隠されたご令嬢
彼女は先に名乗ったりはしなかった。
じっとこちらを見て、答えを待っている。
その様子から、私でもなんとなくわかった。
彼女は、私達を警戒している。敵か味方か、彼女は見分けなければならない状況にいるのだ。
身なりからすると、貴族に連なる家の令嬢か裕福な商人の娘だ。
でもこの時期や情勢からすると、ほぼ貴族の家の娘だろう。
そしてここにいる意味を考えると……と思ったが、私は首をかしげる。
アーネスト・フィナード氏の娘なら、私より一つ上ではなかっただろうか。こんなに幼くなかったはず。
するとレジーが、先に声をかけた。
「君は追われているんだね。こちらの身の証は、この紋章と私の髪の色で納得してくれないかな」
彼は剣を抜いて、柄の飾り模様を見せる。
竜が描かれた盾の周囲を、銀の枝葉の円環が飾り、交差する剣が二つと王冠が上に飾られた意匠。それがファルジアの紋章だ。
その意匠が使われた剣の柄は金が使われていて、特別なものだということがわかる。
何よりも、レジーの銀の髪。これはファルジア王族に特有のものだ。
それを知っているからだろう、少女はその場でお辞儀をしてみせた。
「御身に疑念を持ちましたこと、お詫び申し上げます。わたくしはこの一帯を治めます、ヘンリー・デルフィオンの娘、ルシールでございます」
「男爵の娘……?」
え、と私は思う。
「デルフィオン男爵の令嬢は、ルアイン軍に捕まっているんじゃ……」
するとルシールは表情を曇らせた。
「君は誰かの手引きで脱出してきたんだね?」
レジーの問いに、ルシールはうなずいた。
「従姉の、アーネスト叔父様の娘であるエメラインお姉様が、わたくしを逃がして下さったのです」
「アーネスト氏の娘か」
私は、またもゲームと変わってしまったのかと思った。
いやそうとも言えないか? 今現在、ゲーム開始よりも半年ほど早く行動しているのだ。とすれば、ゲーム開始前にこういうことが起こっていて、だけどもう一度囚われてこのルシールが亡くなっていたとしたらどうだろう。齟齬はない。
レジーは彼女に問いを重ねる。
「では、ここに来たのは?」
「隠れるためです。アーネスト叔父様の土地にも、度々ルアイン兵がわたくしを探しにやってくるのです。叔父様はルアイン兵を追い払いに行きましたが、万が一のためわたくしは隠れるように、と。見つかったら、私が殺されるだけではなく、匿っていた町の人にまで何か害があるかもしれないからということで」
そうしてルシールは、ここがいかに隠れるのに適した場所なのかを説明した。
「このあたりは、エメラインお姉様が増やした土ねずみが巣にしてまして、穴だらけで軍を突撃させることができない場所になっております。なのでルアイン兵は近づきませんし、土ねずみも普段は、人を巣に近寄らせようとはしないのです」
だから隠れるにはちょうどいいようだ。
「中に入るには、銅を抱えているだけで済みます。土ねずみが抱えて、ここまで連れて来てくれますし、手放せば横を素通りして外に出られるので」
土ねずみを使って、上手くルシールはルアインの目を逃れていたようだ。
「しかしどうして、そのエメライン嬢は土ねずみを増やしたのかな? 分家同士とかで、争いことでもあった?」
「お姉さまは、その頃婚約を断ろうとしていらっしゃって。しつこい方だったそうで、そのために嫌がらせと上手く利用する方法を見つける研究のため、魔獣を使いたかったようです。結果的に、いい落とし穴が楽して作れる、と仰っておりました」
「…………」
なんていうか、気持ちはわかる。
私もたいして変わらないことしてるし。魔術で穴掘ったり壁壊したりとかね。
でもわっかるー! と同意するのははばかれた。
するとルシールは夢見るように両手を組み合わせて明後日の方向を見た。
「さすがはお姉様だと思いました。ああ、わたくしが男だったら、お姉様をお助けするため剣を手に掛けつけ、お姉様に求婚したかったのですけれど」
「え、いいんだ……」
どうもルシールは、破天荒なエメラインに心酔しているらしい。
「アーネスト氏が迎え撃っている、ルアインの兵の数はわかるかい?」
「今回は三千人ぐらいだと聞いています。叔父様の方は二千ほどでしたが、大丈夫だろうと言っておりました。ちょっと前までは、もっと多かったのですけれど……お姉様を助ける作戦のために、一部の分家の者が先走って男爵家の城へ向かってしまって」
「どうして?」
「殿下の軍と交戦するため、カッシア側の領境にルアインと父の軍が移動したからです。今のうちに攻め落とすのだと言いまして……分家の子女や、有力者の子供達が、結構囚われてしまっているものですから」
なるほど、と思う。
男爵がこれ以上、領内を戦火に荒らされないようにするためルアインに服従したわけだが、男爵に追従する兵が領境の戦闘で以外に頑張っていた理由がわかった。
従っている分家などの子供まで、ルアイン側は虜囚にしていたのだ。
しかも男爵令嬢ルシールはこうして無事だ。
助けに行くと息巻いている勢力がいるのだから、エメラインさん達もまだ生きている可能性が高い。
今のうちに救助を強行したら、男爵たちもすんなり寝返らせることができるだろう。デルフィオン内のルアイン軍を倒すこともたやすくなる。
「殿下はもしかして、この近くまで軍を率いていらっしゃったんでしょうか。どうか叔父をお助け下さいませんでしょうか」
ルシールの願いは当然のものだ。
そして戦力はある。騎兵の数はそれほど多くないけれど、私がいる分だけでかなり戦いが楽になるはずだ。
「問題はここから出る方法かな……」
私はそう言って、自分でため息をついてしまう。
力を使わなくても、横からかっさらわれたわけで。果たしてここから出してくれるのかどうか。
「大丈夫だよ。さっきみたいに追い払えばいいんだから。ルシール、君はまだここにいるといい。君の叔父には私達も用があるんだ、追いかけるよ」
言いきったレジーに私は手首を掴まれる、そして待機と言われたルシールは、その場に膝をついた。
「叔父は北西の浸食地におります。宜しくお願いいたします」
うなずいたレジーは、私の手を引いて土ねずみがいる通路の一つへと向かう。
その左手には、やや大きめの石を握っていた。
雷霆石を使ってる、というのは間違いないようだ。
彼がその石をつきだすように一歩踏み出せば、土ねずみは困惑したようにじりじりと後退していく。
そうして私とレジーは、土ねずみの穴の中をさかのぼった。
レジーは足下が見やすいようにか、比較的明るい道を通る。
彼を嫌がって後退した土ねずみは、途中で横道へ隠れた。通過した後も、その目だけが光っていたので、こちらの様子を伺っていることはわかったが、そこからはレジーが後ろについてくれたので、近づいてはこなかった。
やや傾斜した坂道を行けば、外へ通じる縦穴にはほどなく到着できた。
外から降り注ぐ光が、とてもまぶしい。
問題は、自力で這い上がるにはちょっと辛い高さだということか。
「キアラが先に出て。君を後に残したら、目を離した隙にねずみたちが攫って行きそうだ」
「そうしたいんだけど、自分だけじゃ手が届かないから手伝……わっ!」
介助をお願いしようとしたところで、レジーが私を抱き上げた。
肩に座らせるようにして抱えて、レジーの腕力にびっくりしたり、足が異性の顔のすぐ傍とかほんとにいたたまれない気分になるしで私は悲鳴を上げる。
「大丈夫、落とさないから。登って」
言われた私は、すぐに地上へ出ることを選択した。
この状態から逃れて、土ねずみに連れ戻されないようにするためには、それしかない。大急ぎで穴の縁に乗り上げるようにして脱出を心みたのだが、いかんせん腕の力がもう微妙すぎて、自分の体を引き上げるのに苦労する。
「……っ!」
それを助けようとしたのだと思う。レジーに脹脛のあたりを抱えられるようにして押し上げられた。
レジーが足に抱き付くような態勢だったので、恥ずかしいやらでちょっと涙目になる。
なんとか地上へ戻ると、レジーは軽々と上がってきた。
それを見て私は決意した。
もうちょっと腕の力つけよう。こっそり腕立て伏せでもするべきだ。
外へ出ると、穴の多い大地の少し向こうに、川に架かる橋と、とりあえずそこまで移動したらしい、グロウルさんやカインさん達の一隊が見えた。
無事に戻れてほっとする。
さぁ、グロウルさん達と合流して、アーネスト氏に助力しなければ。