第91話 女性の美への探求は時に恐ろしいです
取り敢えず、お湯を薄めるのに使った水を補充する為に、井戸に水を汲みに行く。
流石に風呂に足した分なので、結構な量を往復する羽目になった。
お風呂計画には、まだ水魔術を上げる必要が有るなと思った。
やっと往復が終わり、腰の鈍い痛みを親指で押しながら一休みしていると、ティーシアが興奮した様子でキッチンに走って来た。
「ねぇねぇ、何?あれ!!我が娘ながら見違えたわ。あの混ぜていたのを使ったらあんな風になるのかしら!?」
物凄い早口で捲し立てられる。勢いに仰け反るが腰が痛い。
「何よ、あの髪、サラサラじゃない。びっくりしたわ。肌もつやつや。ねぇねぇ、あれを使えば良いのかしら?」
「えーと、はい。ただ、使い方が有るのと、今の状態だと体が汚れている為上手く洗えません。遠征から帰ってからでもお教えします」
「えー。待つのー。遠征って7日もよねぇ?えー。待ち遠しいぃ。うわー、我が娘ながら悔しいぃ」
あー。人が変わっている。まぁ、女の子なんてそんなものか……。
エステとかの後の子を見ると、いらっとしながら自分も後で行く気になるみたいなものか?
「まぁ、たかがその程度ですから。少しだけお待ち下さい」
「たかが?」
「いえ……。言葉の綾です。すみません、パーティーでもう決まっている事ですので……」
物凄い目で見られた。こえぇぇ。女の美への探求を嘗めては駄目だ。正直、腰の痛みを一瞬忘れた。
「むー。あれ見たら、ねぇ?私もあんな感じになれるのかしら?」
「やはりお湯だけでは汚れは落ちません。その為に石鹸を作るのを手伝ってもらいました」
「石鹸……。石鹸……。良いわね。でも、お湯もそこそこ使うんじゃないの?」
「そこは、魔術でカバー出来ます。今日も薪は使っていないです」
「もう……。あまり気にしないでも良いのよ?他にも色々助けてもらっているもの」
流石にティーシアが苦笑を浮かべた。
ただ、お世話になっている事は間違い無いので、出来る事はしたいと思うのだ。
「戻ったら、必ず。それまでお待ち下さい」
楽しみにしておくとの言葉を残して、主寝室に戻って行った。
ふぅ、嵐のようだった。
部屋に戻ると、ベッドの上で、ニマニマしながら転がっている可愛い生物がいた。
転がる度に、髪の毛が大きく広がり、サラサラと体の後を追って流れて行く。ふむ。やっぱり効果大きいな。
「うわぁ……。凄い体中が気持ち良い。何だろう、肌を触っても全然違う。うわぁうわぁ……」
どうも、部屋に戻ったのも気づいていないようだ。
「お風呂はお気に召した?」
そう声をかけると、ビクっとして固まり、ギギギっとこっちを振り向いた。
「ヒロ、いつの間に?」
「んー。体中が気持ち良い辺りからかな?」
「声かけてよ、何かずるい。お風呂とか石鹸とか知ってたし。ずるい、ずるい」
「故郷の習慣だからね。こちらだと薪代がかかるから、ちょっと難しいかもしれないけど」
苦笑いで答える。
「故郷の方は、あんな気持ち良い物にいっぱい入れるの?」
「そうだね。それに地面から温かいお湯が湧いていたりするんだ。そこに浸かったりもする」
「へぇー。良いなぁ。私も入ってみたい」
新領地にお風呂屋さんか……。薪代がとんでもない事になりそうだ。
でも、公衆衛生を考えると、入浴と石鹸による洗浄は必要なんだよな。
お金が回り始めたら、試算してみるか。
「もし湧き出ていたら、良いね」
そんな感じで、和気藹々と話ながら、布団に潜り込んだ。
何時もより甘い香りがしてくらくらしてきそうだ。
「リズ、良い香り」
「あー。今までそんな事言ってくれなかった」
「いつも良い香りだよ。でも今日はもっと良い香り」
「むー。何か騙されてる気もする。でも、気持ち良かったから許してあげる」
そのまま口づけ、ゆっくりと首筋に唇を這わせる。
髪の香油の香りが移ったのか、全身から爽やかな植物の香りと女の子らしい甘い香りが広がっている。
久々に感じる香りに、無意識に反応しているのが分かる。現金な物だ。
「あ、大きくなってる。私、魅力的?」
「とっても魅力的だよ。食べてしまいたいくらい」
そんな会話を続けながら、ゆっくりと眠りについた。
枕元から感じる仄かな香りに安心感を抱きながら、久々に深い眠りに落ちて行った。