第75話 野営でくにゅくにゅした物を出してみた
そのまま眠りにつき、いつも通り目を覚ます。
朝食を終え、また一週間の遠征を行う旨を改めて2人に報告する。
もう、慣れたもので、頷き返されただけだった。
石鹸の件だけはティーシアに念を入れてお願いした。
荷物をまとめている時に迷ったが、槍は1本置いて行く事にした。
鉈は予備で持っているし、何かあればまたグレイブもどきでも作ろうと考えた。
そのまま家を出て、ギルド前に集合する。食料品や消耗品の買い付けを3人に頼み、私はギルド内に入る。
依頼票を確認したが、ゴブリンの達成料は変わらずのまま。事態収拾はもう少し先か……。
受付嬢に挨拶をし、子爵宛ての連絡を依頼する。
内容は、今日から10日後以降の都合の良いタイミングに男爵の話を受ける旨を伝えたい事そして公爵との面会をお願いしたい事の2点だ。
冒険者ギルド経由の連絡なら、間違いなく2日後には子爵に連絡が着く。
最近の様子などの確認を含め、若干の雑談の後、外に出る。
3人共、既に買い物を済ませ、待っていた。
しかし、改めて見ると、荷物が多い。寝る時の上下の毛布や調理機材、食料、その他消耗品の数々。
補給に戻るので食料はそうでも無いが、毛布類は3人分なので嵩張る。縛っているが、結構な場所を取る。
リアカーみたいなのを開発するか……。でも、森の中だと邪魔か……。でも小さいのなら……。
そんな事を考えていると、フィアが声をかけて来る。
「何ぼけーっとしてるのよ?森に行くんでしょ?毎度の事なんだから、しっかりしてよリーダー。ロットさんも思わない?」
「リーダーの事ですから、色々思案されているかと思います。森は逃げません。大丈夫ですよ」
ロットが若干渋い声でフィアから擁護してくれる。この子本当に気配りも出来るし、物腰も穏やかで良い子なんだよな。
「はいはい。悪かった。悪かった。取り敢えず方針としては前回と同じく一週間の遠征を予定している。それは良いね?」
ロットが入った時に口調も変えようかと思ったが、まぁ良いかと同じ口調のままだ。どちらにせよ、年下の集団なのであまり気にしない。
全員が頷く。
「最終目標は森の深い所まで行き、熊を狩る事、要は8等級へ上がる事だよ。ただ、現状は前のゴブリン戦の影響が残っているのでこの対処が優先だね」
また、全員が頷く。
「野営に関しては、今後奥に向かう際には必ず必要なのでその演習としてしっかり認識してね。現地での食料調達も大事だから、ここも含めて怪我の無いよう頑張ろう」
最後に、全員が強く頷くのを確認し、森へと進み始めた。
先頭はロット、フィア、リズと続き、私は殿で様子を見ながら進む。
歩いている最中にロットを『認識』先生で確認する。この前の遠征の成果か、『警戒』と『隠身』が1.00を超えている。『短剣術』と『飛剣術』も1.00近い。
言い方は悪いが劣化ハーティスと言った感じだ。そのハーティスがあれだけの人間なので、8等級でこれは純粋に凄い。
指揮個体戦の時に各パーティーを調べたが、ここまでまとまって上がっている人間はほとんどいなかった。
そんな事を考えていると、森の入り口に着いた。毎回陣地は変えている。森の中でも同じ陣地で常に野営出来る訳が無いからだ。
付近を森に沿って移動し、手頃な場所を探す。
「この辺りで良いかな?」
リズが、若干岩が有る付近を指さす。
もたれる物が有るし、楽かな。
取り敢えず、ここを陣地とし、慎重に森に分け入る。
森の入り口の生態系のバランスは完全に崩れている。入り口付近でも狼や猿の魔物も出るはずなのだが、ゴブリンに追いやられたのか姿が見えない。
ただ、死体を放置していると、食い荒らされているので、狼は夜間に出没している。ただ、昼間は全然見ない。
時計に付いた方位磁石を頼りに、木を傷つけ目印を付けながら、奥側に進む。
徐々に魔素が濃くなる感覚を感じながら、周囲を警戒しながら先に進む。
正直、リズ、フィア、私の『警戒』は下手な斥候職を上回る習熟度だ。だが、本職は違う。
「前方に小規模な群れを発見しました。ゴブリンでしょう。引っ張ってきます」
先に見つけ、報告をし、釣り行為までしてくれる。今まで全部私がやっていたので、超楽だ。
2人をロットが走って行った先の方向に配置し、私は後ろに下がる。周囲は『警戒』で見ながら、別の群れにも注意を払う。現時点は大丈夫だ。
その辺も気にしているんだろうなとロット株を上げていると、前方から徐々に物音が聞こえて来る。
「若干散開。ロットに真ん中を駆け抜けさせ、そのまま迎撃。怪我だけ気にして」
指示を出した瞬間、前方の藪を抜け、ロットが走り込んでくる。こちらの様子を見て察知したのか、リズとフィアの間を駆け抜ける。
群れは5匹だった。さっと前に出た2人が一太刀で2匹を落とし、そのまま後退する。
後退した瞬間、ロットの方から投擲用のナイフが放たれ、1匹の首元に刺さり、転がる。
一瞬、ゴブリン側が硬直した瞬間、2人が一気に残りに止めを刺す。私は転がった1匹に槍で止めを刺す。
何と言うか、楽勝過ぎる……。人数が増えたのも有るが、あの修羅場を潜り抜けると、物足りない。いや、物足りないくらいで良いのだが。修羅場、嫌。
「素晴らしい連携です」
ロットが大げさな台詞で褒めるが、表情を見る限り悪気は無い。本心っぽい。
「ロットさんのお蔭ですぅ。僕も、いつも助かっていますぅ」
フィアが何というか、若干媚びてて気持ち悪い。リズの方を向くと、諦めろって表情をしていた。
そんな事を繰り返し、ゴブリンを森の外側から玉ねぎの皮を剥く様に順番に駆逐して行く。
危険を感じる瞬間も無く、淡々と進んでいく。うーん。ちょっと消極的すぎるのかなと思いながらも、肩慣らしと諦めて、本日はこの方針を貫く。
120を数えた辺りで、太陽も大分落ちてきた。
「そろそろ野営の準備をしよう。リズとフィアさんは陣地付近に戻って、薪集めと調理の準備。ロットは私と薪集めと食材探し。今日の料理当番は私。問題無し?」
皆が揃って頷く。
枯れた小枝や細めの薪材を集めて火を付けるまでは時間がかかる。また、鍋を吊る設備を作るのもそこそこ時間がかかる。
私は、太めの乾いた小枝を集めつつ、野草を『認識』先生でチェックし、食材を探す。
適当に歩きながら、次々と摘み取って行く姿を見て、ロットが尊敬した口調で話しかけて来る。
「凄いですね……。ほとんど確認されていないのに、的確に食べられる野草を探されるとは……。薪も集めながらですし……」
「いや、この辺りは慣れだと思うよ?他の8等級もベテランはこんな感じだったでしょ?」
「食料探しは専門が分かれていました。一般的な野草は皆分かりますが、その他は斥候職が探すか魔術士の方が書物を見ながら探すかですね」
んー。まぁ、魔術士はイメージを固めるのに色々知識がいるから、ゲームの賢者みたいな役割も背負わされるのか……。
「それだと、毒に当たる事も有るんじゃないのかな?」
「稀に有ります。もう、そこは運ですね」
そんな事を話しながら、樫や樫の倒木の辺りを見ていると、マイタケを見つけて小躍りした。やっべ、天然のマイタケとか中々食べられない。超嬉しい。
「え……。キノコも知識が有るんですか?」
ロットが若干引き攣った顔をしている。キノコに当たった経験が有るのかな?私は『認識』先生のお墨付きだし。
「あぁ、これは大丈夫。毒は無い。保証する」
「……はい」
あー。若干信用していない気がする。まぁ、食べれば分かるさ、この美味さ。マイタケの時期的にはぎりぎり遅い気もするけど良かった。
そんなこんなで材料を集めて、陣地に戻る。
火は既に起こされて、鍋用の設営も完了していた。真ん中に細めの鉄棒を通し、生木で支えを作るだけだが。水分入れた鍋を吊るとなるとそれなりに設営にコツがいる。
「ただいま。良い物見つけた」
マイタケを見せると、全員微妙な表情だった。うーむ、久々のキノコ類に舞い上がったが、こちらの人は毒の心配が先か。じゃが芋の件も有るし意識改革はいるな。
と言う訳で、今日の料理は私が担当する。主食はビスケットもどきと言うか、小麦と雑穀を混ぜて焼いて固めた物が有る。スープに浸して柔らかくして食べる。
鍋を吊り、水魔術で少し暖かめのお湯未満を出す。薪の無駄遣い防止と過剰帰還対策だ。余力は常に残しておかないと、自然は危険がいっぱいだ。
お湯が沸くまで、野草類やキノコと干し肉を刻む。正直、干し肉と言うより塩漬けにしたイノシシを塩で固めた何かだ。過去にそのままジャーキー感覚で味見してみたが、感想は『塩』だった。
ただ、スープの際には味付けと出汁として有効だ。
取り敢えず、刻んだ干し肉とキノコと新開発の油かすを投入する。キノコの食感より出汁に期待だ。香りが上がってきたら、味見をする。うん、旨味が出ている。
葉物を入れて、しんなりするまで、ほどほどに大匙でかき混ぜる。最後に胡椒と若干の塩で調整だ。うし、美味しい。
カップと匙はそれぞれが荷物で持っているので、渡して貰い、注いでいく。
「じゃあ、今日もお疲れ様でした。頑張ってくれてありがとう。食べましょう」
そっといただきますと呟き、スープを啜り、ビスケットもどきを浸す。
「うまぁ!?何これぇ、キノコ美味しい!!後、くにゅくにゅした肉が入っている。何これ!?」
フィアの叫びを聞きながら、地が出てるなと思う。リズの方を向くと、美味しそうに食べている。ロットも感心したような表情だ。
「くにゅくにゅなのはアストさんの所の新商品。美味しい?」
「美味しい!!」
「そこまで高くないから、買ってみるのも良いんじゃないかな」
アストとも相談したが、元が捨てていた部分なので、そこまでの値段はつけない形で落ち着いた。まずのターゲットは恒常的に肉を食べられない世帯だ。
「驚きました。野営の食事と言えば、何処も味気無い物か塩辛い物ばかりでしたが、ここまでとは……」
私に頼ると他が育たないので、調理担当は他に任せていた。まぁ、結果は推して知るべしだ。
皆、料理が出来ない訳では無いのだが、変態日本の調理技術は格が違う。そりゃ第五の味覚とか言い出すわ。
次々とお代りを処理しながら、皆が幸せそうな顔をしていた。