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Forgotten Saga  作者: 水夜ちはる
第四章・廃都の残滓
18/59

第5話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。

剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!


第四章・「廃都の残滓」 ――十六年前に滅亡した錬金術師の都に現れる亡霊とは

第四章完結です。

 フェデルタは全速で駆け抜け、滑り込むようにグングニールを拾い上げた。

「よし、よくやった! あとは俺をあいつに当てさえすればいい」

 フェデルタの脳裏にグングニールの声がより鮮明に響く。

 フェデルタはグングニールに触れた瞬間、その槍から途方もない力が伝わってくるのを感じた。彼が今まで感じたことのない、不可思議な力だ。霊的な力というものだろうか、魔法でも錬金術でもない。そして、その槍の柄は彼の手によくなじんだ。まるで何年も使い込んだかのように。

「当てる? 簡単に言ってくれるぜ」

「簡単さ。お前の目が奴を捕らえているなら、俺は決してはずれはしない」

 グングニールの答えは不可解だった。だが、彼に触れているフェデルタはその意味がなんとなくわかった。

 槍を構え、戦況を再確認する。

 彼の視界には立っているのがやっとのマリアと、それをかばって吶喊するアーヴェントの姿だった。アーヴェントの動きはよく訓練された無駄のないものだ。その動きは霧の中でフェデルタに襲い掛かったあの太刀筋を思い出させる。鋭く見事なものであったが、それは人間の世界において評価されるもので、魔獣の前では蟷螂の斧とも言えた。

 魔獣の鉤爪にアーヴェントの剣は、その体ごと吹き飛ばされた。

「くそっ」

 フェデルタは槍を構える右手とは逆の左手で銃を撃った。利き腕ではないが、銀の弾丸は正確に魔獣を捉える。

 弾丸を受けた魔獣はフェデルタに気づき、その三つ首を彼に向けた。黄色い六つの目がフェデルタを捕らえる。

「聖別された銀の弾丸をぶち込んで、あの程度かよ……」

 大胆不敵を常とする彼も背筋に冷たいものが流れるのを感じた。

「あれは門番とはいえ、悪魔だ。そんなものが聞くわけがない」

「悪魔? 魔物とは違うのか?」

「ああ、そうだ。あれは向こうの世界で生まれた、生粋の悪魔だ。まだあれは下っ端の使い魔だがな」

「あれでかよ……」

 フェデルタは引きつった笑みを浮かべた。目の前にいる巨大な魔獣は人の力で抗うには到底不可能とも思える。その魔獣が大地を蹴った。標的をフェデルタに変えたのだ。

「おしゃべりはここまでだな」

 グングニールが緊張した声で言った。

 魔獣は恐るべき獰猛さと俊敏な動きでフェデルタに直進した。三つ首の姿からしてその死角に回るのは難しい。フェデルタは真正面からそれに向き合う必要があった。人の手で抗うには凶暴すぎる敵を前に、彼の筋肉は萎縮していなかった。彼の右手は強くグングニールを握った。

 魔獣の鉤爪が彼を襲う。彼は身を沈め、それを紙一重で避ける。双方の間合いがなくなると同時に、彼は渾身の力をこめて手にした槍を魔獣に向かって叩きつけた。その切っ先は微かに閃光を放ちながら、魔獣の心臓へと吸い込まれていく。

 魔獣は激しく身震いをするとすさまじい断末魔の叫びを上げた。その絶叫も長くは続かず、魔獣の体は灰となって崩れ落ちていった。

 フェデルタは驚いた表情でそれを見ていた。

 彼は魔獣の動きを冷静に見極めていたが、槍を突き出したとき、それほど狙いを定めたわけではない。いや、定める余裕はなかったというべきだった。だがグングニールは的確に魔獣の急所を突いていた。偶然ということもあるだろう。彼はそうも考えたが、グングニールは不可思議な力で、槍の軌道を変えたようにも思えた。とにかく、グングニールは一撃であの巨大な魔獣を屠る力を持つ。聖剣の名に偽りはないと思った。

 紙一重の勝利とグングニールの威力を感じて、呆然とするフェデルタにグングニールは声をかけた。

「なかなかやるじゃないか。俺は持ち主の視線が捕らえる標的の急所を追尾する魔力を持っている。だが、お前はそれに頼らずあれに当てたな。俺が修正したのはほんのわずかだ」

 グングニールの声に、フェデルタは手のひらに残る感触を反芻していた。

「あれが聖剣の力か」

「まあ、そういうことになるな。魔物を滅する意思と力を封じられた七つの武器。それが俺たち聖剣だ」

 グングニールは誇らしげに言った。

 と、宝物庫全体が唸るような振動に包まれた。巨大な地震でも迫るかのようである。

「なんだ?」

「ケルベロスは世界をつなぐ魔力をもった番犬だ。その魔力が消えたおかげで、あちらの世界とつながる扉が閉まる余波だ。こちらの世界にも影響が出る。ここは崩れるな……下手をすればこの城ごとだ。良かったな封印する手間が省ける。さすがにこの物質量じゃ魔物も出てこれないだろう」

「冗談じゃない」

 フェデルタの頭上にも砂のようなものが降り注いだ。石造りの城が振動によって歪み始めているのだ。

 彼は駆け出すと倒れているマリアを引き起こした。

「走れるか?」

「なんとか」

 マリアは顔についたすすを袖でぬぐうと、フェデルタに答えた。彼には文句のひとつやふたつ言いたいことがあったが、まだのどが焼け付いていたしその時間は許されていなかった。

 アーヴェントたちも出口へ走っていた。もうすでにその地下宝物庫は奥から崩れ始めていたのである。フェデルタたちも後追って疾走した。宝物庫は彼らを待ったかのように、無人になった瞬間、崩れ落ちていた。



「しかし驚いた」

 フェデルタとマリアの報告を受けて、セリオスは感嘆の吐息を漏らした。

「お前がヴァルディールの王子だったとはな」

「そこかよ」

 フェデルタはあきれてため息をついた。マリアとともに旧ヴァルディール公国の近辺に出没するといわれていた、ヴァルディールの騎士の亡霊事件を調査に向かった二人は、結果真実を手に入れると共に別に得るものがあった。

「いや、そうなるとお前はフェルナーデ王家とヴァルディール大公家の血を受け継ぐ人間ということになる。予よりずっと高貴な血筋になるかも知れんぞ。どうだ、予と王を変わってみるか?」

 セリオスはからかい混じりの口調で言った。フェデルタは確かにその事実を認めたが、無論彼には王位への興味など微塵もない。肩をすくめて受け流し、皮肉を言った。

「王朝というものは開祖でなければ血筋こそが王たる資格かもしれんが、血筋だけでは国は治まらん。それはあんたが一番よく知っているだろ」

 今度はセリオスが肩をすくめる番だった。

「そういえばお前の兄という人物はどうした? ヴァルディールの子息であるなら、それなりの待遇で迎えられるぞ」

 フェデルタは少し複雑な表情を浮かべた。

 ヴァルディールで生き残ったのはフェデルタたちのほかにはアーヴェントとレオニードのみだった。アーヴェントらとはヴァルディールを離れてすぐに別れていた。

 アーヴェントは自分の使命をヴァルディールに封印された異世界への門とグングニールを守ることにあると考えていた。そのうち異世界への門は崩壊し、グングニールはフェデルタの手にある。アーヴェントの使命は果たされたと言っても良かった。

「私たちはルテティアには行けぬ。フェデルタ、お前はまだ子供だったが、私にとってはヴァルディールは故郷に変わりはない」

 アーヴェントは去り際にそう言った。フェルナーデは彼にとって、故郷を滅ぼした敵であるのは確かだった。それに復讐しようとか、反旗を起こそうとは考えていない。だが、わだかまりはぬぐい棄てきれるものではなかった。

「フェデルタ、お前はお前の好きにするがいい。お前の人生は、ヴァルディールで過ごした時間より、ルテティアで過ごした時間のほうが長い。お前にとってはルテティアこそが故郷かも知れぬ。お前は、お前の使命を果たすのだ」

 アーヴェントは穏やかに言っていた。彼は若くはないが、やり直せないほど老け込んでいるわけではない。どこかで違う人生を歩みなおすつもりなのだ。フェデルタはそう感じ彼を見送った。

「それで、お前はフェルナーデを憎んでいるのか?」

 セリオスは頬杖をついてフェデルタを見た。

 フェデルタは即答しなかった。

 フェデルタはヴァルディールの戦役の後、敵とも言えるリュセフィーヌ候ジョアンに保護され、そのまま彼の元で育てられた。リュセフィーヌ候はその子供がヴァルディールの子息だと知らなかっただろう。だが、リュセフィーヌ候は手厚く、わが子と同じように彼に接した。またリュセフィーヌ候の娘レルシェルも、フェデルタを兄のように、また無二の友のように慕った。彼にとってはリュセフィーヌ家が彼の家だった。

「どうだかな。俺はガキの頃すぎてヴァルディールのことはほとんど覚えちゃいないからな」

 素直ではない言い方にセリオスは苦笑した。それもフェデルタらしい、と。

「それはともかくだ」

 セリオスはマリアに向き直って言った。

「聖剣……グングニールについては何かわかったのか?」

 マリアは少しフェデルタが持つグングニールを見つめ、首を横に振った。

「いいえ、残念ながら現在のところはまだ……『彼』を構成している金属など一部のことはなんとなくわかるのですが、なぜ『彼』が宿っているかなど、まったく不明です」

 マリアは残念そうに言った。彼女が「彼」と表現したのはグングニールの意識体のことである。現在のところフェデルタのみが会話できるようで、彼女自身が体験したわけではないが、フェデルタとグングニールには意思の疎通があることが認められた。

「そうだな。それはお前の父もついに未完成で終わったところだ。今はまだ焦ることもない。引き続き、研究を続けてくれ」

 セリオスの言葉にマリアは頷いた。

 彼女の父アランも、聖剣の研究をしており、そのレプリカの作成に成功している。それは現在レルシェルの手にあり、それが魔物に対抗するに有効な力を示しているが、グングニールのように意識を宿したものではない。彼女は父を錬金術師として目標にしている。彼女もまた聖剣に近いものを作りたいと思っていた。

「伝説では聖剣はその意思で自らの主を選ぶという。お前がグングニールと会話ができるということは、グングニールがお前を認めているということだ」

 セリオスはフェデルタの持つグングニールを見つめて言った。

「そういえばグングニールが言っていた『悪魔』とは何だ? 俺たちが戦っている魔物とは違うのか?」

 フェデルタは自信家だったが、世界に七本しかない聖剣のひとつに認められたとなれば、悪い気がしなかった。だが、同時にあのケルベロスとの戦いはぎりぎりだったといえる。グングニールによればケルベロスは悪魔の中でも下っ端の使い魔だと言っていた。そのケルベロスとやっとのことで勝利したとなれば、危機感を覚えずにいられなかった。もしあのレベルの強さの悪魔が現れた時、現在の聖杯の騎士でどれだけ戦えるだろうか。フェデルタの声には自然と緊張感が含まれた。

 フェデルタの問いに、セリオスもその表情を引き締めた。視線を落とし、声を低くする。

「これはフェルナーデ王家に伝わる伝承なんだがな……かつて神に地獄へ封じられた悪魔は四〇〇年に一度訪れる『蝕』によってその封印を破り、この世界に現れる、現れた悪魔は神の軍団と争い、この世界は終末の炎に焼かれることとなる」

「なんだ……それは……」

「そしてこうともある、悪魔はその使いをこの世界に忍ばせ、人を魔に変えて魔物を作った。弱き人はそれに抗う術を持たなかったので、神は天使を遣わし人に七本の武器を与えた……」

 フェデルタたちは現在ルテティアに跋扈する魔物が、かつて人であったことを知っている。その事実はセリオスが語る伝承に一致していたし、四〇〇年前の英雄であるフェルナーデ建国の王、アーシェルは天使より聖剣を賜ったという伝説は有名なところだった。

「四〇〇年前、アーシェル王が戦い、このガリアの地を開放したという伝説は、魔物……いえ、悪魔だったとしたら、その『蝕』が近づいているということですか?」

 マリアは驚いた顔で訊いた。悪魔、あのケルベロスのような魔獣との戦いがあるとしたら、人は確かに無力で蹂躙されるしかないだろう。聖剣、そういう存在がなければ、抗えるものではない。

「ああ、予はそう考えている。おそらくその時がくれば、魔物よりもっと強力な悪魔と戦うことが必要になってくる。そのために予は聖杯の騎士と称する、魔物や悪魔と対抗できる組織を作ろうとしているのだ」

 セリオスは真剣な顔でフェデルタとマリアの顔を見た。

 たしかにそれならば身分や経歴を問わず、魔物の気配を感じ取ることができる強者を彼が集めているのがわかる。マリアはその一人に選ばれていることに、危機感と誇りを感じた。

「それで、魔物対策に忙しく王様業は放棄か?」

 フェデルタが皮肉っぽくに言った。辛辣な皮肉にセリオスは顔を崩してフェデルタを見た。

「それはないだろ、予は……」

「言い訳できるのかよ。悪魔が来る前に人間の手でこの国は滅んじまうぜ」

 フェデルタは半ば冗談とも本気とも取れる声で言った。確かにこの王国は末期症状に来ている。貴族は己の権力闘争に忙しく、辺境は困窮し、諸外国は老衰した大国のどこを食いちぎろうかと狙っている。フェルナーデと言う王国はこのままでは内憂外患に耐えられるほど、若く健康ではないのだ。

 だが、セリオスはそれもやむなしと思っていた。王国が滅びるならそれでもいい。どうせ永遠の国家などありえないのだ。だが、終末の炎がこの地を焼くとなれば、革命よりも多くの血が流れるであろう。それは彼には耐えられないことだった。それは多くの民の上に立つものとしての彼の最後の矜持だったのである。

 今のところ、聖杯の騎士は悪魔の手下でしかない魔物と渡り合うのが精一杯だ。だが、希望はある。セリオスは今は目の前にいる若者たちが、魔物や来るべき悪魔との戦いに挑めるだけの力を手に入れてくれることを願うばかりだが、今大きな収穫得ていた。廃都の残滓からグングニールという希望の雫を掬いあげたのだから。



第四章・廃都の残滓<了>

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