004 - 目覚めの儀。
その翌日。
俺達は、“目覚めの儀”とかいう儀式に参加させられるらしい。
詳しく話を聞いたところ、なんでも異世界から召還された勇者の力を目覚めさせるための儀式なのだという。
「儀式って何をするんです? 俺はそんな儀礼的な作法なんて知らないのですが」
「大丈夫ですよ〜。ちょっと道具を選ぶだけです」
お付きのメイドさんに聞くと、そんな間延びした返事が返ってきて。
そのまま連れて行かれたのは、なんだかかび臭い古びた扉の前だった。
「お、大和」
名前を呼ばれ、視線を移す。
「晃か。巫女さんもご一緒で」
白いローブに身を包んだ少女がそばにいるのを見て、そちらにも声を掛ける。
……どうも聞いた話だと、あの巫女さんこの国の王女様らしい。
なんでも国自体がその……魔術? という技術の発達した国で、その中でも王族は代々強い魔力を持つ……とか。
自分で思い返してもなんて胡散臭い話なんだ。
「その巫女さん、というのは私のことですか?」
「うん。巫女さんだし」
思わず口から漏らしていた。内心でそう呼称していると、ついつい。
――まぁ、実際には日本の伝統的な巫女服とは全く違うのだが。
シャーマンという意味の巫女では巫女さんなのだろう。
「で、目覚めの儀って如何な催しなんです?」
あくびをして興味無さ気に佇む晃に蹴りを入れたい衝動を抑えつつ尋ねる。
「簡単な事です。この蔵の中から、適当に気に入った品を一品、持ってきていただければ」
言いながら巫女さんは大きな扉にその小さな手を載せる。
途端、手から小さな光がほとばしる。
「わお」
所謂魔術。この世界に来て、名前だけは聞いていたが、実際に目にするのは初めてだ。
……しかし、一番最初に見た魔術が扉開けとは……。
開かれた扉の先、薄暗い闇の中。
「では、いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ〜」
巫女さんとメイドに見送られ、俺達はその暗闇の中へと足を進めるのだった。
足を進めて、30秒も経たず。
一面に広がる様々な道具を目にして、俺は思わず動きを止めてしまっていた。
「うわ、凄いな」
「……ああ」
晃の言葉に素直に頷く。
この光景はそれほど凄まじかった。
金銀財宝、というわけではない。確かに金細工銀細工の類も多かった。
しかし、此処にあるのはそれ以上に金属の槍や剣、呪術的な文様の入った盾や、怪しげに輝く宝石、それらの埋め込まれた杖やネックレス。
それらが無造作に、山の如く堆く積み上げられていたのだ。
「お宝の山だ……!!」
「――調子に乗るなよ? 巫女さんは一つって言ってただろ? ……第一、今の俺等がこんなもの手に入れたところで、荷物にしかならんぞ」
言いつつ、山の中を適当に物色していく。
短剣、杯、盾、魔導書。
どれもこれも物凄く派手な装飾がされていて、今一つ俺の嗜好とはかみ合わない。
「おぉ、この剣なんか格好良くね?」
「舌切り雀」
「………………」
ちょっと違うんだが脅かしてみた。此処は異世界。信じる事のできるものなんて多くないのだし、あまり派手な行動は避けたい。
んで、脅かしてみたら素直に反応する晃。
まぁ、こいつなら人徳でどんな事態でもクリアしてしまいそうだけれども。
「……お?」
一瞬何かがチラリと光ったような気がして。
「ん? 何か有ったのか」
「いや……ちょっと待て」
興味を引かれてその辺りを探ってみる。
巨大な甲冑を押しのけ、ロングソードを投げ捨て、巨大な水晶を転がして。
「……っと、コレだな」
何故だか、他の光物を完全に無視して、さっきの光源はソレだと断定していた。
紫色の水晶の嵌った、黒い腕輪。
「これだな」
「ん? そんな地味なので良いのか?」
「ああ、コレで良い。いや、コレが良い」
言って、腕に通す。
どこか緩める部分でもあるのかと思ったが、腕輪は隙間が無いしっかりとしたつくりのものだった。ので、無理やり腕を通して。
「……え?」
瞬間、腕輪が一気に収縮する。
途端腕輪は、ソレまで有った少しの余裕を消して、まるで身体の一部のように腕にぴったりとくっついて。
「ほぅ、汝が妾の主殿か?」
「……え?」
気付けば、俺は何時の間にか公園のど真ん中に立っていた。
公園……そう、公園だ。どこかで見覚えのあるような、古びた公園。
けれども、俺は今さっきまで異世界の倉庫に居たような……。
考えつつ正面を見る。
其処に立っていたのは、フリルをふんだんに付けた黒いゴシック調ドレスを身にまとった、幼い少女だった。
ゴスロリ。そんな単語が脳裏を通り過ぎた。
「……此処は、……っていうか、キミは?」
「妾は、主殿が身に着けた腕輪の……いわば精霊の類よ。というか、主殿はそのような事も知らず妾を身に付けたのか?」
言われて頷く。と、自らを精霊と名乗った少女は額に手を当ててため息を吐いた。
「済まぬが主殿。少し事情を説明してもらっても良いかの?」
「ああ。けどその代わり、こっちにもちゃんと事情を説明してくれよ?」
言って、これまでのことを話し始める。
といっても、話せる事なんて、俺達二人がこの異世界に召還された、という事くらいなのだが。
「成程のう。全く、何時の時代も人の世というのは……」
少女はそういって、面倒くさそうにため息を吐いて。
なんていうか、外見と動作が全くつりあっていない。
「それで、今度はこっちなんだけど」
「ああ、なら先ず妾が説明してやろう」
言って、少女は適当な場所に腰掛けろといってくる。
適当に場所を選び、結果近くにあった公園のベンチに腰掛けることにした。
「主殿が見た宝物庫の宝なのじゃがな、あれらにはとある魔術師の人格の断片が封じ込められておる」
「断片?」
「そう。ゆえに其々違った意識と人格を持っておるのじゃが……まぁ、我等の役割はどれも同じで、それを身に纏った主殿の眠れる力に揺さぶりを掛ける、というものじゃ」
言って、少女は公園の中を適当に歩き出した。
いや、俺にとって適当に見えるだけで、もしかすると少女には少女なりの何らかの目的があるのかもしれない。
「そうして眠れる力を覚醒させる事で、改めて勇者としての資質を示す事になるのじゃな。……といっても、巻き込まれた主殿は資質も見せたくは無いようじゃが」
「……分るの?」
「わからいでか。此処は主殿の深層心理……心象風景というヤツじゃぞ」
そこにおるのじゃから、当然色々と見える、とは彼女の談。
「まぁ、隠すにしろ顕すにしろ、目覚めさせて損は無かろうて。いかがかな、主殿」
「……うん。ソレもそうだな」
異世界まできて、頼れる物はなし。
ならばせめて、自分の力くらいは引き伸ばしておきたい。
「では……」
「と、その前に。自己紹介だけしておくよ」
「む……」
「俺の名前は小崎 大和。君の名前は?」
「む、う………」
言うと少女は黙り込んでしまった。
「どうかした?」
「……我等道具に名前は無いのじゃ。我等は所詮、人ではなく道具故」
言って、少女はその歩みを止めることなく、そのまま地面に何かを書き記していく。
「ほれ、主殿。何かイメージしてみるが良い」
「イメージ……って」
言われて、頭の中で色々思い返してみる。
いつものどたばたとした日常から、いきなり異世界に召還され、挙句の果てに今度は自分の心の中と来た。
もう、色々ファンタジー過ぎて笑えてくる。
この調子なら、そのうちドラゴンとか出てくるんじゃないだろうか。
「ほぅ、ドラゴンか」
「え……はぁっ!?」
目を開いて驚愕する。
何時の間に現れたのか、目の前に真っ黒な、全長40メートルはありそうな巨大な竜が佇んでいたのだ。
「な、な、な、何じゃこりゃー!!」
「これぞ、主殿の力よ。少し待つが良い。今分析する故」
言われて、唖然としながらもその黒い竜を見る。
竜といっても、中国的な龍ではなく、西洋的なフォルムのドラゴンだ。
ガチガチとした黒い鎧のような身体に、しかしその目は何処か澄んでいて。
「……うむ、主殿の力は“漆黒”の類のようじゃの」
「漆黒?」
と、不意に少女がそんな事を言って。
問い返した俺に、少女は鷹揚に頷いて見せた。
「闇を操る能力じゃ。闇を作り出し、闇を無限に広げたり、其処に空間を作ったり。はては闇を物質として固定したり、闇を触手として扱ったり。」
「……如何考えても勇者の能力じゃないな」
「うむ。やはり主殿は手違いで引き込まれたのであろうな」
なんとも救いようの無い話だ。
視線を上にやると、空を飛んでいた黒い竜がゆっくりと空から降下し、そのまま俺の足元へとしゃがみこんでしまった。
頭をなでてみる。と、竜は気持ちよさそうに目を細めて。
「……なんと。妾が如何とする前に力を納めてしまいおった」
「え? これでおしまい?」
言った途端に意識が薄れていく。
なんというか、めまいが数秒続くような、気色の悪い感覚だった。
「然し主殿。闇の力は人に恐れられる。建前上、呪われぬ能力、などと言って置くのが懸命じゃぞ」
「おけ、把握」
言いつつ、目を閉じる。
「おい、大和?」
「……ん?」
気付けば俺は、さっきの蔵の中で腕輪をつけたままボーっと突っ立っていた。
「大丈夫か? なんかボーっとしてたけど」
「あ? ああ。大丈夫だ」
頷いてみせる。
身体の調子を確認してみても、やっぱり何処にも問題は感じられない。
……いや、少し違う点が一つ。
さっきから、なんだか感覚が少し違うのだ。
なんというか、もう一つ違った視点が出来たような。そんな奇妙な感覚。
一つの景色の中に、もう一つずれた映像が被っているような。
「大和?」
「あ、ああ。お前も選び終わったのか?」
「おう。俺はこの短剣で行くぞ」
言って晃は短剣を腰のベルトに差し込んだ。
「それじゃ、行くか」
「ああ」
頷いて、蔵を後にする。
最後の改めて蔵の中を見回す。
さっきまで薄暗くて、近付かなければはっきりと見通すことも出来なかったはずの倉庫の中は、しかし今、俺の目には全てがはっきりと映っていた。