第476話 あばらの軟骨のくにゅくにゅした食感が好きです
アレクトリア達がクロッシュを開けた瞬間、笑いをこらえるのに必死だった。
「こちら、男爵様のうどんをアレンジした物です。スープと一緒にお召し上がり下さい。上に乗っておりますのは赤ワインで煮込んだ、豚のアバラになります」
皆がへーと言う顔で見ているが、駄目だ、紅ショウガが欲しい。これ、沖縄そばじゃん。うどんからラーメンに飛ぶのかと思ったら、変化球が来て本当に驚いた。
「黄色いのは卵かな?」
「はい。うどんでしたら、卵は入りませんが、男爵様のレシピに卵を混ぜる麺の事も記載されていました。実際、王都でもノーウェティスカでも卵を入れる麺の方が一般的でしたので」
パスタモドキも黄色かったし、つなぎに卵を入れる方が一般的なのかな。喉越しも良くなるし。しかし、あの少ない記述でよく辿り着いた。縮れさせた方がスープに馴染むって書いたら、きちんと揉んだんだろう、麺も縮れている。
「我が家の料理人自慢の一品です。では、食べましょう」
そう告げると、皆がわっと丼に飛びつく。うどんに合う皿は無いかと聞かれたから、ラーメン丼を作ってみたけど、制式になってしまった気がする。焼き物の窯もそろそろ出来上がるようなので、色々と皿や椀も作られるだろう。ただ、今は瓶とかの生活必需品からかな。大きいので中々物を運んで来てくれない。
いかんいかん考え事をしていると伸びてしまう。急がせる理由もわかった。
まずは、スープの香りを嗅ぐ。鰹出汁が無いので、昆布とイノシシの骨の出汁の混合なのだろう。あの鰹の強い香りは無いけど、昆布の優しい香りがほのかに漂う。一口啜ると、イノシシの出汁が濃厚に、その後に昆布の香りが追ってくる。味付けは塩とラードか。態々塩だれまで作ったのかな……。あぁ、あの計量していたのはこれか。塩味の強いスープに香草の香りが混じり、何ともふくよかな香りが広がる。チェーンの豚骨ラーメンのあのギスギスとした食べなければならないと言う脅迫に近い暴力的な香りでは無く、自然と体に入れたいと思わせる優しい香りだ。
箸で麺を摘まんで軽く啜る。麺そのものがまだ流通していないので、食べ方にマナーは無い。皆はフォークでくるくる巻いて食べているが私は啜る方が楽だ。縮れた麺がスープと良く馴染み、ふんわりした卵の香りと相まって独特の甘みを感じさせる。麺はもちっとした中にシコっとした部分としゃっきりした部分を併せ持つ。歯応えも官能的だ。
ソーキに関してだが、赤ワインと砂糖、魚醤で柔らかく煮られており、ソーキでは無いのだが、どこかソーキの雰囲気を感じて面白い。時間がかかっていたのはこれなのだろう。あばらの軟骨も柔らかくくにゅくにゅと噛み千切れる硬さになっている。
「お肉の軟骨だけど、お肌に良いから美容にも良いよ」
そう言ってみると、女性陣の目の色が変わる。良く分からず、残していたラディアも言われて食べて、食感が気に入ったのか、にこにこと食べている。
食べていると、全体でみると全然違うのだが、どことなく沖縄そばで、郷愁にかられる。あぁ、懐かしい。
「これは、前の味噌粥でしたか? その際も思いましたが、満足感が強いです。お肉も優しく、それでいてはっきりとしています。本当に男爵様の料理人は優秀なのですね」
ラディアが言うと、アレクトリアが誇らしげに微笑む。
「そうですね。創意工夫を忘れず、食べる人間の為を思ってくれる。まだまだ暖かくなってきたと言っても春先です。温まりましたか?」
「はい。主食と一緒にスープを頂くのは斬新です。粥とはまた違って、独立して楽しめるのが嬉しいです」
「喜んで頂けてなによりです。では、少し休んで、視察と参りましょうか」
皆が食べ終わって満足しているのを横目に、告げる。
各部屋に分かれて入ると、リズがでーんとソファーに寝転がる。
「ふふ。満足。美味しかった」
私は預かったタロとヒメの昼ご飯を待て良しであげる。
「私も驚いた。レシピには断片的に書いていたけど、実際に作るとは思っていなかった」
「アレクトリアさんも頑張り屋さんなんだね」
「少し、張り切り過ぎな部分は有るけどね」
苦笑を浮かべると、上体を起こし、リズが頭を撫でて来る。
「領主が頑張り屋さんだと、使用人もそうなっちゃうのかな?」
「私は頑張っていないけどね」
「頑張っている人は皆、そう言うよね」
リズが微笑みを浮かべながら、よしよしと撫でてくる。
「テスラは迎えの準備で忙しそうだから、レイが馬車を出してくれるかな……」
「テスラさんにはちょっと申し訳無いね」
「うちの話だからね。騎士団からも護衛を付けたから、安全には問題無いけど、私事だからね」
「でも、領主夫人の両親の送迎だから、名誉?」
「そう言う事にしておこう」
そんな話をしていると、ノックの音が聞こえる。馬車の準備が整ったようだ。二人で玄関まで向かうと、レイが馬車の前で待ってくれている。
「騎士団の方は大丈夫?」
「はい。カビアと調整の上、騎士団、軍共に調整済みです。騎士団側は少し窮屈な思いをするかと思いますが、最終的には上位として動かなければならない身ですので。早めに慣れてもらいます」
元々の上司なんてのがごろごろいるんだからやり辛いか。まぁ、それでも今の上は現役の方なんだから、頑張ってもらうしかないか。
「では、歓楽街のざっとした視察と、温泉宿ですね」
「よろしく頼むね」
「畏まりました」
レイと話していると、皆も集まってくる。ラディアも身長が合っているティアナから服を借りたのか、ラフな格好になっている。
「えと、失礼かと思いますが……」
「いえ、良くお似合いですよ」
「そんな……ありがとうございます」
恥じらいの顔を返してくるラディアの見えない位置から、ずるずるとリズが引っ張ってくる。お世辞でも駄目かぁ。難しい。
「褒め過ぎ。あまり度を超すと口説いていると思われるよ」
「そんなつもりは無かったんだけど」
「通用しませんー」
耳元でリズが呟いてくる。
「さて、じゃあ、視察に向かうとしようか」
おーっと女性陣が元気よく声を上げる。分かっていないラディアはきょとんとしている。男性陣もマッサージを期待しているのか嬉しそうだ。レイもそんな皆を温かい笑顔で見守っている。
馬車に乗り込み、一旦中央に向かう。
「しかし、都市の設計が見えません。かなり無駄が多いかと思いますが……」
ラディアが窓から外を見ながら、呟く。
「現状は人の数が少ないので、かなり無駄ですよ」
「これで……少ないのですか?」
少ないと言っても一般の町と比べれば匹敵するところまでは増えてきている。一時滞在者も合わせれば結構な規模だ。
「はい。元々の設計はもっと大規模なので。それを収めるには箱が小さすぎても駄目ですので」
「成程……。先を見てのこの余裕なのですね」
「ノーウェ子爵様からその辺りの話しは伺っていないのですか?」
「ノーウェ子爵様は、色々と学ぶ事も多いと……。そうですね。男爵様とお話していてもそれは感じました……」
んー? 報告の時も何だか妙な挙動が有ったが、それか?
「あぁ、あれが中央庁舎ですね。政務の中心です」
「面白いですね。領主館が北側に位置するのに、政務が独立して機能すると言うのも」
「領主は決裁がお仕事ですからね。吸い上げる場所と割り切って、ある程度の権限を委譲してしまえば独立していても困りません」
「なるほど……。ノーウェ子爵様も現場に仕事を任せる方ですが、もう少し先を行っている印象でしょうか」
「仕事を型に嵌めると言う段階が必要です。それは新しい町だからこそ出来る話でも有ります。一概にノーウェ子爵様の問題と言う訳では無いですよ」
微笑みながら言うと、ラディアが安心した顔になる。
雑談をしている間に、中央を抜けて、西側へと移動する。
「ここの道路は面白いですね……。描かれている線に沿って走れば真っ直ぐ目的地に辿り着けます。交差点でも、殆ど馬が待つ必要が有りません」
「その辺りは工夫しましたから」
ラウンドアバウト型の交差点は流石にこの世界には存在しない。この概念は日本でもそうは無いので、そう言う意味では現実的に使いやすいと言われると嬉しい。
「こう言う建物や、道路に関しては、やはり新規で作れる方が強いですね。一度作ってしまえば中々変えにくい物ですし」
ラディアが少し悲しそうに呟く。
「それを考えてもしょうがないですよ。利点が無ければ新しい町なんて出来ませんしね」
そんな話をしながら、西門を抜けて、北側に向かって進む。街路樹も根付き、春の空気と日差しの中、青々とその枝葉を伸ばし始めている。
「この町は自然が多いのですね。自然が多いと言うより、人にとって幸せな形で自然が有ると言うのでしょうか……」
公園の重要性や、緑との触れ合いは日本でも大きなテーマだ。防災の部分も有るので、かなり細かく調整はしている。
「火事などの際にも逃げ場が必要ですし、あまり密集させると、燃え広がるのも早いですし、被害も大きくなります」
「そのような事まで考えての設計なのですね……。勉強になります」
「土地が余って、予算が余っているが故に出来る事です。あまりお気になさらず」
そんな調子で話していると、歓楽街が見えてきた。近くにあるのに、用事が無いと中々いかないので、久々な気分だ。さて、温泉宿の方はどうかな。テディの話を聞きたいな。