第470話 子供の頃、よく雌豹のポーズのままで寝てしまっていたようです
ラディアが起きて用意をしているようだ。入浴について尋ねてみると、馴染みが無いので、湯で清めているらしい。もう少ししたら夕食なので改めて呼びに来てくれるそうだ。
「どんな人だったの?」
リズが、侍女が去った後に、甘えるように膝の上に寝転がり、見上げてくる。
「女性だけど、責任感の強そうな人だった」
「女性なのには余計じゃ無い? 私も女性だよ」
「そうだね、ごめん。それに兵士としての訓練も良く積んでいるんじゃないかな。きちんと自分の職務も把握していた。言っている事も納得出来る内容だったから頭も良い」
『認識』先生に聞くとスキルもかなり高い水準でまとまっていた。兵士としてはかなり有能なのだろう。
「ふーん。可愛かった?」
「んー。綺麗な感じなのかな。リズの方が可愛くて綺麗だけど」
「本当? 嬉しい」
むふっと言う顔で膝の上でころんころんする。うん、可愛い。やはりお世辞に慣れていないので素直に受け取ってくれる。純粋にそれが嬉しく愛おしい。
ふと足元に気配と言うかもつれるものを感じて下を向くと、タロとヒメがリズの様子を見て、我々もという感じで馳せ参じていた。
『まま、ころころ?』
『ぱぱ、ぽふぽふ!!』
リズも気付いたのか、下を見て笑っている。先程まで水を飲んでいたかと思うと、もうお遊びのおねだりとは。散歩も十分して、ご機嫌のはずなのに。
「ヒロ、ヒメ頂戴。私がみるよ」
「ありがとう、はい」
ヒメを抱きかかえてリズに渡す。リズが太ももの間に背中からぽふっとはめて、うにゅうにゅと挟んだり開いたりをしている。その度に上下運動するのと、背中を揉まれる感覚が好ましいのか上機嫌ではっはっと興奮している。
『まま!!まま!!』
ヒメが楽しそうなのが羨ましいのかタロが頭突きをしてくる。痛い。ぽふっとソファーに置くときょとんとした顔になる。あれ? 遊んでくれないの? 的な。
苦笑しながら、棚からブラシを取り出す。振りながら見せると、一気にボルテージがアップする。嬉ションはちょっと勘弁して欲しいが、大丈夫かな。タロを膝の上に乗せて、背中から少し強いかなと言う調子で梳る。ひゃふんみたいな変な声がタロの口から出る。優しく、大胆に全身を隈なく攻めていく。ホワンとした顔で舌を出して、伏せてぴくぴくしている。まだまだ修行が足りない。満足したかなと思って、膝から降ろすと一瞬かくっとなりつつも耐えてふらふらと箱の方に向かっていく。満足したっぽい。ヒメの方も楽しかったのか上機嫌で箱の方に戻る。お互いに興奮を冷ますようにグルーミングし合っている。
リズと顔を合わせ、笑い合う。額をくっつけ合って、強く抱きしめる。
「可愛いね」
「リズが? タロとヒメが?」
「馬鹿、タロとヒメよ」
「私にとっては、リズの方が可愛いけど」
「ずるい」
そのまま口付けると、ノックの音が聞こえる。慌てず離れて、声をかけるとラディアの準備が整ったようだ。
食堂に向かうと、すでに上座の逆サイドにラディアが座っていた。
「体調は如何ですか?」
「ありがとうございます。睡眠を取ったら大分ましになりました。体が軽いです」
「良かった。まだ食事は軽めの方が良いと思って用意しております。粗末な物で申し訳無いです」
「いえ、お気遣いに感謝致します。任務後は殆ど何も食べる事が出来ませんから。こういう場ですと、重たい物をご用意頂く事が多いのですが、少し辛いです」
そう言いながらラディアが苦笑を浮かべる。
侍女に軽く手を挙げて合図を送ると、小さく頷き、厨房の方に向かってくれる。暫く雑談をしていると、ワゴンに乗せて食事が用意される。
鍋から熱々の味噌雑炊が小鉢に注がれて、皆の前に置かれる。それにボウルいっぱいの春野菜のサラダ。メインは小振りなイノシシの肉の脂身を丁寧に取り除いたものに塩胡椒をしたソテーと言ういつもに比べると若干質素な食卓となった。
「粥の方はまだ御座いますので、仰って頂ければお注ぎ致します」
アレクトリアを筆頭に料理人達が深々と頭を下げる。
「吉報を持って来てくれたラディアさんと囲む夕食です。では、食べましょう」
そう言って、小鉢に木匙を入れて掬い口に運ぶ。一瞬昆布の海の香りの後に薄めの優しい味噌の香りが上がる。大麦のプチプチした食感と回しかけて撹拌したのか細かい卵の柔らかい食感が口の中で優しく踊る。テーブルに塩の皿が置かれているのは塩味を自分で調整して欲しいと言う事なのだろう。軽くつまみパラリと振りかけるとまた違った表情を見せる。味に深みが出ると共に、口に含むごとにもっと食べたいと言う欲求を湧き上がらせる。
「不思議な香りと味ですが……美味しいです。何より優しいお味なのに、もっと食べたいと思わせてくれます。何なのでしょう。少し魚醤を思わせる香りなのですが生臭い感じはしません。どこか香ばしいような……」
ラディアがほっとした顔で味噌雑炊を口に運ぶ。
「今、領内で作っている新しい調味料の試供品です。お口に合いましたか?」
「はい。私自身が魚醤があまり好きでは無いので、中々食べないのですが、この調味料は優しいのに味が豊かです。入っている物はそんなに無いのに、複雑で本当に美味しいです。ノーウェ子爵様の仰る通りです」
嬉しそうな顔で答えるラディアに疑問を投げかける。
「貴族間の伝令ともなれば直臣かと思います。何故ノーウェ子爵様なのでしょう? ノーウェ様では駄目なのですか?」
そう言うと、あっと言う顔をする。
「お伝えしておりませんでした。私元々ロスティー公爵閣下の配下でした。ノーウェ子爵様の元には出向で出ておりましたが、仕事を認めて頂き、直臣に取り上げて頂きました。ただ、その頃の癖なのか、呼び方が変わらず。お聞き苦しかったですか?」
「いえ。他人行儀だなとは思いましたが、そう言う事情があったんですね」
「はい。人材交流はかなりあります。やはり守る地によって任務も変わりますので、練度を上げる意味でも配置換えは重要です。特にノーウェ子爵様の領地は兵にとっては些か辛い土地ではあります。故に強くもなれると言う事でしょうか」
「なるほど。将来的には相互に交流が出来れば良いですね」
「ふふ。ノーウェ子爵様も仰っていましたが、男爵様の料理を食べると帰りたくなくなると。その意味が分かりました」
「ノーウェ子爵様も酷いですね。料理程度趣味ですよ」
「良いご趣味と思います」
そんな歓談をしながら終始和やかに食事が進んでいった。ラディアも食べられないと言っていたが結局イノシシのソテーも食べきり、味噌雑炊も小鉢で二度ほどおかわりをしていた。やはり冷えて疲労している時は温かいものが良いのだろう。
皆、程々にお腹も膨れて椅子の上にくたっとなっている。合図を送るとハーブティーと一緒に今日作っていた物が持ってこられる。
「うわぁ……可愛い。なにこれ?」
フィアが歓声を上げる。女性陣は目をキラキラさせている。小鉢の上に一口大の白い四角い物が三つほど乗っている。
「仕上げを致します」
アレクトリア達が小鉢にきなこを振り、黒蜜をかけると皆が一層期待の声を上げる。
「こちらは付け合わせです」
そう言ってクッキーを皿に乗せて横に沿える。
「そろそろ暖かくなってきたので、少し冷たい物でもと。お口に合えば良いですが」
「これは何ですか? 見た事も有りません」
ラディアが目を見開いて眺めている。
「大豆から作った、まぁ、菓子のような物です」
「真っ白で綺麗ですね。うわ、柔らかいと言うか脆い……。匙が刺さる感触も微かです……」
そう言いながら口に含んだ瞬間、かっと目を見開いた後は目を細めて咀嚼する。
「冷たい……。でも甘いです。この黒い液は砂糖なのでしょうか。強い甘さですがかかった粉の香ばしさと凄く合っています。それにこの白い物の口どけとほのかな甘さが何とも言えないです」
甘味に飢えている皆がそれを聞き、食べ始めると、おぉみたいなどよめきが走る。
「故郷では塩気のあるものと合わせて料理として出しますが、偶にはこう言うお菓子としても楽しんで良いかと思いまして。お口には召しましたか?」
「はい。美味しいです」
後はクッキーのサクサクとしながらもしっとりしている感触も好評で、お茶と会話が進む。ラディアも若干緊張していたのが、打ち解けた感じになった。
一息を吐いて、食事は終わりとなる。皆は昼に風呂には入っているので、このまま睡眠となる。ラディアもまだ疲労が残っているらしくお茶を飲み終わった辺りから欠伸を噛み殺していた。お開きとして各自部屋に戻る。
「ヒロ、甘かった、冷たかった、美味しかった」
そう言いながら、リズが抱き着いてくる。
「そんなに喜んでもらえるなら、作った甲斐があったよ」
「あの白いのも微かに甘くて、口の中で溶けちゃうの。本当に美味しかった」
「お気に召して頂き、光栄です」
「あは、おかしい。でも、ありがとうヒロ。忙しいのに、あんなお菓子まで」
「お客様への対応だからね。気にしなくて良いよ」
食事も終わったので睡眠となるのだが、二匹をお風呂に入れないと機嫌が悪くなるので抱っこする。
「じゃあ、お風呂に入れて来るね」
「うん。いってらっしゃい」
相変わらず何が良いのか、延々耳の後ろや首元の辺りに鼻をくっつけてはクンクンと嗅いでいる。ペタペタと濡れた鼻先が当たるのがこそばゆい。
タライにお湯を生んで、ぷかぷかさせながら揉んでいると、さくっと撃沈する。タロを拭き終わると、次はヒメと。こちらも食後に遊んで半分おねむモードなので浸けて揉んでいるとさくっとスヤぁと眠ってしまう。二匹共拭き終わり、乾燥まで終わらせて抱き上げる。しかし、『剛力』が有るから良いけど、大分大きくなった。もう、『剛力』無しでは、片手だけでは持ち上がらないくらいの大きさだ。立派に成長してくれたなと嬉しく思う。
部屋に戻ると、リズが雌豹のポーズで寝ていた。物の本によると、子供が遊びたいから寝たくない時にあのポーズで寝ちゃうらしいが、リズも一緒なのかな?
二匹を箱の中に入れると、寄り添ってくるりと丸まる。
リズを抱きかかえて引っ繰り返して布団の中に入れる。私も入って、蝋燭を魔術で吹き消す。今日も一日バタバタと忙しかった。明日はもう少し楽になって欲しいなと何かと決めず祈りながら、目を瞑る。春の花の香りが窓の隙間から入り込み、微かに鼻の奥で渦巻き、ふわっと消えていくのを楽しんでいると、いつか意識を失っていた。