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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第一章 異世界に来たみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第69話 現実への帰還

 領主館の入り口までの廊下は、籠城戦を考慮したのか、窓が無い。

 蝋燭の灯りの中、考え事をしながら歩く。先の方で門が陽光により、明るく輝いていた。


 安定した職と考えれば、今回の話を受けない訳が無い。後はパーティーを拡充させて、周りの脅威を取り除く。その後は官僚として領地経営に携わって貰う。


 そんな事を考えながら、門を抜けようと目を細めながら、一歩を踏み出す。


 そこは、真っ白な空間だった。


「え?あれ?何で……」


 この世界に来る時に、インターフェースと会話した、あの空間を彷彿とさせる周囲だ。

 ふと気づくと、目の前に、2人の男性と思わしき人物が立っていた。

 1人は綿パンの様なズボンの上にトレーナーの様なラフな格好。もう一人はカジュアルだが、どこか胡散臭い恰好だった。


「初めまして。当データセンターのスタッフです。今回お客様よりの要望により、ここまでお越し頂きました」


 ラフな服装の方が、話しかけて来る。たまに仕事でデータセンターに行く事は有るが、ここまでラフな格好をしたスタッフは見た事が無い。揃いの制服を羽織っていたりする。


「すみません。お手数ですが、話し合いと言う事で、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 会話も問題無く、意思疎通も出来る。ただ、この状態に驚いて、反応が出来ない。

 その時、もう1人の胡散臭い方がこちらにたっと駆けつけ、両手で握手をして来る。


「いやぁ、初めまして。わたくし、フェミガテロイスと申します。親しい者は皆ロイスと申します。ロイスでお願い出来ますか?」


 胡散臭い方が、私の右手を両手で握り、ブンブン振り回す。ロイスは満面の笑みを浮かべている。が、印象の所為か、目の奥が笑っていない事に気づいた。


「初めまして。アキヒロと申します」


「えぇ、えぇ。もう、存じ上げていますとも」


 エキサイトな様子で、両手を振り回し、同意する。


「あぁ、自己紹介が遅れました。わたくし、スルトミテイハ放送局のプロデュースを手掛けております」


 『識者』先生の意訳も含まれているだろうが、この人映像業界人なのか。

 仕事でこの手の人間と何度か一緒になった事は有るが、あまり良い印象を持った記憶が無い。


「えぇ、えぇ。もう、わたくし、感動しました」


 感極まった様な表情で、小躍りしながら叫び出す。


「有る程度文明を持った世界の住人が、文明の劣る世界に降り立ち、生き抜いていく。素晴らしい!危機に石器で立ち向かう勇気。周りへの影響を極端に避ける思慮深い生活。文明の開示に関しての慎重さと葛藤。皆の涙を誘います。視聴率も研究機関の評価も鰻登りです」


 全く、状況が分からなかった為、説明を求めた。


 分かった部分としては、このラフな男性は世界と言うサーバに対して管理者権限を持ったスタッフの様だ。

 このサーバは、データセンターと呼ばれる集積設備に数多収められている。また、この集積設備も数多有り、それぞれが悠久の時をかけて管理、運用されている。

 この辺りは、想像していたので、そこまでは驚かなかった。


 その上位存在とも言うべき彼らは、個々のサーバの状況を見ながら、一喜一憂していた訳だ。

 ただ、この世界集積に関する企画が通った当初、世界間の行き来は禁止されていた。進んだ文明が、他の文明を先導、もしくは駆逐するのは興醒めだからとの事だ。

 陳腐な表現だが、無限大にも近い時間を過ごし、徐々に世界間で移動した場合の影響を観測してみたいと言う欲求が増えて行った。そこで厳選な抽選の元、白羽の矢が立ったのが私だった様だ。


「私、言ってみれば、普通の人間ですが……」


「そう!その通りです。尊大な妄想も、悲観的な死も、行き過ぎた文明をごり押しする事も無く、ただ周りを幸せにしようとする姿。選ばれた当初は危惧の声も有りましたが、今は称賛の渦です。この企画を遂行したわたくしの評判も、もう凄い事になっております」


 はははははと、白々しく笑う。胡散臭さと危機感だけが、どこまでも上がって行く。


「今回は、貴方の精神衛生を考え、直接訪問させて頂きました。貴方の世界とこの世界の管理業務者には内緒です。ドッキリも有りますし、影響が出るのも望ましくないですので」


「もし、このまま戻ったとしても神々、管理業務を行っている人々には伝えるなと言う事ですか?」


「はい。黙っている事が難しいならば、禁則事項を適用する事も可能です。試してみますか?貴方の言う神々に、この件を伝える事を想像してみて下さい」


 神々は、私の為に管理者との疎通を頑張っている。この件は伝えたい。

 そう思いながら、神々にこの邂逅を伝えようと考えるのだが、何故伝えなければならないかの部分が消失した様に、考えがまとまらない。他の記憶は正常なのに、どこかの経路だけが遮断されている。

 前かがみになり、荒い息を吐きながら、呆然とする。これが、禁則事項か。こんなもの耐えられない。頭の中の一部が自分の物では無い違和感に人は耐えられない。神々は良く、この状況に耐えられている。


「禁則事項を解除して下さい。話す事は無いです」


「はい。この出会いに関しては、観測外の出来事ですし、貴方の記憶領域の一部にもマスクします。管理業務者には伝わりません」


 ハァハァと、深呼吸を繰り返しながら、何とか平常の意識まで持って行こうとする。


「まぁ、黙っていればばれません。ご安心下さい」


 朗らかに話ながら、姿勢を正す。


「我々が提示出来る選択肢は、3案です」


 胡散臭いのが、指を1本立てる。


「第1案。まずは、残念ですが、貴方の記憶プロパティを改竄し、この世界での生活を無かったものとし、元の世界で今まで通りの生活を送る事」


 補足説明で、この世界の住人の記憶も整合性を取られ、私無しでピンチを脱し、これまで通りの生活を送れるらしい。


 指を2本立てる。


「第2案。こちらに残って頂く事が前提ですが、別途プライベートネットワークを構築し、貴方だけが元の世界と行き来しながら、この世界を繁栄させる事」


 まず聞いたのは、物の持ち込みの件だが、構築したものを持ち込むのはアウトの様だ。ただ、種子など材料の一部は文明をブーストさせる為、この世界に有る既存の似た物と置き換わる形で持ち込める。


「購入に関してはご心配無く」


 すっと、預金通帳を手渡してくる。私のメインバンクだ。中を見ると最新の残高が500人分の生涯年収並みの金額になっている。


「税金等の処理も済んでいる真っ当な金額です。また、永続的な帰還を望む場合はこのサービスは無しです」


 また、条件として、この金を使い文明加速の為のシンクタンクを立ち上げたりの対応に使う事は禁止された。あくまで常識的に調査する範囲なら大丈夫だが、それ以上は警告され、最悪禁止事項で縛られるらしい。

 機械類の部品や開発機材、精度の高い計測器具等もその範疇らしい。その都度警告が出されるらしい。もう、禁則事項は懲り懲りなので、実行しようとする気も失せた。


 指を3本立てる。


「第3案。これは2案の亜種となります。今後増えるご家族も含めプライベートネットワークを構築し、元の世界、この世界で二重生活を送り、この世界を繁栄させる事」


 年齢の問題は出るが、移動時に年齢プロパティを弄り、相応の年齢にしてくれる。この場合の利点は子供が出来た場合等に、親に見せられる事だ。親不孝を繰り返してきた私に取って、孫の姿を見せれるのは大きい。


「またその場合は、貴方以外の方には記憶の一部改竄を都度行います。曖昧に、誰かに会ったが、どこでどんな文明の中でその事象が発生したのかははっきりと認識出来ません」


 リズの記憶、未来の子の記憶を他人に弄られる?考えただけでも、ぞっとした。


「世界中全ての生き物は遍く愛の対象です。その方々が喜ぶ為に、尽力するのは当然です」


 奴が遍く愛と叫んだ瞬間、違和感は最高潮に達した。

 今まで出会った神々が遍く愛を語る時は慈しみや悲哀など、他者への思いを感じた。


 奴は違う。その瞬間に目に宿していたのは虚無だ。遍く愛がイコール全ての対象に対する無関心になっている。他者なんてどうでも良い人間のあの目だ。


 それに、この案を聞いていて、気づいた。これは詐欺の論法だ。こちらが状況を分からない、引けない条件が有る時に、出してくる詐欺の手法だ。

 そもそも何故、第4案が無い?


「別の案として、私とリズが元の世界に戻って生活を送ると言う選択肢が無いのですか?これだけの力が有れば、容易でしょう」


「それは容易ですが、わたくし共にメリットが有りません。ここまでのご協力には感謝しますが、その案を通すには弱いです」


 リズを忘れるか、リズの記憶を弄るか、結局二択なのか!?頭を抱えて悶える。


「この返事は急ぐ必要は有りますか?」


「申し訳無いです。私も暇では有りません。今回は即決でお願いします」


 回答を即座に求める部分も詐欺の手口を彷彿とさせる。

 詐欺の対策の基本は兎に角条件を呑まない事だ。


 理性は、第1案を。感情はそれ以外を心から求める。

 リズのあらゆる表情が浮かぶ。リズ、リズ、リズ。


「もし私が元の世界に帰った後、あの村にどの様な影響が出ますか?」


「特に大きな問題は無いでしょう。どこかの誰かが大きな戦功を上げ、村人は無事だった。貴方が気にしている女性も、次回同じ事が起こる際には壮年です。自分で対処出来るでしょう」


 詐欺の対策は兎に角話から遠ざかる事。そうしなければ、これからどんな条件が改めて吹っ掛けられ、雁字搦めにされるか分からない。

 リズの無事が担保出来る。そう考えれば、理性を選択すべきだ。それなりに長い社会人生活の集大成が囁く。


「元の世界に……帰還します……」


 断腸の思いだった。腹の底から煮えくり返る感情。

 リズが無事ならと言う、言い訳に対する、自分を騙している実感。

 あの時、リズが言った「一緒に歩もう」、その言葉すら守れない、自分に対する無力感。


「分かりました。では御機嫌よう」


 光が視界を覆う。

 その中で誤った選択への後悔とリズへの思いだけを叫び続けた。


「ちょっと待ってく……」


 光が全てを覆い、何も見えなくなった。



 扉を開けると、そこは見慣れたアパートの廊下だった。


「雨の時、傘差しながら鍵開けるとかマジ有り得ないな」


 独り言を呟きながら、廊下を進み階段を降りる。ふと、雨と言う単語に何かを思い出しそうな感じがしたが、特には気にしなかった。

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