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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第三章・死屍と人形

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第5話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第三章・「死屍と人形」――『生体練成』の陰謀によって生まれた少女の悲劇
 夜遅くになってレルシェルは帰宅した。セリカが労をねぎらったがレルシェルはすぐさま客間に向かって、シェフィールド子爵たちの安否を確認した。
 客間のドアを開けたとき、レルシェルは違和感を感じて戸惑った。彼女は魔法使いではないが、精霊の力を感じ取る心得がある。その部屋の中には尋常ではない力が渦巻いていたのだ。これがファカスの子供の力か。レルシェルは緊張に硬い表情を作って、その部屋に入った。
「おお、これはレルシェル殿。このたびはとんだご迷惑をおかけしました」
 シェフィールドはレルシェルの姿を見ると、急いで駆け寄って握手をし、頭を深々と下げた。
「いや、シェフィールド子爵、あなたが無事で何よりです。それに……よく彼女達を守ってくださいました」
 レルシェルはそういいながら、レンとロックのほうに視線を向けた。
 レンはわずかに瞳に不安を浮かべ、ロックの袖を掴んだ。
 ロックも油断のない目つきでレルシェルを見た。街の治安を守る騎士団長と非合法の運び屋の対面である。
 レルシェルは厳しい目で二人を見つめた。
「いや、守ってくれたのは彼だ。いま私とあの子がここにいられるのも、彼のおかげだ」
 シェフィールドは慌ててロックたちを擁護した。
 レルシェルは軽く頭を振った。
「運び屋ロックこと、ロックウェル・ランカスターの名は私も知っている。その仕事の内容もな。だが、今そのことについて問いただそうとは思わぬ。それに卿は私の友人の大切な人を守ってくれた。受けた恩を罪を問う言葉で返すなど、リュセフィーヌ家の名を汚すことになろう」
 レルシェルは微笑んでロックに手を差し伸べて握手を求めた。ロックは少し戸惑いながら、彼女に応えた。ルテティアの貴族達は市民、とくにロックたちスラムの民衆を人として扱わないような風潮があったからだ。だが、大貴族の娘であるレルシェルにはそう言った空気が何一つない。ロックはこの貴族の娘に奇妙な好感を覚えた。
 レルシェルはロックからレンに視線を移した。
 レンの表情は硬く暗い。表情の作り方を忘れてしまったかのようだ。それでも怯えた目をしていることをレルシェルは捕らえていた。レルシェルはその視線を受けて、強く悲しみを覚え、子供の頃の記憶を蘇らせた。それは彼女がレンよりも、もっと小さかったときの記憶だ。初めてフェデルタに会ったとき、孤児だった彼はこれとよく似た目をしていた。
 レルシェルは瞳を閉じると、何も言わずレンを抱きしめた。
 レルシェルの金の髪と、レンの灰色の髪が混ざり合う。レンはレルシェルの胸の中で、紫紺の瞳を驚きに見開いた。
「辛かっただろう……酷い目に遭わせて。すまない……許してくれ。人は何故このような子供をおもちゃにする。平気で好き勝手できるのだ」
 レルシェルは悲しみと怒りが同時にこみ上げて、苦しげな声で言った。彼女の感受性の高さは人として美点であると言える。
 レンはレルシェルに強く抱きしめられて、その細い体をよじった。
「痛いのはいや」
 レンはか細く言った。レルシェルは慌てて、抱きしめた腕を解いた。
「す、すまん……少し強すぎたか?」
 レンは戸惑うレルシェルをじっと見つめた。しばらく無言でレルシェルの顔を見つめ続けたが、彼女は首をゆっくりと横に振って、口を開いた。
「辛いとか酷いとか、よくわからないけど……痛かったり苦しかったりするのは嫌い。ファカスでは太陽が昇っても沈んでも、冷たい部屋と冷たい人たちに囲まれて、毎日毎日それが続いたわ」
 レンはゆっくりとだが、ファカスでの体験を言葉を紡ぎ始めた。彼女の言葉は淡々としていたが、それは年端も行かぬ少女の口から聞くには、凄惨過ぎる内容だった。人体実験は非道を極め、ファカスの子供たちは被虐と蹂躙の日々を送っていた。現にレンは錬金術で精霊を付与させたガーネットを埋め込まれており、それを核として彼女の生命力を触媒に精霊を強く引き付ける身体に改造されていた。それは著しく彼女の健康と成長を阻害している。
 人を人として扱わぬその所業に、レルシェルは酷く心を痛めた。
「だれも……ファカスの大人はだれも助けてくれなかったのか?」
 レルシェルの声は掠れて苦しげだ。レンは返答に困ったのか、目を少し動かしただけで沈黙していた。
「ほとんどの人は、私達を怖がるか、嫌なものでも見るような目をしていたよ。でも、やさしくしてくれる人はときどきいた。その人たちは暖かくて好きだったけど、すぐにいなくなった」
 レンはゆっくりと言った。
 彼女らに同情し、手を差し伸べた者も少なからず居たのだろう。だが、レンの言葉をたどればそういう者達は現場からはずされた。機密性が重要なものである。その者達の末路は容易に想像でき、レルシェルは唇をかんだ。
「ここにいるみんなは暖かい。ファカスの外は、みんな暖かい人たちなの?」
 レンの言葉に大人たちは口が開けられなかった。なんと答えれば良いのか言葉が見つからない。
「でも……やっぱり暖かい人も嫌い。どうせ、すぐいなくなっちゃうもの」
 レンは目を伏せ、そうつぶやいた。
 レルシェルは首を振り、レンの肩をやさしく掴んだ。
「心配するな。私達はいなくなったりしない、レンやその友達を救ってみせる」
 レルシェルはその澄んで強い意志の光を持つ瞳でレンを見つめた。レンは今まで感じたことのない強い視線を感じて戸惑った。戸惑ったが、レルシェルの強い意志を感じて彼女もレルシェルを見返した。
「みんなを、助けてくれるの? どこにも、いかない?」
「ああ、約束する。明日、ファカスに向かう。騎士団の精鋭たちと一緒だ。陛下にも承諾を取っている。レンの仲間達も助ける」
 レルシェルは力強く言って微笑んだ。
 レンはレルシェルの言葉を受けて、初めて表情を変えた。期待に彼女は笑顔を浮かべ、その澱んだ瞳に始めて光が差し込んだ。
 レルシェルはレンの表情の変化を見つめ、力強く二回頷いた。


 騎馬に跨り、軽装の皮鎧を身に着けた少女の姿は常にもまして凛々しい。
 レルシェルは堂々たる風貌で、北壁騎士団の荒くれ者と知られる九番隊『ガルーダ』を率いていた。彼女は馬を急がせ、徒歩で二日かかるファカスへの道程を半日強へ短縮していた。馬は疲労して戦闘に差しさわりがある状態になっていたが、ファカスの小さな市街地で馬の機動力は必要なかったため、彼女は現地への到達を最優先とした。その判断は経験豊かなギャランをもうならせた。
 そのかいあってか、朝にルテティアを出た彼女らは、夕刻までにはファカス近郊の丘まで到着していた。
「しかし、子供たちを助けたあとはどうする? テオドール公のこともあるが、なによりそいつらの身寄りだ。不気味がって誰も引き受けんだろう。どれくらいの子供がいるか知らないが、すべてお前さんの家で引き受けるわけにもいかんだろ?」
 ギャランは馬を下りてつぶやいた。小高い丘で小休止した彼らの眼下にはファカスの市街地が見える。市街地と言っても十数戸の小さな集落だ。
「うむ……卿の言うことはわかる。だが、今は彼らをまず救出することが先決だ。あとのことは私が責任を持って何とかする。まあ当てがないわけではないしな」
 レルシェルも馬を下りてギャランに答えた。とにかく、今は一刻も早くファカスを開放することが大切だと彼女は考えていた。ギャランも彼女の意見に異論はなく頷いた。
「では、行くぞ! 子供の安全確保が最優先だ。まちがっても子供たちに危害を加えるな!」
 レルシェルが号令をかけると。ギャラン率いるガルーダの面々が雄たけびを上げた。荒くれ者たちの風貌にレルシェルは一瞬あっけに取られた。
「囚われの子供を救出に行く騎士団と言うよりは、誘拐に向かう盗賊団と言う方がしっくりきそうだな……」
 レルシェルが肩をすくめてそう言うと一団から笑いが漏れた。
 改めてファカスへ進軍を始めようとしたとき、ギャランが一行を制止した。
「どうしたギャラン?」
「そろそろ夕飯の時間だよな?」
「そうだが……さっきの小休止で食事だと言っただろうが、とっていなかったのか?」
 レルシェルは呆れたように言った。
「俺の腹具合の話じゃねえよ。飯の時間になりゃ、どこの家でもかまどを炊く。だが見ろよ、ファカスのどの建物からも煙が見えねえ。いかにイカレ野郎どもの街だったとしても、一軒も飯炊きをしねえってことはねえだろ。おかしいとおもわねえか?」
「なるほど……」
 レルシェルは頷き、街の方角を見た。確かにどの建物の煙突は静まり返っている。
「マリア、どう思う?」
 レルシェルは騎士団に帯同していたマリアに意見を求めた。
 武官ではないマリアだが、ファカスの研究は彼女の父が遺したものとも言える。現役の錬金術師であり父の遺産とも言える罪業を、この目で見ずには居れないと彼女は半ば強引にレルシェルに同行していた。また、彼女はファカスの孤児院に一時的ながら預けられたこともある。
「そうですね。いかに魔法使いや錬金術師とはいえ、食事の準備にその技を使うことはありません。私がこの町にいたときも、飯炊きは普通のかまどを使っていました」
 マリアは手元の携帯時計を見て率直な意見を述べた。
「わかった……急ごう。だが警戒は怠るな」
 レルシェルはそう言うと街へ急いだ。
 その後姿を見て、ギャランは少々性急すぎるなと思ったが、その行動を否定するほど彼女が拙速を選んでいるとは思わなかった。
 ただこの時レルシェルがレンとの約束のため、子供たちの救出を急いでいたことは否めなかった。


 ファカスの集落に入ったレルシェル達はその光景に愕然とした。
 ファカスは静寂に包まれており、目に付くのはおびただしい数の死屍。しかし子供達の死屍ではない。明らかに大人のものだ。しかし男女問わず、押しつぶされたり引き裂かれたりと、尋常ではない殺され方をして無造作に転がっていた。
「どういうことだ、これは……」
 レルシェルは予想外の事態に思わず声を漏らした。
「わからん、わからんが……これは殺されてからそう時間が経っていないぞ」
 ギャランは死屍を見て言った。死屍は損傷はひどいが腐食等は進んでいない。殺されてからさほど時間が経っていないことを表していた。つまり、加害者がこの近くにまだいる可能性も高い。
 レルシェルは顎に手を置き考えた。ワイマール公が口封じのために、先んじて彼らを殺したのだろうか。スラムの事件からことが明るみになったとして、時間的に考えれば自分達以上に早くここにたどり着けたとは思えない。なにより、被害者の傷は、人が殺したものとは思えなかった。たとえば、ユリアンのときの『魔物』のような。
 レルシェルははっとなった。レルシェルにはその魔物を感じる力がある。彼女は明らかに魔物の気配を感じた。
「マリア! 今の気配は……」
 同じく魔物の気配を感じることが出来る、聖杯の騎士であるマリアを呼んだ。
 マリアも緊張の面持ちで頷いた。
「たしかに魔物の気配を感じます」
「魔物の仕業なのか……」
 そういいながら二人は集中し、感覚を研ぎ澄まして魔物の正確な位置を探る。
「魔物の仕業ではない。これは人間の所業の成れの果てだ」
 建物の影から一際濃い闇が現れた。全身に黒衣を纏い、つばの大きな帽子をかぶった男。表情を読み取れないが、そのつばの奥で目だけがぎらりと輝いている。魔物の気配は彼からだった。レルシェルもマリアも、彼とは一度会っている。ユリアンの一件のときだ。
「貴様は!」
 レルシェルは男をにらみ剣を抜いた。マリアも怒りの篭った瞳を彼に向ける。どこにでもいるような、純粋な青年ユリアンを魔物に変えたのは彼である。特にマリアは調査のためユリアンに近づき、やり取りの中でそれ以上の関係を築いていた。
「私と戦うというのか。あの赤い髪の小僧なしでか?」
 男は影の奥で嘲るように笑った。レルシェルは彼と一度だが戦い敗れていた。現時点でレルシェルを純粋な戦闘能力で勝るフェデルタですら、彼とは互角がやっとだった。フェデルタに経験と実力で劣るレルシェルが侮られるのは当然だった。
「貴様が街の人を殺したのではないとすれば、誰が殺した!」
 レルシェルは魔物の男に怒鳴るように言った。
「そうだった。私は無実を証明しなければいけない」
 男は嘲笑を兼ねた声で言った。
「私はこの町からひどく強い負の感情を感じてここへ来た。その怨嗟の声は、あらたな魔物を作り出すのに良い材料になると思ったからだ。私の人間を魔物にする術は、未完成だが負の感情が強いものほど成功率が高くなる。だが、どうだ。もしかすると魔物である私より、人間達自身のほうが魔物を作ることは上手いのかも知れぬ」
 彼は半ば呆れたような口調で言った。
 そして彼はレルシェルたちを無視して、町の中心へつながる道を見た。
「どういう意味だ……」
 男に戦う意思はなさそうだ。だがレルシェルは緊張を解かずに尋ねた。
「あれを見ればすぐわかる。まあ完全に魔物というわけではないが、同じようなものだ」
 彼が指差す方向をレルシェルたちは見た。ずるずると何かを引きずる音を、死屍の街になったファカスに響きわたる。その音と共に、低く唸るような声も聞こえてきた。
 そして建物の影からついに現れたのは、大きな黒い肉塊のようなもので、その塊からは何本かの手足が伸びていた。そのグロテスクな肉塊からはアンバランスな子供のようなきれいな手足だ。
「なんだ、あれは……」
 ギャランが唸り声を上げた。その肉塊は想像を絶していた。
「ここでは錬金術や魔法を使って人体実験を繰り返していたらしいな。あれはおそらくそれの成れの果てだ。まったく人は人をして人ならざるものを作り出せるようになったか」
 魔物の男は愉快そうに笑った。
「なんだと……では、あれはまさか」
 レルシェルは愕然と言った。
「そう、そのまさかだ……あれはここで実験動物になっていた子供達の成れの果てだ。生体融合でも試したのか、もうむちゃくちゃだ」
 魔物の男は笑って言った。
 彼はふわりと宙に待った。
「私が出る幕ではなかったな。聖杯の騎士よ、あれは君たちの同胞が作り上げた同胞のの成れの果てだがどうする? 殺すか? それもまた面白い余興になりそうだ」
 彼はそう言ってひとしきり笑うと、夕闇に溶け込むかのように姿を消した。
「くっ……どこへ!」
 レルシェルは辺りを見渡したが、魔物の気配は消えていた。
 その間に肉の塊は彼女達に近づいていた。腕や足のほかにも触手のようなものが何本も生えている。それは奇怪な生き物で、この場にいる誰もが始めてみる光景だった。
「人間だけでなく、ほかの動物も混ぜ合わせたんだわ……」
 マリアは絶望的な瞳で言った。それは彼女が生業とし、その力を信望する錬金術が為す業の一つだ。生体融合は錬金術の力で複数の生き物を一つの生き物に練成する。禁じられた術法の一つだった。
 目の前の肉塊からはそれだけではない、魔法の力を感じる。
 おそらくレンと同じように、魔法の力を埋め込まれているのだろう。
「マリア……まさかあれが、レンの仲間達なのか?」
 レルシェルは恐る恐る尋ねた。マリアは即答を避けたが、悲しい目でレルシェルを見た。
「おそらくは。彼らはレンのような精霊の力は持っていません。そのため失敗作とみなされたのでしょう。処分をかねて、生体融合の練成、キマイラ作製の実験台にでもされたのか……しかし、彼らの意思はどこかで残っていたのか、その意思は復讐というかたちで現れたのかもしれません」
 無数に転がるファカスの大人たちの死屍を見て、マリアは苦しげに言った。
「なんということだ……」
 レルシェルは力なく剣を下げ、つぶやいた。
 レンとの約束はこれでは果たせない。子供達は目の前のキマイラとなってしまっていた。今の彼らはすでに自らの身体をなくし、意識もなくして殺戮の怪物なのだ。
 キマイラはレルシェルたちを視認し、怨嗟の咆哮を上げた。
 彼女達はファカスの人間ではなかったが、キマイラにとって人間はすべて憎むべき存在になっていた。それほどファカスで子供達が受けていた仕打ちは、過酷なものだったのだ。
 恐るべき殺気がレルシェルたちに襲い掛かった。
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