第471話 ミーアキャットが立っている姿って可愛いですよね
頬に濡れたくすぐったさを感じて目を覚ますとベッドの端からタロとヒメがぽてっと乗りかかり、顔を舐めていた。珍しい、早起きさんだ。時計を見ると、いつもより少し寝坊かな。それでも二十分ほどだ。あー。食事の用意を考えれば、いつも朝ご飯をあげている時間帯になるのかな。
『まま!!ごはんなの!!』
『ぱぱ、おなか、ない』
ひゃんとわふっと、双方共に飢えを訴えてくる。苦笑を浮かべながら頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。
「ごめんね。もらってくるから少し待っていて」
ベッドから起き上がって扉に向かうと意図を理解したのか、嬉しそうに箱の方に戻る。
廊下の窓を開けて外を覗くと澄み切った青空が白々と輝き始めている。四月十三日は晴れか。雨の合間と言っていたが、少し続いてもらえるとありがたいかな。外出が増えそうだし。
厨房からは、香ばしい香りが漂っている。鳥を焼いている香りかな。
忙しそうに行きかう料理人に手を振ると、気付いてくれた女性が頷きを返してくれて、そのまま奥に向かう。
「今日は鳥ですね。ウズラがそこそこの数獲れたようです。領主様のレシピに書いておりました肉団子ですか。大きな骨は出汁に、肉団子と卵のオートミールの予定です」
「ラディアの体調を心配しているのかな。でも良いね。朝は優しい物を食べたいよ」
「そう仰って頂ければ幸いです」
軽く目礼の後に、鳥を捌いた物とモツの皿を差し出してくる。
「ありがとう」
軽く微笑みながら感謝を述べると微笑みを返してくれる。刹那キリっと表情を直し、颯爽と激戦の地に戻って行く。
部屋に戻ると、箱の中から壁を支えにミーアキャットみたいにタロとヒメが立ち上がってこちらを覗いている。
「ごめん。お待たせ」
そう言いながら、皿に移し替え、待て良しをして差し出す。皿を飛び越しそうな勢いで齧り付き、咀嚼する。
ベッドではリズがふにゃっとした顔で眠っている。頬を撫でると、もっと顔が崩れて幸せそうな顔になる。耳元に口を寄せて、囁く。
「朝だよ、リズ」
少し離れて囁いた為か、いつものように大きなアクションは無く、薄く瞼を開けると満面の笑みを浮かべる。
「ヒロ……好きよ……」
「私もだよ」
背中側に腕を通して、上体を起こす。すると、覚醒したのか、ぎゅっと抱き返してくる。
「私、寝ちゃっていた?」
「なんだか凄い格好で寝ていたよ」
「んー。起きておこうかなと思ったんだけど」
「良いよ。疲れている時は寝てしまって。待たなくても良いよ」
「むー。ヒロの顔、見ていたいもの」
「それは嬉しいけど、無理はしなくて良いよ」
そう告げて離れ様に、額に口付ける。リズがきゅっと驚いたように目を瞑り、微笑む。
「あ、ヒロ。ラディアさん、訓練に参加するって」
「あー。昨日の雑談でそんな事を言っていたかな。大丈夫なのかな。休んだ方が良いと思うけど」
「んー。逆に体を動かした方が調子が戻るって言っていた」
「そっかぁ。スタイル的にはロットが近い筈だから、教えてもらったら良いよ。かなり出来ると思う」
スキルの習熟度はラディアの方がかなり上だ。ロットだとちょっと相手には不足な程度には差が有る。特化型と言っても精兵に相応しい習熟度だ。
「そうなんだ。と言う事はティアナとかロッサもかな。手数の多い人を相手にするのは盾でもきついから、勉強になる」
「うん。色々教えてもらったら良いよ。無理はしないようにね」
「ヒロの今日の予定は?」
リズがくてんと首を傾げる。
「農家の様子を見に行きたい。色々無茶を頼んでいるのに、顔も出せていない。少し不義理だしね」
「忙しいね……。体、大切にしてね。ヒロに代わりなんていないんだよ……」
「ん。ありがとう」
少しだけ切なそうな瞳で呟くリズを抱き寄せて、口付ける。そのままパタンとベッドに倒れ込んだ瞬間に、扉がノックされる。朝ご飯が出来たらしい。
「残念……」
「朝からとか、しないよ!?」
リズが目を見開きがばっと振り向いて呆れたように言う。その顔がおかしくて笑うと、リズも笑い出す。ベッドからそっと降りて、手を差し伸べる。掴んだ手を引き、立ち上がらせる。
食堂に入ると、皆がもう席に着いていた。
「朝ですので、少し軽めとなります。昨日の晩と同じく粥ですが、そちらはご了承下さい」
少し大きめの深皿に、たっぷりと粥を入れてくれる。肉団子と春野菜、それにたっぷりのネギが散らされる。
「今日は訓練にラディアさんが参加下さるそうです。色々吸収してもらえればと思います。では、食べましょう」
匙で粥を掬い、口に含む。短時間だが元々小さなウズラだ。香り高い甘みのある濃厚な出汁が滋味深い味を舌に感じさせる。くどさは感じさせないのにコクが有り、深みを感じさせる。味付けは塩だけなのに、随分と豊かな味わいだ。香味野菜を大分一緒に炊いたようだ。ぷつぷつと大麦を噛み締める度に中から大麦の甘さと出汁が混じった物が飛び出し、面白い。肉団子を口に含み、噛んだ瞬間ぽんっと割れて肉汁が溢れる。中に何かを仕込んだ訳では無い。別に油通しをしてから一緒にしたのかな。周囲だけを固めて、肉汁を閉じ込めながらもゆっくりと出汁で炊いてうまみを吸わせると。中華の技法もレシピとしては書いたけど、吸収が良すぎる。噛む度に肉汁を感じながらも、ミンチにする時に軟骨も一緒に挽いたのだろう。コロコロと細かい物を噛む度にこりっとした歯応えを返して来て気持ちが良い。ネギの香りとの相性も良く、純粋に美味しい。
「本当に……美味しいです。オートミールなんて塩で味付けをした程度の主食と思っていましたが……。ここまで変わるのですね」
ラディアが顔を緩めながら、言う。
「肉団子が気持ち良いわ。これは悦楽ね……」
ティアナも肉団子を大絶賛だ。
皆も気に入ったのか、それぞれおかわりをしながら、食事も終わる。軽くお茶を楽しみつつ、今日の予定を改めて確認する。
「例の件ですが、継続中です。ほんまにおかしいので、少し研究者と相談をして来よう思います」
チャットが目を眇めながら、言う。私悪くないよ。
「前に言っていた盾の件と重装の件、作業を進めておく」
ドルが瞑目しながら言う。
二人はそれぞれ、別行動と。
「テスラは申し訳無いけど、馬を出してくれるかな? 農家の様子を見に行きたい」
「分かりました」
テスラが目礼を返してくる。
「レイはガディウスと調整して、例の件を進めて欲しい。カビアに再編案は渡している。で、出来れば重装兵の編成の際には一度確認させて欲しい」
『剛力』持ちを抽出したい。
「畏まりました」
レイが深々と頭を下げる。
「では、動こうか?」
そう告げると、それぞれが席を立ち、部屋に戻る。用意を始めるのだろう。私達も一緒に部屋に戻る。
重装の着付けを手伝い、リズを送り出す。
「頑張ってね」
「ヒロもね」
そう言って、微笑み合う。さて、牛鍬の調子も聞きたいしさくっと視察といくか。