第478話 折角のお土産物なので的を絞ります
そろそろ空きスペースになっていたお土産物屋さんや遊戯室を見ようかと言う話をし始めると、タロが裾を引っ張る。
『どうしたの?』
『まま、はこ、いきたい』
んー? あぁ!! 出る時にトイレしていない。箱の中は確か濡れていなかった。あー、バタバタしていて気付いてあげられなかった。我慢すると結石の元だ。
「ちょっと駐車場に用事が出来た。先に寄っても良いかな?」
「でしたら、こちらをお使い下さい」
そう言うと、暖炉横の壁を押したと思うと、くるりとひっくり返って、空間が広がる。あー、非常経路きちんと作ったんだ。冗談のつもりだったのに。
「お急ぎでしょう。動きましょう」
テディが先導してくれるので、タロとヒメを抱えて、薄暗い中をランタンの明かりを頼りに早歩きで進む。周囲は色々な階段につながっている。
「設計通り、貴賓の方々の部屋には内側からのみ開くように作っております。設計、施工もノーウェ子爵様の懇意になされている商会ですので、漏れる事は有りません」
「一歩間違ったら、暗殺経路になり兼ねないしね。見回りと、警護は徹底してね」
「はい。上得意の方にしか教えませんので、漏れる心配も少ないかと。そこは為人を見ての判断ですね」
「後は上級貴族の面倒臭い人達かな」
「はは。そう仰られますな。あの方々も一皮剥けば普通の人です。宿の中では一人の人間ですよ」
宿の経験が長いと色々と見てきたものが有るか……。やはり人間、経験は重要なんだなと改めて感じる。
「このまま真っ直ぐ行けば、そのまま駐車場まで出ます。もう少々です」
『まだ、大丈夫?』
『へーき』
タロがのほほんとクンクンと耳の後ろを嗅ぎながら、『馴致』で返してくる。他にやる事が出来たら、そっちに集中するのは変わらないな。ヒメも一緒にトイレを済ましてくれると良いけど。
若干狭まった所に扉が見えてきた。テディがそっと開いて周囲を確認し、手招きをする。扉を出ると、駐車場の裏の生け垣の隙間に出てくる。小道は有るが、誰もここまで来ようなんて思わないだろう。
「大丈夫です。周囲に人影は有りません。行きましょう」
念の為、『警戒』で周囲を確認するが、馬の世話をする使用人の気配しか感じない。何事も無いように馬車に近付く。使用人は気付かず、小屋の中で何かの作業に没頭しているようだ。
「ありがとう、助かった」
「いえいえ」
小声で呟きあいながら、馬車に潜り込む。タロとヒメを放すと箱に戻ってタロがクンクンと箱を嗅いで、カッカッと後脚で蹴ってからお座りして用を足す。その匂いに釣られてか、ヒメも一緒に座り込む。ふぅ……間に合った。我慢と言うか、教えてくれて良かった。昔みたいにお風呂の中を黄色に染められても困る。
『まま、ぬくいの』
『ぱぱ、ぬくい、まだ?』
むーん。欲望を満たすと次の欲望ですか。タロが箱から出ると後脚でカッカッと蹴る。この仕草も教えていないけど、自然とやるようになったな。ヒメは優雅に立ち上がってそのまま近付いて来る。
『もう少しだけ我慢出来る?』
『うん』
頭を撫でながら聞くと、唱和して答える。まぁ、行った事の無い場所を歩くので興味もそそるかな。
「すまない。面倒をかけたね」
「いえ。折角ですし、正面のホールから、お土産物屋ですか。そちらから見ていきましょう」
そう言ってテディとリードにつながれた二匹と一緒に、再度ホールから温泉宿に入る。
ホールを抜けて、エントランスの一角に大きなコンビニ程度の大きさの区画をお土産物屋さんにしている。
タロとヒメもクンクンと興味深げに嗅ぎまわる。
売り物は、毛皮でも品質の良い物を選んで展示しているし、メインは浴衣などだ。後はダーツの的やダーツ、トランプやチェスなどの遊具、それに珊瑚や真珠の装飾品だ。最終的には日持ちのする食料品なども並べたいけど、それはもう少し先かな。
「結構、バラバラな印象になっちゃうね。もう少しまとめたい感じもするかな」
「宿での物販と言うのが初めてですので。高価な品とそれ以外と言う感じでは分けていますが……」
「加工品だけにしちゃおうか。毛皮なんてどこでも買えるし、態々ここで荷物を増やす事も無いかな。将来的には食料品とかも置きたいし、『リザティア』でしか手に入らない物だけにしちゃおう。その方がさっぱりしそうだ」
「そう……ですね。確かに、どこでも買える物を置くと言うのはあまり意味が無い気がします。販路が有る故に置いてみましたが、無しですね」
「加工して、『リザティア』独自な感じにしちゃおうか。刺繍とかもあまり手の込んだデザインは無いし」
「男爵様が仰ると怖い気がしますが、面白そうではありますね。では、新奇な物に特化してもう少し余裕の有る売り場に変えましょう」
少しごちゃごちゃした売り場をセレクトショップ的にコンセプトをまとめて余裕の有る感じにして、ゆったりと楽しめる空間にするのも良いかなとは思う。売り場面積はエントランス側を侵食すれば広げられるので、将来的にはもう少し広げても良いかな。タロとヒメも毛皮の匂いを嗅ぎながら不思議そうな顔で帰ってくる。
『まま、いのしし、ない』
『ぱぱ、たべる、ない、くさい』
イノシシの匂いはするけど肉の香りはしないと。鞣しの工程で付いた匂いもあるのか、早々に退散して来る。鼻先をぶるぶるして、嫌々みたいな表情をする。
抱きしめてあげると、クンクンと匂いを嗅いで、少し固まった体が解れる。
『まま、いいの!!』
『ぱぱ、すき』
頭を撫でると機嫌が戻る。また颯爽と歩き始める。
「さて、次は遊戯室かな」
「はい。送って頂いたバガテルも、配置を完了しております。ルーレットでしたか? あちらは随分土台を気にしていたようですが」
「水平が取れないと出目が片寄るからね。その日の天候次第でも微妙に変わる。それはディーラーの方にも伝えたと思うけど」
「実際、練習をしていてもその傾向は出ていますね。雨の日には特に片寄ると、嘆いていました」
「はは。と言うか、その辺りも任せちゃって申し訳無い。出来れば専任に人を置きたかったけど、丁度良い人材がいなくて」
「では、参りましょうか」
テディの先導で、遊戯室に向かう。豪奢に飾り付けられた扉を開けると、そこは別世界だった。シックな赤をベースに染め上げられた室内は、やや淫靡な熱量を感じさせる。床も赤系にトライバルに近い紋様を染め上げた物を敷き詰めている。
「雰囲気は出ているね」
「使用人は疲れると言いますが。確かにずっといると疲労は感じますね」
「常時興奮状態だからね。蝋燭の明かりが揺れれば余計に疲労は溜まると思う。人員の調整はどうかな?」
テディが若干目を細めながら、頷く。
「はい。夜間営業ですので、三交代を基本としております。長く対応していると集中が続かないと言う意見をもらっておりますので」
「うん、その方が良いと思う。その為にそこそこの人数を用意したしね。儲けの率はどんなものかな?」
問うと、テディが若干微妙な顔をする。
「お客様側が慣れていなければ八割ですね。このままだと、毟る一方になります。やはりお話頂いた通り、初めてのお客様には補助が付いてある程度の説明は必須ですね」
「うん。そう言うコミュニケーションは重要だと思う。楽しんでもらわないと意味が無いしね。そこまで阿漕にここで儲ける気も無いし。あぁ、チェス用のテーブルも結構置いてくれたんだ」
「そうですね。賭け事をしたくない方の為、同行者の方が暇にならないようにリバーシやチェスを置くと言うお話でしたので」
「ここで心を許して明るく楽しく会話が弾むようなら良いね。別室への誘導の件は?」
「はい。それも様子をきちんと確認し、大勝ちしているお客様と大負けしそうなお客様を誘導するように教育致しました。お酒を飲まないお客様でも、ゆったりとお茶を楽しんで頂けるよう調整しております」
「良かった。まだまだ遊具は増えていくしね。習熟もしてもらわないといけないし、この布もどんどん後退していくんだろうね」
「そうですね。人の教育は若干時間がかかりますが、面白いと感じます。儲けに拘らず、お客様の楽しみを前提にするならば良い設備と感じます」
「あまり本業以外で儲けるのはやはり嫌かな?」
「いえ。楽しむ事にお金を費やすのは当たり前の事です。ここでは偶々、儲けが出るだけの話です。楽しんで儲けが出れば尚良いと言う印象です」
「そっか……。あまり無理はしないで欲しい。意見の相違を持ったまま仕事をするのは本意では無いから」
「はは。男爵様も心配性ですね。私も元々王都の下から始めた身です。汚い世界も垣間見てきました。そう言う意味では、この程度、綺麗な物です。どうぞその思いのままにお進み下さい」
テディが優しい微笑みを浮かべて軽く目礼をする。
「分かった。後はバガテルが数台は入る予定だし、トランプの量産も進んでいる。リバーシはロスティー公爵閣下に販売したが、チェスはこっちの儲けだからね。なるべく知名度を上げて売っていきたいね」
「部屋の方にも遊び方と一緒に、配置しておりますので目敏い方は買っていかれるでしょう」
「そう願うよ」
ふと下を見ると、蝋燭が揺れる中、やや仄暗い遊戯室の中で、タロとヒメの瞳が爛々と輝いている。最近暗くなると寝る子達なので、こう言うのを見ると、あぁ狼なんだなとは思う。
「部屋関係までは大丈夫かな?」
「はい。そちらは前にご覧頂いた状況から大きくは変わっておりませんので」
「うん。なら大丈夫かな。ありがとう。やはり、テディに任せて本当に正解だった」
「いえ。男爵様のあのお言葉が無ければ今でもトルカで燻っていた身です。感謝の言葉は私こそです」
そう言い合い、笑い合う。本当に良い人だよ。幾らありがとうと言っても足りない。
「ここからきっと、この国の歴史は変わる。その岐路に今私達は立っている。頑張ろう。成功は前に進む者にしか与えられないのだから」
「はい。この身の限り、頑張ります」
強く握手を交わす。やはり少し、瞳が濡れている。はは。涙もろいのも感受性の強さの証拠なんだろう。期待している、テディ。
「さて、約束していたから、二匹をちょっとお風呂に入れて来るよ」
「分かりました。他の皆様は別途歓待しておきますので、ごゆるりと」
「ありがとう。戻ったらエントランスで寛いでおくよ。じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃいませ」
テディに見送られながら、遊戯室を出る。そのまま中庭の方に出ると、二匹も匂いで思い出したのか興奮し始める。さて、また一緒に入らないと駄目かな。