはそれ、これはこれだ」

 そもそも面白いネタほど危険と隣り合わせなのだ。こんな上物のネタ、放っておけるわけがない。

「待ってろよ。今にさいっこうの記事を書いてみせるからな!」

 グラスを片手に握り拳。どうやらアールの知的好奇心はまだまだおさまりそうにない。



 アール・エドレッドは知らない。

 ヒトではなく精霊や幽霊でもなく。世の中にはそれ以外の存在があるということを。

「しょうがないな。今日は飲もう。俺がおごってやるよ」

「おお、さすがパッシオ! 持つべき者は友人だ!!」

 加えてアールは気づいていない。

 目の前の友人のおかげで大惨事をまぬがれた、命からがらの窮地を脱したということを。

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