第460話 味噌作りと共麹の処理
お茶を楽しみながらの会議は終わり、銘々が部屋に戻り、訓練の準備を始める。リズも、動きやすい服に着替えて、防具を装着し始める。脇の部分のベルトを締めるのを手伝う。
「ありがとう。ヒロ。ヒロはどうするの?」
「前に味噌って言う調味料出したよね。あれを作り始めようかなって。出来上がるの半年近くかかるから」
「あ、茶色いやつだよね。少し香りが有るやつ。私も好き。でも、そんなに時間がかかるんだ。ワインみたいだね」
「発酵させると言う意味では近いかも。その仕込みをしようかなって。今日は準備だけで終わりそうだけどね」
そう言いながら、腰のパーツと臀部のパーツとを引っ掛けて腹側をベルトで締め込む。
「うぐ……」
きつかったのか、リズが呻く。
「ごめん、締め過ぎた?」
「ううん……。驚いただけ。大丈夫。太った訳じゃ無い。太った訳じゃ無い」
若干暗い目でそう呟く。
「んー。触った感じ、太っては……いないと思うけど。ちょっとだけ筋肉が出てきた感じはするかも。お腹と腰できちんと体を支えている証拠だし、良いんじゃないかな?」
「え?太ったんじゃないの! 良かった。少しだけ、服の腰回りがきつくてあれっ? て思っていたんだ。安心した」
「私は、柔らかいリズの触り心地が好きだけどなぁ」
「ヒロを守る為に頑張っているんだから、我慢しなさい」
コンと小手で頭を叩かれる。
重装を着込んだリズが、カシャンカシャンと軽快な音を立てて部屋を出て行く。やっぱり、ドル凄いな。あの金属の塊を着込んで殆どガタつかないんだから良い腕だよ。
私はそのまま、厨房に向かう。
「アレクトリアいるー? 前に言っていた味噌作りの件なんだけどー」
厨房で叫ぶと、たーっとアレクトリアが走り込んでくる。
「はい。おります。人員ですよね。大丈夫です。男性二人、確保済みです」
そう言うと奥に戻って、若い男の子二人の首根っこを掴んで連れてくる。
「現場が見られないのは本当に、本当に悔しいですが、お手伝いと言う事で、徹底的に仕込んで下さい」
アレクトリアがそう言うと、二人がおずおずと頭を下げてくる。見習いの料理人か何かなのかな?
「じゃあ、ちょっと色々仕事があるから、覚えて欲しい。出来れば継続してやらないといけない事だから、きちんと分かるまで、分からない事は聞いて欲しい」
「はい」
二人が緊張気味に唱和するのを聞きながら、倉の方に向かう。
蔵の入り口は二重扉になっている。まずは入り口に作った更衣室で作業着に着替える。その後にアルコールで全身を消毒する。兎に角、菌を持ち込まないのが肝心だ。正直、気密性が足りないので絶対は不可能なのは分かっているが出来る限りは対応したい。
着替え終わった二人を連れて、倉の中に入る。
「今日は大豆を浸けるところからかな」
そう言って、樽に秤で計った大豆をざらざらと入れて、三倍以上の水を生み、注ぐ。
「水に浸けるだけなんですか?」
「そうだね。乾燥しているからね。そのまま炊いても芯まで綺麗に炊けないんだ。だから、一回、芯まで水を含ませる。この工程を経ないと、不味いかもろもろした味噌になっちゃう」
そう答えると、へーと言う顔で二人が感心する。
「ほら、それぞれ分の材料も用意しているから、準備して。明日は実際に炊かないと駄目なんだから、忙しくなるよ」
そう言うと、弾かれたように秤で大豆を測り、樽に入れる。水は私が生んで注ぐ。一つは井戸水を使ってみる。水の硬度の違いで味がどう変わるか少し気になったから、試してみる事にした。
「次は麹の方かな。三日分は元から有るのを使うけど、今の内に共麹で増やしていこう」
麦味噌なので、大麦を使う。濁りが無くなるまで何度か洗う。倍程度の水に浸けてそのまま放置する。
「麦の方も、水に浸けたままですか?」
「麦の方はそこまで浸けなくて大丈夫。そう言えば、アレクトリアには寝ずの番になると言ったけど、聞いている?」
「はい。なので二人で来ています」
「そっかぁ。ちょっと暑くて辛いかもしれないけど、覚えて欲しいから、頼むね」
そう言うと、二人ともちょっと不安そうな顔になる。
「三十五度、んー。夏場の暑い時くらいの温度のままで一晩様子を見て欲しいんだ」
気楽に言うと、ほっとした顔になる。
「良かったです。はい。暑いのには慣れていますので、大丈夫です。竈の火を維持すれば良いんですよね?」
「そう。食事は運ばせるし、水は頻繁に飲んで欲しい。喉が渇いていないと思っても無理にでも飲んで欲しいかな。トイレに出た場合はきちんと先程の消毒はお願いするね」
「分かりました」
二人が改めて唱和する。今後の流れを説明していると、一時間程が経過する。水を吸った麦をザルにあけて余分な水分を捨てる。竈にかけた大鍋にお湯を生み、上に木綿布を張って縄で縛る。その上に麦を広げて、竈に火を入れる。うーん、蒸し器作りたい。
「このまま蒸していたら、大麦が透明になってくるよ」
へーと言う顔で、二人が覗き込む。一時間もすれば麦がふっくらとして若干透明感が出てくる。タライにあけて若干冷まし、人肌で触って温かいと思う程度になったところで乾燥麹を振りかける。これ持ち込んだ時に生麹になったらどうしようと思っていたけど、乾燥されたままで良かった。
「で、これが味噌の元みたいなもの。これを満遍無く混ぜ込んでいって欲しい。大麦自体に傷が出来る感じで擦り付ける感じで混ぜて」
そう言いながら、ざりざりと拝むように大麦同士を擦り付けながら麹を混ぜ込んでいく。十分に混ぜたら、固く絞った木綿布に包んでタライに広げる。
「竈の上に鍋を置いているよね。水を入れて常に蒸気が上がるようにしておいてね。今の温度が大体目安の温度だけど、大丈夫かな?」
額にやや汗をかく程度の温度だが、二人は平気そうな顔で頷く。
「元々南の方で暮らしていましたが、テラクスタ伯爵様の領地から、ノーウェ子爵様の領地に越したのです。なので、湿度の高い暑い状況は慣れています」
そう言って平気そうな顔をするので、そのまま任せる事にする。
「じゃあ、薪はそこのを使って。水差しや、鍋用の水はそこのを。食事は交代で取って。トイレは……適当に調整してくれるかな」
「分かりました。でも、こんな簡単な事で良いんですか?」
「本当はこの暑さが過酷なんだけどね。慣れているなら丁度良いや。申し訳無いけど、そろそろ食事の時間だし、交代で頼むね」
そう言うと、頷きが返ってくるので、麹室から出る。本当なら小規模の麹作りの箱みたいなのを作って増やす規模だけど、麹室自体に散って欲しい思惑は有る。将来的には自然に麹が増えるようになってくれればありがたい。そうそう持ち込みも許可してもらえないだろうし。
説明や待ち時間を合わせると結構な時間が経っていた。時計を見てみると、もう昼時だ。そのまま一回部屋に戻ろうとすると、訓練が終わったのか、皆も練兵室から戻ってくる。室の作業で汗をかいているし、風呂でも入ろうかと提案すると、賛成が返ってくるので、そのまま風呂にお湯を生む。男性陣が上がった頃に丁度、昼ご飯が出来た旨を告げられたのでさっぱりとした状態で食堂に向かう。厨房からは鳥ガラの良い香りがしているが、昼は軽めのホットドックだった。覚えた料理はどんどん実践したいのか。
「皆は昼からは休憩にするの?」
「俺はネスさんの所に手伝いに行ってくる。忙しいと言う話を聞くし、リーダーの案件が詰まっているなら何か面白い事になっているんだろう」
「じゃあ、馬車を出す?」
「いや、構わん。俺一人だしな」
そう言うと、ドルがロッサの方に向き直る。
「お前はゆっくりしたら良い。少し訓練でも無茶をし過ぎだ。休める時には休め」
やや苦笑ながらも微笑み、ロッサの頭を撫でる。その手に目を細めながら、ロッサが頷く。
「分かりました。あたしは休みます。でも、雨なので、お風邪には気を付けて下さい」
「分かっている。戻ったら顔を出す」
完全に二人の空間を作っている。うん、二人も良い感じになってきた。幸せなら、それで良いや。
「うちも例の魔道具の調査に入ります。流石にこれだけ長ければ何か変化が出てもおかしないと思いますし」
チャットも研究の方に向かう。
「んじゃ、どうせ雨だし、遊ぼうか」
フィアが言うと、休憩組が立ち上がり、そのままロットの部屋の方に向かって行く。
「私は指揮系統を任せる人間と一緒に森の調査の方針を策定します。地図はノーウェ様より預かっておりますので、今日中には大体の方針は決まるかと考えます」
レイがそう言うと、一礼し、会議室の方に向かう。
カビアは元々書類の処理に忙殺されているので、そのまままた部屋に戻って書類の処理だろう。
「町開き分の書類なら執務室で一緒に処理しちゃおうか。決裁一緒にやった方が早いよ」
「何か作業をされていたのではないのですか?」
「待ちの時間だから、アレクトリアの部下に任せられる」
「分かりました。では、ご一緒願えますでしょうか」
「うん。じゃあ、始めようか」
そう言いながら、席を立ち、執務室に向かう。春の長雨の中それぞれの午後が始まる。