第52話 疑惑
気付くと、結構な時間が経っていた。
もう朝食の準備は済んでおり、急ぎ席に着く。
「氷の上を滑るみたいに動いていたの!」
リズが大分興奮している。スケートの概念はまだ無いようだ。
冬は氷が張る程度に寒いので、氷の上を移動した経験は有るようだ。子供達が冬場、靴に板を括り付けて滑ったりするらしい。
似たような遊びが流行るんだなと、過去の遊びを広めたら流行しそうだなと思った。
食事を終え、皆が部屋に戻ったの確認し、ティーシアに何時もの奴をそっと手渡す。
苦笑はしたが受け取ってくれた。まぁ、マナーだ。お世話になるからには最低限としての対応だ。
ちなみに、9等級になったので家を出る話をしたが、2人から猛反発を食らった。
リズが冒険者になるのは許すが、直ぐに家を出るのは、やはり寂しいらしい。
まぁ、家賃は払っている形なので、もう少しお世話になる。
お兄さんが帰ってくる前に考えないと。
リズ?超、家を出たがった。と言うか、必死で2人が宥めていた。
理由は分かるが、私の身ももたない。流石女の子。どこか肉食系なのだろう。
と言う訳で、ギルドに雑談しながら向かう。
この雑談が非常に重要だ。常にコミュニケーションをしなければ、不安になる。話題を必死に探す。好感度は維持しなければ下がるのだ。
ギルドのエントランスにフィアが待っていた。流石農家の子。朝が早い。
「おっはよー」
挨拶もそこそこに先程のスケート体験を、リズが興奮しながら話し始めた。
余程楽しかったのか、かなりのヒットだったみたいだ。
「そんなに楽しそうなら、私もやりたいー。ねぇ、良いよねー?」
リズが睨んでくる。どうもお姫様だっこ辺りにも琴線が有ったようだ。
「おんぶしてでもよければ」
「えー?何か違うー。扱いが違うー」
子供か、と思いながら、あぁ子供だと思い直した。この子達、日本なら中学生か高校生位なんだよな。
日本と言うか、子供を戦わせている事の罪悪感にしんみりすると、リズがそっと手を握ってきた。
「大丈夫?やっぱり何か辛そう」
「いや。2人ともまだ若いのに、戦わせるのがちょっと嫌だと思っただけ」
「もう成人しているしー。そんな事思っているの?」
フィアがあっけらかんと答える。
「そうね。私もこんなに収入が出来て、嬉しいだけよ」
リズも何を言っているんだという顔をする。
「ねー?」
2人揃って、声を合わせ首を傾げる。流石、幼馴染。息が合っている。
取り敢えず、北の森に向かうまでの空き地で、フィアをおんぶでする。
浮かび上がり、滑り出すと、耳元で叫びだす。
「うわー。何これー!超楽しー。やばい、もっと早くしてー。わー」
正直うるさい。あぁ、娯楽の少ない田舎でゲーム機渡した甥の喜びを思い出した。確かに狂喜乱舞していた。
程々で切り上げる。フィアはありありと不満を浮かべていたが、お仕事が有る。
それに試したい事が有る。
何時もの沢に向かい、ヴァズ草を採取していると。
「ゴブリン、3匹。こっちの方に向かっているけど、方向がずれてる」
早速試すか。
「今回、1人で倒すよ」
「それは良いけど、大丈夫なのー?」
フィアが聞いてくる。
「昨日フィアさんが教えてくれたから大丈夫」
頭を撫でながら、答える。本人は嬉しそうにしている。妹にしている気分で撫でているが、これってセクハラなのかな?
ちらっとリズを見るが、特に何も感じていない様だ。良かった。セーフだ。
ゴブリンの発見ポイントに誘導して貰い、藪を静かに移動する。
いた。3匹だ。
「じゃあ、行くね」
呟くと共に、レティクルをゴブリン達の見える範囲の胸と背中に合わせ、何時もの撃つイメージを浮かべ実行する。
と同時に、ゴブリン3匹の胸元や背中がほぼ同時に破裂し、ゆっくりと倒れる。
良し、成功だ。
「あれ?昨日、詠唱してたよねー?何で変わったの?」
フィアが不思議そうな顔で聞いてくる。
「色々考えたら出来るようになったよ」
答えても、微妙に納得いかない顔をしていた。まぁ、大きな問題では無い。
ここからは、延々繰り返しだ。何時もの様に狩りを繰り返して行く。
私の魔術は緊急用とし、リズの訓練を主体に、フィアがフォローに入り順調に狩っていく。
ただ、違和感を感じる。昨日の20匹を超えた辺りで、それはより強くなる。
「うわー。もう昨日分じゃん。実は直ぐに金持ちー?」
フィアは無邪気にはしゃいでいるが、違う、これはそうじゃない。
あまりに早い。まだ、10束も組めていない。
「ヒロ?顔が怖いよ?」
リズが心配そうな顔を向けて来る。
「いや。ちょっと気になっただけ」
「そう?最近無理しているから……」
心配をかけた様だ。フォローをしておく。
その後も狩りを続け、30匹、40匹、50匹と増えて行く。おかしい、これはおかしい。
心で警鐘が鳴る。獲物が濃い?そんなレベルじゃない。
それなら、9等級は皆大金持ちだ。私の魔術が有るとは言え、この成果はおかしい。
ヴァズ草が30束になり、切り良く60匹となった所で村に戻る事を提案した。
この状況はおかしい。ゴブリンをこれだけ狩った。なのに、他の獲物に遭遇していない。
それなりに移動もしたのだ。どこかでテリトリーに踏み込んでいたとしてもおかしくは無い。
違和感が、警鐘がマックスに鳴り響く。この手の状況をゲームとかでよく見た……。
氾濫だ。同一種の氾濫……。
その瞬間ぞっとした。今日1日で60匹も狩った。じゃあ、この森にゴブリンはどれだけいる?それが一度に襲い掛かってきたら?
「ヒロ。やっぱりおかしいよ?」
フィアと一緒にはしゃいでいたリズが問いかけて来る。
顔から血の気が引いているのが分かった。
「あぁ、気になった事が出来た。戻ったらギルドで聞いてみる。リズ達は一緒に訓練するんだろ?」
2人が同時に頷く。仲が良い事だ。おじさん百合物も好きだったのでほっこりする。レズ物はちょっと好みではないが、百合百合しいのは好みだ。
「やばいー。大金持ちー。うっはー」
まだ騒いでいるフィアを宥め、村への道を急いで戻る。『警戒』も全開にして一切相手にしない様にする。
森の出口付近でも、フィア曰くどうも、それなりにひっかかるらしい。
嫌な予感がどんどん膨らむ。
ギルドに着く。
取り敢えず、鑑定を依頼し、受付嬢にハーティスを呼び出して貰う。少々の所要との事でエントランスで待つ旨伝える。
「達成料は、ゴブリン60匹で120,000。ヴァズ草が30束で24,000ワール。合計で144,000ワールです。よろしいですか?」
いつものお兄さんから、受け取り、36,000ずつ手渡す。
達成数でリズが9等級に上がった。試験は免除された。これだけ9等級の仕事をこなしているのだ、当然だ。
繰り上げを含め、等分に割った。端数は私が貰った。
「凄い……よ?2日で9等級。しかもこれ1日の金額よね?」
リズが呆然としている。フィアはもう喋らず、お金を握りしめプルプルしている。
だが、私はそんな事に構っていられない。
「じゃあ、まだ早いから、訓練しておいで。怪我には気を付けて。もし怪我をしたら言ってね」
流石にこの数だ。無傷では済まない。何度かかすり傷を負ったが、神術で直した。
2人は驚いていたが、神様のお蔭と言ったら怪訝な顔をされた。
まぁ、最終的に納得していたので、問題は無い。
2人が揃って、何時ものフィアの訓練場に向かう。
手を振り、エントランスに向かう。
開いていた席に座りながら、いらいらして来る。
しばしの時間待ち、ハーティスが階段を降りて来る。
その手に数枚の資料と思しき紙を持って。
組織が資料を用意して、話をする。
疑惑は確信に変わった。
何か、有る……。