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No.05:悼み(いたみ)

私の心に新たに芽生えた感情。

「悼む(いたむ)」とは、「人の死を悲しみ嘆く。」と辞書に書いてあった。


 先日、私の知人が急病により逝去された。

「二週間後にまたお会いしましょう」

 この言葉が私と知人が交わした最後の言葉だったと思う。


 私はちょっと厄介な病気を抱えている。

 私の知人とは、私の主治医だった先生の事だ。

 先生からして見れば、医師と患者の一人という関係だったかもしれないが、茶目っ気があり、診察中に雑談や自身の体験談を話してくれる先生に対して、私は会社の上司や先輩のような親しみを感じていた。

 私は今はまだ先生の死を信じられずにいる。

 クリニックの診察室のドアを開ければ、また先生に会えるのではないかと思っている。

 私の祖父や祖母が亡くなった時は悲しみを感じたが、祖父も祖母も八十歳代で亡くなったので、寿命で仕方のない事だと思い、悲しみの感情はいつしか消化されていった。


 しかし、先生の死は違っていた。

 先生の死によって、私の心に新たな感情が芽生えた。

 それが、「悼み(いたみ)」だ。


 私の感じる「悼み」とは、喪失感を心に植え付け、二度と会えない悲しみを抱かせ、「死」を間近にある事と感じさせ、その人が生きていた事を心に深く刻みつける感情だ。

 今のところ、「悼み」の感情は拭い去れず、私の心は「悼み」の感情が新たな土台になり、その上に今までの喜怒哀楽の感情が乗っかているような状況だ。


 先生は学生時代の頃、小説家に憧れ、志を共にする仲間と同人誌を発行したそうだ。

 先生は、自らの命をもって私に「死」についてと、「悼み」の感情を教えてくれた。

 現在執筆中の作品「ボクとテツジの夏休み」では、私はテツジに死を与える。

 今後執筆する作品でも「死」をテーマにした作品や、生み出したキャラクターに死を与える事になるだろう。

 先生の死を私は今後の執筆活動の糧としたい。




 先生、さようなら。


 またいつか会いましょう。


 今は安らかにお眠りください。

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