第89話 エルフもドワーフもいるんだよ
取り敢えず、周辺情報がもう少し聞きたかったので、領地の東側の森に関して聞いてみる。
距離に関しては、今回町の中心として予定している場所から、歩いて2時間程の所だ。
広さは今の村の北の森よりも大分広い。下手したら関東圏を覆う程の広さだ。人類生存圏の拡大と言う言葉が真に分かる。
「植物を司る神の手が入っている為、植生は豊かだ。獲物も濃い。ただ、その分魔物達も多いな」
思案しながら、ノーウェが答える。
「人型でもゴブリンだけでは無く、オークやオーガと言った強力な種族も住む」
オークとオーガに関しては、話には聞いている。
オークはファンタジーの基本通り豚に近い顔の人型の魔物だ。ゴブリンより知性が高く、木製の鎧を開発する等油断の出来ない相手だ。
小規模では有るが、魔術の行使も確認されている。ただ突風で体勢を崩すとか、投石されるレベルの話では有る。当たり所が悪いと大怪我なので、頭部の防御も思案に入れよう。
対応する等級としては、8等級以上。個々の群れはそこまで大きくは無い。討伐証明部位は鼻。
オーガに関しては、ゴブリンが筋骨隆々になり角が生えた、日本の鬼みたいなものだ。指揮個体に角が生えたら、それっぽいのだろう。ただ、身長は2m近くなり、角も30cmを超す。
知性に関してはゴブリンと同じ様なものだが、膂力と頑丈さが違う。またスキルの所為なのか若干の再生能力も持つ。
対応する等級としては、7等級以上。ほとんど群れは作らず、単独で行動しているようだ。討伐証明部位は角。
「魔物は強力な程、森の奥側の魔素の多い地域を好む。狩りや植物採取に関しては適しているだろう。それと……」
ここで、若干困惑顔になる。
「森の中には、エルフの集落が点在している」
ファンタジーのお約束、エルフがここで来た。笹穂耳なのかな。ファンタジーらしい種族は初めてだ。魔物は除く。
「交流は有るのですか?」
「うん。町にも普通に住んでいるよ?森に住むのは元々狩猟民族だからだよ。同じ大陸の民として、良き隣人として交流している」
この世界だが、どうも別種族だからと言って、差別も偏見も無い。言葉が通じれば人間だ。同じ魔物と戦う同士として良き友として接している。
で、もしそれぞれが結婚した場合、子供がどうなるかと言うと、親のどちらかの性質に寄る。人間とエルフなら、人間かエルフの子供が生まれる。
プロパティ的にそうしているのかは謎だが、人間種族に限って言えば、メンデル先生に喧嘩を売っているとしか思えない。
ついでにドワーフがいるかと聞いたが、やっぱりいた。男女共に、背が低いらしい。男性は筋骨隆々で鉱夫や鍛冶が得意らしい。
これはゲーム補正では無く、元々先祖が居住地を洞穴にしていた名残のようだ。その為、元々背が低かったのが遺伝してきたらしい。
洞穴の拡大を続けていた為、筋骨隆々になったし、穴掘りや鉱物を見つけるのも得意になった。鍛冶はその鉱物を利用しようとして、培ってきた知恵の為らしい。
町の鍛冶屋にも何軒かはドワーフがいるらしい。町をちゃんと見て回って無いから気づきもしなかった。
取り敢えず、この周辺でよく見かけるのは、この2種族らしい。興味が出てきた。
「村を作るに当たって、エルフに対する注意点は有りますか?」
「注意は無いんだが、移住を求めて来る場合が有る。受け入れをするかしないかは判断だ」
どうも、狩猟民族だが、別に狩猟だけで生きたい訳でも無いらしい。人里が近ければそこに入り込み、農業などに従事する事も有る。普通の人間だ。
全然見かけなかったのは、今まで住んでいた村まで森から遠かった為らしい。町は豊かなので、エルフ達も村まで来たらそのまま町に移住する。その為、会った事が無かったのだ。
「特に方針は決めていないので、受け入れはします」
「その場合は、戸籍の処理はお願いする」
王国には原始的だが、戸籍が存在する。税収の要になる為、人の出入りに関しては領主の管轄だ。
税が納められる際に、次年度分の税収を判断する為、戸籍の更新が必要になる。
税収は、面積当たりの収穫量の目安が決まっており、面積から税収額が算出される。支払い対象は戸籍に登録された土地の所有者となる。
「その辺りの概念はエルフ側は理解していますか?」
「そこは心配無いよ。同じ言語圏だし、説明もしている。皆納得しているよ」
ふーむ。ファンタジーのエルフと夢を見てみたが、普通の人って感じだな。まぁ、弓が得意なのも狩猟民族の所為か。
ただ、思った以上に冒険者の狩場が近いのが助かった。少なくとも7等級までの冒険者が訪問する確率は高い。
後は初期の村の細かい仕様を詰めて行く。下水の概念は無いので、怪訝な顔をされながらも領主館の一部に下水を通す。
トイレは糞尿の再利用が有るので、汲み取りで問題無い。風呂の設備は水の排出が必要なのでそこに下水を通す。
領主館の設計で、浴場の仕様を説明したが、理解してもらえなかった。まぁ、水魔術をこんな無駄な事に使うのは私だけだろう。
糞尿に関しても、人と家畜で分けて堆肥化を進める為、集積場を別に設ける事にした。
ちなみに家畜は牛と鶏、そして馬だ。
何故馬かと言うと、警護の為騎士団の小隊一隊が配下に付くからだ。
この騎士団を中核に、自分で騎士団を大きくさせて行く必要が有る。
また、初期の騎士団は古参扱いになるので、今後軍務系での昇進を期待してモチベーションが高いらしい。
「斥候団も何名か出向してもらう事は可能ですか?」
「それは構わないけど、国王の目が直接入るけど、そこは問題無いのかな?」
「監視の問題より、問題が発生する事を事前に察知出来るメリットを優先します」
「んー。私と父上の子飼いの諜報部隊はいるから。そこから人員を出そうか?一旦は給料をこちらで見るし、農民扱いで紛れ込ませるけど」
「そうして頂ければ、助かります」
正直、何かあった時の初動は重要だ。目が有るか無いかで大きく変わる。念には念をだ。
領主館の場所は、丘が有る様なので、そこに建ててもらう事にした。出入りは不便だが、最終的には壁で囲って、村の防衛拠点に変えるつもりだ。
平地と言っても、そこそこ起伏は有る。岩丘も周辺にそれなりの数が点在し、石の質も良いそうだ。切り出し場所が近いのは助かる。
聞けば聞く程、有力な場所だ。ノーウェが新しい村を作ろうとしていた意味も分かる。
「村の近くに、川が流れていますが、氾濫等は大丈夫ですか?」
「北側の山々が水源だね。川幅は広いけど穏やかな良い川だよ。雨の季節にも調査を行ったけど氾濫の兆候は無かった。安心して良いよ」
インフラ系で金食い虫が治水工事だが、そこを気にしないで良いのは本当に助かる。
村のデザインに関しては将来を見越して、かなり大規模な町を想定して設計した。
「これは……ちょっと不便じゃないかな?かなり間隔が広いけど……」
「今後の発展を考えれば、余裕が有る方が良いです。すぐに埋まりますよ」
町の整備計画は、最初の方針が最も肝心だ。建物は簡単に動かせない。将来を見越して設計するしかない。今の住人より未来の住人の為だ。
畑の広さは、長さの基準が近いので、アール、ヘクタールの正方形で配置していける。
今後の稲作を考えて畦で線引きする様にお願いしたが、怪訝な顔をされた。まぁ、将来の為、将来の為。
「ふぅむ……。ちょっと今までの村と違うから難しい部分が有るけど、君が必要だと言うなら用意はしよう」
「ありがとうございます。ノーウェ様」
その後はもっと細かい部分を延々指摘、修正しながら進めた。
少なくとも、この世界では先進的な村の設計が出来た物と考える。
都市開発系のシステム受注を取ってくれた過去の営業に感謝しておこう。
一旦の叩き台はこれで完了だ。後は増えた予算の規模によって補正する。海側の村も可増分によってどの規模で始めるのか決める。
「いやぁ。しかし、領地経営は初めてだよね?良く、こんな細かい問題を思いつくね……。この町でも適用出来るよ」
ちょっと疲れた顔でノーウェが嬉しそうに呟いた。
「昔住んでいた町が古かった為、問題が噴出していました。その解決を今回盛り込んでいます。特に防火等に関しては設計段階から始めないと効果的な対応は出来ません」
出火原因の外食街を集中させ、大きな道路で区切るとか。鍛冶屋は製造と販売場所を分けて、防火区画に製造場所を集中させたりとか。
昼夜の動線を考えて、道路と各区画を配置するとか。
区画整備の基本を延々盛り込んで行った。
いやぁ、昔こんなゲーム有ったなぁと思いながら、満足した。
後はノーウェの官僚団がこの叩き台を評価し、修正案を上げて来る。それに対応したら、スタートだ。
「じゃあ、今日はこの辺りまでかな?ご苦労様。楽しい時間が過ごせたよ」
ノーウェが握手を求めて来るのを握り返す。
評価が終わった段階で、村に連絡をもらえるそうだ。1週間程度はかかるだろう。
「はい。私も楽しかったです。また、評価後にお会いしましょう」
別れを告げ、領主館の出口の廊下を歩く。あの時は男爵になった時にどうするかしか考えていなかったが、今日は領地の詳細を考えている。
少しだけ前に進めているなお前。心の中で自分を褒めてあげた。