第63話 よく有る探知系の能力ってどうやって把握しているのかが気になります
光を感じ、目を覚ます。薄く瞼を開けると、ぼぅっと人の顔が浮かぶ。徐々に覚醒が進み、視界も明確になる。
先に寝た為、早く起きたのだろう。リズが両肘を立てて顎を乗せ、こちらを覗き込んでいる。
「おはよう、リズ」
何時もの朝の挨拶。
「おはよう、ヒロ。今日も良い天気よ」
ほのかな微笑みを浮かべ、答えてくれるリズ。
戦場は、天気にも左右される。晴れならば考える必要の無い要素が雨ならば発生する。
朝の挨拶に対して、戦場の事を考える。日本では考えられない発想だなと考えていると、自然に苦笑が浮かんでいた。
「あー。また、その顔。何かが駄目な時、その顔してるのよ?分かっているの?」
苦笑はリズには不評の様だ。苦笑の眉根を緩やかに笑みへ変える。
「いや。良い天気で助かったなと。明日まで続いてくれれば良いけど」
「この時期の天気は、ほとんど晴れよ。偶に降っても、前の小雨程度」
秋晴れか。続けば良いなと切実に思う。
もし雨ならば、外套を羽織る事も出来ない中で、濡れながら戦うのか……。小雨でも体は冷えるし、地面はぬかるむだろう。
出来れば晴れて欲しいと、習慣で何かに祈る。その後にあぁ神様、実在したなと思ったが、特に返答は無かった。
食事を終え、いつもの流れでティーシアに滞在費を渡していると、いつに無い真剣な面持ちで話しかけられる。
「あの人はあんな事言ってたけど、大きな戦いで人を守る事は難しいと思うの……」
ティーシアが続ける。
「だから、まずは自分が生き抜く事を第一に考えて。その上でリズを守れるのなら……。その時はお願いね」
親として、母親としては断腸の思いで話をしていると感じた。
そのまま目を瞑ったティーシアに、そっと抱きしめられる。
「貴方も私の子よ。必ず帰って来てね」
その声を聴いた瞬間、ティーシアをギュッと抱きしめ返していた。
「はい。絶対とは言えません。それでも私は、リズと帰って来ます。ここに。私の家に」
帰る理由が増えた。だから、帰らない訳にはいかない。
如何すればここに帰れるのか?今まで以上に考えないといけない。
改めて覚悟を決め、ティーシアの背中をポンポンと叩き、解放してもらう。
「まだです。本番は明日の予定です。今日も出来る限り努力はします」
こんな事しか言えない自分を呪いながら、苦笑を浮かべたティーシアに手を振る。
リズと共に、ギルドに向かう。今日も先に待っているフィアを見つけ、挨拶を交わす。
「しかし、今日も変わらないね。敵の親玉がかなり近づいているよ?」
問うこちらに、キョトンとした表情でフィアが返す。
「深入りしなかったら、大丈夫っしょ?このメンバーだし?逃げるだけなら、大丈夫。大丈夫」
手を振りながら、能天気な回答が返ってきた。そのいつも通りの対応に、安心した。
「今日も、深入りはしないけど、集団戦の訓練は続けるよ?大きな怪我はしないよう注意しようね」
2人に伝える。
まだ大丈夫は、もう危険。リスク対策の鉄則だが、改めて思い返す。
大きな怪我をせず、明日の戦いを迎える。そうしなければ、村の人に犠牲が出るかもしれない。
その条件を達成する前提で、今日は何が出来るのか?
深く考えながら、森への道を3人で進む。
森の入り口の段階で、異様な気配の数を感じる。昨日までは入り口の方までは、『警戒』の対象は少数だった。
今日は、近づくだけで相当数の気配を感じる。大半は右往左往しているが、少数はそれを吸収してどこかに連れて行っている。
多分聞いていた通り、相手の本隊が近付いているのは、間違い無いなと感じた。
何か大きな群れが周囲の群れを押し出し、吸収している。そんな動きだった。
「フィアさん、気配を感じる?」
「すっごい数。動きも複雑で、捉えきれていないかも?」
『警戒』に関して、私はゲーム等でよく有る、レーダー画面の中心を自分に当て、周囲の気配を光点として捉えている。
後はそのマップを頭の中の隅に表示させているイメージだ。
FPS等の一人称のシューティングゲームで眼前の状況と、周囲の状況を把握する際に一番分かりやすかったので、そのままのイメージで使っている。
『警戒』の感覚の挙動に関しては、明確に感知したいと考えれば感知して画面を出す。何も考えていなければ、画面が消える。
感知の頻度は、大体10秒間隔程度だ。それ以上の頻度でも表示は可能だが、実際の現場でそれ以上の精度が必要なケースが少ない。
また、情報の処理に割く時間を他の処理に当てたい。そんなに幾つも同時に考えをまとめるのは不可能だ。
ちなみに、『警戒』持ちにどんなイメージで対象を捉えているのかとそれとなく聞いたが、千差万別の返答だった。
曖昧に、気配と言う物を捉え、経験に当てはめている。
気配を感じて見てみたら、ゴブリンだった。じゃあ、この気配はゴブリンだ。狼の時はこんな感じ。その繰り返し。後は経験に伴い感じる範囲が広がっている。
距離感に関しても、対象を捉え、感覚的に距離を出しているような話だった。この辺りの感覚が、話を聞いた皆の共通項だった。
私も、ゲームのイメージが無ければ似たような感じで捉えていたかもしれない。異質な感覚を自分で消化する為に、似た環境を借りている。
また、人間も対象に出来るが、通常の生活では、ほぼ使う事が無い。防犯目的で、起きている間は家の周囲程度の範囲で確認もするが、意識し続けるのが辛い。
なので、狩りの最中等、仲間と敵の位置把握が必要なケースを除いては、能動的に使う気にはなれない。
「捉えきれないのも無理無いね。昨日に比べても、かなり数が多い。逃げている群れは感じる?」
「幾つかの気配は、遠ざかったり、立ち止まったりしてる。でも、混ざると捉えられないかな?」
『警戒』に関して話を聞いた皆は、そこまで詳細な情報を求めず、曖昧に獲物がどの辺りにいるか把握する為に使っている。
正直、サンプル数が少なく、どんな感覚かが不明だったのだが、前回の訓練が良い機会となった。
この『警戒』と言うスキルは、通常の使用感だと複数対象の把握に向かない。そんな機会が中々無いとも言う。大体は集団を感じた段階で逃げるか他の行動に移る。
『警戒』から得られる情報の重要性が分かるのは、身に染みて理解してからだ。将来的には2人に感覚を伝えて、捉え方を共通化したい。だが、今は目前の問題だ。
「そうかぁ。じゃあ、捉える方は私が受け持つね。一旦分布の薄い所から狩って、間隔を広げよう。集団に襲われないよう調整するね」
遅滞を目的にするならば、数を減らすのが先決だ。手出し可能な群れの補充元を減らし、出来れば本体側も叩く。
森との境界から若干下がった場所を一旦陣地として、少数を引っ張り出す。
ここ数日の連携訓練の成果か、急襲をかけなくても、対処は出来る。
1匹、2匹の群れを引きずり、処理をする。その繰り返しが30程を数えた段階で、10匹程度の群れしか感じなくなった。
これが、攻めて来ている本体の戦力かな?そう思いながら、『警戒』の感覚を立ち上げたままで、周囲を移動、確認作業を進める。
各群れそれぞれの間隔は比較的開いている。平地で有れば音が通るが、森の中に入れば若干は遮られる。
「群れの間隔が開いたよ。一当てしてみて、無理と判断したら、後退しよう。その場合は、私が後ろに回るから。後退を告げたら一気に森の外まで下がって」
注意事項を伝え、森の中に分け入る。木々の根や不安定な堆積物の場所を確認しながら、対象の群れに向かって歩を進める。
実際には、戦闘が始まってしまえば、足元の確認まで気が回らない。偶に根に足を捕られバランスを崩したり、何かの巣穴を踏み抜いてこけたりは発生している。
地道な足元の確認と戦闘範囲の状況把握を2人にお願いする。実際に前衛で走り回るのは2人だ。そこを体と確認で覚えてもらう。
毎回やりながら思うが、この作業が無ければもっと効率が上がるだろうが、怪我の確率も上がる。
「そろそろ群れに接触するよ。一旦は把握したこの周囲を陣地として考えよう。引っ張って来る」
そう告げ、2人をその場に残す。前方の群れに向け移動を開始する。木々の合間を抜け、集団の前方に出る。
一瞬虚を突かれた様な顔をした集団はこちらが1人と確認したのか、声をあげながら集まって来る。良かった、今回は楽だ。駄目な場合は、そのまま逃げられたりする。
群れが背後について来るのを確認しながら、適度に間隔を調整しながら、陣地に向かう。
「10匹程、すぐ後に来る!」
言いながら2人の間を抜けた瞬間、リズが最初に、フィアが若干遅れて、飛び出す。
一太刀浴びせた後、すぐに後退。後はいつものパターンだ。
殲滅完了後、2人に様子を聞く。過去の出現の際に、ゴブリンが強化されていた話を聞き、気になっていた。
「強さの違い?いや、感じ無い……。個々の差は有るけど……。そこまで極端に差が有るかと聞かれると、無いわ……」
リズが首を傾げながら、歯切れ悪く答える。
そりゃそうだ。強さに基準など無い。答え様など無いだろう。ただ、極端に違いが無いのなら、問題は無い。
「2人共、そう思う?」
問いに対して、2人が同時に頷く。
一旦は、ゴブリン達が強化されている話は忘れても良いか……。
そう思いながら、広げた間隔を押し広げる様に、挑発行為を繰り返す。
夕方近くなり、群れが徐々に森の奥の方に移動を始める。ゴブリンは夜に行動しない。そこは人間と変わらない。
既に鼻の数は、100近くなっていた。端数合わせを思い、偵察の意味も含め3人で追撃を開始する。
徐々に森の奥側の群れが集結しているのが分かる。正直『警戒』能力で数えきれない。30や40辺りで曖昧になる。精度の高さも良し悪しか。
これが全て攻めて来るかは分からない。ただ、この密度で奥側に集団が待機しているなら、300や400はいるだろう。
そう思わせる数を感じた。流石に危険なので、奥側には踏み込まない。
適当な移動中にはぐれた群れを見つけ、殲滅する。
ここまで来れば、2人共流石に慣れたのか、一太刀毎に切り伏せている。ただ、正面衝突は別だ。
ここをもう少し詰めておかないと、慢心等につながる。後で、作戦会議をしておこう。
鼻を削ぎ、森の外まで『警戒』を駆使しながら、一気に駆け抜ける。
話し合いを終え、ギルドでの鑑定を終える。
フィアも慣れたのか、特に金額に動じる事も無くなってきた。
ただ、今の金額がボーナスを足されており、その上大規模集団が襲ってきている為だと言うのを忘れている気もする。
現状のモチベーションは保たれるが、その後が非常に気になる。
どこかの段階で、現実を言い聞かせる必要が有る。
ギルドの職員に呼び止められ、ハーティスが会議室で話したい旨を伝えて来る。
待っててくれたのか?と思い確認したところ、現状報告を参加する各メンバーに伝えているとの事。
私達は粘り過ぎたのか、ほぼ最後との事。2人に関しては、疲れを残さない様に今日は訓練無しで休むよう伝え、先に帰す。
さて、現状確認をしよう。