第74話 チートがきっかけにしかならない件について
食後、アストと話を進める。
油かすに関しては、受け入れられるかが読めない為、一旦は新商品として各家庭に無償で配る。その際に利用方法も習熟させる。
獣脂灯に関しては、元々概念は有る為、そのまま販売は容易だ。一部蝋燭の利権と被るが、小さな村の一部の話だ。そこまで目くじらは立てられない。
「脂肪の部分と、内臓部分に関しては、処理に困っていた折だ、助かる」
アストが少しほっとした表情を浮かべた。
「いいえ。家の人間として、皆の生活が豊かになれば喜ばしい。それだけです」
アストと微笑み合い、細かい話を調整して行く。今後は油かすを干し、保存食化して冬の蛋白源として利用する事も視野に入れて行く。
「冬も獲物は捕れるが、細いと言うのは有る。また、寒さの中での猟は危険も有るのだ」
確かに、寒さで鈍った体で猟をするのは危険だ。止めを刺すにしても危険が付き纏う。
「少ない獲物でも、再利用可能な部位が増えれば、その分助かる。改めて礼を言う」
アストが頭を下げて来る。
後は細かい内容を詰めて行く。蝋燭利権は雑貨ギルドの領分だ。侵犯行為とは言い切れないが、注意しておく必要が有る。
獣脂の利用に関しても、過去はそこそこの規模に対応していた。だが再利用方法が狭い為、廃れた技術の様だ。
揚げ物が常態化しなければそんなものか。一部ラードをパンに付けて食べる程度だ。
アストとの話し合いが終わり、納屋の石鹸の状態を確かめに行く。一部は鹸化している様だ。
油っぽい、朧豆腐の出来損ないみたいな塊を少量掬い、水で濡らした手で擦ると、泡立って来た。
「一先ずは、成功か」
正直、正確な分量は過去の調査で分かっていたが、実際にやるとなれば大違いだ。祈る様な気持ちで待っていた。
水魔術で水を出し、手を洗い流す。久々の石鹸での手洗いに、懐かしさを感じた。
ただ、アルカリ性が強すぎると、肌には適さない。一週間後の様子を見て、リズとティーシアにパッチテストをして貰うかと考えた。
今後の流れとしては、この石鹸膠を塩析して、鹸化成分を抽出すれば、匂いも無い純粋な石鹸になるのだが……。
「塩……高いんだよな……」
岩塩ベースの塩が出回っている通り、海水由来の塩はほとんど出回っていない。正直、鉄鉱床よりも海の方が開発活路が見えやすい。
塩害が有るので作物には向かないが、網の概念が有るので、漁で食料生産の向上は図れる。その上、塩が量産できれば、塩漬けの魚を内陸部に販売出来る。
塩ギルドも存在するが、安価に大量の塩を生産出来れば、一気に資金繰りは楽になる。その辺りも一回子爵と相談するか……。
取り敢えず、石鹸に関しては肌への適性を調べて、開発は一旦凍結だ。臭いは確かに感じるが、植物由来の香油や少量のオリーブオイルの販売は確認している。
パッチテストに問題無ければ、この石鹸膠で体を洗い、油分での保湿と香りで誤魔化して貰おう。
明日から一週間は森に潜る。その間ティーシアには攪拌を頼み、鹸化を進める事にする。
目標が定まったので、部屋に戻る。盥を用意して、お湯を生み出す。
「あぁ、やっぱり便利だな。水魔術様々だ」
水魔術は往復の際に、惰性で延々訓練したお蔭で一気に習熟度が上がった。過剰帰還を覚悟すれば、40度位のお湯を風呂桶いっぱいには出来る。
お風呂計画も、順調に推移中だ。
ただ、風呂桶と言うか、大規模な桶の開発はそれはそれで難しい。小さな桶ならば問題無いが、大量の水の重さを支えられる桶の開発までは至っていない。ワインの生産に使う大規模な桶も有るには有るが、風呂桶の発想には至らない。
風呂桶を開発する手間を考えたら、小さな浴場として開発した方が早いな。町で見た建築物を見て、そう思った。少なくともコンクリートに準ずるような物は開発されている。
ここで『認識』先生で、組成をはっきり見れば良いのでは無いかと考えるが、無理なのだ。
『認識』先生、動物を見るとスキル構成と種族由来の詳細な生態が、植物を見ると詳細な生態が見える。
じゃあ、無機物をみるとどうなるかと言うと。石を拾って見ると『石の塊』とか、石垣を見ると『石を積んだ壁』みたいな答えが返って来る。
何と言うか、ゲームで言う所の『しらべる』コマンドに近い物を感じる。
漆喰の組成を調べたくて覗いた時に、『石の壁』って答えられた瞬間、何を殴ろうかなとまで思った。見た事は無いが間違い無く、コンクリートか何かを混ぜている現場を見たら、『泥』とか返って来る筈だ。
少なくとも、こんな能力がチートか?と聞かれれば、絶対に違うと思う。
『識者』先生も含めてだが、初めに貰った各種のスキルなんだが、答えは教えてくれない。きっかけまでなのだ。
『識者』先生が便利かと聞かれればそうなのだが、過去にゴブリンの弱点を聞いた時に、
<告。該当生物の生態は人間に近いです。人間の弱点と同等と判断します。>
って返って来た。まぁ、そうですよねぇとは思ったが、絶対の答えは返してくれない。
そういう意味で、このスキル群はきっかけを得る為の物と認識している。ただ、何も無いよりは断然ましだ。
そんな事を考えながら、体を清め、着替える。洗濯も済まし干した辺りで、リズが来た。
「明日からの件、集まってから話すの?」
「食料や消耗品の件はそうだな。後、ロットの投げナイフは個人持ちよりパーティー資金から出さないか?何だか申し訳無い」
「んー。それは私も思う。管理の手間と、獲物に刺さったまま逃げられた場合の損失も大きいわよ。あれはパーティー全体で見るべき」
ロットが入る際に、一旦パーティー資金は頭割りして、再度4人で募り始めた。ただ、この2週間弱で結構な額にはなっている。
食料品や消耗品だけでは無く、パーティー全体に影響するものに積極的に投資しても良い段階には来ている。
そんな話をしながら、ベッドに潜り込み、うとうとし始める。
明日も、野営か。日本の頃はキャンプと聞けばうきうきしたが、毛布に包まって寒空の下で寝るのは辛い。
まぁ、油かすの残りも有るし、色々食生活を豊かにして、モチベーションを上げて行くか。
そうこう話している内に、窓を風がガタガタ鳴らす。もう冬は目の前まで来ている。