第65話 小さな決戦の始まり
朝目が覚め、リズと一緒に用意を進める。いつもの日常の通りだ。天気は晴れ。助かった。
最終のスキルの状態を確認しようと、画面を表示させる。
◇スキル情報◇
『識者』
『認識』
『獲得』
『隠身』0.52
『勇猛』1.01
『フーア大陸共通語(会話)』0.46
『フーア大陸共通語(読解)』0.10
『フーア大陸共通語(記述)』0.01
『槍術』0.38
『警戒』0.72
『祈祷』1.82
『術式制御』1.36
『属性制御(風)』1.45
『属性制御(水)』0.56
『属性制御(神)』1.07
準備出来るのは、ここまでだ。これを武器に戦うしかない。
画面を閉じる。
食事を取り、用意が完了した。玄関の前で、2人が揃って見送ってくれる。これから教会に避難するのだろう。
ここまで来れば、お互い話す事は無い。お互いに無事を思いながら、頷き合う。
「行ってきます。無事、戻ります」
そう告げて、ギルド前に向かう。いつも通り待っているフィア。
「おはよう、フィアさん。家の方は大丈夫?」
「んー。残っている仕事片づけて、避難するって。僕に関しては何回も話をしてるから、大丈夫ー」
今日もいつも通りのノリだ。肝が太いのか、私が細いのか。リズと話していても思うが、女の子って逞しいな。
「んじゃ、いつもとちょっと違うけど、いつも通り注意して、頑張ろう」
そのまま、ギルド職員の先導で戦場予定地へ向かう。
周囲の冒険者たちも、まだ日常と変わらない。やや緊張はしているが、その程度だ。
所定の位置につき、腰を下す。ギルドの斥候と伝令の情報により、最終地点が確定する。
それまでは、待ちになる。2人と雑談をしながら、その時を待つ。
先の方では、ギルドの斥候隊が集団の誘導をしている。
ゴブリンは相手が少数であれば、強気に攻めて来る事が多い。少数の斥候が馬を出し、囮となって集団を予定地に引っ張ってきている。
ギルドの職員に聞いたところ、現状は問題無く誘導出来ている様だ。大分伝令の間隔も密になってきている。
「そろそろ敵の集団が見えてきます」
視界の大分先にうっすらと、ゴブリンと思われる姿が見えてきた。先導している斥候隊の姿も見える。
集団が徐々に近づくと、はっきりとした姿が見えてきた。ある程度の群れ単位で移動している様だ。群れの間には若干の間隔が有る。
ただ、中心部は指揮個体とその取り巻きが密集している。空から俯瞰したら、歪で疎らな円が見えるだろう。
その姿を見て、序盤は各個撃破が可能だろうが、徐々にきつくなるだろうとは感じた。
集団が近付くにつれ、続々と群れが続く。密集していないとは言え、数が数だ。
日本の大規模なスクランブル交差点で向かって来る相手が、全員武器を持っている姿を想像すれば近いかもしれない。それくらい、敵集団と対峙すると言うのは根源的な恐怖につながる。
周りを見ると、集団の数に呑まれたのか、青い顔をし始める者が多い。この規模の相手は想像も出来ないだろう。人混みに慣れている私でも怖い。
このままでは、士気が保てない。それが今の一番の問題だ。職員に序盤の作戦の一部変更を上に報告してもらう。
何かの手を打たないと、ぶつかる前に腰が引ける。
敵の集団も、こちらに気づいたのか、徐々に移動速度が上がる。
先頭との距離が200か300メートル程度になった時点で、職員から先程の作戦変更に関して実行の許可が出た。
もう集団の中程近くまで視界の範囲に入っており、周りも恐慌状態寸前な雰囲気になっている。
「ちょっと前に出て来る。すぐに戻るから、そのままで待っていて」
2人に告げる。
勇者でもなんでもないんだが。
若干の諦めを含み、魔術で体を浮かし、一気に前に出る。集団前方で速度の調整を行い、槍を構え、先頭のゴブリン1体の腹に向かって突進する。
「まずひとーつ!!」
槍が腹を貫いた瞬間、戦場に響けと思いながら大声で叫ぶ。同時に周囲に近接した集団4匹の大腿部辺りにレティクルを合わせ小規模の風魔術を放つ。
取り敢えず足を殺せば移動は出来ない。この戦闘からは脱落だ。最後の掃討戦で処理されるだろう。
頭や腹を爆砕させる程の威力で撃つより安上がりだ。過剰帰還までどこまで保てるか。それだけを考える。
「いつーつ!!」
こちらを確認したのか周囲から、群れで押し寄せて来る。怖い……。
しかし、勇気を奮い、先頭の5匹に同じ様にレティクルを合わせ、魔術を放つ。
「じゅうっ!!」
叫ぶと同時に一気に後退し、元の場所に向かう。
2人の間を抜け、大声で叫ぶ。
「てめぇら!!もう、10匹倒したぁ!!このままだと、うちで全部食っちまうぞぉ!!」
叫びは、周囲に伝播していく。
先程まで恐怖に顔を強張らせていた皆が、笑いながら徐々に雄たけびをあげて行く。
良かった。士気が上がった。
大昔の武将はこんな事を生身と武器一本でやりながら、士気を保っていたのだ。純粋に感心する。
そんな雄たけびの中、敵集団が走りながら、ほとんど接触する所まで近づいて来た。
左右のパーティーがやや前進し、敵集団を中心に誘導する。
後衛の弓や一部の魔術士の遠距離攻撃が、何匹かを沈めて行く。その死体を踏みつぶしながら、集団が突進して来る。
「当たる瞬間は防御を優先。勢いに負けるな」
大声で叫び、2人の間から牽制を行う。
ドンっと音が鳴りそうな勢いで集団が接触する。
一瞬、集団間が拮抗した後、こちら側の戦闘が始まる。
兎に角横を抜かれ無い様、牽制をしながら、正面のフォローを行う。
リズもフィアもいつもの様に守備を固め、機を見て攻撃を行う。優先は傷を負わず、数を減らして行く事だ。無心にその行為を意識しながら続ける。
30分程で圧力が一気に弱まった。群れの間隔の狭間に入ったのだろう。周りを見渡す。ここまでで大きな怪我人はいない。まずは成功だ。
足元には良く見えないが、ざっと40匹程度の死体が転がっている。足場が悪くなりそうだなと思うと同時に、後退の合図が入った。
皆で後退しながら、2人と話す。
「どうだった?」
「今は良いけど、このままだとちょっと危険かも?」
フィアが言う。運動量と集団への恐れが体力を奪う。長時間は無理だ。2時間も、もつのか?
「横を考えると、前後に攻め辛い。ヒロを信じるから、後ろに抜けたのはお願い」
リズが答えるのも、分かる。我々だけなら、殲滅だけを考えれば良い。しかし、そこから外れた集団は横のパーティーに攻めて行く事も有る。その調整も必要だ。
「分かった。申し訳ないけど、牽制が減る。耐えて」
その時背後の伝令から報告が入る。
「現在、中心部が約300強、周辺の群れが200程度です」
絶望はしないが、予想よりかなり多い。森の中で倒す場合はここまで膨らむ事も無いのだろう。
日々遅滞行動に勤しんだ事への空しさを少し感じた。ただ、それをしていなかったら、総勢600を超える可能性も有った。そう考えれば意味は有る。
後退場所まで下がった途端、次の群れが突進して来る。今度は数が多い。先程の倍は、いる。
2人が前に出て、一太刀浴びせる。そのまま後退。間隔が空いたらまた突進。いつもの流れが出来ている。
ただ、横から漏れるのも相当数いる。それらは魔術で足を殺す。兎に角行動を抑制させるのが先決だ。止めは後で考えれば良い。
しかし、マーキングなんてしている暇は無い。これはきつい。
周囲を必死で把握しながら、迎撃をし続ける。数が増えると倒すのに時間がかかる。その間に、間隔が詰められ、狭間が無くなる。悪循環だ。
やはりなのか、9等級のパーティーで脱落者が出始めた。死者はいないが、重傷者はいる。予備戦力側が必死に後ろに引き摺り戻し、入れ替わる。
それが連続しながら、長い拮抗を保ち続ける。どんどん人が入れ替わりる。
背後に回り込む敵も出始める。それは予備戦力の後衛が牽制、撃破してくれる。
前衛の疲弊も、かなり蓄積されている。後衛も、魔術士は過剰帰還が出始めるまで追い詰められたのか、青い顔をしている顔もいる。
戦況は悪い。この作戦なら、横隊を運動させ、周囲を囲みながら玉ねぎの皮を剥く様に外側から削るのが一番良い。
ただ、それをするには、集団戦闘の練度が低すぎて無理だ。出来もしない事を考えて、愚痴を言っても無駄だ。
1時間程、攻防を続けていたのか、若干圧力が弱まった。伝令が走って来る。
「合図と同時に、一旦押し戻し、そのまま4単位後退です。次は本隊が来ます。騎士団の突進まで耐えて下さい」
少し経つと、前進の合図が出るので、一気に押し戻していく。ただ、敵も攻撃を加えて来るので、それだけでも怪我人が発生する。
ある程度押し戻すと、後退の合図が入ったので、全力で後退する。後退しながら、戦場を見たが、先程の倍程度の死体が転がっている。
100強か……。消耗が激しいのに、減らしたのは5分の1か。しかも次は本隊だ。
ここからは休みは無くなる。攻撃も難しい。耐え続けるのが前提だ。
後退場所に着き、水分を補給する。流石に周囲も束の間の休憩に補給を始めている。
「2人共大丈夫?」
「さっすがに、喉乾いたー」
フィアの言葉に、リズが声も出さず頷き、喉を潤す。
今回の後退で数分は稼げる。後30分程耐えれば、騎士団の突進が始まる。
温存されていた、本隊と取り巻きの残余が合流し、徐々に速度を上げながら、突進して来る。
さて、これからが本番だ。