第468話 書状の内容と豆腐作り
報告より、書状の方を先に読めば良かったと後悔した。流石ノーウェ、こっちが何を気にしているのか良く分かっている。挨拶の後は、早速子供達の安否に関する情報だった。予想していた事だが、この件そんなに期間の長い話では無い。預かっている子供も乳児が大半だし、どうも村で妊娠した女性が持ち回りで乳をあげていたようだ。村の方から乳母代わりの人も家族と一緒に移動してもらい子供達は無事にテラクスティスカまで入るとの事だ。
子供の数の割に、母乳が出る人が多く持ち回りで世話をしていた人魚さん達を思い出し、これが原因かと理解する。乳腺炎の問題もあるので、持ち回りでも問題無いし、子供が返ってきた時の事を考えていつでも新鮮な状況にしておきたいと考えているのであれば本当に遣る瀬無い。無事に救ってもらってありがたい。
後、男爵と伯爵の部下に関しても拘束を続けているのはしっかり記載されていた。男爵に関しては、このまま王都まで護送して、改めて縛り首になるだろう。それに問題の伯爵が反発するのであれば、開明派として動く下地は作った旨、記載されている。開明派として差別主義者とそれを指示した者に対して絶縁すると言う形を取るので、問題の伯爵はどこにも行けなくなる。自分の領地と少し南に移動できる程度だ。他の地に動こうと思えば、戦争だが、ノーウェだけではなく、開明派として戦争をする気だ。国の半数以上の軍事力相手に手を出す気にもならないだろう。その逡巡をしている間にロスティーが帰ってきて、場をまとめてしまってくれれば良い。
他にも町開きの状況確認や、改めてテラクスタに関わる情報を記載してくれていたが、その程度だ。一番人魚さんの子供に関わる文章が多いのがノーウェらしい。優先度が分かっている。
「カビア、お願いがあるんだけど」
「何でしょうか?」
報告を一緒に聞いてもらっていたカビアに声をかける。
「南の村に伝令を出して欲しい。男爵に囚われていた人魚さんの子供達に関して来月の中頃には連れていける旨で良いかな」
「中頃ですか? 町開き前後はバタバタします。移動時間を考えると些か余裕が無いかとは考えます」
「でも、乳児を親と離して預かるのは難しいよ。町も出来たばかりで乳母代わりになってくれる人なんていないし。そのままテラクスタ伯爵領の領民の方にお願いして自分の子供と一緒に移動してもらうしかないかな。そうなると、そんなに時間をかけていられない。些末事は後回しにする。大きな出来事だから、私が顔を出さないと駄目だろうし。なので、中頃。出来れば早め」
「分かりました。期間に関しては少し余裕を持って記載するようにします。人間側の問題に巻き込んだ形ですし、なるべく配慮されると言う男爵様の判断も正しいかと考えます。伝令は騎士団から出しますのでレイさんとは調整します。期間は……今日中ですよね?」
「そこまでは言わないよ。四日間の距離だし。馬車も使って良い。緊急性より、確実に届く事に配慮して欲しい」
「では、護衛を含めて軍事演習の形を取ります。練度向上も有りますし、貴人の警護の訓練は中々機会が無いので、こう言う機会は悪くないと考えます」
「旅程と訓練内容はカビアとレイに任せる。騎士団もちょっと訓練続きでぬるま湯生活に慣れちゃっているから頑張ってもらおう。正直四個小隊を一個小隊で潰せるだけの猛者なんだから、その辺りの実力を見せて欲しいかな」
「畏まりました。調整を進めます」
カビアがそう言うと、ソファーから立ち上がり、応接室を出て行く。私は執務室に戻り、書状をフォルダに入れて、保管庫に入れておく。紋章付きの書状だ。公文書と同じなので保管しておかないと何かあった時に困る。
時計を見て、夕ご飯までの時間を計る。今からなら、間に合うかな。書類の整理を済ませて、味噌蔵に向かう。
「あれ? 領主様、何か有りましたか?」
蔵の中では、まだ二人が働いている。交代要員が入るのはもう少し遅くなってからかな。
「ちょっと試しに作りたいと思って置いておいた物を取りに来たんだ」
そう言いながら、大豆を浸けている樽の方に近付く。
「あ、それ、味噌作りの時に使わなかったですね」
「何に使うのかと思っていました」
水に浸けた大豆の樽がもう一つ。味噌作りとは別に用意しておいた。ちょっと浸かりすぎかもしれないかも……。
「こっちは料理用に用意していたからね。お客様もいらっしゃっているし、ちょっと出そうかなと思って」
浸かっている豆を摘まんで強度を確かめるが、浸漬時間が長すぎたのかちょっと予想より柔らかい感じがする。水分が多めに出るかも知れない……。まぁ、加える水で調整すれば良いか。
「アレクトリアを呼んでもらえるかな。新しい料理を教えるって。忙しそうなら良いけど」
「分かりました。呼んで参ります」
そう言って一人が厨房の方に走る。
その間に水を吸った大豆の重さを秤で計測して、同量の水を生む。青銅製のミンサーを綺麗に洗ってアルコール消毒をする。その頃にはばたんと言う音と共に、たーっとアレクトリアが駆けてくる。
「男爵様、新作の料理と伺いましたが!!」
「いや、きちんと消毒した?」
「はい。ここは神聖な味噌を作る場所。作法は守ります!!」
フンスと言った顔で、上を向き、胸に手を当てながら誇らしげに宣言する。この子も面白い子だ。
「分かったよ。今はまだ準備の段階だから。材料は戻した大豆と同量の水。これを粉々に砕いて、水分と滓に分離させる」
「はい!!」
ミンサーに豆を入れて少しずつ水を流し込みながら、砕いていく。思った以上に細かく砕けるのでこの上に擂鉢で擂るまではいらないかな。何度かミンサーに砕いた物を入れ直しながら水で流して瓶に真っ白でもろもろした液体を溜める。
「これが一般的に生呉と呼ばれる物だね。大豆を砕いて、その砕いた物と成分を水に溶かした物の混合物だね」
「触ってもよろしいですか?」
「構わないけど、ただのどろどろした物だよ?」
「どの程度まで潰すのか、感覚を知りたいです」
「分かったよ。どうぞ」
瓶をアレクトリアに渡すと、生呉を指先で摘まんで擦りながら、感触を確かめている。
その間に、竈に火を入れて大鍋を用意する。
「清潔な布、有ったよね。用意してもらえるかな」
「味噌用のでよろしいですか?」
「うん。構わない。適当な瓶にザルを置いて、その上に敷いておいて」
そう言うと、用意を始める二人。
「感触は掴めました」
アレクトリアが言うので、生呉を大鍋に注いでいく。火はかなりの弱火だ。
「この状態で沸騰しないように注意しながら、熱を入れる。沸々と沸くか沸かないか程度の熱で良いよ。ただ、掻き混ぜるのは忘れず、丁寧にしっかりと。底が焦げやすいから、底から混ぜてね」
木製のお玉で鍋の底をこそぐようにゆっくりと混ぜていく。焦らず、しっかりと。荒く混ぜると、後の処理に影響して来る。アレクトリアが後ろで真剣な表情で眺めている。二十分強熱を加えたら、先程の濾し器に流し込む。真っ白な液体がだばーと瓶に流れ込むのを見ながら、熱々のおからを布で巻いてお玉で潰して豆乳を吐き出させる。ある程度熱が引いたら、木綿布ごとくるくると絞り込んでいき、じゅわーっと絞る。熱々なので、火傷には気をつけつつ作業を進めていく。
「綺麗な白ですね。何となくヤギや牛の乳を彷彿とさせますが」
アレクトリアが豆乳を眺めながら、呟く。
「そうだね。豆の乳、豆乳と呼んでいる。このまま飲んでも健康に良いけど、今日はもう一手間かけようかなと」
搾り切って豆乳の出なくなったおからをタライに出して散らばらせて冷ます。
「こちらの豆乳を出した後のおからも使い道があるから。後でクッキーでも焼こうか」
「クッキー……ですか?」
「甘い焼き菓子」
そう言うと、アレクトリアが目を見張り、ほわっとした顔になる。流石女の子甘い物には目が無いか。
「私の故郷ではそう呼んでいたけど、似た物はこちらにもあるはずだよ。あまり期待しないでね」
大鍋を洗いながら、アレクトリアに言う。それに応えるように首をぶんぶんと横に振る。
「男爵様の料理は常に斬新です。楽しみです」
その期待が怖い。
洗った大鍋に豆乳を注ぎ、火にかける。八十度前後が理想だった筈だ。沸々とする前くらいかな。水なら鍋に気泡がつく程度なんだけど、豆乳だと分かり辛い。ゆっくり掻き混ぜながら偶に指を指し込んで温度を確認する。大体この程度かな。アレクトリアにこの程度の温度と言うとアレクトリアも指を指し込み温度を確認する。
火から降ろし、そこに持ち帰ったにがりを投入する。濃度が良く分からないから目分量になる。ここは試行錯誤しかないかな。塩作りの方で最後の上げるタイミングは親方に教え込んだので、濃度は一定になる筈だから、こちらで加水して調整しても良い。どの程度の濃度でどのくらいの量を入れるかはゆっくり検証しよう。今回は少し緩めになる程度を想定して少な目に入れている。
「これが塩作りの時に出るにがりと言う液体。味見してみる?」
鍋を優しくかき混ぜながら、アレクトリアに問うと好奇心いっぱいの目で頷く。掌にほんの少しだけ落としてあげると、ぱくっと舐めるが、すぐに渋い顔に変わる。
「うわぁ……。苦いです……。複雑な味がしますが、苦いですー」
「ははあ。それが海水塩が美味しくないって言っていた原因だよ。これを上手く除去出来ないと塩は美味しくないからね」
そんな一幕を挟みながら混ぜている豆乳が徐々にモロモロとしてくる。
「あ、豆乳が固まって透明な液体に分離していきます」
「うん。にがりと豆乳の成分が影響し合って固まるんだ。この状態で蒸らして、もう少し固まるのを待とうか」
そう言って、鍋に蓋をして、三十分ほどおく。その間にアレクトリアの問いに答えていくが、厨房の方は大丈夫かと聞くと、どうも前回の伝令の到着と同じようにオートミールと言うか中華粥モドキになるようだ。消化が悪い状態なので良いと思う。時間が無いので、昆布出汁ベースで味噌味のおかゆになるらしい。
そんな話をしていると、時間になったので蓋を開ける。思った以上に綺麗に分離してくれている。分量的には丁度良かったらしい。レシピ帖に大豆と水、そしてにがりの分量と配合比率をメモしておく。
豆腐箱は味噌作りが始まったらその内使うだろうと言う事で木工屋に頼んでおいたものを使う。木綿の目の細かい布を箱に敷いて、分離した豆乳と朧豆腐をお玉で箱に入れていく。最後に落し蓋をして重石を乗せる。
「ここまででほぼ完成。後はもう少し水分が抜けたら、しっかりとするよ」
「大豆から、こんな物が出来るんですね……」
「味は後のお楽しみかな。後は調味料の方かな。それは厨房で作る事にしよう。邪魔したね、二人とも」
「いいえ。勉強になります」
二人が唱和して来る。
さて、折角の豆腐だけど、醤油も無いのでデザートかな。砂糖は在庫が有るのを確認している。起きるまでに豆腐は冷え冷えになってくれるかな。