第58話 本番を想定しての訓練
食事も終わり、改めて訓練に向かう。
最近、アストの表情が穏やかだ。リズがいなくなって搬送等大変になっただろう。
それでも、やっぱり父親としては娘の嫁ぎ先が決まるのは荷物を降ろすイメージなのだろうか。
食事の後は、グレイブもどきの訓練を行う。
今日は、怪我人を出してしまった。
その対抗を視野に、中衛の動きを意識して、立ち回りを考える。
兎に角、前衛を楽にする為の牽制と、相手の位置を固定させる為の立ち回り。
汗が滴る。腕が上がらない。それでも、位置取り等はまだいける。イメージを膨らませ、動き回る。
同時に、近距離での風魔術を併用しての立ち回りも、含めて行く。大きな動きは可能になってきたが、細かい動きはまだまだだ。
インパクトの瞬間、突き込みの腕にスラスターを吹かすイメージで、刺し込む。
薙ぐ時に、手の甲のスラスターで勢いを増して、振り回す。
反復、反復。勢いに負けながらも、慣れるべく、繰り返す。
流石に、もう駄目だとへたりこむ。荒い息を吐く。私、サラリーマンだよな……。そんな気持ちが上がって来るが、諦める。
程無くして、リズがお湯の準備が出来たと、家を出てきた。
「ありがとうリズ。いつも助かる」
「良いよ、そんな事。でも凄い汗、大丈夫なの?」
「まぁ、太っているから、汗をかきやすいんだよ」
雑談をしながら、各部屋に戻る。
体を清め、合流し、一緒にベッドに入り雑談をする。
「1つ聞きたいのよ……」
リズが思案顔で聞いてくる。
「何?」
「夜、何かしている?偶に横にいないの、ヒロが」
眠りの深い子だったので、ばれていないと思っていたが、甘かったか。
「ちょっと練習をね。大丈夫、無理はしていないよ」
「そっか。良かった。夜這いとか……かと思った」
夜這いの習慣が有るのか……。と思うと共にそのほの暗い表情に女の業を感じた。
ちなみに町にも娼館があるらしい。
病気の状態が確認出来る為、行ってみたいと言う気持ちが有る反面、無理だなとも思う。
今夜も寝かしつけ、ベッドを抜け出す。
さぁ、魔術の特訓だ。じりじりとした成長は感じる。
後は反復と、何かあった場合の手段だ。
実は、木切れ等を使って、色々実験はしているのだが、色々安定しない。
槍の改修次第かな。
程々で切り上げ、スマホを立ち上げる。これも壊れたら、どうしようかなと不安になる。
さぁ、TODOリストのチェックだ。
[x]靴を取りに行く。
[x]膝当てを取りに行く。
後は、ワティスなのだが、どうもゴブリン討伐に奔走している様で会えない。
集団訓練をするとの事なので、その際に話を聞ければとは思った。
もそもそとベッドに潜り込む。
仄かに覚醒したのか、もにゃもにゃと口を動かすリズ。可愛い。小動物可愛い。
そっと口づけ、眠りにつく。
朝、食事を取り、日課のように森に向かう。
「今日は昨日より多数を相手にしてみようと思う」
「多数ー?どの位?」
「昨日の倍以上」
2人が若干嫌そうな顔をした。
だが、避けては通れない。現状考えられる最悪の場合、8倍の相手をしなければならない。
「出来るだけフォローはするし、危ないと判断したら、魔術も使う」
何時もの沢に向かい、昨日の広い平地まで向かう。
はぁ、24匹もトレイン出来るのかな……。
ホバーで移動しながら『警戒』を駆使しながら、集団を探す。
この行為自体が、難しい。
取り敢えず、小集団をくっつけて、他を探すが、こっちを見失うと散らばる。
徐々にくっつけて20匹程の集団になった時点で諦めた。後続はもう、周りの雰囲気に巻き込まれて追って来ている。
視界に入るよう周囲を動き回り、ある程度まとまった段階で、一気に藪を抜け陣地に戻る。
「約20匹」
叫んだ瞬間集団がどっと押し寄せる。
昨日の比じゃ無い。半包囲?冗談じゃない。一気に後ろまで押し寄せる。
魔術を行使し、回り込むのは防ぐ。しかし、牽制まで手が出ない。
6匹程を倒した時点で、フィアの右わき腹、腕と鎧の隙間に槍が刺さる。急ぎ相手を倒す。
「軽傷!!まだ行ける!!」
確かに防御し辛い場所だ。しかも右手が上手く動かない為、攻撃に回れない。必死に盾で捌いている。
リズが、左右の位置を入れ替わり、フォローに入る。自分でよく考えている。
一瞬の間を見計らい、一気に刺さった槍を抜く。
「治す、一瞬我慢!!」
「ぐっ……」
痛みの所為か、フィアが一瞬ぐらつくが、踏ん張る。
そのまま神術を行使する。状態が分からないのでかなり曖昧なイメージだ。ディシアの疲れた顔を思い出し、すまんとだけ思う。
『いいわよ、別に……』
ぐ、こんな時に律儀なディシア。でも、ちょっとイラっとしてた。今回出血が多いから、輸血のイメージも入れたのがまずかったか?
そのまま後ろに回り込もうとする相手を魔術を行使し、倒していく。先程の神術の所為か過剰帰還を微かに感じる。
きついが、グレイブもどきを、必死に振るう。兎に角牽制して時間を稼ぎ、魔術を行使するまでの時間を稼ぐ。
昨日と同数まで減っているが、全然違う。焦りが動きを硬くする。
「昨日と同じ相手だ。焦るな!!」
叫びながら、グレイブもどきで後ろに回り込む相手を切りつける。軽傷だが、牽制にはなる。
「取り敢えず下がっとけ!!」
流石に先が鉈だと、刃筋を立てて勢いを付け弱点に当てないと、牽制にしかならない。
後は装備が変わった分が効いてきた。当たる場所を巧みに調整し、いなし、リズが殴っていく。
徐々に数が減り、フィアも様子が戻ってきた。殲滅速度が上がり、後は順に倒していく。
最後の1匹を倒した時、誰が一番最初に腰を落としたのか分からない。全員這いつくばる様に荒い息を吐く。
「これ、超きつくない?」
最初に怪我をしたフィアが、疲れた様に呟く。
「痛かったー。でも、ありがと」
こちらを向き、にこっと微笑む。
「魔術が無いと無理ね。この数相手だと……」
リズも深刻そうな顔をする。
そう、最悪より数が少なくても、これなのだ。確かに一気に迫って来る訳では無いだろう。だが、どこかで乱戦になる。
戦場を決めるのは個々の質じゃない、数だ。どんなに個々が弱い相手でも、こちらを傷つける手段を持って数で攻められるときつい。
日本の一揆なんて典型だろう。職業軍人でも無い相手が攻めて来るのが怖いのかと教科書を読んだ時は思った。
だが、テレビで暴徒化した民衆が投石をしている姿を見て分かった。あの現場で防衛側だった場合を思うとぞっとする。
それが、鍬や鎌、下手したら刀を持って集団で襲ってくる。怖い。
「反省点は有る?」
「2人が接近しすぎてた。武器の間合いと移動できる距離を考えれば、もう少し広がって守れる」
リズが即答する。
「んー。傷付いた後、やっぱり委縮した。慣れないと」
フィアが首を傾げながら言う。
うん。この状態で改善案が出るんだ。2人共流石のバイタリティだ。
「私もそう思う。中衛の身としては恐縮だけど、回り込まれないので必死だった。牽制役になれていない」
「なら、どうしたら良い?」
「慣れ……かな?痛みにも状況にも。皆体も頭も固くなりすぎだ。後、死体が増えるから、足場の注意は念入りに」
散らばった、食い散らかされた骨や、腐りかけた身とまとめて、鼻を削いだ新しい死体を隅に寄せて行く。
流石に、ここを陣地にしている所為か、森の自浄能力を超えている。かなり異臭を放っている。
次の開けた場所を探しながら、移動する。せめて今日中にもう一回は試さないと。
移動の最中に、食料調達をしていたゴブリンを見つけ処理する。
気になった事が有ったので腹を開ける。構造は人間と一緒だ。嫌悪感を感じてしまう。中身にではなく人間と同じ構造に。
胃を開け、腸を開ける。中身が極端に少ない。
「これ、追われている方かな?」
リズが訪ねて来る。狩人の勘かな。
「単体だし、その可能性が高いかな?集団で狩りしているのを見つけたらもう一度試そう」
そう言い、引き続き移動を開始する。目印にと木につけた傷がどんどん増える。
移動中に見つけたゴブリンは狩って行く。
そこそこ移動した場所に新たに開けた場所を見つける。
「ここを陣地にしよう」
2人が頷くのを確認すると、再度先程と同じく周囲を回り始める。
集団を見つけては引っ張り、離れそうなのは小突き、えぇぃ幼稚園児か貴様等はと思いながらトレインを作る。
周囲の『警戒』の範囲に見つからないのを確認する。感じる気配は19匹。構わん、これで行く。
「約20匹」
叫んだ瞬間集団が先程と同じ様に、どっと押し寄せる。
今度は、2人が声を掛け合い、左右に開き気味に、迎撃に走る。
一太刀浴びせ一気に後退、そして、再度左右を強襲する。そして、斜めに中衛側に集結。
「ヒロ、下がって」
指示に合わせ、3歩程下がる。その瞬間改めて、左右斜め前に開き迎撃に走る。
中央から来る集団をグレイブもどきで牽制する。すると、左右から牽制出来ていない相手を挟み込む。
「ヒロ、下がって」
指示に合わせ、再度3歩程下がる。再度、左右に開き、迎撃。そのまま中央に向かう。
「ヒロ、ここからは踏ん張る」
一気に数が減った。これならいけそうだ。後方に回り込もうとする相手を牽制する。大回りする相手だけ、魔術で倒す。
2人は先程よりも新しい防具の部分を巧みに使いこなし、徐々に前進して行く。
「ヒロ、下がって」
3歩程下がると同時に、2人とも一気に下がって来る。そして一気に出る。2人の毎回の声掛けがユニゾンで聞こえる。
幼馴染らしい息の合った連携で前後に翻弄して行く。
ここまで数が減れば、大分楽だ。後は回り込むのを牽制し、各個撃破していく。
最後の1匹を倒し、激しい息を吐く。だが座り込む者はいない。
「動いて翻弄しないと、無理よこれ」
息は荒いが嬉しそうに、リズが言う。
「だねー。リズの動きは分かるから、合わせられるし」
フィアも同じくだ。
多数相手に足を止めての迎撃は無理だ。運動量で翻弄するしかない。
慣れも有るが何か掴んだ。そう確信出来た瞬間だった。