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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第489話 立ち込める暗雲と振りかざす刃

 目を覚ますと、珍しくリズがこちらを覗き込んでいる。向こうが口を開く前に口付ける。少しの間、一つになった後、そっと唇を放す。


「おはよう、リズ。今日は早起きだね」


「うー。もう、びっくりした。折角可愛かったのに、可愛くないよ」


 上体を起こし、耳を澄ますと、若干、喧騒が聞こえる。

 窓から見える空はかなりの曇天だ。雨が今すぐ降ると言う感じではないが、もう少し厚くなると分からない。四月二十二日は曇りのち雨の予感。


「リズが目を覚ましたのは?」


「分からない。でも、何か館の中がざわついている」


「だね……。何が有った……」


 浴衣から、さっと部屋着に着替え、細く扉を開ける。侍女達が行きかう中、執事が向かってくるので、呼び止める。


「何が有ったのかな?」


「男爵様……。詳細はレイさんよりお受け下さい。東の森のオークに動きが有るようです」


 がー。町開き目前だよ……。何が有った。


「レイは?」


「執務室に詰めています。カビアさんもそちらに」


「分かった。アレクトリアに伝えて、食事は執務室で取るので食べやすい物を。仲間達は食堂で一旦集合。騎士団の方に話は?」


「今、南の詰め所に馬を出しました、暫くしたら来られるかと」


「ガディウスが来たら、そのまま執務室に通して。周辺に情報は知られている?」


「いえ。まだ、騎士団に馬を出しただけです。朝の交代指揮に偽装させております」


「素晴らしい……。まだ、町の中に情報は漏らさないで欲しい。もう少し情報が集まらなくてはいらない騒ぎを起こすだけだから」


「分かっております。館の中だけで収めます。では!!」


 執事が目礼の後、駆け出す。一旦、部屋の扉を開ける。


「ヒロ……怖い顔してる」


「リズ、まだ公表出来ないけど、東の森のオークに動きが有ったっぽい。これから詳細を確認する。着替え……はしてくれているね。一緒に来てくれるかな」


「良いの?」


「いつまでも議論の外に置いておくわけにはいかないしね。名目上とは言え、私の配偶者だよ。私に何か有ったら、リズが指揮を執らないといけないしね」


「ヒロ!! そんな事!!」


 リズが眦を上げて、叫ぶ。


「いや。これは、感情の話では無く、もしもの場合には必要な話だよ。そうしないと民が困る」


 そっとリズの両頬を優しく両手で挟み顔を近づける。


「私は神じゃ無い。もしもは有る。幸せな世界を作ると言ったよ。リズを、仲間を、民を幸せにすると。だから、私は覚悟は出来ている。リズにそれを背負わしたくはないけど、状況によっては背負ってもらう」


「ヒロ……」


「安心して。死ぬ気なんて無い。でも、もし、何か有った場合と言うのは常に考えなければならない。だから、お願い」


「分かった」


 リズが泣きそうな状態から、いつもの顔に戻る。


「良い顔だ。さぁ、行こう」


 執務室に二人で向かう途中で会った侍女に、タロとヒメの食事を頼む。


 執務室の扉を開けると、苦虫を噛み潰したような顔のレイとカビアがテーブルを挟んで座っている。


「状況を簡潔に」


 レイに向かって問う。


「東のオークの集落を監視している諜報より、緊急の伝令です。二日前より、集落に続々と荷物が搬入されているとの事です」


「二日前より以前に動きは?」


「有りません。二日前より突然です。一日は様子見、それが続くので、異常事態と判断し、報告が上がりました」


 レイが直立不動で答える。


「続々と搬入されている荷物の内容が確認したいが……。一般的に荷物の搬入が増大する理由は?」


「遠征、戦争行為と見られます」


 レイが淡々と告げる。そりゃそうだよね……。


「荷物の搬入って言うけど、荷車が通る程、森は開けていないよね? どうやって荷物を運び込んでいる?」


「オーク達がズタ袋を大量に手運びで運んでおります。その中には大きな荷物も含まれます。鎧や武器類と思われます」


 オークにそんな潤沢な補給路が有るのか?


「どこから運んでいるのか、追えるかな?」


「過去に人員の入れ替えを追った際は東の国の国境まで森沿いに移動、その後は追うのを断念しております」


 と言う事は、東の果てのここが目標か……。んー。他の領地にも流れているようなら、問題だけど……。通信環境が無いのがきつい……。


 そこまで考えたところで、執務室の扉がノックされる。


「お呼びと伺いました」


 ガディウスが部屋に入ってくる。


「待っていたよ。結論から言う。東の森のオークへの補給が激増している。意味は分かるよね」


 そう言うと、ガディウスが眉根に皺を寄せる。


「攻めて来る……と言う事ですか……」


「そう見て良いし、普通に考えて攻めるなら『リザティア』だ。大移動って言っても私の領地から移動させるのは責任の放棄だから、見過ごす訳にはいかない」


「分かりました。話はどこまで進んでいますか?」


「まだ、始まったばかりだよ。座ってくれ。あぁ、済まない、食事の前に麦茶の濃くて熱いのをお願いしたい。頭をはっきりさせたい」


 ガディウスを誘導して来た侍女に頼むと、目礼の後、そっと扉を閉じる。


「用意をして無駄になるなら構わない。ここは『リザティア』が目標にされているとの前提で話を進める。反対意見は?」


 そう問うと、誰も何も言わない。


「よろしい。では、何故今なのか。補給の元はどこか。そして、何を目的にしているか。この辺りが分からないと有効な対応が出来ない」


「男爵様、一点。オーク達にも暦が有るらしいと言うのは学者の中では言われております」


 カビアが口を開く。そりゃ、ディアニーヌの薫陶が有るんだ。暦だって教えているだろう。


「続けて」


「四月も終わりです。仮に五月一日を目標に周辺地域に対して攻勢をかけると各地に指示が行っている場合はどうでしょうか」


「その可能性は高いか……」


 あー。遠隔地における同時多発テロか……。可能性は高い。ノーウェのところの集落は潰したけど、他の集落がどれだけ存在するのか分からない。


「補給に関して何らかの情報を持っているかな?」


「それに関しては私から。前々からの研究から、大陸の東の北部は人類の生存が困難と放棄されております。そこに魔物達は住んでいるのではないかと言う推測は出ております」


 ガディウスが言う。推測か……。


「実際に調査は行っていないのかな?」


「そこまでの大規模な調査団を出せる程、余裕の有る国は有りません」


 ここで人間側の弱さが露呈する。見えない敵と戦うとか正気と思えない。各国が協力も出来ないのか……。国を跨ぐ組織は有るのに、軍事に関しては各国積極的に連携は取らない。実情は不明だが、何を考えているかは分かる。交流戦辺りまでしか情報を開示したくないんだろうな。くそが……。


「何を目的にしているかに関して、推測で構わない。答えられないかな?」


「各地で蜂起された場合、動ける領地は動くでしょうが……用意が無い領地も有りましょう。そこに親が救援を出さない場合は禍根が残りましょう」


 レイが静かに言う。それを聞いて目的が読めてきた。これ、人間社会に疑心暗鬼の楔を穿つ一手だ。もし大規模に展開するなら、各国の中で人間関係は最悪になる。これ、絵をきちんと書ける者が未来を推測して書いているシナリオだ……。舐めていたつもりはないが、向こうの方が一手早いか……。


「ガディウス、二点指示を出す。一点目はノーウェ子爵様に早馬で伝令を出して欲しい。文書は今から書くけど、各領地にオークの襲来の可能性の示唆と連携を促す内容になると考える。これをノーウェ子爵様より鳩で各地に送ってもらう。ワラニカに関しては、それである程度の被害は防げる筈だ。二点目はロスティー公爵閣下が東から戻られている最中だ。目標外とは思うけど、遭遇戦になる可能性は有る。伝令を除く全兵力を以って、ロスティー公爵閣下の護衛に走って欲しい」


 そう言った途端、ガディウスが立ち上がる。


「男爵様!! この地の守りはどうするおつもりですか!?」


「国家安泰が最優先。国の重要人物の護衛は最優先。私達は、ワラニカの民だよ? 国の安定を脅かす要素をまず潰しておく必要がある」


「答えになっておりません!!」


「分かっている。カビア、例の馬車の製造状況は?」


「はい。図面をお持ちします。少々お待ち下さい」


 カビアがそう言って執務室の奥の方の書棚に向かう。そのタイミングでノックの音が聞こえる。聞くとお茶の準備と言うので、通す。部屋の中に麦茶の香ばしい香りが漂う。


「ガディウス、少々落ち着いて欲しい。お茶でも飲んで気を静めてくれないかな?」


 そう言うと、ガディウスが眉根に皺を寄せ、口を真一文字に閉じたまま、席にどしりと座る。テーブルの茶をぐいと飲み、ほぉと溜息を吐く。


「我々は外様ですか?」


 思いがけない事を言う。


「ガディウス、国と一都市のどちらが大事か、子供でも分かると思うが?」


「しかし、私共はこの地を守る為に配されました!! 短い時間ですが、この地で暮らしこの地を愛しております!!」


「嬉しい。嬉しいよ、ガディウス。でもね、物事には大事と言う物が有る。この情報を各地が知っているなら良し、知らないなら大きな問題が起こる。それは未然に防がなくてはならない。それに、ロスティー公爵閣下はこの国の要。今何かが起これば国が傾く恐れもある。この地はこの地で守らねばならないけど、それ以上に大事な事もある。私はその大事をガディウスに託したい。それはこの地を守る以上に大切だからだ。聞くが、国が傾いてでもこの地を守るのが騎士の本懐か?」


「それは!! それは……」


「私の騎士長。そろそろ見る高さを変えよう。ガディウスが守るのは民だけでは無い。国全体と言う視点を持って欲しい。その上で、考えて欲しい。男爵がおこがましいかもしれないがね。それでも東より来る外敵より国を守るのが役割とは自負している故にね」


 そう言うと、ガディウスが両肩を降ろし、俯く。


「些末な事でお気を悪くさせて、申し訳御座いません」


「気は悪くしていない。レイを重用しているのも斥候と兵を有機的に活動させる為だ。私の騎士はガディウス、君だ。それは変わらない。それが故に私の命以上に大切な国の大事を任せる。私の責任の下、国の今後を左右しかねない事を任せるんだよ。不足かい?」


 そう言うと、首を左右に振る。


「いえ。狭い範囲で物事を見ておりました。拝命仕ります。何が有ろうと、ロスティー公爵閣下は守ります」


「そこは済まない。下手をしたら命を賭してもらうかもしれない」


「はい。それは覚悟の上です。どうぞお気になさらずに」


「助かる。移動出来るのはガディウス達だけだから。頼む。どうか閣下を守って欲しい」


「はい!!」


 目を見る限り、悪い物は感じない。納得してくれたか……。


「お待たせしました。これが男爵様が考案された装甲馬車の図面ですね」


 カビアが図面を広げる。


「装甲、馬車……ですか?」


 ガディウスが図面を前に疑問を浮かべる。


「従来の箱馬車に鉄板を積載しておく。戦争の際はそれを横に並べて、鉄板を前面側に展開して、この窓からクロスボウで撃つ感じだね。移動する城壁だよ」


 馬車の側面にスリットを作り、そこに鉄板を差し込めば簡易の壁になってくれる。馬はその背後に逃がしておく。戦車まではいかないけど装甲車の走りにはなるのかな。


「クロスボウとは、あの新型の弓ですか……。あれが城壁から一方的に撃たれると……。それは、はは、きついですね」


 ガディウスがやや苦笑を浮かべながら、言う。


「撃退は出来るけど、追撃は不可能なのが難点なんだよ。だから、馬で追撃可能な騎士は残って欲しかったけど、無理なのが残念だ。殲滅は不可能だけど、撃退はしてみせるよ」


 ポーズで言うけど、正直別の馬車に重装部隊とクロスボウ部隊を分乗させて、大回りに相手の背後に展開させる事も可能だろう。それは言わない。この戦法はこの世界だともう少し未来の戦法になる。


「分かりました。では、この地はお任せします。騎士団はもうまとめております。糧食も規定数は揃えておりますので、早速伝令及びロスティー公爵閣下の護衛の任を開始致します」


「頼む」


 そう言うと、ぐいとお茶を飲み切り、一礼し、部屋から出て行く。足音が遠ざかり、聞こえなくなるのを待つ。


「さて、これで国側への言い訳は出来るかな。レイ、正直、これ以上オーク側に情報を渡したくない。集落の規模と想定される兵数は?」


「聞き及んでいるトルカの村の北の森と規模は変わりません。兵数で百強、別に住人が百と言うところでしょうか」


 クロスボウの情報をオーク側に知られる訳にはいかない。間違っても真似される訳にはいかないので、有象無象関係無く全てをこの機会に殺し尽くす。


「攻めて来る相手と集落の殲滅。及び補給路に配されているオークの殲滅。目標は三つか……。面倒臭いのは補給路のオークかな。これって固定されているのかな?」


「はい。今までの調査では東の国境までは同じ経路を辿って移動しております」


 レイが答える。


「その辺りは諜報レベルでも対処は可能か……。レイ、集落に首魁が残っていた場合、暗殺は可能?」


「ご心配なく。それが本業ですので」


 レイが初めて淡い笑みを浮かべる。


「引退理由を再度実行してもらうのは申し訳無いとは思うけど、人材がいない。頼めるかな?」


「可能性としては、進軍の指揮を執っている可能性が高いと考えられますが……」


「それならそれで良い。対応の軍は私が指揮を執る。補給路の方はリナに指揮を任せるしかないかな……」


 そう言うと、レイとカビアが首肯する。


「カビア、町開きに関して、延期で調整して欲しい。来られる皆様の分の宿泊費用はこちらで負担して構わない。何事も無いと思わせて欲しい」


「畏まりました。理由は適当にでっち上げます。兵に関しても極力露出しないよう調整致します」


「ありがたい。さて、何を考えて攻めて来るかは憶測でしか分からないけど、こちらに手を出そうって言うんだ。一切の慈悲は無い。微塵も残さず、殲滅しよう」


 鷹揚にソファーに背中を預けて、お茶を傾ける。


「見せてやるとしようよ。人間の恐ろしさってやつを」


 そう言って立ち上がる。


「レイ、カビア。衛兵の再調整を頼む。軍行動に関して忌避感を抱いている人間は除外して良い。本気で戦える人間だけを抽出して。その上で再訓練だね。さて、忙しいけど、頑張ろうか」


 人類相手の戦いかぁ、心が重い。でも、もう大切なものを守ると決めたんだ。リズの方を見ると、話を理解してくれているのか、こちらの目を見て、微かに微笑んでくれる。この微笑みを守る為なら、私の手が洗っても落ちない程の血に塗れても構わない。もう、そう決めたのだから。そう決めさせたのだから。

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