第60話 親の気持ち
家に戻ると、皆もう集まり、ほとんど食事の用意は出来ていた。
待たせたか、そう思いながら挨拶と遅れた謝辞を伝える。
「お仕事なんでしょ?しょうがないわよ」
ティーシアが微笑みながら、用意を終え席に着く。
温かい食事を楽しみ、雑談に花を咲かせる。
「話は聞いた。防衛の状況は?リズに危険は?」
村の防衛に携わるアストは箝口令の対象外の様だ。
現状の詳細を分かる範囲で話す。
「戦場に出るか……」
苦悶に満ちた顔で呟く。
どこの親が子供を戦場に出したいものか。申し訳無さに自然と頭が下がる。
「冒険者になると言い出した時から、覚悟は決めている。出来れば守ってやって欲しい」
真摯な瞳で、こちらを射抜く。気づけば頷いていた。
「私の命に代えても、守ります」
嘘偽り無い気持ちで返す。
「駄目よ。2人一緒に帰って来るの。それが絶対」
ティーシアが混ぜ返す。
しかし、それで空気が柔らかくなった。
後はにこやかに食事を進めた。
食事を終え、そのまま庭に出る。
最近の中衛の動きを思い出しながら、なるべく魔術に頼らないよう立ち回りを考える。
敵の動きのイメージを、より複雑に修正し、それに対応するよう、動く。
遠心力、突きの勢い、全てを円の力に変え、連続させていく。
牽制と、必殺。突き込んだ際の、筋肉の締まりもイメージし、抉る。
守れって言われた。
斬撃を、足元から上体に跳ね上げる。
私は無力だ。きっと傷付けず、帰す事は出来ない。
上げた刃先を横に薙ぎ、止める。大振りに、遠心力を使い、薙ぐ。
だから。
そのまま大上段に上げ、足元まで思いっきり振りぬく。
「生きて帰す」
振り抜いた斬撃を足元で止め、そのまま斜めに跳ね上げる。
「そう……決めた!!」
上がった斬撃をそのまま大上段に直し、斜めに振りぬく。
止めていた息を一気に吐く。体中が軋み、節々が痛む。
「そう、決めた」
荒い息の中、顎が上がり、そのまま空を見上げる。月が輝いている。
息を整える間、その光を見つめ続けた。
そのまま訓練を続ける。明日は集団訓練なので多少疲労していても問題無い。
そう思いながら、斬撃を繰り返す。何時もより長く、少しでも長く。
「ヒロ……」
斬撃からの跳ね上げ。本当なら石突も牽制に使いたいが、今の改造が終われば、石突は使えない。
「ヒロ!」
耳元の大声に驚く。気づくと、少し怒った顔のリズがいた。
「あれ?ごめん、気づかなかった」
大分集中していたらしい。接近にも気づかなかった。
「もう。何度も呼んだのよ!」
あー。かなりお怒りだ。
「あまりにも可愛らしい声で聞き惚れていたんだ」
「言い訳は聞きたく有りませーんー」
懐柔策も駄目か。
「先の事を考えると、やっぱり居ても立っても居られない。だから集中し過ぎていたかも、ごめん」
「もぅ……。そう言う所、ずるい。何も言えないじゃない」
「心配してくれてありがとう」
頬に軽く唇を当てる。
「良い時間だし、お湯の用意が?」
「出来ているわよ。冷めちゃうわ」
「ごめん。ありがとう」
頭を撫で、体を清めに部屋に戻る。
湯を張った盥で体を清めながら、リズの事を考える。
守るって決めた。でも、守れなかったら?
集中していた時は感じなかったネガティブな感情が心の奥底から這い上がって来る。
悶々としながら、洗濯まで済ませ、服を着る。
ノックの音が聞こえ、リズが部屋に入って来る。
「ふふ。寝よっか」
向かってきたリズを迎える様に抱きしめる。
その存在を感じ、守りたい、守れると、心の中で言い聞かせる。
これも、ある種の依存なのか?
心の何処かで問う声は聞こえるが、今は気にしない。
その温かさと柔らかさ、確かな感触を信じ、そのままベッドに潜り込む。
守る。生きて、リズと過ごすんだ。