第71話 急いでの帰還
取り敢えず、何も考えず、帰りの馬車を探し飛び乗った。
町の観光?挨拶回り?そんなの知らない。リズ、リズ、リズだ。
最低限の食料調達だけ済ませ、最終の馬車に飛び乗った。
2日間延々焦っている私を見て、周りはさぞ奇異に思っただろう。
村に着いたのは、かなり暗くなってからだった。
馬車を飛び降りた私は、兎に角急いで家に戻った。
扉を叩き、怪訝な顔で出てきたリズを見た瞬間、感情が爆発した。
「リズ、リズ、リズ、ごめん、リズ……」
もう、何を言って良いのかも分からない。延々謝りながら、リズの名前を連呼するしかなかった。
「何が有ったかは分からないけど……。よしよし」
リズはゆっくりと抱きしめ返してくれて、落ち着くまで背中をさすってくれた。
少し落ち着き、家の中を覗くと、2人共驚いた表情で固まっていた。
まぁ、大のおっさんが、家の前で泣き出すなど珍事だろう。
「少し、リズを裏切った事が有りました。その自責の念です。もう吹っ切りましたし、同じ過ちは犯しません」
そう伝え、家の食卓に着く。食事はもう始まっていた。ティーシアが慌てて料理を用意しだそうとする。
だが、帰りの際に保存食を全然食べていないので、そちらを食す事にした。正直食べる余裕すら無く焦燥していた。
町に向かってからの2日間の様子を聞きながら、談笑にふける。
話が落ち着いた辺りで、ノーウェに言われた男爵の件を話に出す。
「子爵様と話をしました。結論としては、男爵となり、新規の村の立ち上げを希望されています」
取り敢えず、3人は絶句した。無理も無い。私も未だに信じ切れていないのだから。
「リズが望むなら、この話を受けたいと考えています。お許し願えますか?」
真剣な表情で、アストの方を見る。本人も、予想しなかった話に戸惑っていたが、娘の苦労も考えているのだろう。
普通に考えれば、新規の村の立ち上げなど重責、重労働だ。そこに娘が責任者の隣でのほほんと座っているだけと言うのは有り得ない。
男爵夫人として、やらなければならない事は沢山有る。猟師でも農家でも、村のどの仕事とも違う重責だ。
悩みに、悩んだ末に、苦渋の表情で声を絞り出した。
「リズの人生は、リズの人生だ。ただ、出来る限り守ってはやってくれ」
娘を嫁に出す親の気持ちを本当の意味では分からない。離婚しても、子供はいなかったからだ。この苦悩をいつか知る事になると、そう思った。
「私は決めているわよ?ヒロと一緒に歩くって。だって、猟師をいつまでも続けられないでしょ?旦那様が貴族でした。ただ、それだけじゃない」
リズが、あっけらかんと言い放つ。空気が少し、緩む。
「そうか……。そうだな……。そうだ……」
アストは後は無言のまま、噛みしめる様な顔で黙り込んだ。
あの時の選択を考えれば、私が言える事では無い。それでも2人で幸せな人生を送れる様に、一緒に歩いて行ける様に努力します。それだけは誓った。
食事を終え、さっさと身を清める。正直、町の宿で泊まるつもりだったので着た切りスズメだ。もう体中が気持ち悪い。
ティーシアが用意してくれようとしていたが、お湯の準備は遠慮し、自分の水魔術でお湯を出し、盥を満たす。
移動の際、あまりに暇だったので、延々水魔術の訓練をしていたが、やっと盥程度にお風呂並みのお湯を満たす程度までは習熟した。
無駄な薪代を節約出来る事に、喜びを感じた。
洗濯まで済ませ、ベッドの用意を整えていると、リズが訪れた。
「驚いたわよ。急に帰って来るし、男爵とか言い出すし。何か有ったかと思ったわよ」
「ごめん。ちょっと訳は詳しく言えないけど、リズを裏切った。まずはそこを謝りたくて急いで帰って来た」
「ふーん……。反省してる?」
「反省しています。もうリズだけが幸せならとか考えません」
「ばっかね……。まだ、そんな事言っているの?あの時、私が言った事、まるっきり理解していないじゃないの!!」
「はい、その通りです……」
後は延々叱られた。まぁ、当然だろう。
でも、こうやって叱って貰えるだけありがたい。もう2度失わない様に努力しないと。
「で、子爵様への返事は何時までにしなくちゃいけないの?」
「年末から国の予算編成だ。そのひと月前には返事しないと口が出せなくなる」
「と言う事は、ひと月半程度しか無いじゃない……」
「うん……」
そう、こちらに来たのが9月中旬、ゴブリンの対応やその後の処理で現在10月中旬となる。
「どうするの?」
「男爵になるのが決まっていれば、返事だけでまずは大丈夫」
「それ以外は?」
「子爵と言うか、まぁ子爵が寄親になるんだけど、その上の公爵にもアプローチしたいかな?」
「知り合いなの?」
「そうではないけど……。予算編成の際の味方は増やしたいから。明日は休みだったよね?ちょっと準備する」
「準備?」
「内緒。言ったら面白くない」
リズが憮然とした顔をしていたが、ベッドにころんと横になる。
「お父さんはああ言っていたけど、ヒロの事は信用しているわよ?」
そう言われても、娘の苦労を考えると親も冷静ではいられないだろうな。
「それに私は、一緒に生きて、一緒に歩んでいくの。幸せはその先にしかないわ。覚悟しなさいよ?」
それを聞いて、やっぱり女って強いと、悩んでいた自分が恥ずかしくなった。
久々の布団にくるまり、隣に温かさを感じる。あの時の焦燥感を思い出し、どれだけ大事になっていたのか改めて思う。
安心したのか、旅の疲れか、横になると、すぐに睡魔がやって来た。
ぼーっと窓の外の音を聞きながら、あぁ虫の音が大きくなっている。もう冬か。色々考えないと。そう思った。