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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第五章・革命の火種

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第1話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第五章・「革命の火種」 辺境から現れたもう一人の英雄と王都についに放たれた革命の火種の黒幕は――
 闇夜の天を焦がすそれは、長きに渡った攻城戦の最後を飾る演出と言えた。
 ガリアの東の果てで半年にもおよび篭城戦をおこなったフェルナーデ王国が所有するニケアの城だったが、東の異民族を中心とするプロキア軍の包囲の中、ついに調略によって城の食料庫に火が上がってしまった。半年間、高い城壁に守られ、敵兵の侵入を拒んでいた難攻不落のこの城郭も調略には効果を発揮しなかった。
 城の内部に侵入した間諜たちは、自分たちの作戦が成功したことを知ると狼煙を上げた。味方に総攻撃を合図すためだ。食料庫を燃やされた城内の兵は浮き足立ち、抗戦意欲を著しく失うだろう。包囲をしていた軍も狼煙、いや食料庫の火災を合図に突撃を開始した。勝利は確実なもので、彼らには名誉と故郷への生還が目の前にぶら下げられたようなものだ。プロキア軍の兵士たちは怒号と歓声を持って、落城寸前のニケア城に襲い掛かった。
 その時だった。高い城壁から一斉に銃撃と弩弓による激しい攻撃が彼らに襲い掛かった。火災による混乱で、反撃など予想もしていなかったプロキア軍は大いに驚愕し、その突撃の足を止めた。城壁からの攻撃はその射撃の精度、火力ともに申し分なく、落城寸前の城とは思えない統率力で行われた。
 痛撃を受けたのは反撃に対して無防備だったプロキア軍だった。予想もしない事態にプロキア軍は混乱し浮き足立った。
 その機を逃さずニケアの城門から守備兵が飛び出した。騎馬兵を中心としたその部隊は混乱するプロキア軍にその俊足を持って陣を切り裂いた。大軍ではなかったが機動力と獰猛さは比類なきものだった。彼らは自らの食料庫を焼くことでプロキア軍を罠に誘い込んだが、ここで決着を着けなければ後がなかったため、彼らも必死だったのである。
 この戦いは結果としてニケアの守備軍の大勝利に終わる。辺境諸国との抗争に大小敗北を重ねていたフェルナーデ軍としては、久しぶりに大勝利であった。
 十倍以上の敵を破ったニケアの守備兵は英雄としてフェルナーデ辺境に鳴り響いた。特にその作戦を指揮した、ニケア城主、ヴァーテンベルク辺境伯オスカーは、辺境の貧乏貴族の出でありながら東方の英雄、ニケアの英雄と呼ばれるようになり、フェルナーデ東方においてフェルナーデ領では絶賛を受け、敵対する諸国には畏怖の対象となった。
 彼はこの時二八歳で、ルテティアでレルシェルが登場する少し前のことだった。
 オスカーの英雄伝はルテティアではあまり広まっていない。周辺諸国との国境紛争についてあまり良い状況でない王国は、事実の隠蔽を行っている。オスカーの英雄伝が盛り上がれば、逆に苦しい状況が民衆に伝わってしまう恐れがあった。
 その後のレルシェルの登場は王国にとってシビリアンコントロールの上で非常に都合が良かったのである。


「ヴァーテンベルク伯が私にか?」
 北壁騎士団の執務室でレルシェルは書類の上を走らせていたペンを止めて言った。
「はい。先ほどヴァーテンベルク伯と同行の小隊が城外に現れ、通門を求めてきました。友軍のため、所定の手続きをおこないましたが、ヴァーテンベルク伯の領地からならば通常は東門を通るはず。それを尋ねたところ、伯が恩があってレルシェル様にお会いしたいからだと」
 報告を行ったのはアンティウスだ。生真面目なこの副官をレルシェルは快く思っている。この日の報告も生真面目で正確なものだった。
「恩? 私は伯に面識はないが……しかし、東方の英雄と呼ばれるような人物が私ごときにわざわざ遠回りをして会いに来てくれたのだ。会わねば無礼にあたると言うものだろう」
 レルシェルはペンを放り投げると嬉々とした表情で立ち上がった。
 オスカー・フォン・ヴァーテンベルクと言う人物にレルシェルは興味がないわけではないが、どちらかと言えばつまらないデスクワークに逃れられるほうがその表情を作ったと言えた。
 その心理を良く察したアンティウスは肩をすくめたが、否定することでもないので応接の準備に取り掛かった。
 応接室に入ったレルシェルは、待っていた男を見てなるほどと思った。
 この時二九歳のオスカーは精悍でかつ瑞々しい若さを保っていたに関わらず、たたずまいは威風堂々としており人を惹き付ける魅力に十分だった。
 オスカーはレルシェルを見かけると、膝を付き深々と頭を下げた。
「私の突然の申し出にも関わらず、願いを聞き入れていただけるとは。私はオスカー・フォン・ヴァーテンベルク。多少は名の通った名前だと自負はありますが、あなたの耳には届いておられるか」
 オスカーの礼を見てレルシェルは慌てた。
「よしてください。私は伯に頭を下げられるほどの者ではございません」
「あなたは伝統あるリュセフィーヌ家から誕生した騎士団長。また王都に名高い英雄でございます」
 オスカーの恐縮振りにレルシェルは困った顔をした。
「私は確かにリュセフィーヌ家の人間ではありますが、家督を継いでいるわけではありませんし、爵位も持たぬ一介の騎士です。位で行けば伯のほうがはるかに高い。それに英雄と言われるのであれば、伯の方が実を伴った呼び名です」
 レルシェルはそういうと、オスカーを席に座るように促した。
 オスカーは少女の声でようやく立ち上がり、席に座った。
 レルシェルも席に着くと、ひとつ息をついた。第一印象の堂々とした姿や、ニケアの防衛戦に代表される武勇伝から想像した姿とはかけ離れた謙った物言いに彼女はやや落胆していた。
 それが表情に出たレルシェルを見て、オスカーは不意に笑った。
「いや、レルシェル・デ・リュセフィーヌという女は俺の想像を上回る女だった。その齢で英雄と呼ばれた小娘だ。もっと高慢で鼻持ちならないやつだと思っていたよ」
 突然オスカーの声は不遜で剛毅な色に変わっていた。先ほどの腰の低い物言いは星のかなたまで吹き飛んでいる。レルシェルは呆気にとられてオスカーを見た。
「その表情の豊かさは人としては魅力的だが、人の上に立つものとしては損をするぞ」
 オスカーの豹変振りに対応できないレルシェルは言葉が継げなかった。
「いや申し訳ない。先ほどのはあなたを試したくてやったことだ。悪く思わないでもらいたい。あと、口が悪いのは田舎者だからだ。悪意の表れではない。俺は純粋にあなたに会いたくてここに来ている」
 オスカーは不敵な笑いを浮かべて言った。レルシェルはまだ呆気にとられたままだったが、感情が先に動いたのは傍らにいたアンティウスだった。
「ヴァーテンベルク伯。伯はレルシェル様をからかわれているのか! 礼をわきまえていただきたい」
 主を馬鹿にされた騎士は、常の冷静さを失って頭に血が上っていた。
 オスカーは若い騎士の怒りを受けて、肩をすくめた。
「確かに失礼をした。リュセフィーヌ卿は良い部下をお持ちのようだ」
 アンティウスとオスカーのやりとりでようやく自分を取り戻したレルシェルは、オスカーに向けて一つ鋭い視線を投げかけた。
「まったく人の悪い。それで、私の人と為りはわかっていただけたのだろうか?」
 レルシェルの言葉にオスカーはあごに手を置き、じっとレルシェルを見つめた。
「そうだな……リュセフィーヌ家は武門の家と聞く。あなたも剣の腕でその地位にいる。俺も辺境では鳴らした口だ。ひとつ手合わせをしないか? 武人同士はそれが一番わかりやすい」
 オスカーは不敵に笑った。レルシェルはまたしても驚いたが、このふてぶてしさが彼が英雄たらんとしている所かもしれないと彼女は思った。
 彼女は頷くと立ち上がった。
「良いでしょう。確かにそれがわかりやすい」
 レルシェルは挑戦的なオスカーに笑って応えた。彼女には確かに武門の血が流れていた。英雄から挑戦は栄誉と言えた。それを彼女は誇りに感じた。


「俺は不器用でな。女が相手でも手加減は出来ぬ。かまわないか?」
「無論。手加減をした剣で何が語れよう」
「もっともだ。真剣ではないところが残念だが、まあこれも致し方ない」
 北壁騎士団の稽古場で二人は騎士団が用いる練習用の模造剣を構えて向き合った。
 気迫十分な二人を見つめ、アンティウスははらはらと心配そうな表情をしていた。
「まったく苦労性だなお前さんは。単なる試合だ。命のやり取りじゃねぇ」
 どこからかかぎつけて来たギャランがアンティウスの肩を叩いた。
「しかし……」
「お姫さんの経歴に傷がつかないか? とかか? 一対一の試合ならばレルシェルはそう簡単には負けねえ。それに相手は名うての英雄だ。仮に負けたとして、そう名誉が傷つくものでもあるまいよ」
 ギャランはそういうとさらに一歩でた。
「合図はいるか?」
 ギャランの声に、レルシェルは正眼に構えたまま「頼む」と短く返した。いい集中力をしていると感じたギャランは笑みを浮かべた。
「よし、始め!」
 ギャランは合図を叫んだ。その声が北壁の高い城壁に届くか否やの瞬間に彼の顔は驚きに変わっていた。
 オスカーの剣はレルシェルの肩へ一直線に振り下ろされていた。レルシェルは何とかそれを剣で受け止めたが、少女は驚愕していた。それほどに彼の剣は鋭かったのである。
「レルシェル様が踏み込みで負けた?」
 驚きの声を上げたのはアンティウスだ。レルシェルの剣の稽古に良く付き合っている彼は、彼女の特徴をよく知っている。レルシェルは女性にしては身長もあり筋力もあるが、やはり男性のそれに比べるとどうしても劣ってしまう。それでいて並み居る剣の達人を退けた彼女の戦い方は、類まれなる反射神経を活かして思い切り良く踏み込んでいく戦法だ。身長差からくるリーチの短さを彼女は相手より早く踏み込むことで補ってきた。その彼女よりも早くオスカーは踏み込んできたのだ。
「ちっ……あの野郎」
 ギャランはアンティウスのところに戻ってきて舌打ちをした。
「どうした?」
「あの野郎、俺の合図よりも早く踏み出した。かなりぎりぎりだとは思うが、本当の試合なら反則だ」
 レルシェルが一方的に踏み込みで負けたわけではなかった。ギャランの言葉通りオスカーは先手を取るためにわずかに合図より早く動き出していた。
「なっ……そう思うなら何故仕切りなおさない」
 アンティウスは憤慨して言った。
「ま、いいじゃねえかそれくらい。レルシェルにとってもいい経験だ。実戦になりゃ、相手が正々堂々と戦ってくれるとは限らないだろ? そういう相手もいるって事を覚えておいて損はないはずだぜ」
 ギャランはそういって笑うと、二人の戦いを見守った。
 初太刀でペースを乱されたレルシェルは防戦一方となった。オスカーの剣は最初の踏み込みだけでなく、接近戦となっても鋭く厳しいものだった。だが、まともな打ち合いであればレルシェルも引けは取らない。徐々に落ち着きを取り戻した彼女は、オスカーの攻撃を受け流し、反撃に至るに至った。
 オスカーはレルシェルの反撃を軽々と受け流していたが、内心は驚いていた。王都の剣術大会で優勝したとはいえ、所詮少女の剣だと侮っていたのである。だが、大の大人の男が、いや歴戦の強者でもこの少女と剣を交えるの難しいだろうと思った。それほどまでレルシェルの剣は見事なものだった。
 白熱した戦いを見守っていたアンティウスとギャランは背後に気配を感じて振り返った。そこには黒いローブを纏った黒い髪の女がいて、戦いを見つめていた。レルシェルとはまた違った雰囲気を持つ美女で、二人は思わず息を飲んだ。
「まったく帰りが遅いと思ったらこんなところで……」
 彼女はそうぼやくと二人の間をすり抜けて、レルシェルたちが戦っている場へ割り込んだ。
「オスカー様! 何をされているのです」
 淑やかそうな外見とは裏腹に、十分な声量で彼女は叫んだ。
「おっ? イリアか?」
 その声に反応したオスカーは集中を乱した。拮抗した戦いをしていたレルシェルがその隙を見逃すはずもない。レルシェルの上段からの一撃はオスカーの剣を叩き落していた。
「勝負ありだな」
 ギャランが大声で言い、オスカーが落として転がった模造剣を拾い上げた。
「まったく、遅いと思ったら何をされているのです? まったくリュセフィーヌ様には礼を言いたいというのでわざわざ北壁まわりにしたのですよ?」
 イリアと呼ばれた女性は、呆れた表情でオスカーを諌めた。
「礼、とはどう言う事です? 私は伯にお会いするのは初めてですが」
 イリアの言葉を聞いたレルシェルは驚いて尋ねた。
「それもまだでしたか……前回の御前会議のとき、オスカー様が欠席されたことをリュセフィーヌ様に庇って頂いたのです」
 イリアはレルシェルに頭を下げて言った。
 御前会議とは各所の大臣、総督や軍団長が国王の前で顔合わせる国家行事である。もっとも御前会議と言いつつも国王のセリオスはここ数年姿を見せてはいない。
 レルシェルは記憶を探った。オスカーは辺境での戦いの功績を認められ、伯爵号を得ると共にニケア城を拠点とした東方守備軍の軍団長に任命されていた。任命後、初の御前会議が四ヶ月前にあり、任官式も兼ねていたのだがオスカーは欠席した。当時東方の情勢は不安定であり、大敗したプロシア軍との調停も協議中であった。前線司令官であるオスカーにとってプロシアとの調停は何よりも優先すべき事項であったが、中央の高官たちにとっては御前会議を軽んじられたと思われた。オスカーの処遇について会議では論じられたが、出自の身分が低いオスカーには偏った意見が寄せられ、任官を取消すべきだ、更迭すべきだと言う意見が声高に叫ばれた。
 そこで一石を投じたのが北壁騎士団長、またリュセフィーヌ家の父の代理として参加していたレルシェルであった。
「御前会議は確かに重要な会議であり決して軽んじられるものではない。だがヴァーテンベルク伯は軍人であり陛下から預かりし領土を守る長官である。プロキアとの対立は深刻なものであり、ニケアで勝利した彼がその場に留まらねば、かの地は即刻プロキアに攻め込まれるであろう。もし、彼をどうしてもこの場に呼びたいと言うのであれば、すぐにでも別の司令官を送り込み、交代させるべきだ。ただし、その司令官は彼が起こしたニケアの奇跡をもう一度起こさねばならない。もしかの地がプロキアに奪われたとしたら、その司令官とその者を選んだ人事は責任を取らねばならないだろう。さて、その人事を誰が行うかだが……」
 レルシェルの発言に会議は沈黙した。それまで声高にオスカーを非難していた出席者たちもレルシェルが突きつけた現実に対応する案を持ち合わせていなかった。
 うやむやのうちではあったが、オスカーの話題は会議に上らなくなり、彼が欠席したことは結果として不問となった。
「あなたのおかげで俺はせっかく手に入れた地位と爵位を返上しなくてすんだし、ニケアの城も陥落せずにすんだ。期限付きだがプロキアとの講和も成立した。あなたの援護がなければ俺はこの場にいられなかったわけだ」
 オスカーはそう言って笑うとレルシェルに深々と頭を下げた。その姿にレルシェルは恐縮した。
「止してください。私は当然のこと、事実を述べただけのこと。同朋が国のために戦っているのに足を引っ張ろうとするのがどうかしているのです」
「足を引っ張る輩も同朋には違いないのだがな」
 オスカーは辛辣な皮肉を言って笑った。レルシェルも同意の意味で苦笑いを浮かべて応えた。
「それではそろそろ俺は行かねばならん。怖いお姉さんがきたからな。王都にいる間は北壁に滞在することにした。いずれ酒でも飲もう。無論王宮の宴会ではない。街の酒場でお偉い方への愚痴を肴にな」
 オスカーは屈託のない笑顔を見せて言った。レルシェルはその顔を見て、この男に気に入られたのだと感じた。口は悪いが、彼が好漢であると思ったレルシェルは悪い気がしなかった。
「ええ、喜んで。下町でよければよい店を知っています」
 レルシェルの答えにオスカーは機嫌よく頷いた。
「まったく。こうやって女性をたぶらかしてるんですね。リュセフィーヌ様、この人と飲むのはかまいませんが、手が早いので気をつけてくださいね」
 イリアの表情はあまり変わらないが、少し怒っているのかもしれないとレルシェルは思って苦笑いをした。だが、レルシェルの笑いは中断された。イリアと目が合ったとき、レルシェルは彼女に違和感のようなものを感じたからだ。
「あの、あなたは……」
 立ち去ろうとした二人をレルシェルは呼び止めた。
「私ですか?」
「こいつはイリア・ヒューベル。俺の側近をしてもらっている。公私共にな」
 オスカーはイリアの肩を抱くと、悪戯っぽい表情でレルシェルを見た。
 驚く表情を浮かべるレルシェルは二の句が告げなかった。オスカーはそのレルシェルの若い反応に笑うと、その場を立ち去った。
 レルシェルは呆然と二人の背中を追ったが、イリアに感じたその感覚が魔物と対峙したときの感覚に近いことに気がつくには、もうしばらくの時間が必要だった。
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