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イベント順序の変更なのか

 その場所までは、土人形を走らせて戻ってくるのに支障はない距離だ。


 詳細な場所を伝えると、カインさんは一緒にいたアランの護衛騎士さんに私の行動を伝え、移動を始めた私を馬に乗って追いかけてきてくれる。

 とはいえ私は道を無視して木立を横切るルート。カインさんはさすがに街道から横道へ入るルートを選んだようだ。


 ずどーん、ずどーんと地響きを立てながら進む土人形に、先方の馬車で逃げる人々達もややあって気がついたようだ。

 追いかけていた方も逃げる方も、ちらちらとこちらを見ている。特に馬車に乗っている町で暮らしているような恰好の大人や子供達は、顔を私の方に向けたまま動かない。


 しかし近づいてはっきりと判別できたのだけど、追いかけていた者たちは山賊風ではなかった。黒いマントなのでもしやと思ってはいたが、やっぱりルアイン軍の兵だ。

 馬車を守るように走る騎馬は、どこともつかない朽葉色のマントなので、乗車している人達の仲間なのだろう。


 街道側から駆け上がる騎兵の方は、青いマントのファルジア軍のようだけど……カッシアの兵なのだろうか。エヴラールの領境からはそう遠くはない場所だが、なぜこんな所にいるのか。

 けれど彼らのおかげで、私が駆け付けるよりも早く、馬車の人達は助かりそうだ。とはいえこれがイベントなのかどうか気になる。後々の状況に影響があると嫌なので、とにかく様子を知りたかった。


 私は土人形を走らせながら、馬車より酷い揺れに必死に耐えた。これも最近少し慣れてきた。というかしがみつく腕の筋肉がついただけかも?

 私の腰に括り付けられている師匠も、一緒にシェイクされて悲鳴を上げている。


「おいっ、うぐっ。弟子っ……ぐおっ……何をしようとしとるんじゃ? うげっ」

「ゲームのっ、イベントかもなんです!」


「絶対っ……参加……せねばなら……んのかっ!? ……げふっ」

「今後のぉっ、予測のためっ、にもっ、現場に行きたいだけっ」

 説明をしている間にも、歩幅が大きな土人形はべきべきと木を折り倒しながら現場に到着した。


 その時には、既に青いマントのファルジア騎兵がルアイン兵と切り結んでいた。

 敵は20人、ファルジア側も20人で同数。

 馬車を守る騎士は疲労困憊の上、私の土人形のせいで上手く行動がとれないようだが、それでも問題なかったようだ。


 状況に戸惑うルアイン兵を、ファルジア兵が鮮やかに刈り取っていく。

 横に薙ぐ剣とともに飛び散る血。

 凄惨な光景なのに、どこかハッとさせられる剣筋の鋭さに、私は一瞬目を引きつけられてしまう。


 けれどすぐに我に返った。

 血を吸って黒さを増す道や、転がる死体に、これが現実だと思い出す。

 とっさに、分が悪いと逃げ出したルアイン兵を見つけて、土人形の手を伸ばさせる。土人形は狙い違わずルアイン兵をむんずと手で掴んで、持ちあげた。


「ひぎゃあああっ!」

 強く締め付けたつもりはないのだけど、ルアイン兵が絶叫してかくんと首から力を失ったように頭が前に倒れる。


「え、まさか死んじゃった!?」

 そんな、と思いながら土人形の左手の上に載せてみる。あ、胸の辺りが上下してるから、ちゃんと呼吸してる。気絶しただけだったようだ。

 ほっとしながら、今度は左手の上に右手で蓋をするように持ち直す。

 その時には、既に戦闘は終わっていたようだ。


「キアラ殿!」

 下から呼びかけられて見下ろせば、そこにいたのはグロウルさんだ。


「え……グロウルさん、なんで?」

 レジーの護衛騎士のはずのグロウルさんがここにいるということは、ファルジアの騎兵だと思ったのは皆レジーの騎士だろうか。でも見慣れたあの銀の髪の人はいない。


「レジーはどうしたんです?」

 まさかあのまま体が治らず、療養を延長することになったとか? でもそれなら、グロウルさん達がここにいるのはおかしいのに。

 と思ったら、騎兵の一人がグロウルさんの横にやってきて言った。


「だめだよキアラ。一人でこんなところまで来たなんて、後でお説教ものだね」

「え……」

 フードを払ったそこに現れたのは、長い亜麻色の髪を半ばで束ねた人の姿だ。

 でもその顔も青い瞳も、間違いなくレジーのものだ。


「レジー?」

「そうだよ」

 微笑む彼は、昔からそうだったかのように思えるほど、金の髪がしっくりと似合っていた。いや……これは顔がいいからだろうな。


「髪染めたのっ!?」

「色々考えた末なんだ。それより捕虜にするなら、その人を降ろしてくれないか? とりあえず縛り上げるよ」

 言われて、私はレジーの言うとおりにした。いつまでも土人形を出してもおけないし、捕獲するということならお任せしたかった。


 気絶したままの中年のルアイン兵は、グロウルさんの指示を受けた騎士達が、あっという間に縛り上げる。

 その他の騎士達は、馬車で逃げていた人々と話し合いを始めていた。馬車を守っていた騎士達ともども、助けられた人々は感謝の言葉を連呼していた。

 その様子にほっとする私を、レジーが呼ぶ。


「おいで、キアラ」

「うん」

 安全になったことだし、味方も沢山いる。何よりいつまでも土人形を維持していて、この後いざと言うことになった時に、余力が無くなっていたのでは困る。


 土人形から降り立った後、道の脇に土人形を移動させて解体すると、大きな土の山ができた。

 そういえば銅鉱石はまだあるのかな? 魔力の媒介として使っちゃうと、黒い炭みたいになっちゃうんだけど……。

 もったいないから掘り出したいなと思っていると、不意に右手を掴まれる。


「わっ」

「何か気になることでも?」

 手の主はレジーだった。


「あの、媒介になる鉱石を使って作ってみたんだけど、まだ使いきってないはずだから残ってるかなーって」

「でもある程度は消費しているんだろう? それなら新しいものを使うといい。必要だったら先々で用立ててもらうよう指示しておくよ」


 ……さすが王子だな。あっさり買おうか、って言われてしまった。

 それとも貴族生活を送っておきながら、なんかもったいないと思う私が、前世の気質を引き継ぎすぎなのか。


「あーうん。その方が色々いいかもしれないもんね……。えっと」

 答えながらも、私はなんとなく恥ずかしいので手をそっと放そうとするのだが、レジーが手をしっかりと繋ぎなおしてしまう。


 や、それはどうなのレジー。こんな場所で二人だけ手を繋いでるとか、ちょっと恥ずかしいと言うか、王子と魔術師という関係性的にふさわしくないというか。

 なので私が再度放そうと指を動かしかけたところで、レジーに手を引かれて機会を失う。


「とりあえず、助けた相手がどういう人だったのか、もう聞きだしたみたいだから行こう」

 確かに、結局これがイベントだったのかどうかも知りたい。

 でも手を繋いだまま彼らの近くに行くと、なんだかいたたまれない気分になる。でもレジーは放してくれない。飼い犬がリードを手放したら、どこかへ走り去ってしまうと警戒している飼い主のようだ。


「グロウル、事情は分かったかい?」

「はい殿下。カッシア男爵領の城下から逃げてきた者と……中に男爵家の方がおられるそうで」

「男爵家の生き残りか」


 レジー達の会話を聞いて、私もなるほどと思う。どうりで騎兵なんかが護衛についていたわけだ。

 もろともに逃げる途中で一緒になったということはないだろうから、不思議だったのだ。それは主に騎兵と市民が逃亡するなら、タイミングが違いすぎるからだが。騎士なら市民を逃がした後で、撤退すると主が決めてから逃げるだろうから。


 すると、グロウルさんの傍にいた騎兵が口を開いた。

 年の頃は40代といったところだろうか。体の幅も丈も、グロウルさんより大きい。しっかりと日に焼けた肌は、訓練を欠かさなかったからだろうか。毛の一本も見当たらない頭の上まで一色に血色よく日に焼けた人だ。

 そう、彼は変身前の師匠よりも堂に入ったスキンヘッドだった。しかもスーツとか着てたら、見事にその道の人にしか見えない強面だ。


「お助けいただき感謝を申し上げます、殿下。わたくしはカッシア男爵に仕える騎士、オーブリーと申します」

 膝をつき、深々と体を折り曲げたその頭頂までつるりとしている。


「自国民を救うのは当然のことだよ。それで、男爵家の方というのは?」

「はっ。……おい、ブレナン」

「今お連れします。よっこいしょ」


 もう一人の、ややひょろひょろとしたカッシアの騎兵が、馬車の中から一人の子供を抱き上げて下ろした。

 そこそこ裕福な商人の子供のように、生成りのシャツに黒のベストとズボン姿の少年は、まだ10歳にもなっていなさそうだ。


「カッシア男爵のご子息、チャールズ様でございます」

 スキンヘッドなオーブリーさんに紹介されたチャールズ君は、おどおどとした様子ながらも、横から促されてレジーにお辞儀をした。


 チャールズ君を見ながら、私は悩む。

 ……ゲームの中で、助けられた人の中にカッシア男爵の子供など居なかった。

 山賊に追われている人達とは騎士が一緒にはいたけれど、馬車の御者を代わりにやっていた人がそうだったはず。現在御者をやっているのは、騎士ではないようだし、ゲームで彼らを助けて得られるのはルアイン側の状況についての情報だったはず。


 何かが確実に変わって来ている気がした。

 それが私のせいなのかもしれないと思うと、背筋がひやりとするような恐怖を感じた。

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