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怪異妙奇譚伝 作者:Kt

壹譚目

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 上はファスナーを胸辺りまで閉めたフード付きの黒ジップパーカー、下はダークグリーンの7分丈カーゴパンツを着用している。手には銀色模様が描かれた黒い指ぬきグローブをはめている。

「刀投げんの上手いね〜あっ! もしかしてやり投げ経験者?」

 少年は頭の後ろで手を組み、足のつま先を交差させながら立てている。その姿からは余裕さが感じられる。

「ま、投げても無駄なんだけど」
 少年の口から膨らんだガムが出てきて、すぐ割れる。

 パンッ、と小さな破裂音を合図に、先ほどまで遠くへ投げ飛ばされていたはずの刀が戻ってきた。生き物のようにブーメランの弧を描いている。

 少年が右手を高く上げると、そこへ刀は綺麗に収まった。
 手で隠れていない(つか)から、はめている手袋と同じ色の模様が描かれているのが見える。

 「な?」少年が眉を上げる。
 怪物は、怒り任せに腕を振り下ろし、少年を押し潰そうとする。

 少年は両手で柄を掴み、水平に構える。振り下ろされた腕が刃にぶつかる。細かな火花が散る。
 その場で受け止め続ける。歯を食いしばり顔を歪ませ腕を震わせながらもではあるが、そもそも体格差からしてこの程度で済んでいるのがありえない。

 な、なんなんだこれ……

 すると、少年の両足は次第にぬかるんだ土を盛り上がらせながら後退していく。やはり怪物の方が力が強いのだろうか。

 「おん」少年は全身に力を入れる。土が下にズドンとへこむ。
 「どりゃぁぁ!」そして、怪物を向こうへ右方向へ弾き飛ばした。

 勢い余ってか、そのまま右へ少年の体が回る。足が地面を離れ、宙に浮く。
 怪物は地面の土を滑りながら、受けた力を打ち消し、止める。
 回転し続けた少年はというと、怪物に背中を向けている状態になっている。うつ伏せのような状態だ。
 それを見逃さない怪物。チャンスとばかりに体勢を整え、少年の方に駆けてくる。

 少年は右足をつき、地面を蹴る。消え気味だった勢いをさらにつけて回転する。
 刀を左に渡しながら怪物の方に体が向け、宙に浮いてもお構いなしで、刀をぶん投げた。

 頭ごと体をずらし、避ける怪物。駆けるスピードは一瞬遅くなるも、ほぼ変わらない。
 だが、少年はその一瞬の隙をつき両足をつけて、怪物の方へ走っていく。

 互いに走ることで縮まっていく距離。
 怪物は止まる。勢いそのまま体がスライドしていきながらも、右腕を引く。
 その動作を見ても、少年はスピードを緩めない。

 もしかしたら、勢いで緩まないのか? いや、そうだとしたらっ——
 よぎった嫌な結末が俺の心拍数を上げさせている。そのためか、不思議と見えている景色が少しだけスローになった。

 その時に気づいた。
 少年は笑っていたのだ。まるで怪物の動きをさも分かっていましたかのようなそんな表情。

 少年が目の前に。怪物は、ダァララァァララァラとまたしてもけたたましい咆哮をあげ、腕を突き出す。
 次の瞬間、勢いそのまま少年はストンと体を落とし、握られた拳を間一髪スレスレで躱す。
 同時に、怪物の脛に腕を突き出し、引っ掛ける。怪物の姿勢がぐらりと崩れ、前方にばたりと倒れた。
 ぬかるんだ地面のせいからか、少年はスライディングして壁際まで。土が放射状にはねる。

 壁に軽くぶつかる形で止まった少年は片手を地面に。そして、体操選手のように怪物の方へ向こうと空中でひねって、軽々「よっと!」と身体を起こす。少年の声で景色がふと戻る。
 少年は手や服についた泥を払ったり軽くこするなどして落とすと、「あー」と肩や首を回し始めた。その軽さはまるでデスクワークをしているサラリーマンかのよう。

 訪れた静寂——そのおかげでこんがらがっていた頭が落ち着きを取り戻す。

 俺は近くで倒れている怪物から距離を置き、少年の近くへ。
 本当は一刻も早くこの場から立ち去りたかったけど、怪物がいるのは出口近く。逃げるのは危険だと思った。というか、正直なところからあの怪物には一生近づきたくないと体が拒絶反応を示していた。

 ガチャリ

 金属音が聞こえる。俺は振り返る。少年は右手を横に向けていた。手にはあの刀が。先ほどと同様、刀がひとりでに戻ってきたのだろう。

 少年は刀を肩に置き、何度か叩く。そして、「案外弱えーな」と嘲笑った。

 ブァルルゥルルルゥルルルゥ——怪物は絶叫に近い咆哮をあげる。耳をつんざくような異常な音量に俺は思わず耳に手を当て、目を細める。

「そうこなくっちゃ」
 口角を上げながら少年は再び怪物へ走り出し、戦いを再開した。

 俺は、正体不明の怪物と人間とは思えない身のこなしを繰り返す少年の、奇怪で妙な激闘をただ凝視していた。というか、何もできぬ俺にはそれしかできなかった。

「大丈夫ですか?」

 「わああっ!!」背後から突然かけられた不意打ち的な声に、俺は変な声を出してすぐさま振り返る。

 そこには、シャープなメガネをかけたイケメンな青年が立っていた。
 少年とは打って変わって身長は高く、Vネックのカーディガンに紺のジャケット、そしてホワイトジーンズというカジュアルな服装。そして、肩には斜めがけしたショルダーバッグ。
 まさに今時の若者って感じだ。

 「すいません、驚かせるつもりはなかったんですが……」申し訳ないという表情を浮かべる青年。

「あっいや……」

 どっから現れたんだ?

「怪我はありませんか?」

「大、丈夫、です……はい」

「そうですか。ならよかった」

「失礼ですが、おいくつですか?」

 「はい?」唐突な質問に思わず聞き返す。

「年齢は?」

 この状況で聞くこと、それ?

「32ですけど……」

 でも、一応答えておく。

 「そうですか……」険しい顔になる青年。
 何でそんな表情になるのか、分からなかった俺はそのわけを訊こうとした。

 でも、ガシャンという大きな音が上空から聞こえ、阻まれた。

 俺は視線を目をやる。
 喫驚、その一言だった。思わず目が丸くなる。
 なんと青年の後方にあるビルの屋上に張られている鉄網が折れ曲り、こちらに向かって落ちているのだ。

 「わぁ!」と俺は声を上げた。
 すると、青年は網へ振り向きざま、そして慣れた手つきで肩がけバッグから表紙が緑の本を取り出し、開いた。

「ジン!」

 青年が網に手をかざし叫んだその瞬間、網は粉砕され、四散した。
 多少パラパラと残骸が落ちてきて体に当たるものの、痛みは全く感じなかった。

 またしても起きた不可解な現象に、俺は再びあっけにとられた。

「もう少し気をつけて戦ってくれないか、イチ」

 いつの間にか青年は少年の方を見ており、怪物の攻撃を刀で弾いたり体で躱したりと絶賛戦闘中にもかかわらず、口を手で囲み、叫び伝えていた。
 てことは、戦いによって網が、ということか……

「だったらよぉーそっちばっか構ってねぇで、手伝えってーの!」

 叫び返す少年。
 青年は小さなため息をついて、俺の方を見てきた。

「この辺は危険なので、そうですねー……あっ、あの裏に隠れててください」
 指し示されたのは、路地裏にあった業務用室外機。

「は、はい……」
 今の状況下では言われるがまま状態な俺はそう素直に答えると、青年は緑の本を手で持ちながら少年の方へ駆けていく。
 だが、すぐのところで立ち止まり、振り返る。

「逃げないでくださいね」

 俺はその意味がなんなのか分からなかったが、こちらも言われるがままに「はい」と返事し、室外機の後ろへ力走。身を隠す。

 そして、すぐさまケータイを取り出す。理由はもちろん、今この状況をムービーに収めるためだ。
 こんな大スクープ、ものにできなきゃ記者失格だ。

 俺はケータイを横に持ち、画面下に表示された赤い録画ボタンを人差し指で押した。
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