第472話 農業に関して言えば結果が出るまで時間がかかるのでまずは様子見です
玄関から出ると、既に馬車の準備を整え、待ってくれていた。
「食後で申し訳無いけど、頼めるかな」
「いえ。お気になさらず。もうこの時間ですと農家の方々は畑に出ているかと思いますが」
「だろうね。畑側に回してもらえるかな」
「分かりました。西門側から出ます」
テスラがそう言うと馬車をロータリーに沿わして、反転させる。そのまま領主館を抜けて、一旦政庁の方に向かう。中央で曲がって西に出る経路かな。
町の道路も歩く人がそれなりに増えてきた。徐々に移住が進んでいる。箱と店だけを作っても、住人が増えないと意味が無い。現在商家関係は絶賛人不足なので、雇用も売り手市場だ。出店に関してはカビアとフェンがかなり厳選して調整してくれている。そう言う意味では、店を開店するのはそれなりにハードルが高い。その為、店を出すつもりで来ても無理と言うケースが少なからず存在する。その場合は、一旦他の商家の雇い人として働く形になる。ただ給料も高いので殆ど不満は出ていない。若干出ているのは、旧態依然とした小さな総合商店系の商家だろうか。今後コンビニを考えるなら機会も有るかなと思うが、中途半端な規模の特色がはっきりしていない店を出しても、早晩潰れる。まず、東の果てと言う事で、物流がまだ安定していない。なので、仕入れそのものが難しい。周りは特化型の専門店か、大規模なデパート、スーパーだ。一つの店舗で相手をするにはちょっと手強過ぎる。
スーパーに関しては、まだ市場を一つの建物に集めましたと言う程度のスタイルだが、主婦層からはかなり人気が高い。場所は中央に近くなるので遠い人間にするとちょっと遠出が必要だが、行けば一式揃うと分かっているので、楽しそうに通っているようだ。またトルカに住んでいる時に思ったが、お惣菜を売ると言う発想が無い。出来合いのおかずだけを販売と言う概念が無いのだ。周囲の村、町だと出来合いの物は食堂や屋台で食べれば良いと言う感じだが、家でゆっくり食べたいと言う意見も強い。また、夕ご飯に一品増やしたいとか、新しい味を楽しんでみたい、手間を減らしたいと言う独身の職人層や奥様層のニーズに合致して新しい概念だが、かなりの売り上げを上げているらしい。
スーパー系列は、全体的に純利益を少し犠牲にして薄利多売をお願いしているのも有るが、庶民の台所としての認知度はどんどん上がっている。もう少し町全体の人数が増えれば、スーパー側も少し高級路線に変えても良いだろう。今は、移住にかかった費用を回収してもらわないといけないので、調整しているが根付いてきたら、そこまでの援助は必要無い。金回りが良いから、すぐに元の資産までは戻るだろうし、貯金も出来るだろう。後は今後新規で移住してくる人には個別で調整すれば良い。
そのまま中央の方まで出ると、かなり華やかな状況になっている。機を見るに敏な商家の連中がデパートにこぞって仕入れに来ると言う訳の分からない状況になっている。確かに王都レベルの品を扱っているので、王都に行くのを考えれば少々高くてもここで買って各地に転売すると言うのも有りかなとは思う。デパートも出店数が増えてきているし、面白い店も増えているらしい。最上階のレストラン階も噂を聞いた名の有る料理店が出店の打診を送ってくる。これに関しては、ノーウェの諜報とも調整しながら、判断している。ただ、今後国の食文化の中心になりそうな気はする。レシピの公開はアレクトリアの判断を待つ事にしている。歓楽街との兼ね合いも有るので、簡単に開示出来ないのがじれったい。ただ、食文化の最高峰は温泉宿と言う図式は崩したくない。あそこで食べた料理を劣化再現しながら、先に進んでくれればとは思う。それだけの気概がある新進気鋭や老練な店が軒を連ねる。
中央を抜けて、西側に進むと、閑静な住宅街が広がっている。ここは歓楽街に続く道なので、住宅地にちょこちょこと品の良い食堂が出ていたり、路地裏に上品なレストランが有ったりと、中々面白いらしい。私が楽しんでいないのに、どんどん使用人達が楽しむのはどうかと思うけど噂を聞くとそんな感じだ。住宅街に住むのも政庁関連の職員が多い。歓楽街で温泉を楽しんで、家に戻るのが楽なのと、政庁に出るのが楽と言う理由でどんどん家を建てている。普通こう言う町の作りだと北側が高級住宅街になりそうだが、事情が分かっている職員達がさっさと良い場所を買っている。職権乱用とは言わないが、欲望には忠実だ。でも町作りで頑張ってくれているので、この程度の役得が無いとやっていられないだろうとは思う。
西門を抜けて、歓楽街とは逆に南側への道に出る。途端に牧歌的な雰囲気に囲まれる。畝を作った畑が延々と広がり、それ以外は草原が広がる。危険な生物はほぼいない。コヨーテモドキは出るらしいが、十等級が狩ったりしている。お小遣い稼ぎの相手になっているようだ。生態系的にもウサギやネズミなどが増えそうだが、それは逆に人間が狩って食卓に並べる。草食や虫が主体なので、毒も無い。病原にもならないので、農家の人達も積極的に狩っては食卓に並べているらしい。ウサギに至ってはかなりのご馳走だ。草原で運動して、豊かな植物を食べたウサギは丸々と太り、脂も乗っていて美味しいらしい。政務が農家の方に行くと振る舞われるらしく、それを聞いて羨ましいなと。あの甘いお肉が食べたい。
そんな事を考えていると、農地の真ん中の方まで出てくる。周囲を見ると春になって育ち始めた雑草を抜いている農家の人々がこちらの馬車を眺めて、ざわめいているようだ。でかでかと略式紋章を描いているから誰が来たかは一目瞭然だ。
馬車を降りると、壮年の男性が近付いて来る。
「領主様ですか? 今日はまた、どのような用事ですかな?」
若干緊張気味なのは、警戒の表れなのだろう。
「おはようございます。あまりお気になさらず。町作りの傍ら、農家の方々には無理ばかりお願いしております。その様子見で今日は来ました」
そう言うと若干警戒が解ける。
「そうですか。それはご丁寧にどうも。頭を張っているギリスと申します」
「初めまして、ギリスさん。今後ともよろしくお願いします。春小麦の調子はどうですか? 時期がギリギリで冷や冷やしていたのですが」
「時期的には間際でしたが、牛鍬でしたか? 耕す時間がかなり軽減出来たので、間に合いました。しかし、畝ですか? あれの意味が分からないですし、植え方も穴を掘って数粒ずつ植えていくと言う手間のかかる話でしたが……」
そりゃ、畑を耕したら、種をファッサーの世界だ。意味不明だし、手間だろう。
「畝に関しては、植物の根が自由に張れる範囲が広くなります。高い分、下側に進めると言う事はその分養分を吸収しやすいと言う事です」
そう言うと、ふむふむと言う顔でギリスが頷く。根が植物に取って重要なのは経験則で理解しているのだろう。
「また穴を掘って数粒ずつ植える理由は、刈り取りが容易になるのと、麦同士が支え合って倒れにくくする為です」
「でも養分を奪い合うんじゃないんですか?」
「その為に、追肥と言う形で、養分を足します。時期が来ればまたお願いすると思いますが、鶏糞や牛糞を発酵させた物などですね」
「耕す時に混ぜ込む事は有りますが、途中で足すと言うのは聞いた事が無いです」
「土の中の養分も限度が有りますから、ある程度成長した段階で、養分を足してあげるのも必要です」
「ふーむ。その辺りは分かりかねます。ただ、領主様の指示とあれば対応致します」
「信じられないようでしたら、畑を半分にして、足した物と足さなかった物に分けて、検証しても良いと思います。まぁ、まだ土自体が新しいので滋養に富んでますし、そこまで差が出るかは怪しいですが」
「確かに、ここは良い土です。水はけも良いし、適度に保水もしてくれる。あまり水はけが悪いと枯れますので、そこには安心しました」
牛鍬でかなり深くから耕したので、ふわふわだ。それにある程度下は粘土層なので、保水も出来る。
「また、その辺りはお願いすると思います。後、畜産の方までお願いしていますが、手は足りていますか?」
牛、豚、羊、ヤギ、鶏に関しては、農家の方で世話をお願いしている。町中に畜舎を建てようかと思ったが思った以上に反対意見が多かったので、しょうがなく畑の南側に畜舎を建てた。最近食卓に卵が出るのはここの鶏の御蔭だ。
「嫁や子供達が世話をしています。本当なら、嫁も子供も仕事の無ぇ生活ですが、現金収入になると喜んでいます」
一番きつい耕す部分を家畜の力で軽減した。種蒔きは棒を刺して、種を入れていくだけ。かなり省力化されている。その分、畜産に人手を割けているようだ。
「鶏はありがたいですね。町の方でも潤沢に卵が出回り始めているので、料理の幅も広がっています」
「いやぁ、この規模で家畜を育てると言う発想自体無ぇですから。それに人が住んでも良さそうな立派な畜舎です。あれなら冬も越せそうです」
ギリスが、にこやかに言う。通常、冬前に家畜は潰す事が多い。比較的冬に強い羊やヤギでも冬場のたんぱく源として潰される数が多い。
「そうですね。出来れば産めよ育てよで増やしていきたいですね。その辺りはお願い出来ればと思います」
「分かりました。冬も見込んでの話なんですね。冬場は仕事も中々難しいので、手が空かないのはありがたい話です」
「その上で何か困った事は有りますか?」
「いいえぇ。水路まで引いてもらっているんで、水やりもほとんど苦労も有りません。正直こんな楽な農作業は初めてで、皆、戸惑ってます」
「あはは。その辺りは設計段階から、楽になるようにしていますから。今後の作物の出来で、町の行く末も決まります。どうか頑張ってもらえればと思います」
「そりゃぁ、もう。それが仕事ですから」
「安心しました。そうそう、小麦以外の植物はどうですか?」
「頂いた種は時期を見て蒔いています。ただ、知らない種も有るんで、ちょっとそれに関しては、今後様子を見ながらになります」
若干戸惑った顔で答える。荏胡麻とか珍しい系の種も渡している。
「はい。その辺りは農家の勘に頼る部分かなとは思います。植える時期を聞いている物は良いですが、種だけ貰ったのも有るので、その辺りは試行錯誤しましょう」
そう答えると、安堵の溜息が返ってくる。
「これからも何か小さな事でも結構です。要望も含めて上にあげて下さい。困り事に関しては解決していきたいとも考えていますので」
「ありがたい話です。実り豊かにする為、そこはお力をお借りする事にします」
「はい。是非に」
そう言って、握手を交わす。その後は今後の作物や畜産の計画に関して、細かい話を雑談で続ける。最終的には不安が払拭されて、譲歩と言うか手伝ってもらえると聞いて安心したのか、ギリスが上機嫌で畑の方に戻っていく。この調子なら様子見で大丈夫かな。変に頑固な人じゃ無くて良かった。また、麦踏の時とか追肥の際には顔を出さないといけないかな。後は桶に水を汲んで、ひしゃくみたいなので水を撒いている。天秤棒も開発されていないのはちょっと切ない。さっさと天秤棒と釣り桶を大工の人に頼むようにしよう。
そう思いながら、馬車に乗り込む。まだ、芽が出たばかり程度なので手を出せる事も無い。今日は顔つなぎが出来たと言う事で良しとしよう。
話し込んでいる内に時間も結構経った。お昼には少し早いかな。戻って丁度くらいか。テスラに慌てない程度に領主館に戻ってもらう事にする。