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SFシリーズ

生存者「e」

作者:あゆ森たろ

 奇妙な世界に生まれた。
 前世の俺は何の罪を犯し、どのような経緯で此処に至ったかはしれない。だが俺は或る日に卵から(かえ)り、たったひとりで目が覚めたんだ。
 生まれてすぐに成人で目は見えて数百メートル先の樹の葉の重なりまで細かく見渡せたし、耳も使えて遠くのカナリアの声も聞き取ることができたし、低いだろうが自分の肉声もしっかりと出ているようだった。「ア、ァァ、あー」

 俺の名はエイチ。何か罪を犯し、此処がそのために堕ちた地獄で、脱出しなければならないという目的をちゃんと持っていた。生まれてすぐ俺のなかには、必要最低限の情報という知識と機能が備わっているんだ。……一体、誰の手中にいるのだろう、俺は。

 息を殺す……『獲物』の背後に忍び寄る。
 森林には身を隠せる場所が多くて助かるな、気配さえ気を遣っていれば容易く目標に接近できていざという時には樹の陰に潜んだり高い枝までジャンプして逃げることも可能だ、俺の運動能力は人並み外れていて自信がある、絶対に上手くいくという妙な確信があった。不可思議な感覚が俺のなかに存在する。俺は一番強いんだと思っていた。

 早速と相手に後ろから助走を数歩かけて跳んで、襲いかかっていた。『獲物』は驚き押し倒されて起き上がろうと暴れても、圧倒的な俺との力の差があり俺は奴を地にねじ伏せていた。それで俺はとことんまで奴を恐怖に追い詰めようと眼で威嚇し、知りたいことを聞いていた。
「パス(ワード)を言え……」

『獲物』は震えながら「021h1v20……」と言った。

 耳から情報を入手した途端、俺のなかのパーソナル(transformation)は素早く解読をし、俺の知る言語に置き換えた。『021h1v20』、――英字に揃えればいいだけだ。
「“お慈悲を(OZIHIWO)”……」
 俺が上にまたがったまま解読語を頭上から言ってやると、みるみるうちに奴は旨そうなテリヤキバーガーへと姿が変貌する……俺が好きな、ファーストフードメニューの一品だった、すかさずかぶりついた。
 これがルールだ、この世界の常識、マナー、掟だ。生存競争、生き残るためには、食わなきゃならない。弱い者は、食われるために身を差し出さなければならない。だが血を見るのは御免だ……だからと提案され実現化された、此処での許されたルール。
 パスを差し出せ、鍵を解きあけば、俺の食べたい物に変えてくれる『御馳走様システム』。素晴らしいじゃないか、賛美に値する。
 敵を食べ消せ、でも食い散らかさないことだ、下品なのは見苦しい。しかし、くちゃくちゃくちゃくちゃ……まだ舌遣いが慣れてないせいか、不快な音を立ててしまって申し訳ないと思いながらの初めての食事だった。慣れるまでだ、いずれ気にしなくなる……食べた後は、とっとと次の獲物を狩りに行こうか、なあ?

「こんにチワ」

 森のなかを進んで行くと、高い位置から声が降りかかった。見上げると、短い桃色の花柄浴衣を着た子どもが俺を見下している。大樹の枝に座っていたおチビは、猫の化身か、白黒縞の長い尻尾が衣服の尻に穴を開けて飛び出していて、白い猫耳が頭にちょこりとついている。誰だ、と名を聞けば、ニャンニャンです、と明るく答えが返ってきた。
 ニャンニャン……枝の上でバランスをとり立ち上がると、颯爽と跳んで降りてきた。

 どうやら着地は失敗していたようだが、俺は無視して先を進んでいた。だが子どもは転びながら俺のあとにしつこくもついて来る。何処までもフザけた奴で、何がそんなに楽しいのか嬉しそうな顔をやめようとはしない。俺は鬱陶しさがありつつも、次の『獲物』を前に食事(かり)をしていった。
 しかしせっかく旨そうに化けた一品も、俺の隙をついて子どもはちゃっちゃと横取りしやがった。「ごちそっサマ♪」腹立たしかったが、どうせまたすぐに次の獲物を見つければいいさと子ども相手に諦める……胃に消化されつつあるものを返し戻された所で、受け取れないわけだからな、今さら。いっそ倒して食ってしまおうかとも考えたが、『獲物』を見つけると俺に教えて一目散に駆け出し、しょうもない罠を張ったり、時には囮になると買って出て、いい働きぶりを発揮してくれていた。よく失敗しては俺にくどくどと説教をされてしまっているが……。
「しっぱいは成功の味の素〜♪」
 そう言って数百回と回転して目を回している子ども、ニャンニャンを……冷静に眺めていた。たぶん、パスを知られなきゃそんなに害はなく大丈夫だろうと俺は思っている……何なら、動き回る非常食として地位をやろうか、それでいい。

 陽が落ちかけてきたのか、時間が経って森の暗さが目立ってきていた。生まれてからどれだけの距離を歩いてきたのだろうか。でこぼことした土を裸足で、もっと言えば裸なのだが、太い樹の根っこや繁み、岩石が積まれた山、道のない未知の道……方向も判らず、こっちでいいだろうという勘や根拠のない自信だけで突き進んで来ていた。
「……クシュン」
 鼻がむずむずするなと思ったら、くしゃみをする。どうやら、裸のままでは風邪をひいてしまいそうだった。俺は、次の『獲物』を見つけて、着ている物を脱がせにかかることにした。結構、大変な作業だった、何故ならば獲物はタカラヅカの衣装を着ていたからだ。まずは力で屈服させた後、着ている物をひとつひとつと脱がせ、生まれたままの姿にした後は俺のお好みの食い物に変えてしまう。奴には今回、魚肉を使ったカルパッチョになってもらった。吐かせたパスは『0t0me105e』だった……オトメラブ?
「お腹すいてきたぁ〜」
 服は男装用、タキシードだったが、ゆったりとしたサイズフリーで上下の生地が紫、至る所にスパンコールや刺繍が施されていて羽飾りや光り物が当たり前みたいに付属していた。それを着ている最中、ニャンニャンは空腹を隣で訴えていた。「辛抱しろ、だったら自分で『獲物』を捕まえな!」俺は吐き捨てるように言ってやった。華麗を身に纏った俺は、放っておいて先を急ごうと勘で方向を選んで行く。
 いちいち子どもの我儘に付き合ってはいられない、俺には脱出しなければならないという目的があるのだ、それ以上深くは考えていない。
 俺には、深く考えること自体に、観念はないのだ――俺の名はエイチ、生まれてすぐの俺のなかには、必要最低限の情報という知識と機能が備わっているだけなのだから。理由を考える必要は、ない。

 それから俺は、『色那(いろな)』と出会った。「こんにちは」
 真っ直ぐに歩いていたら30代くらいの家庭的そうな、ふくよかな女が前方から近づいてきたのだ。お互いに距離が縮まると普通に挨拶を向こうからしてはきたのだが、俺は唐突にも意外な言葉を投げ返していた。「久し振りだな……」
 印象から出た言葉だったに違いないが、女には何処かで会ったことがあった、懐かしい感じさえしていた。「覚えてるの」女は驚いた顔をして俺を前に口をあんぐりと開けている。俺にとってみれば、顔に見覚えがある上に名前まで浮かんで、明らかに女を『知って』いるのだと決めつけられる。「色那」確かめたくて名前を呼んでいた。
 だが俺が女の素性を知ろうが暴こうが、そんなことは本当にどうでもよかった。俺の関心、執着は別にある。
「パスを教えろ……さもないと、俺はお前を普通に裂いてコロす。血塗れになるのか、パスを教えて俺に食われるのか。2つにひとつだ、選ぶがいい」
 輝く衣装の俺を、色んな意味の悲しそうな目で見つめる色那。「あなたは肝心なことを覚えてなかったのね……がっかりだわ……」深いため息までついていた。
 ちなみに横でニャンニャンは飛んできていたアブを追い掛けて遊んでいた。今の俺たちには全く、興味という眼中に入らず、ニャンニャンは完全に無視されていた。俺が興味のあるのは、目の前にいる『獲物』を食うことだけだったのだ。
「俺は腹が減っているんだ。食っても食っても満たされない。我慢が出来ない……早く、食わせてくれ!」……

 それを皮切りに、俺は色那に襲いかかる、色那に覆い被さる。
 倒された色那を肢体の上から見つめる……そして色那を……躊躇した。

 色那は……涙を流していた。
「せっかく心を込めて作ったのに……あなたは何も言ってはくれなかった。せめて、“美味しい”と言ってくれたなら……悪魔に、耳を貸さずに済んだのに」
 色那の動く口は俺にそう告げていた。そこで思い出されてきたのだ、記憶のなかの記憶、俺が此処に生まれて来るまでに過ごしたご家庭内での出来事を。
 思い出す必要はなかったのに、俺は思い出していた、エイチ、俺は。
 鳥の照り焼きが食べたかった。
 あの晩の食卓に並んだのは、豆腐のハンバーグだった。だから文句を言ったんだ、仕事から帰ってきてとても疲れていて、つい不満を漏らしてしまったんだ。『照り焼きが食いたいんだけど』。
 嫁の色那はカンカンに怒って、俺を地獄に突き落としたのだった。

「ai4te1(アイシテル)……」

 涙目を閉じた色那が、そう唱えていた。「え?」俺が反応をするかしないかという間に、俺の姿は赤々とした完熟トマトになってしまった。色那の膨らんだ胸の上に落ちて、掴むと、色那はトマトにむしゃぶりついた。トマトから液体が弾け飛び、構わずもうひと口へとかぶる。
「アア、美味しい……」
 せいせいした、と泣きながら、食う。俺の意識は何処に行ったのだ、A……

 まもなく……消える。


《END》


【あとがき】
 結局、夫婦ラブコメディ。生存者「e」、ニャン子の末路付き。

 ご読了ありがとうございました。


ブログ(あとがき) あゆまんじゅう。 こちら

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