第66話 小さな決戦の終わり
この若干の合間に、予備戦力の後ろに移動された怪我人も一部は神術で治され復帰して来る。
ただ、重傷者は薬と包帯までの処理で、村で仮設されている薬師ギルドの設備に後送されて行く。
神術の使える人間が圧倒的に足りていない。数も能力もだ。
予備戦力も前に出す。前衛は盾として突進を食い止める。中衛は、間を抜けて来る相手の処理、後衛は遠距離で数を削るのと、中衛のフォローだ。
もう、ここまでくると、食い止めは無理だ。何とか突進の圧力に耐えるしかない。
「ここから、大分辛くなる。防御に専念して。生き残る事だけを考えよう」
2人は荒い息を徐々に整えながら、無言で頷く。
もう余裕は無い。前方では中央の本隊が他の群れを吸収し、徐々に突進の勢いを上げて来る。
「防御に専念して下さい。騎士団の本隊は到着しました。陣形が整い次第、突進です。それまでは盾で耐える事に専念して下さい」
ギルドの伝令が後ろで叫んでいる。まぁ、朗報だ。もう少しだけ、頑張れば良い。
ついに、本隊の一部を含む集団が、接触して来る。今までの疎らな突撃では無く、津波の様なまとまった突撃だった。
今までの圧力の比では無い。壁が押してくる。そんな印象だった。
「ぐぅぅぅぅぅ!!」
フィアですら、必死で盾を押さえている。リズもかなり険しい顔で、盾を構え押し返すべく踏ん張っている。
その中で、9等級や8等級の一部が崩壊した箇所が有った。幾らこの圧力でもおかしい。ふと、近場で崩壊したパーティーの相手を『認識』先生で確認する。
いつもの能力の羅列に、『眷属強化(被)』が有った。ここで、来るのか。きっとこのスキルの対象は、本隊のゴブリンのみなのだろう。
昨日の集団は、吸収された群れが他の群れを襲っていたのだろう。くそっ、認識が甘かった。
能力が劇的に違う訳では無いが、この状況で強化されるのは苦しい。
崩壊された箇所は予備戦力が必死で埋め、押し戻している。だが、いつまでもは続かない。
我武者羅に突き出される木の槍や、振り回される錆びた剣に、徐々に2人も軽傷が増えて行く。様子を見ながら、神術を使っている。しかし、焼け石に水だ。
崩壊の連鎖が加速して行く。このままでは、そう遠くない未来に戦線そのものが崩壊する。
危険がピークに達し、崩壊が目に見えた瞬間、高らかにラッパの合図が聞こえた。
必死に牽制しながら、目を向けると、綺麗な太めの長方形の陣を作った騎士団が、横合いから突撃を仕掛けていた。
俯瞰したら、線の上に有る半円の真ん中辺りに、長方形が食い込んで行っているのだろう。これが食い込み切れば、前後に広がり殲滅されていく。
それに気づいたのだろう。周りも必死に圧力を押し返す。少々の傷は気にせず、前へ押し出す。
ゴブリン側の動揺を感じる。同時にギルドの伝令が各所に走る。
「このまま押し戻して下さい。騎士団の掃討が始まります。合図が有り次第、急ぎ4単位下がって下さい」
必死に押し出しながら、勝利の予感を感じ始めた。このまま行けば勝てる。予備戦力も何も関係無く、兎に角押し戻す。
10m程押し戻した際に、合図が有ったので一気に後退する。置いて行かれる者はいない。
ゴブリン側も動揺しているのか、追撃は無い。騎士団は一気に横腹を貫通し、前後に押し広げ始めた。
「勝ったよね?」
フィアが声をかけて来る。だが、勝ちを確信した時にこそ、何かが起こる。人生そう言う物だ。
「油断しないで。何かが起こりそうな気がする……」
2人に声をかける。周りの冒険者は、座り込み荒い息を吐く。怪我人も後送されていく。
駄目だ、このままで何かあった場合、対処が出来ない。
周りに声をかけようとしたその際に、前方の集団が割れて何かが飛び出してくる。
背丈は周りのゴブリンと比べると、頭一つ大きい。150cmは超えている。指揮個体だろうか?
中央付近にいたのが騎士団の圧力で押し出されたのだろう。
筋骨隆々で、手には何処かで拾ったのか幅広で肉厚な長い剣を持ち、振り回している。
あの剣、どう考えても、人間が振る剣じゃなくて、馬上剣だろう。ランスの代わりにもなる長さだ。
騎士団の遠征の際に、森で紛失した物を回収したのか?
それに薄く、赤い光を纏っている。全体に輝く訳では無く、脈動の様に明滅している。何だ、あの現象、見た事無い。
「このまま防御状態で待機。絶対に気を抜かないで。一旦様子見て来る」
現在の冒険者の状況では、対抗は出来ない。あの弛緩した雰囲気から、もう一度死地には戻れない。
情報収集の上、騎士団側に処理が任せられるなら、任せたい。引っ張って突出させた上で、時間稼ぎをするか。
魔術で一旦加速し、向かってくる指揮個体へと飛び続ける。近づいた途端、剣を我武者羅に振り始める。
重さの乗った幅広の鉄の棒なんて食らったら骨折で済まない。
剣風の範囲には近寄らず、『認識』先生で確認する。『剛力』や『眷属強化(加)』、『術式耐性』と共に『-------』と何かビープ音か壊れた音声ファイルみたいなノイズの能力が聞こえた。
プロパティの壊れた個体か?疑問に思った瞬間、物凄いスピードで、こちらに切りかかって来る。ゴブリンの比じゃ無い。
何とか槍で凌いで、一気に後退する。しかし、そのまま再加速して、追ってくる。牽制の魔術を放つが、触れる直前に消失している。『術式耐性』か……。
周囲をホバーで回りながら、時間を稼ごうとするが、ゴブリンとは思えない瞬発力で攻めて来る。
正直、私程度の判断力では、時間稼ぎも難しい。引っ張るか、足を止めるかだが……。
引っ張るにせよ、周囲のゴブリンが一時の混乱を収め、徐々に前に出てきている。騎士団より、冒険者側を抜ける方が容易と見ている。
であれば、引っ張り回すのは難しい。と言うか、いつかこちらがやられる。前衛の訓練は、そこまで出来てはいない。
ならば、一旦2人に盾で受け止めてもらい、その隙に新兵器で倒す方が、まだ可能性が高い。しかし、あの膂力だ。盾で守り切れるのか?
未来が見えない私では、判断出来ない。2人を信じる。
魔術を起動し、一気に2人の間を抜ける。勢いが付きすぎて数メートル程滑り、何とかバランスを保つ。
「魔術効かない。盾で少しだけ守って。その間に」
叫びながら、振り返ると、十数メートルの場所まで迫っていた。しかも、その間を助走代わりに剣を腰溜めにして突っ込んでくる。
まずい、思っていた以上に早い。2人に声をかけようとしたした瞬間、リズが前に出て盾を構える。
あの膂力に1人でまともに立ち向かうのは危険だ。2人がかりで一旦受け止めて。
そう叫ぼうとしたが、フィアとリズの距離が離れている事と、指揮個体の速力の所為で最悪の事態となった。
あっと思った瞬間、自動車が人を撥ねたかのように、リズが吹っ飛んでいく。アドレナリンの所為か、スローモーションで見えた。
指揮個体の剣の先が盾に突き刺さる。鉄を貫通し、木の粉をまき散らしていた。やばい、2層以上貫通している。そのままの勢いでリズが吹っ飛んで行き、地面に擦りつけられる。
「リーーーーーズーーーーー!!」
フィアが急いで、リズの元に駆け寄ろうとする。
自分のミスを自分で呪いながら、この状況に無性に腹が立ってきた。
最後の最後で冷静になり切れなかった自分に、リズを傷つけたこいつに。
あぁ、全部、俺の責任だ。
指揮個体は、高らかに雄たけびを上げる。ふと下を見ると何を想像しているのか、屹立した生殖器が見える。
「あぁ?」
頭の何処かで何か物が切れる音の幻聴が聞こえた。
リズを助けないと行けない。リズの無事を確認しなければならない。その為にはこの戦争を止めないといけない。この戦争を止めるには?
こいつを殺す。
無意識の内に、練習より強めの圧縮イメージを構築していた。
「属性風。圧力定義。形状は点。槍後方A点に固定。槍A点にて前方に対して爆圧の解放、速度は無し」
自分では気づいていないが、詠唱が、練習で何度も唱えた詠唱が口から流れていた。
無意識に、槍を地面近くから、アイツの腹に向けて固定する。
「てんっめぇぇぇぇ……」
思いが殺意で埋め尽くされている。
殺す、殺す、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス……。
<告。深刻なエラーが発生しました。例外領域へのアクセスが試みられています。例外領域へアクセスしました。>
<不明なデータをダウンロードします。……ダウンロードが完了しました。対象のデータが自動インストールされます。>
<スキル『獲得』より告。スキル『獲得』の条件が履行されました。『ーーのーー』10.00。該当スキルを一時付与しました。>
『認識』先生と『獲得』先生が何か言っているが、聞こえない。認識出来ない。
今は、アイツをコロス事しか考えられない。
「俺の女ぁぁ、傷つけてぇぇ。おったててんじゃねぇぇぇぞぉぉぉ!!このくそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
槍を折れよとばかりに握りしめ、固定する。固定した槍先10cmの辺りに、直径30cm程の紫色の光輪が浮いている。
「実行ぅぅぅぅぅ!!」
叫んだ瞬間、握りしめていた手が吹っ飛ばされる。握り込み過ぎて爆圧の余波に触れたのだろう。
槍は刹那の瞬間に、指揮個体の胸を貫き、天高く飛び去って行った。
指揮個体はその勢いのまま、斜め後方上空に吹っ飛び、地面に叩きつけられ滑って行く。胸には槍が貫通しただけとは思えない大穴が空いていた。
そのまま腰の鉈を引き抜き、指揮個体の首を何度も切りつけ、落とす。
鉈の先端に首を差し込み、高らかに掲げ叫ぶ。
「大将首、とったぞぉぉぉぉぉぉ!!」
叫んだ瞬間、周りのゴブリンが夢から覚めた様に惚け、そのまま四散を始める。
<告。深刻なエラーは復旧しました。対象のデータはアンインストールされました。>
<スキル『獲得』より告。スキル『獲得』の条件が履行されました。対象の持つスキル『剛力』0.33、『術式耐性』0.45。該当スキルを譲渡されました。>
『認識』先生と『獲得』先生の声が聞こえる。
そんな事はどうでも良い。
フィアが見ている、リズの元に駆け出す。周りなんて知った事じゃ無い。
リズの傍で蹲る。盾は貫通していたが、中心部では無かったので、外傷は無い。腕は勢いの所為で折れていた。意識を失っているのは脳震盪の所為だろう。
腕を神術で治し、安静にさせる。起きた後、胸の痛みを訴えれば、肋骨も治さないと。思った瞬間、猛烈な頭痛と、吐き気が発生した。
流石にあの規模の魔術を連続で使うのは負担が大きかった。
下を向き、荒い息を吐く。落ち着くまでは、動けない。その時フィアが飛びついて来た。
「やったー!!勝った、勝ったよ?まじすげー。僕ら殊勲賞じゃん!!」
揺らさないで、気持ち悪い。空気読んでー。
そう思いながら、やっと意識が解放されたのか周りの声が聞こえてきた。周囲は歓声の渦だ。
四散したゴブリンは次々と騎士団と冒険者に挟まれて、包囲殲滅されている。森側のゴブリンも最短4kmの追撃戦だ。算を乱したあの様子なら大多数は逃げられない。
あぁ、やっと終わったのかな?
そう思った瞬間、リズの瞼が震える。
「リズ……?」
やや、待つと、リズが瞳を開く。
「あれ……?私……。咄嗟に盾を構えて……」
「大丈夫だよ、リズ。リズのお蔭で皆無事だった。リズ、凄いよ。ありがとう、リズ」
脳震盪の時は頭を保護する?知ったこっちゃ無い。抱きかかえ、抱きしめる。
その温もりに勝利を実感した。