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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第484話 鉄銭が錆びたら血のような匂いを発します、これをして金の巡りを血潮の巡りと感じるのでしょうか

 子供達におかわりを注ぎながら、従業員に合図を出す。


「子供さんは体温が高いですし、少し冷やす方が良いでしょう。我々は冷やし過ぎと言うのも問題ですし。少し趣向を変えましょう」


 新しいカップを用意して、湯気と共に香気が上がるのを楽しむ。


「それは……? お茶でも無いですし……。ハーブの香りとも違う……。どこか懐かしい香りですが」


「どうぞ、お楽しみ下さい」


「では、頂きます……」


 オルファレンがカップを傾け、香りを嗅ぐと目を見開く。


「これは!?」


 それを微笑みで頷き、促す。


「麦……大麦の香り……。それがこんなに(かぐわ)しいとは……。何とも香ばしく、そしてほのかな甘み。いや、この甘みも香りの産物か……」


「ふふ。大麦を炒った物を煮出したお茶です。面白いでしょう」


 昭和年代には懐かしい、コーヒーと同じく蒸らしてから煮出す、あの甘く香り高い麦茶だ。水出しの麦茶ではちょっとこの香りは出ない。ヤカンいっぱいに沸かしたのをキンキンに冷やして飲むのは快感だった。同じく、熱い淹れ立ての麦茶も好ましい。最近はお手軽に水出しパックで出しちゃうので、この甘くどこか郷愁を感じさせる香りとも縁が無い。


「大麦がお茶になると……。いや……待って下さい……。これは大きな機会ですよ。紅茶は高価ですが……」


「はい。穀物やその他お茶の代わりになる物は順次研究中です。ハーブを育てるまでも有りません。年中飲み物を楽しめる。如何(いかが)でしょう、楽しそうじゃないですか?」


「は……はは……はははははは。いや、参った。愉快だ。固定観念に凝り固まっていたのでしょう……。ただ味気なく食べるだけの大麦がこのような形で味わえるとは……」


 オルファレンが心底愉快そうに笑い、麦茶を啜る。麦を炒って煮出すなんて考えない。薬師ギルド辺りならやりそうだけど、麦は食べ物と言う先入観が有る。そこを突いた形だ。


「どこでも流通している物が飲み物に早変わりです。如何(いかが)でしょうか?」


「ルミス、あぁ、あちらの家屋におりますか。あやつは泣いて喜びますな。小麦は国に持っていかれますので、大麦と穀物でしか大きな勝負は出来ません。そこにこれですか……」


 そんな話をしていると、うぉぉぉぉと叫び声が聞こえる。先程名を呼ばれたルミスが興奮で立ち上がり、叫んでいるようだ。


「ふふ。このような場で粗相を申し訳御座いません」


「いえ、楽しんで頂けたのであれば、幸いです。そうそう、そろそろ食事時ですが、どうなさいますか?」


「どうと仰ると?」


「食堂でも取れますが、夕ご飯も同じく食堂です。もしお望みでしたら、こちらにお持ちしますが」


「この贅沢な景色を眺めながらの食事ですか……。心が躍りますな」


「分かりました。では、用意を始めます」


 従業員には東屋で食事を取るだろう旨は伝えている。合図を出すと、すぐさま頷き、厨房の方に走る。


「夜は少し重くなると考えますので、昼は軽めでご用意致しました」


 そう告げると、オルファレンがくたっと、椅子から少し、腰を落とす。


「ふぅぅ……。いや、何と申しますか……。宿一つで……などと甘い考えでおりましたが違いましたな……。ここは、飢狼の巣……。はは、いや、この町が飢えた狼の巣なのでしょう……。商業が優先する町……。全てが研ぎ澄まされた刃となり、懐を突き抜いていく……。はは。私も老いたものです……。本当なら、昨夜の段階でこの鉄錆の、赤く流れる血のような金の匂いを感じるべきだった……。私共は獲物ですか……」


 首を落としたオルファレンが小さく、呟く。


「いいえ。大切なお客様です」


 私は椅子に鷹揚に座り、背筋をピンと伸ばし、満面の笑顔で微笑む。


「貴方は……いや、今、この時にお会い出来て最善だったのでしょう……。商業の町……なるほど……。決めました」


「あなた……」


 暫し、俯いていたオルファレンが顔を上げる。商売の王は覇気を纏い、その目は何物をも貫く。じっとこちらの瞳を覗き込む。と、ふっと、全ての圧が消える。


「ふふ。長く苦労をかけたな。オルファレン商会は王都を支店とし、ここに建てる商館を以って、本店とする。今後はワラニカ、ダブティアを相手に走るぞ……。暫し苦労をかけるが、着いてきてくれるか?」


 オルファレンが奥方に優しい瞳を向ける。


「聞くまでも無い事でしょうに……。ええ、あなたの夢を叶える為に」


「あのような国の端で何が出来るか。領主様、どうかお許し頂けますか?」


「許すも何も、大歓迎です。繊維の主にお越し頂けるなど、光栄です」


「ふふ……。貴方は……。面白い。何と面白い事か。おぉ、神よ、レタニアステ様。今、この時この場に導き頂いた事を感謝致します。この出会いこそ、我が人生最良の時なのでしょう」


「レタニアステ様ですか……愉快なお方でした……。幸せを運ぶ方でしたね」


「なるほど。テルフェメテシア様を降臨されたと仰っていましたか……。はは。すっきり致しました。これよりは身内として思う存分楽しみ、吸収する事と致します」


「はい。商売なぞ、一人で出来るものでは有りません。皆さんのお力添えあってこそです。どうかこれよりも、お力添え下さいますか?」


「おうおう……。私なぞに勿体無い。しかし、その人柄が惹きつけるのでしょうね……。非才の身なれど、これよりこの町の一員として迎えて頂いた事を胸に、努力致します」


 力強く、差し出し合った手を握り合う。この町に力がまた一つ宿る。


「お待たせ致しました」


 話が終わったのを確認したのか、従業員がワゴンを運び込んでくる。


「さぁ、折角の良き日です。どうぞお楽しみ下さい」


 そして昼ご飯が始まる。

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