第466話 味噌作りの最初の第一歩と伝令の到着
蔵に入ると、二人は先に来て待っていた。麦麹の状況や、豆の状況を見ながら、色々今までの流れを復習しているようだ。
「ご飯は食べた?」
「はい、食べました。味噌で煮込んだうどん……ですか? 美味しかったです。あんなに美味しい物を作る事が誇らしいです」
そう言って、二人が頷く。
「そっか。まかないも同じ物を出しているんだね。確かに自分が作った物がどんな味か分からなければ困るしね。味噌、好きかな?」
「はい!!」
二人が唱和する。
「うん、じゃあ、頑張って続きを作っていこう。手は洗って消毒はしたね。良し。じゃあ、炊いた豆を潰すんだけど、量が多いから、そこは器具を使おう。均質に仕上げるのにも必要だし」
そう言って、ネスが作ってくれたミンサーを奥から持って来る。ミンチのサイズは調整出来るので、最小単位にセットして豆を入れてハンドルを回して、どんどんタライに砕いた豆を溜めていく。
「本当だったら、瓶とか木の棒とかで潰すんだけど、流石に量も多いし、ちょっとずるをしちゃおう」
タライに豆と豆乳がどんどんと溜まっていく。樽単位でタライに分けていく。流石に部屋の温度も有るし、豆自体が冷えるまでには時間が足りなかったのか、表面は冷めているが、奥側はまだまだ熱を持っている。
「今回は出来合いの麹を使う。これを塩とよく混ぜる。それをこの豆に加えてよく混ぜよう」
うどんをこねるように大豆と麹、塩を混ぜ合わせていく。秤で重さは計っているので、分量の調整は問題無い。今後、共麹で増やした麹を使う時は試行錯誤になる可能性は有るなとは考える。
「分量は豆に対して、どの程度かは資料に記載しているから、後で確認して欲しい。今は完全に混ぜ合わした時の感触を覚えて欲しい」
そう言って、それぞれの担当するタライに麹と塩を加えて、皆で混ぜていく。
「耳たぶくらいの硬さって言っても良く分からないよね。水分を含んでいるけど、丸めると形を保って水分が出て来ない程度。ぎゅっと絞ってほんの少し水分が出る感じかな。その程度が理想だよ」
丁度良い硬さになった団子を二人に手渡し、感触を確認してもらう。どうも好きな感触らしく二人してもちゃもちゃと触っているが切りが無いので回収する。
塩多めの麹少なめで大豆の量が多い。麹歩合は8歩より少し少ない。甘みは程々に保存食として使えるように塩気が強い味噌を狙っている。
二人の分も理想的な感触になったのを確認する。
「じゃあ、保存に移ろう。これからワインと同じように発酵して味噌になる。その為には悪い物が入り込まないように注意する必要が有る」
そう言いながら、アルコールを含んだ布で、樽と、蓋を綺麗に拭く。樽に団子状にした味噌の元を押しつぶしながら、詰め込んでいく。
「団子を潰して、空気が入り込まないように注意して。しっかり空気は抜いてね」
二人の作業を見守りながら、自分の分も詰め込んでいく。最後に表面に化粧塩を振る。
「なぜ塩を振るんですか?」
「雑菌の……あぁー……腐らしてしまう元の繁殖を防ぐためだよ。塩を振ったら布を被せて、蓋をして、重石を乗せる。ここまでで完成。どう簡単でしょ?」
そう聞くと、若干呆れたような苦笑が二人から返ってくる。
「これはどうしたら良いんでしょうか?」
「今の時期ならもう十分暖かいから、このまま蔵の保存庫の方に置いて良いよ。今日の日付は記載しておこう。井戸水で作った物には印を付けておいてね。違いが知りたい。後はこれを延々毎日続けていく。作り方としては理解出来たかな?」
「はい。レシピを確認しながら真似をする事は可能と考えます」
「うん。それじゃあ、交代要員も入るだろうから、ちょっとずつ作り方を引き継いでもらって良いかな。じゃあ、明日用の豆の戻しの作業を終わらせたら、今日の作業は終了と言う事にしようか」
そう言って、豆を入れていた樽を洗い、戻し用の大豆を綺麗に洗い、水に浸ける。大豆そのものは飼料として扱われるので流通価格は安い。製造コストを考えると、販売を考えても全然勝機はある。ただ、初めの頃は町の中で消費するので手一杯かな。
「じゃあ、共麹の様子を見ていて欲しい。これから温度が上がっていくはずだから、触ってみてあまりに熱いと感じる時は布を広げて混ぜて温度を下げてみて。駄目そうなら夜中でも良いから起こして欲しい。良いかな?」
「分かりました」
「うん。これに関しては、命令。だから、遠慮なく起こしてね。じゃあ、様子見の方はよろしく」
そう告げると、二人が頷くので、そのまま蔵から出る。湿度が高く暑い場所から出ると、春から夏に向かって行く外の爽やかな風が心地良い。交代要員を含めて大変かと思うけど、新事業のスタートアップなので頑張って欲しいなとは思う。無理はさせないようにアレクトリアに念は押した方が良いのかな。本人が頑張り屋だから、他人も頑張れると思っている節がある。
しかし、このまま味噌が醸造出来るようになったら、調味料としてもそうだが、保存食としてのシェアもある程度確保出来るようになるだろう。塩漬け肉も正直飽き飽きしているだろうし。味噌漬け肉の流通と言うのも面白いだろう。レシピ上は昔の塩辛い味噌なので、保存性も高い。でも、出来上がりは夏の終わり辺りかな。楽しみだがちょっと先だ。それまでは、日本から持ち込みかな。でも持ち込み上限に抵触しそうだから、大事に使って欲しいな。
そんな事を思いながら、館の方に戻ろうとすると門の方が騒がしい。走っていく使用人を捕まえて状況を確認すると、伝令が到着したらしい。夕焼けには少し早い時間か。流石にこの汗だく状態で会うのも失礼か。
「手続きにどの程度の時間がかかる?」
「三十分程で、応接室まで誘導を完了させます」
急いで欲しいと受け取ったのか、使用人が畏まって答える。三十分かなんとか風呂で汗を流す程度は可能か。
「皆はまだ戻って無いのかな?」
「カビアさん、レイさんはいらっしゃいます。その他の皆様はまだ町の方で訓練中と思われます」
「分かった。私は受け入れの準備をする。伝令の方の方の準備が出来れば部屋の方に知らせて欲しい」
「畏まりました。全員に伝えます」
そう言うと、使用人が走りながら、他の使用人を捕まえる。あそこから執事辺りに一回上がって、全体に指示が飛ぶかな。
汗が引く時間を考えると、あまり余裕が無い。部屋に向かって急ぎ、下着と人と出会える程度の上着を選び風呂に向かう。皆が上がった後に湯を抜いて清掃してくれているので、そのまま栓をして湯を生む。頭と体をさっと洗い、湯に浸かる。うーん。青銅製のバケツに穴を開けてシャワーとか開発しても良い気がしてきた。ちょっと大袈裟だ。汗をかくほどは温もらず、さっさと上がって、窓からの風で体を冷やす。汗が引いた辺りで服を着こみ、部屋に戻る。時計を見ると三十分にはまだ余裕があった。良かった、間に合った。部屋の前を通った侍女にお湯を生んだ旨と手すきの人間がいるなら使って、また後片付けして欲しいと伝える。夜番の人間はそろそろ起き出してきているはずだ。さっぱりしてから仕事に入る方が良いだろう。
部屋でそわそわしながら、書類の決裁を行うが、読んでも内容が頭に入ってこない。思った以上に、人魚さんの件は気になっていたようだ。諦めて、状況によってどうするかのシミュレーションの方に思考を向ける。
そうやって考え事をしていると、扉がノックされる。執事が伝令側の準備が整った旨を伝えて来る。そのまま誘導されて、応接間に赴く。
応接間に入ると、若い女性が鎧を脱いだ状態でソファーの横に立っている。大分強行軍だったのか、髪は梳いたようだがぼさっとしたのは残っているし、目元にはかなり濃い隈が見えている。
「初めまして、男爵様。ノーウェ子爵麾下の伝令、ラディアと申します」
「伝令の任、ご苦労様です。当地の領主、アキヒロです。おかけになって下さい」
「ありがとうございます」
そう答えると、崩れるようにソファーに座り込む。気力で立っていたようだ。
「では、伝令内容をお願い出来ますか」
「はい。まずは、こちらがノーウェ子爵様よりの書状となります」
そう言って、ノーウェの紋章が封蝋に押された書状を差し出してくる。
「口頭で伝える優先事項は有りますか?」
そう聞くと頷く。
「はい。ノーウェティスカには九日の段階で、テラクスタ伯爵より報告が入りました。それを確認したノーウェ子爵様は……」
いかん、時系列で説明が始まる。こっちが知りたいのは一つだけだ。
「申し訳無いです、細かい内容は改めて聞く事にします。こちらが知りたいのは、人魚の子供達の安否です。それに関して、情報はありますか?」
「畏まりました。目標だった人魚の子供達に関してですが……」
子供達に関して、どうなんだ……。焦る気持ちを抑えて、表情は鷹揚として先を促す。結果を、結果を早く教えて欲しい。