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ヤーシャの国の魔法技師 作者:アラトリウス

二代目魔法技師、参上

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召喚人

 瑛士はいくつかの釈明を考えていたのだが、会話をさせてもらえる機会もないまま城へと引きずられていった。
 地下室にも風呂はあったものの、王の前に出る身を清めるには十分な設備ではなかったのだろう。半年間で地道に溜め込んだ垢をこそぎ落とされ、豪奢な服を着せられる。
 気付いた時には瑛士は一人で謁見の間の扉をくぐらされていた。

(小さな会社の社長となら話したことがあるけど、王様と話したことはないなぁ)

 事前に問答を想定して答えを考えておきたかった瑛士だが、王様に話しかけられた経験は無い。想定すらできない問題について考えることは諦め、瑛士は広間の様子を観察した。

 扉から玉座へは絨毯が敷かれている。レッドカーペットというわけではないが、しっかりと刺繍が施されている。部屋は城と同じ石造りで、壁には巨大な肖像画が飾られている。歴代の王達であったが、瑛士にそれを知る由はなく、絵を堪能するだけの美術の成績も彼には無かった。
 広間の壁際には武装した兵士達が並んでいるが、部屋の奥に進むに連れて武器を持たない貴族に変わっていく。
 そして肝心の玉座の周囲には護衛の兵士を含めて誰も立ち入っていない。たぶん玉座の周囲の敷物が不可侵領域なのだろう。
 瑛士が一通り見るべきものを見た後に、その領域の主が現れた。

 玉座の脇にある扉から現れたのは、黒の服に金糸をあしらった赤髪の青年。やっぱり人の上に立つ人は見た目から違うものだなぁと感心していると、瑛士は自分でも知らぬ間に玉座へ続く敷物の上で正座になっていた。
 瑛士をみて王の眉がぴくりと動く。

(やべっ、こっちの作法も知らないけど、失礼だったか?)

 瑛士が内心で焦っていると、ヤーシャ王は玉座には座らず瑛士に歩み寄って行った。
 もはや内心どころではなく滝のように汗を流し始める瑛士。周囲がざわついているので一大事で間違いなく、けれども頭が真っ白になって何も出来ずに歩み寄ってくる王を見上げることしかできなかった。

「よい。動くな」

 王が言うと兵士たちは姿勢を戻して再び石像のように固まった。
 全員が距離を取ったことを確認して、ヤーシャ王は瑛士を見下ろしながら言った。

「さて、まずは名を聞こう」
「え、瑛士と申します」
「エンジではないのか?」
(知ってるじゃねーか!間違ってるけど!)

 ツッコミは隠して瑛士は愛想笑いを浮かべた。

「エンジニアは元の世界での職業でして、名は瑛士と申します」
「ではその名は隠せ。少なくとも表に立つときはエンジと名乗れ」
「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

 王は首を傾げて固まった。聞き返しただけで不思議に思われ、瑛士も首を傾げる。
 固まっている二人を解きほぐしたのは、瑛士も聞き覚えのある女の声だった。

「お兄様。エンジ様は家臣ではないのですよ」

 王と同じように玉座の脇から現れたのは、姫だった。
 瑛士としては彼女を目にかけたのは召喚直後の僅かな時間だけである。改めて目にした少女は、前世では出会ったことがないほど美しかった。
 兄の髪は剣山のように尖っているが、妹の方は絹のようにしなやかだ。
 小顔で小柄と人形のようにまとまっているのに、おうとつの効いたボディバランスは生きている人間とは思えない。凹凸については瑛士の主観的な判断が混じっているが、それを差し引いたとしてもまごうことなき美人であった。

「申し訳ありません、エンジ様。あなた様の名をすでにお兄様が流布されてしまったのです」
「上級魔法を使える人間として、ですか?」
「商人の口に戸は立てられん。話していいラインを決めて自由にさせたほうが良かろう」

 なるほど、と瑛士は納得した。
 だが、続く一言には驚きと、そして恐怖を感じた。

「貴様もそう考えていたのだろう?」

 王は瑛士がしていたことを商人から聞き出していた。
 そして瑛士の発言と行動から、話してはいけないラインがあることに気付いていた。
 この王の恐ろしさを改めて実感し、瑛士は内心で震えた。
 同時にこの男には従うしかあるまいと諦めてもいたのたが、王は意外な言葉を口にした。

「エンジよ。私の名はヤーシャ王だ。王位を継いだ後は個人の名は捨てるのが習わしでな、これで対等に名を名乗ったとしてくれ」

 対等?
 瑛士だけではなくその場の全員が同じ疑問を頭に浮かべた。

「俺は王だ。この国の誰よりも上に在る。だがお前はこの国の民ではない」

 ヤーシャ王は言い切ると、姫と二人で頭を下げた。
 周囲の兵士にどよめきがおこる。瑛士もどよめいた。

「突然にこの世界へ呼び出したこと。そして半年も神殿に封じたこと。申し訳なく思う」
「どうかお赦しください」

 一国の王が、個人に頭を下げている。
 状況を理解した瑛士の胸に去来したのは、未曾有の大パニックであった。
 子供の頃から謝ることはあったが謝られたことはとんとなく、何を言えばよいのかピンとこない。
 許す時は、な、なんて言えば良いんだ?

「ど、どういたしまして……?」
「それがエンジの国での赦免の言葉なのか?」
「え、えぇ、そんな感じで」
「そうか。思う事はあるだろうが、応じてくれたことを嬉しく思う」

 だが、

「個人として、エンジにも」

 王の言葉に、瑛士も今度はピンと来た。
 人生最高にピンと来ていた。

「申し訳!ございませんでしたぁ!!」

 人生最速最低の土下座を姫に向けた。
 ここまで素直にへりくだるものを見たのは珍しいのだろう。王も、兵士も、そして姫自身もぽかんとそれを見つめていた。
 瑛士が動かぬまま、否、石の中に沈もうかというほどに頭を押し付けているのを見て、王が姫を肘で小突いた。

「あっ、その、ど、どういたしまして?」

 姫のその言葉を聞いて瑛士が顔を上げると彼の額に赤い後が出来ていた。
 それを見て姫がくすっと笑う。
 それを見て、瑛士と王が揃って胸をなでおろした。

「シャルロッテが許したのだ。俺は許せんが、これでお互いチャラと行きたいところなのだが、実はこれでもまだこちらの負債のほうが多いのだ」

 気にしていませんけど、とは言わなかった。
 少数でも人前で王が頭を下げたことに意味がない訳がない。
 ヤーシャ王とシャルロッテ姫。二人の顔に泥を塗ってもいいことはないだろう。

「続きは食事をしながらにしよう」
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