第459話 東の森のオークに対する方針策定
食堂に向かい、席に着くと、予想を外して、燻製のイノシシを炙った物に卵焼き、パンとスープ、サラダだった。あれ? 鳥じゃないのかな。微妙に不思議な顔をしていたのを給仕していたアレクトリアが見たのか口を開く。
「おはようございます、男爵様。朝の鳥でしょうか? 折角ですので、教えて頂いた出汁を引いています。そちらと合わせてお出ししようと考えております」
「あぁ、顔に出ていたかな。アレクトリアの事だから新鮮な鳥だからそのままソテーとかで出してくるのかなと思ってた」
「立派な鳥ですし、そのままでお出しするのも味気が無いかと。それに猟師より良い燻製肉が入りましたので、そちらの方をご賞味頂ければと思いました」
アレクトリアが言うので、薫香が漂うイノシシにナイフを入れて、頬張る。十分に熟成された柔らかな肉に適度な塩気、そして鼻から抜ける燻製の香り。爺ちゃんが趣味で良く燻製を作っていたが、桜でも胡桃でも無い。何のチップなのだろう。ほのかに果実系の甘い香りと砂糖を焦がしたような渋みが漂い、イノシシの脂と良く合って口の中で蕩ける。
「美味しい……。香りが甘い。何だろう……」
「いつもはブナを使って燻すそうですが、ワイン樽が古くなったのでそちらを使ってみたら、面白い物が出来たと言っていました。私も味見で頂きましたが、燻す材料一つでここまで味が変わる物ですね」
あぁ……。ワイン樽はオーク材を使う事が多い。ウィスキー樽で燻製を作る事が多いのは聞いた事がある。ウィスキー独特の甘みと渋みが出ると聞いていたが、ワイン樽もワインの香りと染み込んだ糖分が焦げた渋みが出るのかな。
皆の方を見ると、美味しそうにぱくついている。
「古いワイン樽で燻すのは偶にあるわよ。癖の無い鳥や川魚を燻すのに使う事が多いわ。でもイノシシの野趣溢れる味に甘い脂、そこに甘い香りと苦みに近い香りが加わるのも良い物ね」
ティアナが何事も無いように言い、燻製肉を口に運んでいく。流石に貴族となれば、そう言う機会も多いのか、驚きは無い物の、美味しい物を食べられて嬉しい顔はしている。
燻製肉に慣れている、皆も、いつもと一味違うイノシシに笑顔が絶えない。
「私も燻製の木材は色々試したけど、ワイン樽は機会が無いから試した事は無いかな。でも、面白いね。朝から貴重な物をありがとう」
アレクトリアに言うと、少しはにかんだような笑顔を見せて、一礼し、厨房に戻る。
朝ご飯を終えて、お茶が出て来た段階で、口を開く。
「食後に申し訳無いけど、少し話が有る。意見も聞きたい」
そう言うと、皆が真剣な顔でこちらを向く。
「リズと話をしている際に、少し気になった事が有る。トルカ村の北の森のオークの集落は覚えているかな?」
聞くと、皆が真剣な顔で頷く。
「あの時、赤ん坊、乳児、妊婦を見たかな? 私は記憶が無い」
皆が考え込む中、ロッサが口を開く。
「リーダーが首魁を倒した後に、掃討戦になったけど、あたしが見る限りは赤ん坊や妊婦はいなかったです。周囲の警戒をしながらも一部始終は確認していましたから、それは間違い無いです」
ロッサの答えに、ロット達斥候組が頷く。状況確認を任せていたので、その辺りきちんと見ていてくれたのはありがたい。
「新興の集落として、妊婦がいない場合と言うのは考えられる。ただ、集落の中に赤ん坊を育てる為の用意が何も無いと言うのは不自然だとは考える。あの後、集落内は全体を調べた。そう言う痕跡は有ったかな?」
静かにリナが口を開く。
「通常は子供が出来てから、用意をする物で御座る故、新興の集落にその用意が無いのは言うほど、奇異では御座らんのではないか?」
「うん。私もそれは考えた。でも集落が出来て半年近くは経っているはずだし、その中で男女がいて妊娠しないと言うのはちょっとおかしい。開拓民だから避妊している可能性が高いというのならそれも有るとは考えるけど」
「なれば、それのどこを気にするので御座る?」
リナが首を傾げる。
「今、話していて、やっぱり疑問が深まった。あそこって、新興の集落のはずだよね。あれだけの防衛設備が有るのに、拡張の用意が無かった。まるで、あの集落の保守が出来れば良い程度の部材しか用意が残っていなかった」
「それこそ、新興ゆえで御座ろう? あの村しか無ければあの村の存続だけを考えれば十分かと。まずは生きられるだけの環境を作ってから、拡張を考えるのが基本で御座ろうて」
んー。そう言われるとこっちの主張が弱いなぁ。
「オークの生態をそんなに詳しく知らぬゆえ、正しいかは検討はつかぬで御座る。ただ、そこまで不自然かと問われれば否と申すかと」
リナが真剣な顔で言いきる。
「そうか……。私の考え過ぎなら良いけど……。不自然さは感じないか……」
「リーダーは何を考えて御座る?」
リナがそう聞くと、皆もじっとこちらを伺う。
「あの集落はただの前線基地だと見ている。生活をする場所では無く、訓練やあわよくば人間側に侵攻する為の橋頭保ではないかと考えている。もしそれが正しければ、オーク達は、人間に対しての侵攻を前提に戦略を立てているのだろうと考えるかな」
そう言うと、若干の呆れ顔と、真剣に悩む顔が入り混じる。
「あの戦いの後にこんな言い方だけど、たかがオークよ? そこまで考えるのかしら」
ティアナは呆れ顔の方だ。
「先輩方の話ですが、首魁が倒れた場合のオークの撤退は素早いです。やつらは怯懦だと言い切れるのであればそれもそうでしょうが、日常的に撤退の準備、訓練をしていた上での行動となると、認識を改める必要は出てくるかと考えます」
ロットは真剣に悩む顔の方だ。
「まぁ、推測の域を出ない話だし、ここで結論を求める物でも無いよ。丁度、東の森にオークの集落が有る。あれに関してはノーウェ様の調査の頃から存在しているので一年以上は確実に運用されている。その中を調査出来るのであれば、もう少し詳細な情報も引き出せるだろう」
そう言うと、皆の視線が集まる。
「考え過ぎと笑われるかも知れないけど、オークはそこまで甘くは無い。何か目的を持って行動していると考えた方が自然だろう。その目的を今回の集落への対応で少しでも理解出来ればとは考える」
「そうだな。オークの事なんて知ろうとして活動はしてこなかった。そう考えれば、良いようにやられていた可能性もあるって事か……。どう動く?」
ドルが静かに問うてくる。
「一旦、周囲をレイ率いる再編した諜報部隊と斥候部隊、それに冒険者ギルドの斥候で調査する。出入りを見ていけば、自ずと目的も見えてくる可能性は高い」
「迂遠では有るが、情報を得るにはその程度しか出来ないか」
ドルが少し考え、頷き同意の言葉を告げる。
「私は男爵様の護衛も有りますので、直接の指揮は取りません。ただ、指揮官経験者もおりますので、再編の際に指揮命令系統が混乱する事は有りません」
レイが議論が収まったのを確認して、優雅に立ち上がり、おもむろに口を開く。
「直近の問題としては、一度は引退した身ですので、あまり過酷な対応は出来ません。給与は現役時代と同等の金額を渡す契約で徐々に練度を上げていくしか無いかとは考えます。ただ、斥候や諜報に関しては単純な兵士よりは練度の維持は出来ておりますので、早晩環境は整えられます」
「分かった。焦らせる気は無いが出来る限り急いでもらえると助かる。動きが早ければ早い程、情報は多く収集出来るはずだから」
「畏まりました」
レイがそう言うと、一礼し、改めて席に着く。
「皆に関しては、前のオーク戦がもう一度有ると考えて行動して欲しい。褒賞に関しては、領主として私が予算から出す。オーク討伐は当初予算上の話だしね。殲滅に関してはノーウェ様の兵をお借りするしかないかな」
「どないに小さな集落でも四個小隊の騎士団では荷が重い思います」
チャットも眉根に皺を寄せて言う。
「まぁ、今は戦力増強と調査を両輪に進めるしかないかな」
そう言うと皆が頷く。
「後、リズから聞いたけど、家の件に関してだけど。出来れば領主館で生活して欲しいんだけどお願いして良いかな」
「それはこちらからお願いする話ですが。それで良いのであれば喜んでお願いします」
ロットが言うと、ドルも頷く。
「皆がどう考えているかはまた改めて機会を設けて意思確認をしたいけど、私は皆を直臣と思っている。この領地を治めるのに協力してもらえればありがたい。きちんと対価は払うし、将来も一緒に考える。力を貸してくれると嬉しい」
そう言うと、皆が何だか生暖かい視線でこちらを見てくる。
「十分儲けさせてもらっているのに、その上、貴族様の直属の部下とか超出世じゃん。何か問題有るの?」
フィアが言うと、皆が笑いながら銘々頷く。
「そう言ってもらえると、ありがたい。まぁ、まずはオーク対応。その後は塩ギルド絡みか国内の不満分子の対応って話になると考える。その際に信用出来る人間は出来るだけ多く近くにいて欲しい。そう言う意味では本当に助かる。ありがとう」
「リーダー水臭いー。今までも一緒だったんだから、これからも一緒で良いよ。リーダーは信じているし、僕らは僕らでリーダーの信頼に応えられるように頑張るだけだしね」
フィアが言うと、皆も真剣に頷く。
「分かった。じゃあ、訓練は引き続きで。雨はまだ続くと思うから、程々に切り上げて休みながらで構わないよ。じゃあ、今日も頑張ろう」
そう言うと、皆がおぅと叫びで返してくれる。色々有りながらも付いてきてくれるんだ。本当にありがたい。少しでもその信頼を返せるように頑張らないといけないな。
そう思いながら、顔を上げると、リズが微笑みながら頷く。うん、きちんと皆とも相談しながら進めるよ。抱えたりはしない。出来る事を少しずつこつこつと、頑張ろう。