10話
相変わらず、ハチミツをかけたパンを朝食に食べ、ハーブティーで一服していると、早々にお客さんが来た。
森に向かう冒険者が毒消し草を買っていった。
一応、毒消し草より、アンチドーテという薬のほうを勧めたが、若干高いので毒消し草を選んでいった。
近所の腰が悪い婆さんには鍼治療を施し、背骨がまっすぐになって帰っていった。
風邪を引いたという医者が高い回復薬を買っていったりもした。
商品の品出しと、補充をするために、ギルドへの依頼書も作成しないといけない。
ついでに余っていそうな薬草や毒消し草を使って、いろんな薬品を作っていく。
案外、やることは多い。
そろそろ昼飯を食べようかと思った頃、店の隅に、虫が出たので踏んで殺した。
殺虫剤か罠がいるようだ。
他の薬品と混ざる危険性もあるので、店の中では殺虫剤よりも粘着させて捕らえる罠を作ることにした。
適当な木の板に魔法陣を描いて、虫が来そうな部屋の隅に仕掛けておく。
殺虫剤は、そもそも缶もノズルもないので、色んな物を代用する。
缶はビンでも何でもいいが、ノズルはめんどくさかった。
木を丸く削り、刳り抜き、パイプにフォラビットの食道を使い、吹き出し口は針で開けるなど、なかなかうまくいかなかったが、要は井戸のポンプの小さい版だな、と思ったところからが早かった。
さすが工作技術10である。
すぐに完成した。
せっかくなので、鍛冶屋に井戸のポンプを頼もうと思ったが、今は店番中だし、裏の井戸にないってことは、設計図から描かないといけないかもしれないと思い直した。
まぁ、井戸がなくても魔法陣を描けば、いくらでも水は生成できるんだけどね。
本当に魔法陣は便利である。
魔法が便利すぎるがゆえに発達しないことも多いのだろうなぁ、などと考えながら、缶から煙を出すタイプの殺虫剤も作った。
窓を閉め切り、近所に火事ではないですと呼びかける例のアレである。
この店では試す機会はないかもしれないが、一般の家ではありそうだ。
どこか試せる場所を探そうと思う。
作業をしつつ、客の相手をしていたら、あっという間に夕方である。
空がオレンジ色に変わる頃、セーラとバルザックが帰ってきた。
2人とも、眉間にしわを寄せて肩を落としている。
「何かあったのか?」
聞いてみると、遺体の鑑定やご遺族との対面させる仕事はうまくいったのだが、俺のことをバカにされたらしい。
「『ベスパホネットを倒す実力があるGランクの冒険者なんておかしい。誰か強いやつを雇っているのだろう』って言うんです! 頭にきたから、『ご主人様の実力です』って言ったら、奴隷のくせに生意気だと言われました。『お前のご主人は駆除するだけで腕っぷしはからっきしだろ』なんて教会の僧侶が言うんですよ! ナオキ様は教会ごとあの者を破壊するべきです!」
忌々しそうにセーラが言った。
「なにか強力な武器を隠しているのだろうと疑う者もおりましたよ。盗難にご注意ください。まぁナオキ様の相手にはならないような方ばかりでしたから、一度実力を見せるのもいいかと思います。ええ、是非とも、そうするべきです! 闘技大会を催すのも手でしょう! 十中八九、ナオキ様が優勝されると思いますがね!」
バルザックもだんだんヒートアップしてきた。
「ナオキ様も、早く冒険者のランクを上げてはいかがですか? すでにAランク以上の実力をお持ちじゃないですか?」
セーラが俺に矛先を変えてきた。
「たしか、Fに上がるのに、ゴブリンの耳を10個だったっけ? あとはギルドの教官と戦うなんてのもあったよな? 悪いけど、俺には向いてないよ。そういうのは、バカにしたい奴はバカにさせとけばいいじゃない。俺は気にしないよ。それより見てくれよ、これ!」
俺は水の入った殺虫剤のビンを2人に向けて発射した。
霧吹きのように発射された水は、2人の頬をちょっとだけ濡らした。
「な、なんですか!? それは!?」
「冷たい! 何をしたんです?」
2人ともなかなかいい反応だ。
「これは、中身を変えれば、殺虫剤を噴射したり、色を塗ったり、香水をかけたり出来るものなんだ。どうだ、スゴイだろ!」
「スゴイです。スゴイですけど!」
「地味ですよ!」
セーラとバルザックが口々に文句を言ってきた。
「な! 酷い! せっかく1日かけて作ったというのに!」
「1日中、そんなものを作っていたんですか?」
「そうだよ! 全く酷い奴隷たちだ!主人の偉業を讃えないとは」
「ただいまー!」
カミーラが帰ってきた。
カミーラにもビンを見せたが「何それ、地味ね」で終わった。
「全く、この素晴らしさがわかってくれる人間はいないのか!」
「そんなことより、ほら、明日のデート用に服を買ってきてあげたよ、ナオキ!」
「え!? なんて気が利くんだ、カミーラは! これからはエルフ史上最大の賢者と称えることにするよ」
「そ、そ、そんな褒められてもそお?これなんだけどね。男のセクシーさ爆発ッて感じでしょ。これなら、彼女もイチコロよ!」
そう言ってカミーラが見せてくれたのは、アミアミで、向こうが透けている全身タイツだった。
「すまない、カミーラ。君のセンスには付いていけないようだ。これからはエルフ史上最悪のファッションリーダーとして名を馳せていってくれたまえ」
「これスゴくない! この服を着たら町中があなたに振り向くのよ!」
「そして、衛兵に逮捕されるわ! もうダメだ! 聞いちゃいられない! 晩飯を食べて、とっとと寝よう!」
ブツブツ文句を言っているカミーラを置いて、町の居酒屋に繰り出し、晩飯を食べ、ほろ酔い気分のバルザックをギルドの宿屋まで送ってから、帰宅した。
酒が入っていたこともあり、部屋に入りベッドに潜り込むとすぐに眠ってしまった。
翌朝、まだ遺体の残る屋敷に奴隷2人を送り出し、古着屋で適当なシャツと黒のズボンを買って、店番をしていた。
昼ごろになってアイリーンが来たので、店をカミーラに任せ、デートに出かけた。
大衆食堂で昼飯を済ませ、お茶を頂く。
「それで、ナオキさんは何が知りたいの?」
「全部かな。この世界がなんて呼ばれているのか?この国の名前、町の名前、隣町に行くには?戦争は起こっているのか?俺は本当にこの町で生活するだけの知識しか持ってないんだ」
アイリーンは狐の耳を撫でながら、聞いていた。
「じゃ、まずは世界のことからね、これは私が知ってるって言うよりも殆どの人がそう思ってるって言うことなんだけど……」
アイリーンが言うにはこの世界は半球状になっていて、世界には端があるらしい。
世界のことをセロソフィアという。
そしてこの国は、ある大陸の東半分ほど占めている大国で、名前をアリスフェイ王国というのだとか。
大陸の大きさがどのくらいあるのか、どんな形をしているのかアイリーンは知らないという。
この町はクーベニアと言って、アリスフェイの北に位置する山脈近くにあり、ほとんど見放された土地なのだとか。
それでも以前の領主が優秀だったのか、ギルドもあれば商業もそこそこに発達しているとのこと。
今のところ、アリスフェイでは戦争は起こってないが他国はわからないという。
あまり情報技術が発達していないのと、情報を役人が止めていることもあるらしい。
記者にでもなれば、意外に稼げるかもしれない。
時々、都会から本が送られてきたりして、情報を知ることが多いそうだ。
そこには、見たこともないような滝の話や、聞いたこともないような機械のことが書いてあるそうで、アイリーンも一度は見たいと言っていた。
この世界に来て、3ヶ月ほど経ち、この町にも慣れた。
新しい町や景色を見るのも悪くないかもしれない。
せっかく異世界に来たのだから。
「あ、そうだ。聞いとかなきゃいけないことがあったんだ」
大衆食堂を出て、雑貨屋やアクセサリーショップをひやかしていた時、思い出したことがある。
「なに? 答えられることなら答えるけど」
「奴隷のことなんだけどさ。前いたところでは奴隷なんて見もしなかったんだ。それで扱いに困っててさ、できれば早いところ仕事を見つけて解放したいんだけど、それって変なことかな?」
「そうね。普通の奴隷の主人じゃないかもしれないね。それに元奴隷が仕事を見つけるのは大変なことなのよ」
「そうかぁ、気長に待つか。ギルドでいい仕事でもあれば教えてよ。犬の老獣人かゲッコー族の鑑定スキル持ちでも出来ることなら。セーラなんかもう呪いはないんだし、結構役に立つはずなんだ」
「……1個あるんだけど、どうかな?」
「本当!? ぜひぜひ、住むところがあって食べ物に困らないようなところならどこでもいいよ」
そのまま、喫茶店に行き、お茶を飲みながら、アイリーンと話し込んでしまった。
喫茶店を出る頃にはすっかり夕暮れ時だった。
アイリーンはお花やアクセサリーなどたくさんおみやげを抱えている。
アイリーンはギルドの近くの社宅に住んでいるらしく、そこまで送っていった。
「今日はありがとう。いろいろこの世界のことが知れてよかったよ。それにあの件もよろしくね」
「こちらこそ、こんなにおみやげ貰っちゃって、お金使わせちゃったね」
「いいんだよ。持ってても、ろくな事に使わないからさ。じゃ、今日は本当にありがとう!」
「こちらこそ」
アイリーンと手を振って別れ、エルフの薬屋に急ぐ。
そういえば、特別サービスがどうのってのはどうなったのか、さっぱりだったがデートはうまくいったし、問題ないだろう。