第458話 氷式冷蔵庫の開発希望と味噌の製造予定
目が覚めると、かなり暗い。火魔術を断続的に小さく灯し、蝋燭を探し、点火する。腕時計を見ると、太陽が昇るより少し早い程度かな。開け放っていた窓からは引き続き雨音が聞こえる。四月十一日は雨のままっぽいな。空を見ても雨と分厚い雲で状況が良く分からない。太陽が昇ってからかな。しかし、若干蒸すと言う感じはするかな。こうやって暑くなって寒くなってを繰り返しながら、季節が変わるのはどこも一緒か。
そろそろ食材の保管の事も考えないと駄目か。氷式冷蔵庫のサンプルは前にネスに頼んでいたから、出来ていたらありがたいかな。トルカの時は大工の手が借りれないから難しそうだったけど、『リザティア』に来てからは大工も共同で面倒を見ているし、出来上がっていると、ありがたいんだが。これも実用化されれば水魔術士の地位が一気に上がる。地位が上がると言うか、需要が一気に拡大すると言う感じだろうか。氷式冷蔵庫は食材が乾燥しない利点もあるし、出来ればさっさと導入はしたい。規模の大きな物を温泉宿にも置きたいし。その為の場所も空けて有る。風呂上がりに良く冷えたワインを煽るのもまた一興だろう。ビールも作りたいけど、こっちはもう少し暖かくなってからの方が作りやすそうかな。
その前に味噌を作っちゃうか。味噌、醤油蔵はもう出来ている。樽も用意しているのでそろそろ作り始めても良い。倉に関しては麹菌が逃げないようにきちんと独立して密閉もしっかりとした。上手く行けば、製造を持続する限り黄麹が生存し続ける。そうなれば日本から持ち込む必要も無いだろう。今日は特に用事もないし、味噌作りでもしようかな。そろそろ量産を始めれば冬場には何とか美味しいお味噌が食べられる。麹作りもしないといけないし。大豆と麦に関してはもう必要量は用意してもらっている。倉の方に竈も用意しているし、大鍋も有る。決心さえすればいつでも作れたが、ばたばた忙しかった。そろそろ良いだろう。
降りしきる雨を見ながら、今日の予定を立てる。ディルスの接待も領主館の使用人に任せれば大丈夫だろう。私が動かないといけないのはお風呂の用意くらいかな。仲間の皆は昨日と同じスケジュールで動くだろう。流石にこの雨だ。外に出て風邪をひかれても困る。
そこまで考えて、食堂に向かう。まだまだ早いと言うのに厨房はもう戦場になっている。本当にいつ起きているのか分からない。寝るのが早いのはあるが、それでも早い。毎度の事だが、感心する。
「あら、ご領主様。タロちゃんとヒメちゃんのご飯ですか?」
こちらに気付いた料理人が声をかけてくれる。
「うん。お願い出来るかな」
「今朝は鳥を射ってくれたので、そちらを用意しますね。量が有るので、そのままお持ちします。もう骨は大丈夫ですよね?」
「ウサギくらいなら、そのまま食べていたよ」
「なら大丈夫ですね。熱を加えると、骨が裂けて尖ったりして危ないですが生なら大丈夫でしょう」
「うん。頼めるかな」
「はい。もう毟っていますから、そのままお持ちします。分量的に昼と夕方は少し減らした方が良いでしょうか」
「そこそこ大きいの?」
「そうですね。ちょっと量が有りますから。実際に見て頂いた方が良いでしょう」
そう言うと、奥から大皿に乗せた毟った鳥を持ってくる。羽が無いと何かは良く分からないがキジっぽい感じはする。春場ならそろそろ旬かな。でも、かなり大きい。これ、朝ご飯なら一羽を二匹で分けて食べて丁度良いくらいだ。
「このサイズなら、一羽で良いよ。二羽だと一日分になっちゃう」
「そう……ですね。まだ半年でしたか? それだと少し多いですね。では、こちらをお持ち下さい」
そう言って大皿を渡してくれる。
「ありがとう」
お礼を言って、部屋に戻りながら、いつもの皿だと置けないかと思う。まぁ、大きな皿を生んで置いちゃうか。まだ血が滲む程だ。本当に射ってきたばかりの新鮮な鳥だ。そのまま食べても問題無いかな。血が飛び散りそうだから、石畳を別に生んで敷いておこう。
部屋に戻り、部屋の片隅に大きめの石畳を生み、その上に大皿を生む。鳥を置いて、タロとヒメを起こす。
『おはよう、ご飯だよ』
『まま、おはようなの』
『ぱぱ、おはよう』
二匹共、良く寝たのか、ぱっちり目を覚ます。眠そうなのをリズに邪魔されて寝不足になるかなと思ったけど、大丈夫そうかな。
『まま、よる、たべたの?』
タロがきょとんと『馴致』で聞いてくる。余程眠い状態で食べたのか覚えていないらしい。ヒメの方はきちんと記憶がある。
『食べていたよ』
『たべたのー』
タロがくいっと首を傾げ、それでもお腹の状態的に夕ご飯は食べたのかと納得し、しっぽを振る。
タロとヒメを抱えて、石畳の方に連れていく。血の香りを感じたのか二匹共興奮してくる。
大皿の前で、待て良しをして、食事が開始となる。
『ふぉぉぉ、とり、こりこり!!』
『もつ、おいしい』
二匹共、大物相手にがつがつと果敢に攻めていく。でもやっぱり、噛み千切る時に首を振るので、血が飛んでいる。皿とは別に石畳、生んどいて良かった。石床でも血が染み込むと拭いても染みになる。御影石でもかなりつるつるに加工した状態で生んでいるので、その辺りは大丈夫だろう。でも、後で何に使うかは決めていない。適当に割って石材にするか、そのまま大物用にこのまま置いておくかかな。
二匹が切り身の肉では無く、大物を解体しながら食べている間に、リズを起こす。
「リズ、朝だよ」
「うにゃ……もう……朝……?」
目を眇めながら、とろーんとしたまま、上体を起こす。タライにはもうお湯を生んでいる。
「さぁ、体を清めちゃおう。もうすぐ食事だろうし、用意を終わらせちゃおう」
昨晩の汚れを落とし、二人共さっぱりとした状態になった辺りでタロとヒメも完食したのか、周囲に飛んだ血糊をぺろぺろと舐めている。
『とり、こりこり、ほね、うまー』
『ほね、おいしい……』
初めて大物を完食して、野生を取り戻したのか、二匹共興奮し気味にお互いの顔を舐め合ってグルーミングをして興奮を冷ましている。後、全身に散った血を舐め落としている。
「うわ、大物だったんだね」
「朝から射ってくれたみたい。キジっぽいから、昼以降のスープに期待かな」
「美味しいの?」
「鶏より、さっぱりした感じかな。塩気と相性が良いから、私は好きかな。野菜の甘みとも喧嘩しないし、個人的にはかなり好き」
「そっかぁ……。楽しみ」
リズがそれを聞き微笑む。二人仲良く、窓際で歯磨きの木を噛んで広げて歯磨きをする。
「雨……止まないね」
「もう少し続きそうな空だよね、今日も午後の訓練は休みかな」
そう言うと、リズが顔を輝かせる。そう言う即物的なところも可愛くて好きだ。頭をぽんぽんと撫でておく。
口を濯いで、ソファに座り込む頃には二匹共興奮が解けたのか、箱に戻って仲良く丸くなっている。大物を処理したのでちょっと食休みが必要らしい。
リズと今日の予定を話していると、ドアがノックされる。侍女が朝ご飯を告げてくる。朝は鳥かな。