第50話 ゲームとかしていると、ルールの穴って探しませんか?
沈んだ思いを振り払うつもりで、槍を手に取り、ぼーっと見ていた。
少し気になった事が有った。
昔、風魔術士が空を飛んだと聞いた。
シミュレーターでイメージしても、出来ない。そもそもこのシミュレーター。
神術を除き、風魔術だと風を飛ばす事に特化している。
と言う事は、シミュレーターの裏をかく手段が有る筈だ。
この手の定番は、アプリを直接弄る事だ。
ん?ふと気づく。乗算って『識者』先生言ってたよな。
念の為、窓を開け、誰もいない事を確認した。
無圧縮の空気、ただそこに有る空気をイメージした。
「属性風。圧力定義。形状は半径5mm高さ1cmの円錐。右手人差し指前方10cmに固定。前方に向かい錐もみ回転を加え射出、速度は時速700㎞。実行」
何も起きない。んー。正解だったか?失敗したら過剰帰還を覚悟したが。
改めて、同じイメージを考える。
ただ、先程より速度を100倍に上げる。
「属性風。圧力定義。形状は半径5mm高さ1cmの円錐。右手人差し指前方10cmに固定。前方に向かい錐もみ回転を加え射出、速度は時速70000㎞。実行」
やっぱり何も起きない。
念の為、もう1段階試すか。
同じイメージで、さらに速度を100倍にする。
「属性風。圧力定義。形状は半径5mm高さ1cmの円錐。右手人差し指前方10cmに固定。前方に向かい錐もみ回転を加え射出、速度は時速7000000㎞。実行」
やっぱり何も起きない。過剰帰還もだ。
要は、圧力定義が0なら、速度を幾ら上げても、影響が発生出来ない。
分かった。乗算だ。この空飛んだ奴が異常に習熟度が高くない限り、何かが有ると思っていた。
魔術を使えば分かるが、習熟度は上がらないし、直ぐに過剰帰還を食らう。
そんな世界で空飛べるとか意味が分からなかった。
机の上に置いて有った端切れを一枚手に取る。
危ないので、小規模に試すか。
そよ風が端切れの裏から吹くイメージを浮かべる。
「属性風。圧力定義。端切れと同形。端切れに固定。その場で固定、速度は無し。実行」
言葉を発した瞬間、端切れが風に吹かれたかのように一瞬ふわっとなびいて落ち着いた。
「空飛んだ奴、馬鹿か天才だ。良く仕様の穴を突いている」
思わず呟きながら、今の結果を考える。
きっと魔術の仕組みのシステムを作る時、元のソースに拘り過ぎたのだろう。
速度に0を乗算されると、圧力の定義がおかしくなる。いくつでも過剰帰還は発生しない。そんなイメージ想定出来ないが。
きっと空を飛んだ魔術士は板か何かに乗って、継続術式で強風を発生させ続けて、浮いたんだろう。
台風並みの風のイメージなら、1人くらいなら浮かせるだろう。昔、沖縄で台風の時に大きな木が空を飛んでいたのを見た。
他の術式どうなっているんだろう。水はこの穴が塞がれている。質量と温度がパラメータだが、質量が0なら温度を変える対象が無い。
土が質量と速度がパラメータだから、穴が開いている可能性が有る。よし。明日聞こう。火はワティスに会った時に聞いてみよう。
そう言えば、水魔術の構文聞いていなかった。それも明日合わせて聞こう。
TODOに追加しておこう。
[ ]土の制限、水魔術の構文をパーディスに聞く。
[ ]火魔法のパラメータをワティスに聞く。
よし。こんなものかな。
そんな事を考えていると、ノックの音が聞こえる。
訓練を終えたのか、リズが立っている。
「少し嬉しそう」
「そうかな?」
何か言いたい事が有る雰囲気だ。
「何かあった?」
「んーとね」
仄かに頬を染めている。
「前の、ちょっとだけ、したいかなって」
俯きながら、呟く。
「それは難しいかな」
「どうして?」
「リズ、ちょっと声が大きいからかな」
「……ばか、ばかっ。ばかっ。ばかっ」
結構な力で殴られる。痛い。痛い。
そんな時間が、心を癒してくれるんだと、先程日本の事を思って沈んだ気持ちを思い出しながら考えた。