第64話 小さな決戦の前夜の模様
部屋に誘導され、扉を通ると、ハーティスが座っていた。
軽い挨拶を交わし、席に着く。
正直、ここまで状況が進めば、聞く事はほぼない。
敵側の本隊らしき集団の一部と接触した旨を伝えると、ギルド側も森の奥側に浸透し、その集団の中心を捉えているとの事。指揮個体までは確認出来てはいない。
冒険者を引退した人間がギルド職員になるケースは多いので、斥候にしても伝令にしても質が高いのだろう。
現状で、私達が森の奥に入り込むのは無理だが、職員は斥候行為と伝令に特化し、監視しているらしい。
これまでの集団の移動速度を参考に、明日の作戦区域への到達は夜明けから3時間程度と見ている様だ。
森の中での進行速度より上がると言っても、統制の取れていない集団だ。そこそこの規模の群れ毎にゆっくりと進んでくると見ている。
慣れていない集団行動の団体の移動速度は、かなり遅い。不確定要素は有るが、監視を続けた人間がそう判断するのだ。それなりに確度が高いのだろう。
騎士団の到着と隊列を組むのは、昼前辺りで固まった。これは確度が高い。かなり急いで進軍しているようだ。もう村からの伝令が頻繁に往来出来る距離までは来ている。
と言う事は、2時間強を稼げば、何とかなる。
作戦に関しても大きな変更は無いとの事。敵集団の到着と騎士団の到着の見込みが出来てきたので、微調整がされた程度だ。
再度、情報連携周りはしっかりと話はしておく。ここで下手を打つと取り返しがつかない事態を引き起こしかねない。
予測される問題などを出し、解決案を詰めていく。
ある程度納得がいった段階で握手をし、ギルドを出る。
家の前まで着いた。顔に手をやりぐにぐにと解す。強張ったままで家に戻るのは嫌だ。
家の扉をノックし、帰還の挨拶を伝える。
皆はもう、リビングスペースに集まり、食事の準備は整っていた。
いつもより若干豪勢な食卓が、明日の事を考えての対応で有る事が残念だ。必ず、祝勝会にしたい。
皆も、ここまで来たら悲壮感は出さず、和やかな食事風景となった。
食事後、部屋に戻り、体を清め、洗濯をしている最中にリズが部屋に訪れた。
こういう時に、特別な事をするとフラグが立ちそうだなと、思考の隅で考える。
「何か作り笑いっぽい、その笑顔」
リズが辛辣な言葉を告げる。気を使っていたのにとは思うが、表情を読まれる程度には時間を共に過ごしたんだなとも思う。
「あまり、2人に心配かけさせたくないから」
洗濯を手早く済ませながら、答える。
どんな非常事態になろうと、日常は日常だ。戦争中でも生活は生活として進めなければならない。明日も着替えなければいけないのだから。
「心配……はしているだろうけど、ヒロは問題が起きると思っているの?」
濯ぎを終え絞り始めた辺りで、リズが話しかける。
「問題は起こると思っている。情報が足りないし。どんな事でも不測の事態は有り得るから」
気休めを言う事は出来るだろうが、実際に何か事を起こした場合、不測の事態は付き物だ。
「一番大きいのは、リズやフィアさんが傷付いた時かな。その際は周りのフォローは出来ないし、最優先で対応する。勿論リズが最優先」
人に優劣は無いかも知れないが、感情は別だ。自分の中の優先順位は明確に決まっている。この世界の中で、何よりリズが大切だ。
「そう言ってくれるのは、嬉しい。でも聞いて」
リズが真剣な表情をする。
「そうやって、大切な人を思うのは、皆同じなの。ヒロは全ての責任を自分が背負っている、そんな風に思っているの……」
一息入れて、続ける。
「それは間違い。正しくない。人は人が出来る範囲の事をする。それしか出来ないの。巻き込まれたのは皆同じ。大切な人を思うのも、皆同じ。私も、ヒロが傷付くのは嫌」
また独り善がりになっていたのか?自分で全てをこなさなければならないと思っていたのか?
「あのね、ヒロ。婚約してくれて本当に嬉しかった。あの夜の事は忘れられない。ヒロは気付いていないかもしれないけど、色々騙していた事や嘘もついている」
「え?騙す?嘘?」
「ヒロに初めて会った時、求婚の事話したら、凄く戸惑っていた。でも、ずるいのかな。そのままで良いって思っちゃった。そのまま時を過ごして、色々幸せな事も有った。でもね、いっつもヒロ、どこか辛そうなの。先に何か辛い事が常に有って、それを対処しようって、そんな顔してる」
社会人として、先を見る事は普通の行為だ。辛いと思った事は無かった。ただ、それが当たり前だと思って、日々を過ごしていた。
「遥か先はどうでも良いの。今の、この瞬間の私を見て。今、触れる、私を見て。ヒロ、このままだと、どこかに行っちゃいそう。それが怖いの……」
リズがそっと近づき、抱きしめてくれる。
「足元を見て。私もフィアも、皆もいる。大丈夫。きっとまた帰ってこれる。だから、安心して良いよ」
年下の女の子に、こんな事を思われる様な行動をしていたと赤面した。幾ら歳を重ねても、自分の事は分からない。
あぁ、相手が喜ぶで有ろう事をしてきたけど、本当に顔を見て、思いを汲んでいたのか?と聞かれると、何とも言えない。
どこかで、自分が犠牲になっても、リズが生きていればそれで良いと思っていなかったか?
そう考えると、納得がいく部分は多々有る。
「好きだよ、ヒロ。それは間違い無い。未来を見るなら、一緒に無事に帰って来よう。婚約だよ?この先、結婚も有るし。子供だって……」
リズがちょっと頬を赤らめる。
「だから、死なない様に帰って来よう。私も出来る限り自分を守る。ヒロも自分自身を大切にして。そうじゃなきゃ、辛いよ……」
リズが決心したように真剣な表情を浮かべる。
「優しいのは嬉しいよ。でもね、それがヒロの犠牲で成り立っているのは嫌なの。一緒に傷つこう。一緒に歩こう。それが私の願い」
あぁ。内向的な性格は自覚していたが、他人から見れば自暴自棄に見えるのか……。依存と愛情の区別はつかない。でもリズが幸せになって欲しい。
「ごめんね、リズ。私が間違ってた。一緒に帰って来よう」
ぎゅっと抱きしめ返す。
「世界をいっぱい見よう。まだ町にだって行っていない。一緒に色々見て、楽しもう」
お互い抱きしめ合いながら、ベッドに転がる。そっと抱き上げながら、その顔を眺め合う。
「好きだよ、リズ。本当にありがとう」
射出に関しての調整不足は少し気になるが、そんな事は些細な話だ。今は一緒の時間の方が大切だ。
布団の中で、お互いに未来の事を語る。そんな夜が更けていく。
明日はお互い生き残る、それだけを決心して、眠りについた。