第475話 アストとティーシアの準備が整ったようです
アレクトリアに伝えていたからか、埃を被らないようにクロッシュを被せてくれている。開けてみると大分水分が抜けて、布がびしょびしょだ。触れると、かなりしっかりしている。もう一回かな。クロッシュを被せてくれるなら中に氷でも入れておけば腐敗は大丈夫かな。鼻を近づけても匂わないし、そもそも塩でコーティングしているから大丈夫だとは思うけど。その辺りの料理人に皿を貰って、布巾を新しい物に交換し再度塩を振りかけて巻き直す。もう少し水分が抜ければチーズ代わりかな。バジルも去年の分を乾燥させて保存している。調味料も作れそうだし。夜にでも出して、反応を見てみよう。
周囲を見ていると、作っている物は何だか単体のスープと言う感じでは無い。何だか、ラーメン屋とかの工程を思い出すんだけど、聞いてみてもアレクトリアに聞いてくれって言われる。探してみると、奥の方で何かを調合していたので近付くと、ばっと振り返る。
「なんだ、男爵様ですか……。驚かさないで下さい」
「いや、ただ近付いただけだけど、何をしているの?」
「頂いたレシピを元に、昼に出す物の味付けの調整をしています」
んー。計量が必要な程細かいスープってなんだ……。
「何を作っているの?」
「うどんですよ」
うどんかぁ。でも、なんでうどんにこんなに手間がかかるのかが良く分からない。聞こうとしても、何かニマニマしているから、まぁ、任せてみようかなと。
「分かった。楽しみにしているけど、少し遅く無い?」
「もう少しで出汁が取れます。お風呂に入られているのですよね。上がられて、少し休まれた程度のタイミングで出せるよう致します」
「分かった。じゃあ、私も後でお風呂に入ろうかな」
「いってらっしゃいませ」
アレクトリアに送られながら、厨房を出る。
部屋に戻って、書類をまとめていると、構ってオーラを全開にしたタロとヒメが近付いて来るので、膝の上に乗せると嬉しそうにクンクンと色々な場所を嗅ぎながら、くるりと丸まる。くてんと机の上に顎を乗せて、こちらを覗き込んでくる。頭を撫でると二匹共嬉しそうな顔になる。そのまま書類を読みながら書いていると、ペンの動きに合わせて目線と顔が動くのがちょっと面白い。猫とかなら手が出るのかな。
何件か処理を終わらせると、ドアがノックされる。返事をすると、リズがほかほかした状態で入ってくる。
「さっぱりしたー。あ、手紙預かったよ」
リズが封書をぴらぴらしながら渡してくる。封印はノーウェの略式紋章か。差出人が無いと言う事はトルカの誰かがノーウェの屋敷に頼んで送った物かな。
「ありがとう」
受け取って、中を開ける。見覚えのある字だ。これ、ティーシアの手紙か。時候の挨拶からアテンと奥さんの引継ぎが終わったから、移動が可能になった旨が記載されている。荷物は大部分を置いていくので、出来れば『リザティア』で揃えたいけど、買えない物が有るなら調整すると書いている。
「アストさんとティーシアさんが来る準備が出来たって。荷物で引継ぎした物で揃えられない物って有りそう?」
そう言うと、リズがやや嫌そうな顔をする。両親なんだから喜んだら良いのに。最後の方の叩き込まれた記憶が鮮明なのかちょっと苦手な顔をしている。
「お父さんとお母さんかぁ。会いたいけど、怒られそうで何かやだ。でも機織り機とかこちらでも買えるよね」
「デパートで扱ってたし、大工に頼むのも可能だよ」
「んー。揃えて来るより、こちらで新調した方が早そうな気がする。もう、お母さん、こっちに来て何をする気なの……」
「アストさんも、ティーシアさんもこっちがどうなっているのか良く分かっていないから。出来たばかりの村を想像しているんじゃないかな」
「トルカと言うか、ノーウェティスカと比べても発展し始めているのにね。迎えに行くの?」
「んー。温泉宿の開店を二十一日辺りで想定している。迎えに行っていると、ぎりぎりかな。少し無理すればいけるけど」
「兄さんに会った事も無いしね。でも、温泉宿の方が重要じゃないかな。トルカはいつでも行けるよ」
「不義理にはなっちゃうけど、そうしようか。家具なんかはこちらの据え付けの物を使ってもらえば良いし、お気に入りの食器とかかな持って来るのは」
「テスラさんに馬車で迎えに行ってもらうのが一番早いのかな。前の馬車でも人間二人分の荷物くらい乗せる事は出来るだろうし」
「じゃあ、一筆書いておくよ。向こうでアストさんに渡してもらって確認してもらえるようにしよう。用意や買いだしもあるし、出るのは明日かな」
「急ぎの旅じゃないし、良いと思う」
用意しないといけない物を二人で相談して、納得いったところで、お風呂に向かう。脱衣所にはロットとカビア、レイの服が入っている。ドルはまだネスの所かな?お昼も向こうで食べるのだろうか。興が乗ったら動かないだろうし、一回作り始めたら切りの良いところまでは仕上げちゃうだろうし。
浴場に入ると、皆もう湯船に浸かっていた。手だけ振って、さっと頭と体を洗う。ざぱっと湯船に浸かり、ふぅと溜息を吐く。
「お疲れですか?」
ロットが声をかけてくれる。
「そこまでは疲れていないけど、煩雑なのは増えているからちょっと面倒かな。それより訓練の方は如何かな? 騎士団の方もそうだし、ラディアさんもそうだけど」
「騎士団の方は精強と言うのは伊達では無いです。あそこまで鍛え上げるにはまだまだかかるかと考えます。ラディアさんには驚きました。まだ若そうですが、あの動きと判断能力には敵いません。大人と子供みたいなあしらわれ方です」
『認識』先生に聞いてみるが、ロットのスキルもグンっと上がっている。やっぱり、強い人、目標となる人と訓練をすると成長は早いか。
「レイの方は再編に関して問題は有る? ちょっと別件が有ってテスラにお願いしたい事が有るのだけど」
「再編の方は順調ですね。元々引退と言っても年齢が問題だっただけですので、体の方は動く人間ばかりです。基本的に第二の人生を歩める余裕を想定して軍も引退させます。その分はこちらが支払う給料が高額なので、その金で次の人生を考えると言う人間なので士気も高いです。指揮系統はある程度掌握出来ましたので、今後の運用をどうするかの段階ですね。今は競馬場で団体での行動を訓練してもらっています」
レイが額の汗を拭いながら言う。
「前に言っていた重装部隊の抽出が課題と言う訳か。でも、そこまで進んでいたら自分達で課題を作って訓練と言うのは可能なのかな?」
「元々ロスティー公爵閣下やノーウェ子爵様の配下の兵です。騎士長を務めた人間もおりますので、一旦は任せてしまって、再掌握と命令系統を叩き込ませると言うのが先です。そう言う意味では、このままある程度の期間任せる方が良いかと考えます」
「じゃあ、出たり入ったりで申し訳無いけど、御者はお願いして良いかな。十日程だと思うけど」
「はい。その程度の期間であれば、逆に現場もこなれてくるでしょう。カビア、調整をお願い出来るか?」
「分かりました。政務の方とも合わせて調整をしておきます」
レイが問い、カビアが頷く。じゃあ、軍の方はこれで終わりかな。クロスボウは量産さえ出来れば配布と訓練か。自衛隊の銃管理関係の資料をもう一度読み直しておこう。
「前に言っていた新兵器も形になりそうだから、その運用も合わせてになるね。その時はよろしく頼むね」
そう言うと、皆が頷く。町開きが終われば、オークの様子見かな。冒険者ギルドと軍の斥候がどこまで結界を張っているかに寄るけど、早いところ情報だけでも欲しい。
ぶくぶくとお湯の中で溜息を吐きながら、風呂を上がる。風に当たって汗を引かせてから部屋に戻ると、リズがタロとヒメと一緒に遊んでいる。フリスビーの投げ方を覚えたのか、部屋の中でも緩やかに投げて、二匹が大興奮で捕まえに行っている。
「あ、おかえり」
「ただいま。それって、人と人でも遊べるから、どこかで時間を見つけて遊ぼうか」
「うん!!」
満面の笑顔を浮かべてリズが答える。
タロとヒメを抱きしめて、ソファーで雑談をしていると、ノックの音が聞こえる。お昼ご飯が出来たらしい。少しお急ぎをと言われた。何を作ったのか……。急かされるなんて初めてだ。
食堂に向かうと、皆席に着いている。
特にラディアが満面の笑みを浮かべている。
「お風呂は如何でしたか?」
「良かったです。苦しさは無いですし、石鹸ですか? あれで髪や体を洗った後のさっぱりした感触はもう堪りません。それに上がった後、鏡を見てみましたが、こんなに私の肌って澄んでいたんだと驚きました。これは良い物です。ノーウェティスカでの建設が楽しみでなりません」
「そうですか。もしよろしければ午後は温泉宿の視察を計画しております。そちらも試されますか? 肌に良いサービスもありますが?」
そう言うと、女性陣の目の色が変わる。エステが受けられると、期待にはちきれんばかりになっている。
「面白そうですね。是非ご一緒させて下さい」
そんな雑談をしていると、アレクトリア達がワゴンを押してくる。さて、お昼ご飯かな。