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今宵、白雪の片隅で 作者:香澄かざな

第三話 アール・エドレッドの場合

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その三。アール・エドレッドによる検証

検証その1.すり抜けることはできるか

 手はつかむことができた。だが万が一ということもある。
「おおっと、つまづいたーー!」
 そう言って体当たりをかましてみれば、思いきり頭から地面にぶつかった。すり抜けられたというわけではない。すんでのところでかわされたのだ。聞けば、露店に珍しい品物があったので方向転換したとか。痛そうだけど大丈夫かい? とリザに心配そうな顔でのぞきこまれた。実際ものすごく痛かった。

検証その2.怖い話は大丈夫か

「知ってるか? 劇場レーヴ・ヴィヤン・ヴレにすすり泣く女の幽霊がでたんだ」
「へぇ。おもしろい話もあるもんだね。どんな子だったんだい?」
「可憐な少女って感じだったな。儚げで思わず守ってあげたくなるような」
「……それって、上から下まで白ずくめだったりする?」
「そうそう。って、よくわかったな」
「いや、ちょっと……」
 そこでなぜか遠い目をされる。どうやらわけありのようだ。

検証その3.物事に反応できるか

 こういってはなんだが物事にすごく疎そうな気がする。浮世離れしていると言うべきか。
「おおっと、手が滑ったーーー!」
 近くにあった小石を投げてみる。小石はそのまま男の頭に――

 キインッ!

 当たることはなかった。何か固いものにぶつかる音がした後、粉々に粉砕されたのだ。
「ん? 何かあったかい?」
「……なんでもない」
 呆然と、ただ小石のあった場所を眺めることしかできない。
 今、何かぶつからなかったか!?

検証その4.さっきの音はなんだったのか

「危ない!」
 通りがかった建物から植木鉢が落下する。これは予測不可能な事態だ。検証なんかしている場合じゃない。押し倒してでも助けなければ。
 慌てて駆け寄ったのと、
「うわっ!」
(アニキ、危ねぇ!)

 男が転んだのと植木鉢が粉々になったのはほぼ同時だった。ついでになんか声らしきものも聞こえた。
 シュウウゥ。そんな音をたてながら足下に転がる植木鉢の破片。手にとって本物だということを確かめて。
 これって本物だよな? だとしたら何が起こったんだ!?
 一方、つまづいた男はというと。
「こんなところでつまづくとは思わなかった。……ん? どうかしたかい?」
「なんでもない」
 隣の壁には固いものが深々と突き刺さった跡があった。

検証その5.背負っている袋の中身は?

 出会った当初から気になっていた。これを機会にさぐってみよう。
「歩きっぱなしで疲れただろ? 俺も手伝うよ」
 相手の声を聞くことなく袋を手にとって、ついでに袋の口をしばってあった紐をといてみる。果たして中にはどんなものが入っているのだろう。
 怖さ半分、興味半分でのぞいてみると。
「……っ!?」
 ものすごい勢いで吸い込まれた。
 そう言えば、もう一人の友人が言ってた気がする。星は暗いところで見るのが一番だと。確かに周囲が明るければ見えるものも見えなくなるだろう。じゃあ今、自分が見ているものはなんだろう。走馬燈? それとも、もしかして。
「アール、大丈夫!?」
 無理矢理ひきはがされた。意識をどこかに持ってかれそうになった気もする。まだ微調整が足りないかとか意味不明なつぶやきも聞こえた。もごもごと動く水色の袋は視界に入れないことにしておく。
「急に倒れたんだ。きっと悪い夢でも見たんだよ」
 走馬燈を見る前に男に現実に引き戻された。ひどく心配そう、というよりは必死にもみ消さなければといった風の表情で肩をがくがく揺さぶられる。
「なんか袋に吸い込まれたような――」
「わ・る・い・夢。いいね?」
 今度は笑顔の奥に恐怖じみたものを感じとれる。
「……はい」
 あれは夢でした。

 その後も似たような事件が多々あった。危害を加えられそうになったり、何かに狙われそうになったり。そのたびに金属音のような鋭い音がなり足下には粉々になった欠片達。自分は物騒な事件に片足を突っ込んでいるのではないか!? そんな気にすらなってくる。
「幽霊が怖くて記事なんか書けるか!」
 先刻と同じ意志を胸に自分を奮い立たせると引き続き検証を進めることにした。 


検証その6.あの物騒な痕跡は何!?

「うわっ! 手が滑ったーーーー!!」
 なりふり構ってなどいられない。意を決して身につけていた武器で背後からなぐりかかる。小ぶりのショートソード。アール自身が剣の達人というわけではないものの直撃すればただではすまない。だがリザ・ルシオーラという男の素性を確かめるにはこの方法しかなく。
 これまではリザに危害が加えられようとした際にことが生じていた。だったら今度も何らかの事態が生じるはず。逆に何も起こらなければ彼は奇妙な出で立ちのただの人ということになる。
 どう転んでもこれで全てが立証される。鞘をつけたままの剣をふりかぶったのと。
「あれ?」
 男が声をあげたのは同時だった。
 また転ぶのか!? 身構えたのと口をふさがれたのはその後のことで。
 一方攻撃されかかったほうはというと。
「はい。今度から気をつけるんだよ」
 道ばたで泣いていた子どもに風船を手渡していた。
「風船見つかってよかったね。オレもたまにはいいことしないと。
 あれ? アール? どこにいったんだい?」
 足下にはなぜか所持者のない短剣が転がっていた。


検証結果

 誰か助けてください。

「いい加減にしろや。小僧」
 周りを囲まれてしまった。
「あの方を誰だとおもってやがる」
 わからないからこうして調べていたのに。反論したところですんなり納得してくれそうもなく、アールは黙って成り行きを見守ることしかできない。
「アニキに喧嘩を売るたぁ良い度胸してるじゃねーか」
 そもそもなんなんだ。こいつら。
 ガラの悪い人間に見えないこともないが、よく見ると耳や手のあたりに不気味なものが見え隠れしている。
「なにだまりこくってんだ」
 服の端から見えるのは魚のうろこ。手や耳には水かきのようなものがついていて。仮装にしてはアウラ(偽物祭)の時期には早すぎる。
「何か言えや。ああ?」
 外見は百歩譲ったとしてもだ。そもそも完全にガラが悪すぎる。統率のとれた不良と呼ぶべきなのかなんというか、全員の目に『アニキ命』なんて書かれてあって。
 統率のとれた不良もどきの集団。一言でいえば、怖い。
 そんな不良もどきがアニキとしたう人物かどうかは知らないが一連の流れからたどりつく人物はただ一人。
「あんた達が言ってる『アニキ』ってもしかして――」
 アールが口を開こうとした時だった。
「それくらいにしておきなさい」
 男にしてはやや高く、女にしてはやや低めの声。いかつい男達全員が片膝をついて体制を整えるあたりただ者でないということが素人目にもみてとれる。
 声の主は銀色の髪の女性だった。背は女性にしては高くアールとほぼ同じくらいか。知性が灯るというよりは冷酷と呼んだがよさそうな海の色を模した蒼の瞳。
「人間風情にあなた達が関わることもない。ここは退きなさい」
 まるで彫刻かと思えるほどの美しい顔立ちをしているのに右目にかけられた片眼鏡モノクルからのぞく視線はかぎりなく冷たい。さしずめ組織を取りまとめる有能な女幹部といったところか。
「ですが、トリアイナ様」
「わたくしは退きなさいと言っているのです。聞こえませんでしたか?」
 風貌からいえば成人をこえたくらい、アールやひょっとしたらリザよりも年かさになるかもしれない。だが彼女の声ひとつで取り巻き達は蜘蛛の子を散らすように姿をけしてしまった。本当になんなんだこの状況。
 なにはともあれ驚異は消え去った。目的はなんであれまずは礼の一つでも言うべきだろう。
「ありがとう。助かった――」
 感謝の言葉を述べようとするそのまえに、喉元に冷たいものを突きつけられた。
「身の程をわきまえなさい。あの方を誰だと思っているのです」
 先ほどのごろつきとなんら変わりない台詞のはずなのに声一つ出せない。女性の髪と同じ銀色の槍。皮膚にあたる冷たい感触もあいまって槍の形をした氷の固まりにも思えてくる。
「わざわざ慈悲をもって忠告したというのに。本来ならばおまえのような人間の子供が近づくこともままならないのですよ?」
 淡々と口上をのべる様は聞いたものを戦慄させてしまうような。

 ――忘れろ小僧。それが貴様の身のためだ――

 そうか、さっき頭の中に響いたのはこの声だったのか。納得すると同時にアールの中でとある感情が浮かび上がった。
「ふざけんな!」
 それは怒り。
「なんで見ず知らずの奴に指図されなきゃいけねえんだよ!」
 強引に突きつけられた槍をふりほどいて身構える。力ずくで握ってしまったため手に痛みがはしったが知ったことか。一方的にまくしたてられたことにも腹がたつが、何よりも。
「あんたが俺やリザの何を知ってるっていうんだよ! あいつが誰だって? 知らないからこうして調べてるんだろ!」
「人間風情にあの方を理解していただく必要はないと言っているんです」
「もしかしてあいつの身内か何か? だとしたら過保護にもほどがあるぞ。大事にしてるんならちゃんと信用してやれよ!!」
 まさかここまで反撃にでられると思わなかったのだろう。対峙した女性は一瞬だけひるんだ様子を見せる。
「それに身の程がどうとかしらねえけどよ、それはあんたじゃなくてあいつ自身が決めることだろ!」
 心の中にためていたものを全て吐き捨てるときっと相手をにらみつける。だが女性の方は眉をつり上げることも非難の声をあげることもなく、じっとアールを見つめ返していた。
 しばしの静寂が訪れた後。口を開いたのは女性の方だった。
「精霊の祝福……」
 なるほど、そういうことですかと女性が槍をおさめる。
「あの方を捜してみればこのようなことになっているとは」
 端から見れば、誰もが目を疑うばかりの絶世の美女なのだろう。妖艶とは対局にある清廉潔白、『凜』という言葉を用いるにふさわしいような、彫刻のような造形。そのこと自体に関してはアールも何ら異論もない。しかし言動と手にした武器と加えて会話の端々に耳にする聞き慣れない言葉の数々が余計に恐ろしさを際立たせている。
「あちらからの恩恵を受けているのならこれ以上の手出しはできませんね」
 もっとも、女性からの敵意はかろうじておさまったようだが。しかしこの女性、なかなか物騒ではあるものの初対面という気はしない。過去に会話をしたことがあるとか今回のように口論をしただとかそういった類ではなく、視界にとどめたことがある――言うなれば、何かを通して彼女を目にしたことがあると言うべきか。
 これほど整った容姿なのだ。一度見れば忘れることはなさそうなのに。否、初めに見た印象と現実が違いすぎてるから頭が混乱してしまったのか。
 思い出しそうで思い出せない。歯になにかがひっかかったような、とれそうでとれないようなじれったい感覚。
「結局、あんたって」
 何者なんだ? そう尋ねるよりも早く。
「立ち去りなさい」
 目前に再度槍を突き付けられて。アールは一も二もなくその場を逃げ出した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「どこにいってたんだい?」
 不思議そうな顔をする男に曖昧な返事をする。
「道を尋ねてきたんだ。俺一人だと心許なくてさ」
 まさか、いかつい男達に取り囲まれ女首領らしき人物とことを構えましたとは言えず、アールは適当な言葉をつむぐ。ちなみに銀色の髪に蒼い瞳の女性に興味があるかと尋ねたら真っ青な顔で首を横にふられた。どうやらこの件に対しては手をひいたほうがよさそうだ。
「道ばたで迷うとか転ぶとかってよくあるの?」
「残念ながら。けどそのたびに運良く大事にはいたらないんだよね。どうしてだろう」
 真剣に悩む青年にアールは一つの仮説をたてる。たしかにあれだけの取り巻きがいれば大事にはいたらないだろう。ひょっとすると彼女達によって事実が闇に葬られているのかもしれない。ひいては方向音痴の原因のひとつを担っていることも考えられる。 
「それよりまだつかないのかな?」 
 ここの近くって言ってなかったっけと本来の目的を指摘されてアールは肩をすくめる。
「案内役を連れてきた。念には念を、だ」
 そういって指し示したのは一人の人間の少女だった。黒髪に知力の灯る緑の瞳。
「リーシェです。よろしくお願いします」
 そういって少女はぺこりと頭を下げた。
『ティル・ナ・ノーグの唄』に参加させてもらいました。
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