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ヤーシャの国の魔法技師  作者:
二代目魔法技師、参上
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失くしたものと背負うもの

「エンジ。先程はお前の立場を作るためにあえて公衆の面前で頭を下げた。個人として対等だとは言ったが、所詮王としての態度を見せる場にすぎない。

 改めて謝罪とお前に望むことを、色々と、遅まきながら説明させてほしい」


 そこは王族が個人的に食事をとる部屋あった。

 豪華な肉料理を敷き詰めたテーブルに座り、飲み物で口を潤すと王はいきなり本題に入った。


「お前を喚び出したのはこちら側の都合だ。そしてお前の意思に関係なく、解放することは出来ない。

 これからお前に"お願い"だとか"希望する"だとか告げることは、全て我々の押し付けにすぎないと分かっている。だが、それでもヤーシャの国は召喚人を必要としている。

 せめてもの報いとして、ヤーシャ王族に可能な報酬はいくらでも与えよう。納得いかないかもしれないが、協力してもらいたいと思っている」


 交渉術と呼ぶには直球すぎる言葉だった。

 あえてストレートに表現しているのか、単なる性格なのか。

 瑛士はなんとなく後者だろうと理解しつつあったが、とりあえず逆らうという選択肢はない。協力しなかった場合についての処遇が全く話に上がってこないのは、彼が考えていないからか、その場合は説明する必要もないからか。

 楽観視してリスクがある方針をとるのは、瑛士の主義ではない。


 それに、瑛士はおそらく彼らが思っているほどには、前世に未練がなかった。

 両親は死別し、兄弟はいない。

 むしろ仕事に殺されかかっていたところを、救われたと考えることもできた。

 この三ヶ月間の暮らしは快適で、前世のようなコンピュータ的趣味が無いことはマイナスだけれども、魔導具という研究対象は全く飽きない新しい趣味だった。


(そう考えると一日三時間働くだけで、快適な暮らしで立場も保証されてるんだよな。前世だったら勝ち組なのでは?)


 強制的に拉致されたという事実はあるものの、事実だけを考えるならば現在の状況も悪くはない。

 瑛士はとりあえず素直にヤーシャの国の申し出を聞こうと決めた。


 瑛士が考え事を終えてナイフとフォークを動かし始めたのを見て、ヤーシャ王は続きを話始めた。


「異世界人を呼び出したのには理由があるが、貴様の名を魔法技師として広めたこともそれが関係している」

「魔法技師……本当に魔導具を理解できる人材は今まで現れなかったんですか?」


 マジックエンジニアと言い換えると格好良いな、と余計な事を考えながら瑛士は分かりきっていることをあえて訪ねてみた。

 自分の認識が相手と一致していることを、あえて確認するのは大事なことだ。

 それが当たり前であればあるほど、齟齬がないにこしたことはない。

 瑛士が前世で学んだ大事なことの一つだ。


「最初に魔導具を開発した技師以来、ただの一人も出てこなかった。貴様の存在は、このヤーシャの国の存在と同じくらい重い」


 確認しておいてよかった、と瑛士は震えながら思った。まさか国家レベルの扱いをされるとは。

 ほんとですか、とシャルロッテ姫に視線を向ける。彼女は丁寧に口元を拭ってから頷いた。


「そもそも、このヤーシャの国は「ヤの国」と呼ばれていました。ナの国以外にも様々な国家が存在していた戦乱の時代にヤの国が勝ち残ったのは、魔導具の存在があったからなのです」

「……戦争に魔導具を使ったんですか?」

「はい。ヤーシャの国の建国から50年ほどは魔法技師の方も生きて居られたのですが、その方が亡くなって以後百五十年、エンジ様以外に魔導具を理解した方は存在しません。

 ましてや宝石が必要な上級魔法は修理出来たものすらいませんでした」

「数年前から戦争をしかけてきたナの国は制定したが、ここ十年ほどで周辺国家は再び戦争の準備を進めている。我が国の強さを支える魔導具は伸びしろがなく、衰退していく一方だった」


 そこに、再び魔法技師が現れた。


「魔導具という技術を残せなかったヤーシャの国を、周辺国家は見くびり始めていたのさ。その動きを止めるために、お前の名前を使わせてもらった」

「そんなことが本当にそんな効果がありますか?」

「一月後には結果が出る。フェルトンから魔法技師の話が流れ、祭りに紛れ込んでいる各国の密偵はその話を必ず聞きつけるだろう。そのために話を吹聴しろと言い含めておいた」


 巻き込んでしまったフェルトンには申し訳ないが、あれほど豪奢でしかも外国の商人だ。

 噂は確かに広まるだろう。


「それに、この祭りでは毎年必ず同じ演目の舞台が行われる。それにお前が出席すれば信じずにはいられまい。舞台だが作り話ではなく、先代の魔法技師を元にした実話だ。そのクライマックスで貴様に登壇してもらう。細かいことは妹から聞いてくれ」


 いつのまにやら目の前にあった子豚の丸焼きを平らげたヤーシャ王は、それだけ伝えると止める間もなく席を立ってしまった。

 だが、扉を開ける前に瑛士を振り返って、ふたたび頭を下げた。


「報酬は十二分に出そう。よしなに、宜しく頼む」


 相手に言葉を投げつけるだけで会話になっていないのだが、これだけ忙しなく働くほど仕事があるのであれば一方的になるのも仕方がないか、と瑛士は納得していた。自分も仕事が忙しい時は部下に丁寧に接することが出来なかった時も有ったと思い出していたのだ。

 ヤーシャ王は真実こういう男であって、その態度には裏も意図もない。瑛士はそう受け取っていた。よしんばそれが演技だとしても、そういう扱いを続けてくれるのであれば問題ないと思っていた。


 だが、瑛士のように素直にヤーシャ王の態度を受け取ることが出来る人間は稀であった。

 受け止めきることが出来ずに不信や怒りを抱いた家臣を何度も見ているシャルロッテ姫は、食事の間ずっと瑛士のことを観察していた。

 兄との会話の間に見せる表情を見抜く。それがシャルロッテの日常だ。

 だというのに、瑛士からは何も見抜くことが出来なかった。


 フォークを握ったまま固まっていた瑛士は数分程して解凍されると、フォークを丁寧に置いて立ち上がった。

 慌てて姫も応じると、瑛士はゆっくりと頭を下げた。


「何卒、宜しくお願い致します」


 表情も変えずにあっさり頭を下げる瑛士を見て、シャルロッテの中の不安が大きくなる。

 腹の下に黒いものを隠した大人達を散々見てきたシャルロッテは、含んだものを見抜ける自信があった。

 彼女の経験は、瑛士が白だと言っている。

 だが、突如異世界に召喚されて、この仕打を受けて、自分ならこうも素直に頭を下げられるだろうか。

 直感を信じるべきか、理屈を信じるべきか。

 答えは出なかったが、姫にこの場で出来る行動は一つだけである。


「こちらこそ、宜しくお願いしますわ」


 こうして正式に、そして今はまだ内密に、ヤーシャの国に百五十年ぶりに魔法技師が生まれたのである。

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