5話
翌日も朝から、読書と薬の調合で午前中を終える。
調合のレベルが高いため、どんどん薬製作がうまくなっていき、昼飯を食べる頃には薬学レベルが5になっていた。
カミーラは「私がそこまで行くのに何年かかったことか」と恨み節だ。そんなことを言われても、人間だれしも自分のペースというものがある。
薬学レベルが5になった時、錬金術というスキルがスキルツリーに現れた。
しかも、錬金術はすでにレベルが10になっている。
たぶん化学や科学が、この世界の錬金術に該当するのだろう。
数学もスキルツリーに現れていたが、レベルは8となっている。
学生時代、数学は苦手だったが、この世界の数学はそれほど発達していないのか。
カミーラには、また恨まれると面倒なので全て秘密にしておいた。秀才の嫉妬は、後を引く。
漫画やアニメの影響で錬金術は魔法陣を描いたりするものなのかと思っていたので、カミーラに聞いてみると、魔法陣を描くのは魔法陣学というスキルがあるとのこと。
ただし、魔法陣学には数学も錬金術も必要で、そんなことをしなくても普通に魔法スキルを上げたほうが早いと言われた。誰かやったことがあるのか聞いてみたが、それだけでどのくらい人生の時間を無駄にするのか、と説教された。
試しに、数学をレベル10まで上げると、あっさり魔法陣学というスキルが現れた。カミーラが見ていないことを確認して、とりあえず、5まで上げておいた。
これで、
レベル40
言語能力
生活魔法レベル5
火魔法レベル1
調合スキルレベル10
探知スキルレベル10
薬学レベル5
錬金術レベル10
数学レベル10
魔法陣学5
残りスキルポイントは6。
再び読書に戻ろうとした俺にカミーラが声をかけ、不敵に笑った。
「薬学はレベル5からが上がりづらいからな」
それを聞いて、即行でスキルポイントを割り振り、薬学をレベル10にした。クオリティ・オブ・ライフを考えると、他人を気にしないのが一番だ。『人生の時間の無駄』という説教を実践したことにする。
「くそっ! ドーピングだ! 高レベル者の横暴だ!」
カミーラの声を無視して、高回復薬を作りまくった。
残りスキルポイントが1になってしまったが、いろいろなスキルが手に入ったので良しとする。
カミーラは薬屋に籠もりっきりでレベル20にも届いていないらしく、スキルポイントを無駄にしないために相当苦労したようだ。
その苦労話を聞きながら、高純度の回復薬を作り上げ、その辺のビンに入れようとしたところ、カミーラに止められた。
「お前、こんなものをこんな粗末なビンに入れていいのか?」
「いいだろ? また作ればいいんだし」
「……せめて、洗って乾かしたビンにしてくれ!そうじゃないと私の中で納得がいかなすぎる!」
と、よくわからないことを言われたので、洗ってあったビンを貰い受け、その中に高純度の回復薬を入れた。
俺はそれをいつものように袋に入れギルドに向かった。
何故か、カミーラはその時も、「もっと丁寧に扱え!」とプリプリしながら見送りしてくれた。
ギルドに着くと、酒を出している食堂の方にまわり、酒の樽の中に回復薬を少量垂らしていった。
普通の人間や亜人なら体力が回復するだけだし、ゴーストテイラーだったらダメージを食らうはずだ。
効果はてきめんだった。
ギルドのそこらじゅうから断末魔の悲鳴が聞こえ始めたかと思うと、次々に人間や亜人の姿をしていたゴーストテイラーが本来の霊体の姿に変わり、そのまま消滅していった。
俺は受付近くの椅子に座り、成り行きを見守っていた。
ひと通り、断末魔の悲鳴が終わると、ギルド内の人数が半分ほどに減った気がした。
俺は冒険者カードの裏を見るとレベルが57まで上がっていた。
俺は食堂のおばちゃんに回復薬を預け、ゴーストテイラーがまた増えたと思ったら、これを酒樽に少し垂らしてくれと頼んだ。
狐の獣人の受付嬢から1500ノットを貰い、デートの日について相談した。
デートは4日後に決まった。
フォラビットの毛皮はすでに届いていたらしく、20ノットを払って引き取った。
エルフの薬屋に帰り、家賃6ヶ月分として900ノットと、薬草代や教育費、雑費として580ノットをカミーラに渡した。
カミーラは驚いていたが、本の借り賃などもあるし、今回の依頼ではカミーラの力なしでは達成できなかったなどと、持ち上げると照れながら「そうかそうか」と喜んで受け取ってくれた。
カミーラに聞くと、俺が作った高純度の回復薬は1000ノットでも安いくらいの代物だそうだ。
「得をしたのか損をしたのかわからないぞ」
カミーラは一人難しい顔をしていた。放っておこう。
スキルポイントも増えたし、目的は金じゃなかったのだからいいだろう。
4日後が楽しみでならない。
さて、4日後まで何もすることがなくなってしまった。
生活雑貨はひと通り揃えたし、ギルドの依頼も終了。
金を稼ぐ必要も、しばらくはない。
適当に薬屋の掃除をしながら、ボーっと考えて魔法陣学に手を出すことに決めた。
カミーラから借りた本の一節に魔法陣学には魔石の粉というものが必要らしいということが書かれていた。
魔石の粉は、絵の具の材料になったり魔法の威力を上げたいときなどに用いたりするものらしく、この世界ではそれなりに流通していると、カミーラが言っていた。
町に出て画材屋を探したが、この町には画材屋というものがそもそもなく、王都に行かなければないと、町を巡回中の衛兵に言われてしまった。
「魔石の粉は手に入れられないか」と聞くと、それなら屋台のアクセサリーショップや宝石店に行けば、クズの粉が袋に入って売られていると教えてくれた。
屋台を回り、あるだけ魔石の粉を買い漁る。
一袋で10ノットほど。
20袋も買えばカバンはパンパンだ。
ちなみに、カバンは古着屋で買った肩掛けタイプのウグイス色のものだ。
すでに魔法陣学のレベルは5で、その効果も理論もある程度わかる。
しかし、実際にやってみなくては、威力がわからない。
人目につくところでやると、火柱が上がったりして騒ぎになってしまう。
さて、どうしたものか。
やはり、町を出て、森の中でやるか。
すでにレベルは57もあるのだから、ステータスもそこそこで、ゴブリンぐらいには勝てるだろう。
ただ、どうにも町を出ることに二の足を踏んでしまう。
こんなツナギ姿でいいのか?
だったら防具屋で鎧を買い込むか?
武器屋で武器も揃えて?
ちょっと待て、その前に俺の武器ってなんだ?
そんなスキルは取ってないぞ。
冒険者ギルドの訓練で散々な目にあったじゃないか。
実戦じゃゴブリンにだってやられるかもしれない。
などと言い訳をして、町を出ることは断念した。
そうなってくると、都合のいい工房や廃屋などがないかと探すことになる。
再びすれ違った衛兵の足を止め、聞いてみた。
「廃屋? そんなところで何をする気ですか?」
「いや、実験をしたかったんですが…」
「実験?」
「ええ、魔法陣学の……」
「魔法陣学? まさか! あんたのように若い人が錬金術を修めているはずがないでしょ」
そうだった。
元いた世界のおかげで錬金術がカンストしてるだけで、本来なら長い年月をかけるか、レベルを上げないとダメなんだった。
「いやいや、魔法の練習です。生活魔法の! 実はクリーナップを習得したくてですね。将来はお屋敷の執事を目指しているんです!」
「なるほど! そうですか! それなら、いい屋敷を知っているよ。町の北、山の方に墓地があるだろ。その近くに蔦だらけになった屋敷があるはずだ。そこなら誰も居ない時に練習できるんじゃないかな?ただ、もし盗賊や不良の溜まり場になってたら、すぐに我々に知らせてくれたまえ!」
「わかりました! ありがとうございます」
「いやいや、なんのなんの」
俺と別れた衛兵は再び巡回に戻っていった。